著者
藏本 龍介 清水 貴夫 東 賢太朗 岡部 真由美 門田 岳久 中尾 世治
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

・2015年度:メンバーのこれまでの研究内容を共有すると同時に、「宗教組織の経営」という問題をいかに共通の枠組みで分析しうるか議論した。・2016年度:前年度の議論を踏まえ、経済人類学者(住原則也氏)、宗教社会学者(白波瀬達也氏)を招き、シンポジウムを開催した。そしてその成果を『「宗教組織の経営」についての文化人類学的研究』(2017年、南山大学人類学研究所)として刊行した。・2017年度:前年度までの議論を踏まえ、「宗教と社会」学会(2017年6月)において、宗教社会学者(西村明氏)をコメンテーターとして招き、「宗教組織の「経営」についての民族誌的研究」と題するテーマセッションを開催した。
著者
東 賢太朗
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.80, no.3, pp.573-594, 2006

本稿は、フィリピン・カピス州最大のカリスマ刷新運動Divine Mercyの事例から、宗教経験についての客観的評価と主観的リアリティの並存状況について考察する。Divine Mercyで行われる「癒し」の活動は、神への敬虔な祈りによって病が治癒するというものである。カトリック教義に則った「癒し」に対して、呪医による民間治療行為は誤ったものとされる。「憑依による啓示」の活動では、イエスやマリアなどの霊的存在がミディウムに憑依し、Divine Mercyや各メンバーに対しての啓示を行う。その活動はカトリック教会から否認されているが、メンバーはその奇跡を敬虔さへの報いであると説明する。自らの敬虔さを確保するため、あるときは呪医を非難することで自らの教義的な正統性を主張し、またあるときは教会から否認された異端性を引き受ける。そのような、正統であっても敬虔、異端であっても敬虔という状況に注目することから、単なる教義への追随ではない、絶え間なき主客認識の交渉過程が明らかになる。
著者
東 賢太朗 Kentaro AZUMA
雑誌
宮崎公立大学人文学部紀要 = Bulletin of Miyazaki Municipal University Faculty of Humanities
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-11, 2009-03-06

フィリピン・ボラカイ島は、美しいホワイトビーチが世界的に知られる観光リゾート地である。本稿では、今後のボラカイ島の観光文化に関する研究への予備的考察として、観光と環境、および観光と生活のそれぞれの関係性に注目する。フィールドワークによって得た資料や情報から、観光化や観光開発による環境の喪失という齟齬が生まれていること、また観光圏と生活圏が地理的かつ機能的に分化しながらアクターの往来によってコンタクトゾーンが生起していることを明らかにする。その上で、生活環境主義における「居住者の生活の便宜」について考察を行う。
著者
東 賢太朗
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第43回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.43, 2009 (Released:2009-05-28)

本分科会では、人類学(者)がフィールドで出会う謎と秘密、不思議と驚き、すなわち「ミステリー」の魅力と可能性について議論を展開する。具体的には、人類学とフィクション(ミステリー、ファンタジー、SF)との関係、フィールドワークのプロセスにおけるフィクションとリアリティ、そして調査対象自体に内在するミステリーといった問題系に着目する。
著者
東 賢太朗
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第43回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.44, 2009 (Released:2009-05-28)

人類学のフィールドにおいて、「わかる」ための努力がなされる一方で、「わからない」ことが必ず残されていく。そのような解き明かされない「謎」の持つリアリティについて、本発表では考察する。フィクションの諸ジャンルでは、非現実や非日常の要素がリアリティの表現として効果的に用いられるのに対し、人類学には民族誌のもつ虚構性に対する批判が向けられる。両ジャンルの並置と比較から議論を展開したい。