著者
菊地 洋一 西井 栄幸 武井 隆明 村上 祐
出版者
岩手大学教育学部
雑誌
岩手大学教育学部研究年報 (ISSN:03677370)
巻号頁・発行日
vol.69, pp.45-58, 2010-02-26

物質の微視的概念である粒子概念(すなわち「物質はすべて目に見えない小さな粒(原子,分子,イオン)でできている.」という概念)は,物質を理解する上で最も根本的な要素であり,現代の自然科学および科学技術の礎となっている.物質のマクロ的な事象(物質の分類,状態,性質,反応など)を科学的に説明するには,粒子概念が不可欠となる.よって,小・中学校における物質学習のカリキュラムを考える際に,粒子概念の位置づけは大変重要な問題であるといえる.粒子概念をどの時期に導入するか,どのように取り扱うかによって,物質学習の中味が大きく変わる.例えば,小・中学校の理科教育では児童・生徒が,主体的に実験を行い,その結果を整理したり比較したりすることから新たな事実や法則性を見出すような活動が重視されている.この活動は,考える根拠になる科学的知識を持たない学習者にとっては実験事実としての知識の集積の段階である.実験事実に内在している科学のしくみ,すなわち“なぜそうなるのか?” の疑問,を対象に学習を構成するには,物質学習に関していえば粒子概念が必要となる.よって,粒子概念の導入前後では学習の質に大きな違いが生じることとなる.粒子概念の位置づけを考えた際に最も重要なことの1つは,粒子概念は物質学習における種々の場面で“活用する概念” だということである.最終的には,学習者が学校教育を終えるまでに獲得した教育内容が適切であるかが問われる.物質学習においては学習者が粒子概念を物質の種々の現象の説明に使えるものとして定着することが重要なポイントとなる.このことが,物質学習で獲得したことが最終的に単なる知識の集積に留まるか,科学的な思考と理解を伴うものとなるかの分岐点となる.粒子概念の扱いはそれだけの影響力を持っているといえる.我々は上記の視点から,中学生・高校生を対象として,小学校で学習する物質の基本的な現象(空気と水の圧縮性の違い)について粒子概念を用いて科学的に説明できるようになっているのか?を問う調査を行った1).その結果,中学生と高校生の正答率はいずれも非常に低く,粒子概念と種々のマクロな現象を繰り返し学習してきた高校生においても,粒子概念が現象の説明に使えるものとしては定着していないとの結果を得た.また,2006年1,2月に文部科学省・国立教育政策研究所が実施した理科学力テスト「特定課題調査」の結果が2007年11月に公表された2).対象は小学5年生と中学2年生である.物質学習に関わる「食塩水の質量保存に関する基本的内容の設問」についての正答率は,小学5年生で57%,中学2年生で54%と低い値であった.この結果は中学生の正答率が小学生を下回ったこともあり,マスコミ等でも注目を集めた.多くの中学生が小学校で学んだ質量保存の考えを深めることができていない理由には,中学生においても粒子概念を用いた本質的な理解が確立していないことが挙げられる.これらの調査結果は,近年の物質学習カリキュラムに対する重大な問題提起であり,カリキュラムの再構築の必要性を強く感じる.そこで我々は前報において,粒子概念を基軸にした新たな物質学習カリキュラム構想を提案した1).このカリキュラムでは,物質に関わる種々の現象の科学的な理解を深め,生徒の科学的な思考力を育成するために,粒子概念を早期に導入する考えに立っている.ここでカリキュラム案が実現可能かどうかの大きなポイントは,早期に粒子概念を導入する場面の学習が成り立つかどうかである.そこで本報では我々のカリキュラム案の粒子概念の取り扱いを小・中学校の学習指導要領における取り扱いと比較した上で,カリキュラム案のポイントとなる場面として,中学1年での原子・分子・イオンの導入場面を取り上げ,授業実践とその評価を行った.
著者
村上 祐 今泉 庸子 菊地 洋一 武井 隆明 Murakami Tasuku Imaizumi Youko Kikuchi Yoichi Takei Taka-aki
出版者
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター
雑誌
岩手大学教育学部附属教育実践総合センター研究紀要 (ISSN:13472216)
巻号頁・発行日
no.8, pp.81-87, 2009

「ルミノール発光」は日常よく耳にする言葉である。科学捜査を扱ったTVドラマで,化学薬品を散布して室内を暗くすると血痕部分が青白く光るシーンがよく出てくる。このような血痕の鑑識に使われる化学薬品が「ルミノール」で,ルミノールによる発光は「化学発光」と呼ばれる。化学発光は,物質内の化学結合の変化によって,高エネルギー状態(励起状態)から低エネルギー状態(基底状態)へ変わる際,その余剰のエネルギー分を光エネルギーとして放出するときに見られる現象である。ルミノールは,酸化されると励起状態を経て安定な物質に変わる。血液中のヘモグロビンはこの酸化反応に触媒として作用し,皮応を促進するので,血痕部分で発光するのである。これと似た機構で発光するものに,ホタルの発光がある。ホタルは,発光の元になる物質とその化学変化を助ける酵素を体内でつくっている。このときの化学変化も空気中の酸素による酸化で,ホタルが呼吸して酸素を取り入れるたびに光る。このように,生物がつくり出す物質が体内で反応して発光する現象を「生物発光」といい,夜光虫やホタルイカなど数多く知られている。1962年,下村修ボストン大名誉教授が光るオワンクラゲから発見した緑色蛍光タンパク質(GFP)も,発光物質の一つである。このGFPは生きた細胞中のたんぱく質の目印に使われ,現在では生命科学の研究に不可欠なものとなっている(下村氏は,GFPの発見により2008年ノーベル化学賞を受賞した。)。 化学発光の大きな特徴は,物質の反応を自らの発光で発信していることであり,観測者が目視によってそれを容易に確認できることである。このため,自然の科学現象の美しさ・不思議さを直接観察できる教材として,中学校や高校,あるいは大学初学年の学生実験等で取り上げられることが多い2-5)。さらに言えば,化学発光は,光を使った分析で最も一般的な吸光分析のように励起光を当てる必要はなく,適当な光検知器がありさえすれば,反応を精密に分析できる。これらの発光現象を単に目視だけの走性分析的に扱うだけではなく,身近に入手できる簡単な検知器を使って定量化・数値化することができれば,より深い理解が可能となり,学生・生徒の科学的興味・関心をいっそう高めることができると思われる。 本論文では,大学での学生実験や中高の生徒実験のための教材研究として,CdSセルとデジタルカメラを光検知器として用い,ルミノール発光を速度論的に追跡した結果を報告する。