著者
栢森 良二
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.117, no.2, pp.86-95, 2014-02-20 (Released:2014-03-20)
参考文献数
7
被引用文献数
1

顔面神経麻痺による表情筋機能不全に対して, 神経再生を促せば顔面神経麻痺は回復すると考えがちである. しかし, これは誤っている. むしろ再生を抑制することが重要である. 迷入再生を抑制して病的共同運動を予防軽減することが目標である. 表情筋の役割は, 第1に目, 口, 鼻, 耳の顔面開口部を閉鎖することであり, ヒトでは第2に感情表出である. 神経障害が起こると, 早急に回復させるべく顔面神経核の興奮性亢進が起こり, 開口部の閉鎖促進機序が作動する. 骨格筋と異なり表情筋は皮筋である. 同様に顔面神経幹には神経束構造がなく, 約4,000本の神経線維は密接している. 接触伝導や迷入再生が容易に起こり, 4つの開口部は同時に効率的に閉鎖する合目的性の解剖になっている. 感情表出の維持には,むしろ開口部同時閉鎖を抑制する必要がある. Bell麻痺などの膝神経節部での神経炎では, 脱髄であるニューラプラキシアが生じる. しかし,骨性神経管内では浮腫による絞扼障害が加わる. まず栄養血管閉鎖による求心性の遡行変性が生じる. 内膜は温存されている軸索断裂である. さらに絞扼圧迫が強いと, 遠心性ワーラー変性が生じ神経断裂が起こる. 内膜も断裂しているために, 引き続き迷入再生が生じる. 脱髄と軸索断裂線維は1mm/日スピードで再生し, 遅くとも発症3カ月で表情筋に達する. 神経断裂による再生突起の指向性は,随意運動あるいは筋短縮方向に向かう. 迷入再生回路の形成時間と拡がりは, 随意運動と筋短縮の強度に規定される. 最速1カ月で迷入再生回路が形成される. このために, 発症3カ月で顔面神経麻痺が完治しない症例では, 4カ月以降に迷入再生線維が順次表情筋に到着して病的共同運動が顕在化する. 神経断裂線維再生時に随意運動と筋短縮を抑制することによって, 迷入再生を抑制して病的共同運動を予防軽減することがリハビリテーションの原則である. 強力な随意運動を避け, 頻回のマッサージを行い, 眼瞼挙筋による眼輪筋ストレッチを行うことが基本的手技である.
著者
栢森 良二 堀部 豪 粕谷 大智
出版者
公益社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.73, no.1, pp.7-26, 2023-02-01 (Released:2023-06-01)
参考文献数
60

末梢性顔面麻痺の予後不良の見方、 評価法、 治療上の注意、 鍼灸治療については、 鍼灸師間で共通理解が乏しく、 多職種との連携もその点で課題も大きい。 現在、 麻痺の治療は予後不良例に対して麻痺の回復過程で後遺症をいかに少なくさせるかが重要となる。 後遺症を予防し、 患者Quality of life (QOL) を向上させることがゴールである。 それには麻痺診療手引きを理解し、 他のメディカルスタッフ同様、 鍼灸師も適切な診察・治療・セルフケアの指導等を行い、 専門医との連携が図れることが重要となる。 本セミナーの内容を読んで頂き、 麻痺の病態や評価方法、 鍼灸治療上の注意など共通理解が得られ、 今後の麻痺に対する臨床研究のコンセンサスや鍼灸の可能性について検討できれば幸いである。
著者
栢森 良二
出版者
公益社団法人 日本リハビリテーション医学会
雑誌
The Japanese Journal of Rehabilitation Medicine (ISSN:18813526)
巻号頁・発行日
vol.50, no.12, pp.957-961, 2013 (Released:2014-02-04)
参考文献数
6
被引用文献数
4 5

Thalidomide embryopathy resulted in babies born with deformities such as phocomelia after their mothers took only a few tablets of thalidomide drug during 36 to 56 days after their last menstrual periods. There are two thalidomide embryopathy groups depending upon whether their hypoplasia is in the limbs or the auditory organs. In the limb group, deformities range from amelia to hypoplasia of the thumb. In the auditory group, the severity can be determined by the degree of deafness. This group is often associated with aplasia of the abducens and facial nucleus. Fifty years after the thalidomide scandal, the drug is still in use. It helps treat leprosy, multiple myeloma, AIDS and cachexia. As of June 2012, there are two hundred and ninetyfive victims still living in Japan. Disabilities include inadequate pinch and grasp, besides short reach. In the last two decades, the condition of these patients has worsened with chronic intractable pain due to overuse of hypoplastic skeletal muscles. They are now suffering from snapping fingers, stenosing tenosynovitis (trigger finger) and carpal tunnel syndrome. As their concomitant deformities or impairments include dislocation of the shoulder, droopy shoulders, hip dislocation, cervical block vertebrae, thoracic kyphosis, scoliosis, occult spina bifida, and L 6 lumbarization, these have become secondary etiologies for chronic pain, resulting in a dependent ADL condition. For these patients, physical exercise or recreation activities have become a viscous circle of ever increasing pain, weakness and fatigue. Furthermore, the resulting inactivity and weight gain has made ADL even more problematic. They also suffer from internal organ anomalies. Thus, a variety of problems including weakness and chronic intractable pain, which may be called post-thalidomide syndrome, has created an additional barrier for the surviving thalidomide embryopathy patients in social participation, as their aging is progressing.
著者
栢森 良二
出版者
一般社団法人 日本臨床神経生理学会
雑誌
臨床神経生理学 (ISSN:13457101)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.172-179, 2013-06-01 (Released:2015-02-25)
参考文献数
3

肘部尺骨神経障害 (ulnar neuropathy at the elbow: UNE) は手根管症候群についで頻度の高い絞扼障害である。同様に頻度の高いTh1神経根症, 手関節での尺骨管症候群との鑑別, あるいは神経根症を合併している二重挫滅症候群の診断には, 基本的な臨床所見が重要である。電気診断学はこれらの病歴や理学所見の延長線上にある。尺骨神経伝導のルーチン検査は, 健側と患側の尺骨神経を手関節, 肘下, 肘上で刺激して筋複合活動電位 (CMAP) と感覚神経活動電位 (SNAP) を導出して, これを比較することである。UNEでは患側SNAPは軸索変性の程度を反映して低振幅である。さらに肘下と肘上刺激によるCMAPの波形相違や, 肘分節間伝導遅延がある。上腕骨内上顆を挟んで4~6 cmほどの分節で, 5つの異なった主な病態がある。これを診断するために, 短分節刺激によるインチング法によって伝導遅延あるいは伝導ブロックの部位を特定する必要がある。