著者
朝井 知 朝井 均 坂口 守男 朝井 栄
出版者
大阪教育大学
雑誌
大阪教育大学紀要. IV, 教育科学 (ISSN:03893472)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.33-42, 2005-09-30

20世紀を代表するピアニスト,ウラディミール・ホロヴィッツ(1903-1989)は,卓越した演奏技術に加え,19世紀以前の浪漫派の伝統を継承した,傑出した音楽家として,現在でも,コンサートピアニストの「指標」となっている。その一方で,広く知られているように,ホロヴィッツは,生涯を通じ,数回にわたって公の演奏活動を休止している。ここでは,活動休止に至る経緯に注目した症候学的考察を,そして,木村の論考に基づき,演奏における音楽性を検討した上で,精神病理学および人間学的考察を試みた。症候学的には,ホロヴィッツが,神経症性うつ病の範疇にあることが示唆された。また,多くの聴衆を熱狂に導くような彼の音楽性においては,木村のいう二重主体性の完全な重なりが志向されており,そのために彼の私的間主観性が,過剰なまでに動員されいるものと考えられた。さらに,音楽に呼応する精神病理の観点からは、音楽性,精神病理,音楽美の多元的な関係における均衡の破綻によって,その病理の表出に至った可能性が示唆された。