著者
仙波 恵美子
出版者
一般社団法人 日本心身医学会
雑誌
心身医学 (ISSN:03850307)
巻号頁・発行日
vol.56, no.5, pp.419-426, 2016 (Released:2016-05-01)
参考文献数
32
被引用文献数
1

線維筋痛症 (FM) の発症や維持における脳の役割, すなわち脳の過剰興奮と抑制系の減弱ということが注目されている. FM患者の脳画像の特徴として, ①脳の過剰興奮, 痛み刺激に強く反応, ②疼痛にかかわる脳領域の萎縮, ③安静時の脳内ネットワークの変化, が挙げられている. 安静時fMRIによるFM患者の脳内ネットワークの特徴として, ①前帯状回 (ACC), 島皮質 (IC) など情動に関連した領域間の結合が増強し, ②ACCと中脳中心灰白質 (PAG), 吻側延髄腹内側部 (RVM) などの下行性抑制系との結合が減弱していることが報告されている. FM患者における鍼治療や認知行動療法により, 症状の改善とともに脳内ネットワーク結合が変化したとの報告がある. また, FM患者の日常の活動量と脳内ネットワークおよび痛みの程度に相関がみられている. これらの結果は, FMの病態解明と有効な治療法の確立に向けて重要な示唆を与えるものである.
著者
上 勝也 田口 聖 仙波 恵美子
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0010, 2014 (Released:2014-05-09)

【はじめに,目的】神経障害性疼痛はアロディニアや痛覚過敏を主症状とし,その治療方法が十分に確立されていない難治性の痛みである。最近,走運動や水泳運動が神経障害性疼痛モデル動物に出現する機械的アロディニアと熱痛覚過敏を軽減することが報告された。しかし運動が神経障害性疼痛を軽減するメカニズムの詳細は不明である。遺伝子発現のエピジェネティクス修飾の一つにヒストンのアセチル化があり,この過程はヒストンアセチル化酵素とヒストン脱アセチル化酵素(HDACs)により制御されている。脊髄後角でのHDACの変化と痛みとの関係が注目されている。例えば神経障害性疼痛モデル動物の脊髄後角へのHDAC阻害薬の注入は,痛覚過敏とアロディニアを軽減することや脊髄後角におけるHDAC1発現の抑制は神経障害性疼痛を緩和することが報告された。これらの結果は,HDACは脊髄において疼痛の発現に関与することを示唆している。本研究の目的は,マウスの脊髄後角においてHDACを発現している細胞タイプを特徴づけ,神経障害性疼痛に対する応答を検討し,PSL後の走運動がHDACに及ぼす影響を明らかにすることである。【方法】実験動物にはC57BL/6Jマウスを使用し,神経障害性疼痛は坐骨神経部分損傷(PSL)により誘導した。マウスの走運動は,中等度強度のトレッドミル走(12m/minの走速度で60分間の走運動)をPSL術前2週間およびPSL術後2日目から6日目までマウスに負荷した。走運動を行なったマウスはPSL術後7日目に潅流固定し脊髄を摘出して分析に供した。対照としてPSLだけを施し走運動を負荷しない「コントロール群」とPSLも走運動も行わない「ナイーブ群」も設けた。機械的アロディニアと熱痛覚過敏の程度は,「von Freyテスト」と「Plantarテスト」により評価した。脊髄後角におけるミクログリア,アストロサイト,HDAC1などの変化は免疫組織染色とそのイメージ分析により観察した。【倫理的配慮,説明と同意】全ての動物実験は和歌山県立医科大学動物実験規程を遵守し,動物の個体数や苦痛は最小限にとどめて行なった。本実験は和歌山県立医科大学動物実験委員会の承認のもとで行った(承認番号:642)【結果】アロディニアの発現に走運動が影響を及ぼすかどうかについてvon Freyテストにより検討した。コントロール群の閾値は低値を維持したが,走運動群ではアロディニアの軽減が観察された。次にナイーブ群,コントロール群,走運動群の脊髄をCD11b抗体で免疫染色し,後角表層に出現したミクログリア数を各群で比較したところ,コントロール群のミクログリア数は有意に増加したが,それらと走運動群のミクログリア数には著しい相違はなかった。PSL7日後の脊髄後角においてHDAC1を発現している細胞タイプを免疫染色により検討した。HDAC1陽性核はCD11b陽性ミクログリアとGFAP陽性アストロサイトに検出されたが,NeuN陽性ニューロンには認められなかった。さらにHDAC1陽性ミクログリアとアストロサイト数は,ナイーブ群と比較してPSLにより有意に増加した。ミクログリアにおけるHDAC1の発現が走運動により影響を受けるかについて見たところ,PSLによって3×104μm2当たり約16個に増加したHDAC1陽性ミクログリア数は,走運動により約7.4個と有意に減少した。【考察】走運動は吻側延髄腹内側部や中脳水道周辺灰白質におけるオピオイド含量を増やしたり,損傷坐骨神経での炎症性サイトカインを減少させることが報告されており,運動による疼痛の軽減にはこれらが重要な役割を演じると考えられている。一方,脊髄後角ミクログリアやアストロサイトで合成・放出された因子も疼痛の発現や維持に重要な役割を担うが,脊髄後角ミクログリアでの変化,とくにエピジェネティクスに関わる因子に着目して運動が疼痛を軽減するメカニズムの解明に取り組んだ研究はこれまでに見られない。本研究は脊髄後角ミクログリアにおけるHDAC1を介したヒストンあるいは標的因子の脱アセチル化は神経障害性疼痛の発現に重要な役割を担うこと,および脊髄後角ミクログリアにおけるHDAC1発現の抑制は中等度強度の走運動がもたらす疼痛軽減効果のメカニズムの一つとなる可能性を示唆した。【理学療法学研究としての意義】薬物に拠らないで疼痛を軽減できる方法のひとつが運動であるが,そのメカニズムの詳細は不明である。本研究は脊髄後角ミクログリアで誘導されるエピジェネティクス修飾の変化に基づき,走運動が神経障害性疼痛を軽減するメカニズムを解明しようとするものであり,理学療法研究として意義深いものである。
著者
高井 範子 藤田 信子 池田 耕二 金子 基史 丸山 伸廣 中原 理 三木 健司 高橋 紀代 仙波 恵美子
出版者
理学療法科学学会
雑誌
理学療法科学 (ISSN:13411667)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.45-58, 2022 (Released:2022-02-20)
参考文献数
20
被引用文献数
1

〔目的〕新たに考案した3週間入院運動プログラムによる介入前後の線維筋痛症(FM)患者の心身の変化を調査し,理学療法士(PT)の適切な対応を明らかにすることである.〔対象と方法〕FM女性患者12名を対象とし,医療や心理学などの専門家による共同チームが考案した3週間入院運動プログラムによる介入を行い,その前後において質問票(日本語版線維筋痛症質問票(JFIQ),日本版ベック抑うつ質問票(BDI-Ⅱ),The 8-item Short-Form Health Survey (SF-8))による評価と心理面談による聴き取りを行った.〔結果〕本プログラムによりFM患者のJFIQでは11名,BDI-Ⅱでは10名,SF-8では9名(身体面),8名(精神面)が改善を示した.患者の語りからは,患者の痛みや辛さに寄り添う姿勢など,PTの対応が患者にとり重要であることが示唆された.〔結語〕本プログラムはFM患者の心身に変化を及ぼす効果があり,その遂行において患者の痛みや辛さに寄り添うPTの姿勢が重要である.
著者
藤田 信子 仙波 恵美子 行岡 正雄 寒 重之 柴田 政彦 高井 範子 堀 竜次 池田 耕二 高橋 紀代
出版者
大阪行岡医療大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

本研究の目的は、線維筋痛症患者を対象とした短期集中型運動プログラムが、身体、認知、心理に与える影響を調査するとともに、脳内ネットワークの変化との関連性を検証することにある。平成31年3月までに合計13名の患者の運動療法、評価、計測を終了し、分析を行っている。2018年の第23回日本ペインリハビリテーション学会学術学会では、2演題を報告した。発表では高齢FM患者に対する短期集中型運動プログラムが疼痛、抑うつ、QOLの改善につながり、背外側前頭前野(DLPFC)の血流量の質的、量的な脳活動変化を伴ったこと、理学療法士が患者の不安傾向を踏まえ、運動内容を漸増的に行っていたことや規則正しい生活を守らせたことが運動療法の導入と継続につながったことを報告した。慢性痛改善に対する運動療法の効果(EIH)については、慢性痛患者の広範な脳領域の機能障害の発生機序と運動介入効果の機序を解明していくことが重要である。今年度、慢性痛における脳内ネットワークとEIHの機序について、第40回日本疼痛学会(仙波)、Nep Academy、17th World Congress on Pain(仙波)、第11回痛み研究会(仙波)で講演を行った。また、EIHに関する総説を大阪行岡医療大学紀要(仙波)、ペインクリニック(仙波)、Clinical Neuroscience(仙波)、日本臨床(藤田、仙波)、モダンフィジシャン(仙波)で執筆した。本研究のMRI画像の分析結果については、本研究の研究者間で情報共有のために研修会を開き、「線筋痛症に対する運動療法の効果のrs-fMRIによる検討」(寒)で運動プログラム介入前後の機能的結合について健康成人との比較、また患者の運動プログラム介入前後の比較でみられた頭頂葉や側頭葉の機能的結合の変化などが報告された。