著者
林 徹
出版者
公益社団法人 日本食品科学工学会
雑誌
日本食品科学工学会誌 (ISSN:1341027X)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.91-92, 2010-02-15 (Released:2010-03-31)
参考文献数
1

食品にガンマ線や電子線などの放射線を照射すると,脂質が分解して炭化水素など種の放射線分解生成物が生成する.放射線照射によりトリグリセリドのアシル基-酸素結合が開裂すると,元の脂肪酸と同じ炭素原子数の2-アルキルシクロブタノン(2-ACB)が生成する(図1).この物質の存在が知られる以前には,放射線照射によって食品中に生成する分解生成物として,非照射食品中にも含まれる成分か,他の調理加工などによっても生成が誘発される既知の物質しか検出されなかった.ところが,2-ACBは加熱,マイクロ波照射,紫外線照射,超高圧処理,超音波処理などによって生成することはなく,放射線照射によってのみ生成する化合物である.すなわち,この物質は,現在知られている唯一の放射線特異分解生成物(Unique Radiolytic Product)である.前駆体となるトリグリセリドの脂肪酸組成に対応して異なるシクロブタノンが生成し,パルミチン酸から2-Dodecylcyclobutanone,パルミトレイン酸から2-Dodec-5′-enylcyclobutanone,ステアリン酸から2-Tetradecylcyclobutanone,オレイン酸から2-Tetradec-5′-enylcyclobutanone,リノール酸から2-Tetradecadienylcyclobutanoneが生成する.2-ACBは放射線照射により特異的に生成し,かつその生成量は線量に依存して増加するので,照射食品の検知に利用できる.2-ACB分析は,鶏肉,畜肉,液体卵,カマンベールチーズ,サケを対象とした検知技術として,ヨーロッパ標準法及びコーデックス標準法となっており,国際的に認知された照射食品検知技術である.照射食品の安全性を判断するには,放射線特異分解生成物である2-ACBの毒性を評価する必要がある.ドイツの研究者がコメットアッセイにより2-ACBには細胞のDNA損傷を誘発することを見出して,その安全性が問題となった.しかしエームス試験や復帰突然変異原性試験では,このような2-ACBの毒性は観察されなかった.また,非常に高濃度の2-ACBをラットに投与しても,それ自身が発ガン物質として働くことはなかった.しかし,ラットに発がん物質であるアゾキシメタンとともに2-ACBを投与したところ,3ケ月後の観察ではアゾキシメタンと水を投与したコントロールと比べて異常はなかったが,6ケ月後に2-ACB投与群で腫瘍数および腫瘍サイズの増大が認められ,2-ACBには発がん促進作用活性のあることが確認された.この投与実験で使われた1日当たりの2-ACBの用量は3.2mg/kg体重であり,ヒトが照射食品から摂取する2-ACBの最大量と想定される1日あたりの値の5-10μg/kg体重のよりもはるかに多く,約500倍であり,本実験結果が実際の食生活における照射食品の危険性に直接結びつくものではないと考えられている.また,米国で行われた100トン以上の照射鶏肉を用いたマウスや犬を対象とした大規模な長期動物飼育試験では,59kGyという高線量照射したにもかかわらず毒性は認められなかった.なお,この時に使用された照射鶏肉には2-ACBの存在が確認されている.これらの結果を総合的に考慮して,WHOや米国FDAなどの機関は,照射食品中のアルキルシクロブタノンの毒性が実際に問題になることはないと判断している.
著者
片渕 竜也 井頭 政之 古林 徹 尾川 浩一
出版者
東京工業大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2012-04-01

ホウ素中性子補足療法におけるオンライン線量評価システムとしてピンホールカメラを開発する。本研究では、実証試験を行うためのピンホールカメラシステムを構築した。加速器中性子源からの中性子ビームを用いて実験を行った。中性子ビームを水ファントムに照射し、中性子ホウ素の核反応で発生するガンマ線を検出した。中性子ホウ素反応率の空間分布を再構成するための測定を行った。十分な空間分解能で反応率空間分布を得ることができた。
著者
小林 徹
出版者
群馬大学
雑誌
群馬大学社会情報学部研究論集 (ISSN:13468812)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.147-163, 2005-03-31

Put Ultraman Tiga (1996-97) on the actual scene of Japanese society in the years from 1995 to 1997. It was the memorable period in which some very significant incidents occurred, for example, a major earthquake in the Hanshin area, the fatal gas attack against the metropolis subway system and a junior high school student's killing of the young boy in Kobe. Japan was at that time of the horror entertainment boom with a best-selling novel named Parasite Eve at its peak. Ultraman Tiga is a fictional television program for children featuring a supernatural hero whose mission is to protect the earth against monsters or aliens from outer space. It might be easy to find those above-mentioned incidents reflected in the program but there is more to be argued about the historical significance the work has in terms of the information-oriented society. Analysis of the interactions between its main plot and these reflections shows that Ultraman Tiga had already depicted the fearful digital environment of today where individuals are unwittingly governed by a single computer system on the basis of their own personal information.
著者
池田 和隆 小林 徹 曽良 一郎
出版者
公益財団法人 日本醸造協会
雑誌
日本醸造協会誌 (ISSN:09147314)
巻号頁・発行日
vol.97, no.2, pp.124-130, 2002-02-15 (Released:2011-09-20)
参考文献数
10
被引用文献数
1

アルコールが脳に与える影響は, 酔いをはじめとして様々あり興味ぶかくかつ重要である。ここではアルコールの鎮痛作用とイオンチャネルの一つであるGIRKチャネルとの関係を中心に紹介していただいた。また, アルコールは, 人の情動などを脳機能として調べる上でも重要な糸口を与えてくれる物質であるようだ。
著者
林 徹
出版者
四日市大学
雑誌
四日市大学論集 (ISSN:13405543)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.41-55, 2006-03-01
著者
志岐 幸子 福林 徹
出版者
日本トランスパーソナル心理学/精神医学会
雑誌
トランスパーソナル心理学/精神医学 (ISSN:13454501)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.114-130, 2013 (Released:2019-08-07)

本研究の目的は、スポーツをする人々が幸福を感じ る「ゾーンにおける感性的体験」について、一つの見 解を提示することである。まず、マーフィーとホワイ トによるゾーンの特性、チクセントミハイのフローの 特性、志岐と福林らによる感性的体験の特性の照合を 行った。 次に、日本国内もしくは世界トップレベルの19名の アスリートや指導者を対象としてゾーンと感性につい てのインタビュー調査を実施し、「オーラ」という人間 のエネルギーの場の観点から検討した。 その結果、「ゾーンにおける感性的体験」はチクセン トミハイの提唱するフローの一部であること、「ゾーン における感性的体験」は、視覚では認識できない超感 覚的知覚で感知するオーラに関わる体験であることが 示唆された。さらに、「ゾーンにおける感性的体験」の 特性は30に分類された。
著者
小林 徹
出版者
長崎国際大学
雑誌
長崎国際大学論叢 (ISSN:13464094)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.67-77, 2002-01-31

1994年9月下旬に岐阜県八尾津において,杉原千畝(1941年リトアニア日本外務省職員として勤務中,ユダヤ難民に日本通過ビザを発行して避難の手助けをした人物として知られる)の業績を讃える式典が挙行された。参加者の中には日系元米兵及び救出されたユダヤ人や子孫が含まれており,その式典に著者も参加する機会を得て,以来7年間にわたり日系米人(多くは二世の世代)との交流を通じて様々な歴史的知見を得ることができた。本論は小林がまとめた日系米人年表である。第2次大戦後の日米関係の改善にあたって,二世,三世を中心とする日系米人の果たした力の源泉をこの年表からくみとっていただけたら幸いである。若干のまとめは年表の末尾に記述する。
著者
小林 徹也 杉山 友規
出版者
一般社団法人 日本生物物理学会
雑誌
生物物理 (ISSN:05824052)
巻号頁・発行日
vol.57, no.6, pp.287-290, 2017 (Released:2017-11-30)
参考文献数
19

The adaptability to ever-changing environment is one of the fundamental characteristics that differentiates living matters from non-living ones. The combination of passive adaptation by Darwinian evolution and active adaptation by sensing and decision-making shapes the mechanisms of adaptability. In this work, we outline that the biological adaptation shares a very similar structure with the stochastic and information-thermodynamics. Fitness, the macroscopic quantity to characterize evolutionary success, plays the similar role as the free energy in this structure. The fluctuation relation of fitness and information derived from the structure can be regarded as an extension of the concept of the evolutionary stable strategy.
著者
幸田 良介 小林 徹哉 辻野 智之 石原 委可
出版者
地方独立行政法人 大阪府立環境農林水産総合研究所
雑誌
大阪府立環境農林水産総合研究所研究報告 (ISSN:21886040)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.9-13, 2015 (Released:2020-04-02)

シカによる人工林被害状況を広域的に把握するために, スギ・ヒノキ人工林において剥皮被害割合を調査し,IDW 法を用いて剥皮被害度の空間分布図を作成した.スギ林での剥皮被害度は全体的に低く,大阪府ではスギよりもヒノキの方が剥皮被害を受けやすい傾向にあると予想された.スギ林の剥皮被害度には被害地域の偏りが見られなかったのに対し,ヒノキ林での剥皮被害度は北摂の西側地域でのみ高く,被害地域の明確な偏りが見られた. 剥皮被害度の分布状況は落葉広葉樹林での下層植生衰退度の分布状況と一致せず,剥皮被害の発生にはシカ生息密度以外にも様々な環境要因が影響しているものと予想された.今後は剥皮害発生状況とシカ生息密度や様々な環境要因との関係について解析していくことが求められる.
著者
新井 正 高山 茂美 高村 弘毅 関根 清 立石 由巳 小林 徹 庄田 正宏
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.48, no.6, pp.412-417, 1975-06-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
6
被引用文献数
1

Geographical distribution and time variation of atmospheric carbon-dioxide in and around Tokyo were investigated. The instrument used in this survey is an ASSA-1 infrared analyzer (0_??_1000 ppm, CO2). The sampling and analyzing systems are illustrated in Fig. 1. Special attentions are taken to eliminate dust and water vapor in the atmosphere by use of a precipitation bottle and a hand-made condenser. Geographical distributions of CO2 are shown in Fig. 2. Fig. 2-A shows the change of CO2 off coast of Tokyo, and Figs. 2-B and C are the distributions in and around Tokyo. The influence of CO2 originated from Tokyo and its vicinity extends more than 100km. Several examples of the diurnal variation of CO2 at Rissyo University (Shinagawa-ku, Tokyo) are shown in Fig. 3. Daily maximum concentration of CO2 usually exceeds 500ppm and sometimes it reaches about 660ppm. These extreme values are observed under a calm and inversion condition, particularly in the colder seasons. In Fig. 4, the seasonal variation of CO2 at Rissyo University, both monthly mean value (circle) and monthly range, is illustrated. The concentration reaches its minimum in summer when combustion of fuel is less than other seasons and photosynthesis of plant is more active. The maximum value is observed in winter, and the extreme maximum is observed under a calm and inversion condition. The winter minimum does not differ largely from that in summer, because strong winter monsoon eliminates high concentration. The annual mean value during 1972_??_1973 is about 350ppm, which exceeds the world average by 25ppm.
著者
小林 徹也
出版者
物性研究・電子版 編集委員会
雑誌
物性研究・電子版
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, 2017-11

第61回物性若手夏の学校 集中ゼミ一般の物理系と異なり、細胞や個体などの生物集団は、自己の状態を変異させ、また自身の複製を生成することで増殖をすることができる。この変異と増殖のダイナミクスは生命進化を司る基本過程であり、その理解は非生物系と生物系の共通構造および本質的な差異を解明するためにも必須である。また、生物系は積極的に環境の情報を内部に取り込みそれを処理することにより、集団としての適応度(増殖率)を制御することができる。適応度と情報の関係を理解することは、我々の脳のような高度な情報処理機構が進化の過程でどのように選択されてきたのかを明らかにするためにも重要である。この問題に関し、本発表では増殖過程の有する数理構造に着目する。具体的には、増殖ダイナミクスの経路積分表現とそれに伴う遡及的表現を導入することにより、増殖過程に内在する統計物理的構造を明らかにする。この構造を用いることにより、確率熱力学と同様に、増殖集団の適応度などのマクロな諸量に成り立つゆらぎ関係を示す。また、この表現を活用することで、適応度と情報に成り立つ交換関係を、統一的に明らかにする。これらの生物学的な意義を議論するとともに、進化の問題への他の物理的アプローチの可能性についても言及をする。
著者
峯岸 正勝 熊倉 郁夫 岩崎 和夫 少路 宏和 吉本 周生 寺田 博之 指熊 裕史 磯江 暁 山岡 俊洋 片山 範明 林 徹 赤楚 哲也
出版者
一般社団法人 日本航空宇宙学会
雑誌
日本航空宇宙学会論文集 (ISSN:13446460)
巻号頁・発行日
vol.51, no.594, pp.354-363, 2003 (Released:2003-09-26)
参考文献数
19
被引用文献数
1 2

The Structures and Materials Research Center of the National Aerospace Laboratory of Japan (NAL) and Kawasaki Heavy Industories, Ltd. (KHI) conducted a vertical drop test of a fuselage section cut from a NAMIC YS-11 transport airplane at NAL vertical drop test facility in December 2001. The main objectives of this program were to obtain background data for aircraft cabin safety by drop test of a full-scale fuselage section and to develop computational method for crash simulation. The test article including seats and anthropomorphic test dummies was dropped to a rigid impact surface at a velocity of 6.1 m/s (20 ft/s). The test condition and result were considered to be severe but potentially survivable. A finite element model of this test article was also developed using the explicit nonlinear transient-dynamic analysis code, LS-DYNA3D. An outline of analytical method and comparison of analysis result with drop test data are presented in this paper.
著者
小林 徹
出版者
群馬大学
雑誌
群馬大学社会情報学部研究論集 (ISSN:13468812)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.55-67, 2002-03-31

Although it is true that Thomas De Quincey records his opium-related extraordinary experiences in the Confessions of an English Opium-Eater (1821) , the analysis of this work's narrative structure, coupled with some considerations of the historical relationship between the author and his idol, William Wordswoth, show that this is not the only theme presented. Structurally, the Confessions has the focal point through which its narrative sequence develops, -Grasmere- the place which, according to the biographical facts of the author, is also the center in the actual course of his life as an opium addict and would-be member of the poet's circle. When reconsider-ed in the light of the double significance of Grasmere, the Confessions can be interpreted not only as De Quincey's personal account of his opium use, but also as he more genuine autobiography.
著者
小林 徹也 上村 淳
出版者
一般社団法人 日本生物物理学会
雑誌
生物物理 (ISSN:05824052)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.086-089, 2013 (Released:2013-03-28)
参考文献数
20

Biological systems can operate robustly even with substantial stochasticity in their components. One possible but not yet proven mechanism to implement robust operation with noisy components is that relevant information for robust control is embedded in apparently stochastic signals. In this work, by employing Bayesian theory, we theoretically show that intracellular reactions with specific structures can implement statistically optimal dynamics to decode (extract) the relevant information embedded (encoded) within the apparently noisy signal. We also demonstrate that the decoding dynamics is related to a noise-induced transition, implying that optimal dynamics to suppress noise behaves as if exploiting noise for signal amplification.
著者
渡辺 俊行 龍 有二 林 徹夫
出版者
九州大学
雑誌
一般研究(C)
巻号頁・発行日
1989

本研究は、パッシブ住宅の室内熱環境を予測評価するための設計支援システムの開発を目的としている。パッシブ住宅とは、日射・風・気温・地温などの自然エネルギ-を利用して、建築の構造体や空間が持っている熱的環境調整機能をコントロ-ルすることにより、夏涼しくて冬暖かい快適な室内環境の形成を図るものである。最終的に得られた成果は以下の通りである。1.パッシブ住宅の熱環境計画基本フロ-を示し、住宅用熱負荷概算プログラム,単室定常熱環境予測プログラム,多数室非定常熱環境予測プログラムを作成した。2.単室定常熱環境予測モデルにおいては、新たに室内平均放射温度と室内相対湿度の計算を組み込み、体感温度SET^*による評価を可能にした。このモデルは設計途中で熱環境を予測する際に有効であり、どの程度の通風を期待したらよいかなどを決定することができる。3.多数室非定常熱環境予測モデルにおいては、居住者の在室スケジュ-ルと体感指標PMVを設定した予測シミュレ-ションが可能である。ブラインドを含む窓面の伝熱モデルを追加し、いわゆるニアサイクル型のパッシブ住宅も取り扱えるよう改良した。夏季の日射遮蔽,通風,夜間換気,地中冷熱、冬季の断熱,気密,集熱,蓄熱を考えて基準住宅モデルの仕様を変更し、PMV±0.5以内を目標値とした室温および負荷変動のシミュレ-ション結果を基に、各パッシブ要素の個別効果と複合効果、補助冷暖房の必要期間と所要エネルギ-を明らかにした。4.徳山市および福岡市の各実験住宅において、夏季および冬季の室内熱環境を実測調査し、多数室非定常熱環境予測モデルによる計算値と比較検証した。その結果、計算値は測定値とよく一致し、本予測評価システムの有効性が確認された。
著者
内藤 正典 チョルズ ジョシュクン 間 寧 足立 典子 足立 信彦 林 徹 関 啓子 矢澤 修次郎 CORUZ Coskun ジョシュクン チョルズ ショシュクン チョルズ ルーシェン ケレシュ CEVAT Geray RUSEN Keles
出版者
一橋大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1994

本研究は、過去30年以上にわたって、ドイツを始めとする西ヨーロッパ諸国に移民してきたトルコ人を対象に、彼らがヨーロッパに生活する上で直面する社会的・文化的諸問題とは何であるのかを明らかにした。本研究の成果として特筆すべき点は、移民を受け入れてきたホスト社会(あるいは国家)が発見した移民問題と移民自身が発見した移民問題との間には、重大な認識上の差異が存在することを実証的に明らかにしたことにある。トイツにおいて、トルコ系移民の存在が移民問題として認識されたのは、1973年の第一次石油危機以降のことであり、そこでは、移民人口の増大が、雇用を圧迫するという経済的問題と同時に、異質な民族の増加が文化的同質性を損なうのではないかという文化的問題とが指摘されてきた。他方、トルコ系移民の側は、ホスト社会からの疎外及び出自の文化の維持とホスト社会への統合のあいだのジレンマが主たる問題として認識されていた。この両者の乖離の要因を探究することが、第二年度及び最終年度の主要な課題となった。その結果、ホスト社会側と移民側との争点は、ホスト国の形成原理にまで深化していることが明らかとなった。ドイツの場合、国民(Volk)の定義に、血統主義的要素を採用しており、血統上のドイツ国民と単に国籍を有するドイツ国民という二つの国民が混在することが最大の争点となっているが、ドイツの研究者及び移民政策立案者も、この点を争点と認識することを回避していることが明らかとなった。このような状況下では、移民の文化継承に関して、移民自らホスト社会への統合を忌避しイスラーム復興運動に参加するなど、異文化間の融合は進まず、むしろ乖離しつつあるという興味深い結果を得た。さらに、研究を深化させるために、本研究では、ドイツ以外のヨーロッパ諸国に居住するトルコ系移民をめぐる問題との比較検討を行った。フランスでは、トイツのような血統主義的国民概念が存在せず、国民のステイタスを得ることも比較的容易である。しかし、フランス共和国の主要な構成原理である政教分離原則(ライシテ)に対して、ムスリム移民のなかには強く反発する勢力がある。社会システムにいたるまでイスラームに従うことを求められるムスリム社会と信仰を個人の領域にとどめることを求めるフランス共和国の理念との相克が問題として表出するのである。この現象は、移民を個人として統合することを理念とするフランスとムスリムであり、トルコ人であることの帰属意識を維持する移民側との統合への意識の差に起因するものと考えられる。即ち、共和国理念への服従を強いるフランス社会の構成原理が、それに異論を唱える移民とのあいだで衝突しているのであり、そこでは宗教が主要な争点となっていることが明らかになった。さらに、本研究では多文化主義の実践において先進的とされるオランダとドイツとの比較研究を実施した。オランダの場合は、制度的に移民の統合を阻害する要因がほとんど存在しないことから、トルコ系移民の場合も、比較的ホスト社会への統合が進展している。しかし、オランダの採る多極共存型民主主義のモデルは、移民が独自の文化を維持することを容認する。そのため、麻薬や家族の崩壊など、オランダ社会に存在する先進国の病理に対して、ムスリム・トルコ系移民は強く反発し、むしろ自らホスト社会との断絶を図り、イスラーム復興運動に傾倒していく傾向が認められる。以上のように、ドイツ、フランス、オランダの比較研究を通じて、いずれの事例も、トルコ系移民のホスト社会への統合は、各国の異なる構成原理に関する争点が明示されてきたことによって、困難となっていることが明らかにされた。本研究は、多民族・多文化化が事実として進行している西ヨーロッパ諸国において、現実には、異なる宗教(イスラーム)や異なる民族・文化との共生を忌避する論理が、きわめて深いレベルに存在し、かつ今日の政治・経済においてもなお、それらが表出しうるものであることを明らかにすることに成功した。