著者
斉 穎賢
出版者
専修大学人間科学学会
雑誌
専修人間科学論集. 社会学篇 (ISSN:21863156)
巻号頁・発行日
no.1, pp.107-117, 2011-03

本稿は、これまでの先行研究で明らかになった、モンゴル社会における伝統的家族・父系親族の特徴が、①父系原理によって構成された血縁関係からなる氏族的集団、②家父長的小家族が単位、③族外婚、④複数の相続があり、女子の相続も小部分あるが、主に男子相続であり、特に「末子相続」であることを整理し、「小家族」と「末子相続」に焦点を当てて、これまで先行研究が見落としてきた点、つまり、①なぜ小家族が単位なのか、②なぜモンゴル社会は末子相続なのかを再検討し、明らかにするのが目的である。研究方法として、文献・資料を検討の上で、比較的伝統的であったモンゴル社会に生まれ育った経験を生かしながら、現在の生活の中での家族・親族関係を踏まえて、内側から、モンゴル社会における家族・父系親族の現象をとらえるだけでなく、その現象の持つ主な特徴の「意味」を探った。その結果、①モンゴル小家族は、遊牧的経済だけが要因ではなく、モンゴル人が、子どもを結婚させて、「独立」させることを、親の基本的な「義務の達成」とし、それを子供の「1人前の成人」であるという概念と、「親族間の軋轢」を避けるという観念と緊密に関連している。②モンゴル相続の発生は親の死後ではなく、子の「結婚・独立」時に発生しており、「平等である」という親の「判断基準」に基づき、諸子に財産を分割しているのが実態であり、しかも、「末子相続」慣行であっても、他の民族の「長子相続」のような「1人の子どもが死者の財産を排他的に継承する一子相続のパターン」ではない。③モンゴルの「末子相続」慣行は、明らかにモンゴルの「小家族が単位」と関連しており、上の兄弟たちが、次々と独立していった結果は、末子が親の扶養をすることになる。しかし、親の扶養が問題にならなかったから、法制度的な規定がなかったことになる。④農耕化したモンゴル社会における事例から、「末子相続」の慣行は、遊牧或は農耕のような経済的形態が主因でなく、「イエ」や「家族」をどう見るかという「観念」によるいという内藤莞爾説が実証されたことになる。