著者
挽地 康彦
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.12, pp.117-132, 2019-03

伊豆諸島ほど大洋に浮かぶ「船」を思わせる島々はないだろう。古来より飢饉、疫病、噴火、海難に見舞われ、また辺境ゆえに流刑地として指定された歴史をもつ伊豆諸島。島々の交通は容易でなく、外界から閉ざされた島嶼世界は死に満ちていた。それはあたかも、いつ難破してもおかしくない船のように佇んでいたのだ。伊豆の島々が危機と隣り合わせの船団ならば、島の民は潜在的な漂流者なのではないか。本稿の目的は、こうした問いをめぐって、近世伊豆諸島をめぐる海難、流刑、祭祀などの民族誌をたどりながら、黒潮の世界を彷徨う遍歴者の形象を明らかにしていくことである。海を走る船は思わぬ形で異国へ流され、ときに異界へと引き込まれる。そんな漂流船=島の歴史が亡霊となって現在に回帰し、島民に憑依するとき、土着の民として安住する意識は揺さぶられるだろう。そこに、漂流民としての自己が呼び起こされる可能性があることを指摘していく。
著者
挽地 康彦
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.2, pp.133-144, 2009-03

本稿は、高齢化を所与の傾向とみなし参加型・自立支援型の福祉社会をめざす現代の日本社会を批判的に考察するものである。近年の日本社会では、就労可能な高齢者はたとえリタイア期にあっても受益者に甘んじることははばかられ、積極的に社会を支えることが称揚されている。一方、社会関係が稀薄化し貧困化した高齢者は、受給条件の厳しくなった社会サービスから益々切り離されるばかりか、社会の「お荷物」として排除されつつある。このような認識のもとに、本稿では、高齢化する刑務所の内実に着目し、昨今の刑務所が国家に代わって福祉の代替的な機能を果たす側面を検証する。ケインズ主義を前提とする福祉国家が、「繁栄の時代」を象徴する歴史の一部になって久しい。ネオリベラルな福祉政策がセーフティネットから撤退する現代では、皮肉にも、犯罪者の社会復帰を担う刑務所が、社会から排除された高齢受刑者の雇用と生命の安全を忠実に引き受けているのである。