著者
錦見 盛光 松井 仁淑
出版者
和歌山県立医科大学
雑誌
重点領域研究
巻号頁・発行日
1995

ヒトを含む霊長類はビタミンCの合成ができないが、その原因は合成経路で働くグロノラクトン酸化酵素(GLO)の欠損による。われわれは、機能を有するラットのGLO遺伝子と機能を失ったヒトのGLO遺伝子の塩基配列をすでに報告した。本研究では、ヒトの遺伝子において特定された4つのエキソン(VII,IX,X,XII)の配列についてラットの配列と比較し分子進化学的検討を加えた。ヒトのGLO遺伝子における非同義置換は、遺伝子が機能をなくした後は選択圧を受けないため、同義置換と同じ頻度で生じてきたと推定される。この推定が正しいと仮定して、ヒトとラットの間の非同義サイトにおける置換数の値(0.16)と霊長類の同義サイトの進化速度(2.3×10^<-9>/サイト/年)とから、ヒトがGLOを失った時期は約7,000万年前以後と推測した。また、チンパンジーとマカクのゲノムDNAを鋳型にしてPCRを行い、エキソンXを増幅して得られたDNAの塩基配列を決定した。その結果、ヒトの配列と比べたホモロジーはそれぞれ97.6%と89.7%であった。これらの値は霊長類の祖先がGLOを失って以降、GLO遺伝子で塩基置換がランダムに起きていることを示しており、この遺伝子が進化の中立説を説明する恰好の例であることが分かった。さらに、ヒトの配列においてエキソンXIは欠失していることが分かっているので、この欠失が類人猿においても認められるか否かを調べた。ヒト、チンパンジー、およびゴリラのゲノムDNAを鋳型として、エキソンXからエキソンXIIにわたる領域をPCRによって増幅した結果、いずれも同一サイズ(23.5kbp)のDNAが得られたことから、エキソンXIの欠失はこれらの類人猿の分岐以前に起きたものと想定された。