著者
新井紀子# 菅原真悟# 尾崎幸謙# 犬塚美輪 新井庭子# 分寺杏介# 野口裕之 登藤直弥
雑誌
日本教育心理学会第59回総会
巻号頁・発行日
2017-09-27

企画主旨登藤直弥 本自主企画シンポジウムで取り上げるリーディングスキルテスト(Reading Skill Tests,RST)においては,いわゆる国語の文章読解問題のように,「文意が正しく読み取れるか」などといった大まかな能力が測定されているわけではない。RSTではより細かな認知能力,具体的には,「文の中における係り受け構造が正しく理解できるか」だとか「文間での照応関係が正しく認識できるか」などといった,より基礎的な読解能力が測定されるように設計されている。 このRSTに関しては,一昨年度よりその開発を始め,現在では,様々な学校・企業・自治体の協力を得て,データの収集や分析を進めているところである。その結果,以下に記載されているように,RST,さらには,「読解」という行為に関する様々な知見が蓄積されてきた。 そこで,本自主企画シンポジウムでは,RSTの開発を始めた経緯,RSTの仕様,RSTの教育測定学的性質,そして,RSTを用いて行われたいくつかの研究の結果について,以下に示す通り,計6名の先生方から話題提供をしていただく。基盤となる読解力を測る新井紀子 21世紀の知識基盤社会においては,人生を通じて必要となる知識やスキルが確立されたカリキュラムの枠組みだけでは十分には獲得できず,人が生涯にわたり学び・学習の活動を続けていく「生涯学習」が必要となる。その形態が,アナログかデジタルか,直接か遠隔かに関わらず,学習コンテンツの多くが書記言語の「読解」を前提として構成されている。そのため,知識基盤社会においては,書記言語の運用能力の如何が,労働市場での価値を大きく左右する。一方,学習者間で看過できない読解力の差が生じていることは動かしがたい事実である。読解力が知識基盤社会を生き抜くための核心的スキルであるならば,すべての学習者がそれを一定程度身に着ける教育プログラムがあることが,格差の少ない民主的な社会の形成の上で強く望まれる。 我々は,近年の深い言語処理の研究成果と対比させつつ,従来の読解の認知プロセスモデルを精緻化した上で,項目応答理論と認知診断モデルを用いた適応型テストを用いることにより,従来の学習到達度テストや読解力調査では測定することのできなかった読解に関わる認知プロセスにかかわる能力(認知能力)を高い精度で診断することを目的とするRSTの研究開発に着手した。その成果について発表を行う。RSTの各問題タイプの目的と作問方法菅原真悟 RSTでは6つの問題タイプを設定し,それぞれ異なる能力を測ることを目的としている。各問題タイプの概要は,以下の通りである。(1)「係り受け認識(DEP:Dependency Analysis)」:係り受け関係を正しく認識できているかを測る。(2)「照応解決(ANA:Anaphora Resolution)」:指示照応やゼロ照応を理解できているかを測る。(3)「同義文判定(PARA:Paraphrasing)」:2つの文を比較し,それらが同義かあるか否かを理解できるかを測る。(4)「推論(INF:Logical Inference)」:提示された文から論理推論することで,新しい知識を獲得できるかを測る。(5)「イメージ同定(REP:Representation)」:提示された文を読んで,それがどのようなことを表しているかイメージできるかを測る。(6)「具体例認識(INST:Instantiation)」:概念または用語の定義を読み,それがどのような状況に当てはまるか,具体的に認識できるかを測る。 各問題は,主に中学校及び高等学校で用いられている検定済教科書に載っている文を基に作問している。なお,RSTで教科書等に掲載された文を使用するにあたっては,各著作権者と協議のうえ,著作権許諾契約を結び実施している。本発表では,各問題タイプが,どのような目的で作問されているかを,具体例をあげて説明する。RSTの信頼性と妥当性および質問紙調査項目との相関尾崎幸謙・登藤直弥 本発表では,1)RSTの信頼性と妥当性,2)質問紙調査項目との相関について報告する。 RSTの各項目が適切に読解にかかわる認知能力を測定していることを調べるために,まず項目特性図を描き,その形状によって適切な項目であるか否かを判断した。通常の項目特性図は,合計得点のグループごとの各選択肢の選択割合を示したものである。しかし,現在のRSTは,受験者に対してランダムに項目提示を行っているため,受験者によって解いた問題が異なる。そのため,受験者に対する評価は項目応答理論を用いて行った。項目応答理論における受験者特性値θをすべての受験者について求め,これを合計得点の代わりとして項目特性図を描いた。 その結果,いくつかの問題については,問題文や選択肢の修正の必要があることが分かった。なお,RSTでは修正の必要の有無の判断・修正・再データ収集のループを回して実施し,適切な項目内容となるためのフローを作っている。 また,RSTの信頼性と妥当性については,項目特性図によってスクリーニングされた適切な項目のみを使って問題タイプ毎に検討を行った。具体的には,信頼性であれば,たとえばω係数(McDonald,1999)を用いて検討を行い,妥当性であれば,受験者特性値θ間の相関係数や「各受験者特性値や正答率と年齢との関係」などを用いて検討を行った。その結果,現状では,全ての問題タイプにおいて,十分な信頼性と妥当性が示唆される結果が得られている。なお,問題タイプ毎に,項目応答理論を適用する際の前提が満たされているかどうかについても確認を行ったが,この点についても,適用するにあたっての前提は満たされているであろうことが示唆されている。 さらに,信頼性と妥当性が確認された項目群を用いて,質問紙調査項目との相関を求めた。なお,これらの分析についても問題タイプ毎に行っている。この質問紙調査項目には,読書習慣,読書の好き嫌い,得意な科目などについて尋ねるものが含まれている。したがって,読解力という漠然とした構成概念ではなく,読解力を構成するより細かな認知能力について,読書習慣等に関する質問紙調査項目との相関を調べることができた。なぜ読むのが難しいのか:眼球運動の特徴から犬塚美輪 RSTの実施結果からは,教科書という基本的な学習リソースにおいて文理解が困難な学習者が少なくないことが示されたと言える。こうした困難の要因の一つは,教科書の文章の構造の複雑さにあると推測できる。一方で,学習者が十分な読解スキルを有していないことも要因であろう。読解スキル育成のためには,優れた(あるいは困難を持つ)読み手の特徴に基づいた介入案の検討が必要であるが,青年期の読み手の読解プロセスについては基礎的データが十分ではない。 そこで,本発表では,大学生を対象に,原文と構造を明確化した修正文における読解プロセスを検討する。予備的な研究からは,原文と修正文で読解時間は大きく異ならないものの,修正文では低成績者の理解を底上げすることが示唆された。本発表では,眼球運動のデータを用いて,原文と修正文で学習者の読解プロセスがどのように異なるか,そこからどのような教育的提言が可能かを論じる。小・中ギャップにつながる教科書テキストの特徴新井庭子・分寺杏介 教科書の文章は正しく読めることが前提とされてきたが,RSTの実施結果からは,学習者が正しく教科書を読めていない実態が示された。本発表では,学習者の読みを困難にしている教科書の具体的な特徴について検討を行った結果を報告する。 近年,教育現場でいわゆる小・中ギャップ,すなわち,小学校から中学校への進学において,新たな環境での学習や生活に対応できず不登校等に繋がる状況が問題視されている(中央教育審議会初等中等教育分科会,2012)。小・中ギャップは学習者の学習面と生活面から検討が進められており,学習面では,担任制の相違や授業形態の違いなどの指導法の面からの研究はあるが(中央教育審議会初等中等教育分科会,2012;伊藤,2014),学習者が抱える困難がどのようなものか,例えば教科書を読んで理解し知識を獲得できているか等を具体的に分析した研究は少ない。 そこで,小学校と中学校の理科教科書を題材として,そこにどのような量的・質的なギャップがあるかを分析した。また,読みを困難にするテキストのパラメータを予測し,小・中教科書テキストの間にそのパラメータで表現できるギャップがあることを示した上で, RSTの結果を用いてそのギャップが実際に人にとっての困難につながるかどうかを確認した。 「人にとってのテキストの難しさ」を扱う関連研究で伝統的に採用されてきたパラメータのうち,単語親密度・係り受けの数・距離の平均・ツリー構造の深さを採用し,特に係り受けの複雑さについて小・中間で明確な差があることを確認した。その他にも,これまでの研究では考慮されていなかった新規パラメータとして定義表現の数・分類表現の数について,小・中間で大きなギャップがあることを示した。
著者
犬塚美輪 三浦麻子#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第61回総会
巻号頁・発行日
2019-08-29

目 的 大学での学修において,ノート作成は有効な学習方略だと一般に考えられている。Kobayashi (2005) は,その効果は研究間の差が大きく平均すると小さいこと,適切なノート作成がされるかどうかが効果に関連すること,ノート作成において要約や精緻化などのgenerativeな活動がなされることが重要なことを指摘している。 授業中に作成するノートは,板書や教師の発話を記録することに重点が置かれやすく,genera- tiveな活動はなされにくい。一方,復習のためのノート作成では,情報の精査や要約,視覚的なまとめ直しなどの活動がなされやすいと考えられるため,学習を促進する効果的な学習方略となることが想定される。しかし,学生の中には,授業中に作成したノートやテキストを「見直す」だけで,復習のためのノート作成を行わない者も多く,効果的なノート作成が行われにくいと考えられる。また,コスト感の高さや有効性の認知の低さは,ノート作成を避ける要因の一つだろう。 以上を受けて,本研究では,限られたスペースにまとめるという課題によってgenerativeな活動を促すとともに,ノートをテストに持ち込めるようにすることで,ノート作成を促進する介入を行う。本研究では,こうした介入により,学習者のノート作成に関する認識が変化するか,またノート作成と成績に関連が見られるか,検討する。方 法対象者 統計学の入門授業の受講生49名。計画 対象者は,全15回の授業のうち,第2回に「テストのための学習方略質問紙」および「復習のためのノート作成質問紙」に回答した。質問項目はいずれも5件法での回答を基本とした。その後,第6回,第10回,第14回の3回,統計学の小テストを受け,第15回で総合テストを受けた。そのうち,第10回の小テスト以外のテストでは,「A4一枚表面のみ記入した『まとめノート』を持ち込んでよい」と指示された。また,第5回,第13回の授業では,復習のためのノート作成の効果と,よりよいノートを作るためのポイントが10分程度説明された。結果と考察事前のテスト学習方略 ノートや資料を「見直す」という回答の平均値は4.9以上 (SD=0.26) であり,学生が「見直す」方略をほぼ必ず用いると言えた。一方,復習のためのノート作成は平均値3.29 (SD=1.35) と相対的に低く,自発的に用いられにくい学習方略であると考えられた。自発的なノート作成の増加 第10回の小テストにおいて,自発的なノート作成を行ったのは7名とわずかであった。第6回の質問紙の項目との相関を見ると,「良いまとめノートになるよう工夫した」「まとめノートを作る時間的余裕がなかった」の2項目と中程度の相関がみられた (それぞれr=.39, p=.02; r=-.32, p=.06)。ノートづくりを工夫する経験が自発的な方略としてのノート作成を促進すると考えられるものの,まとまった時間を必要とする方略のため,主観的な「時間のなさ」から避けられやすいと考えられた。ノート作成に関する認識の変化 ノート作成に関する質問紙の項目のうち相関の高い組み合わせを選び,「工夫」「有効性の認知」「コスト感」の4尺度を作成した。第6回・14回の小テストと総合テストの際の尺度得点を,一要因被験者内計画分散分析で検討した結果,コスト感と有効性の認知には有意な変化が見られなかった (それぞれF(2,60)=2.24, 1.65) が,工夫は有意な主効果が得られ(F(2,62)=6.19, p=.004, η2p =.166),総合試験と各小テスト間に有意な差が見られた。総合試験では,小テストのときよりノート作成を工夫したことが示された。これは,ノート作成経験に加え,小テストより広い範囲の情報を精査・圧縮する必要が生じたためだと考察できる。ノート作成とテスト成績 2名の評定者が,総合テストのために作成されたノートの①記入量,②偏り,③構成の工夫,④図表,⑤具体例,⑥全体的な印象,を5段階で評定し(評定者間の評定の相関r>.73),2名の平均値を評定得点とした。また,授業者が授業中に配布した資料にはない表現や独自の整理が見られるかを3段階で判定し,⑦精緻化の評定得点とした。これらの評定得点を独立変数,総合テストの成績を従属変数とした重回帰分析(ステップワイズ)の結果,有意なモデルが得られ(R2=.300)④構成の工夫と⑦精緻化の偏回帰係数が有意であった(それぞれβ=.406, p=.006; β=.305, p=.036)。ノート作成における授業内容の構造把握と精緻化が,内容理解を促進することが示唆された。
著者
犬塚美輪 島田英昭 深谷達史 小野田亮介 中谷素之
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画の趣旨 論理的文章の読み書きは,教授学習の中の中心的活動の一つである。自己調整学習の研究や指導実践が数多く実施され,読解や作文を助ける方略やその指導が提案されてきた。 本シンポジウムの第一の目的は,読むことと書くことの関連性を捉え,その観点から新たな論理的文章の読み書きの指導を考えることである。読むことと書くことの研究は,別の研究領域として扱われることが多かった。しかし,両者は本来テキストによって媒介されるコミュニケーションとしてつながりを持つものと考えられる(犬塚・椿本,2014)。従来明示的でなかった読むことと書くことのつながりを意識することで,読み書きの研究・実践に新たな視点を提示したい。 第二の目的は,感情の側面を視野に入れた読み書きのプロセスを検討することにある。論理的文章の読み書きでは,動機づけ以外の情動的側面に焦点があてられることが少ないが,その一方で,情動要因の影響を示す研究も増えている。特に実践の場では学習者の情動的側面は無視できない。これらの観点を総合的に踏まえ,論理的文章の読み書きの指導について検討したい。感情と論理的文章の読み書き島田英昭 文章の読み手は感情を持つ。論理的文章を書いても,読み手の感情によっては論理的に読まれない。本シンポジウムでは,読み手の感情が文章の読みに影響することを示した,話題提供者自身の実験研究を2点紹介し,論理的文章の読み書きについて二重過程理論の観点から考える。 第1の実験研究は,読解初期の数秒間における読みのプロセスである(島田, 2016, 教育心理学研究)。実験参加者は,タイトル,挿絵,写真の有無等が操作された防災マニュアルの1ページを2秒間一瞥し,そのページをよく読んでみたいか,そのページがわかりやすそうか,の質問に答えた。その結果,タイトル,挿絵,写真の存在が,読み手の動機づけを高めることを示した。また,タイトルのような文章の構造に関わる情報の効果は,挿絵・写真のような付随的な情報の効果に比べ,より高次の認知プロセスによることが示唆された。 第2の研究は,共感と読みの関係である(Shimada, 2015, CogSci発表)。教員養成課程の学生が,「わかりやすい教育実践報告書の書き方」と題されたマニュアルを読み,内容に関するテストへの回答,主観的わかりやすさの評価等を行った。マニュアルは2つの条件で作成し,一つは書き方のマニュアルに特化した統制条件,もう一つは執筆者のエピソードや挿絵等を追加した実験条件であり,実験条件は執筆者への共感喚起を意図したものであった。その結果,実験条件は統制条件に比べ,内容テストの得点は低かったが,執筆者に対する共感,主観的わかりやすさが高かった。 これらの実験研究は,読み手が文章を読むときに,動機づけや共感等の感情が影響していることを示している。ここから,論理的文章の読み書きについて,二重過程理論の観点から考える。二重過程理論とは,人間の思考や意思決定が無意識的,直観的で素早いシステム1と,意識的,熟慮的で遅いシステム2の並列処理により行われるというモデルである。このモデルから,読み手が論理的文章を論理的に読むための条件として,(1)読み手がシステム2を働かせる動機づけを高めること,(2)読み手がシステム1の感情的偏りに気づき,論理的情報を論理的に処理すること,の2点が浮かび上がる。本シンポジウムでは,読み手のこのような特性に基づき,「論理的に読んでもらえる論理的文章」について議論する。自ら方略的に読み書く児童を育てる授業実践―小学校4年生における説明的な文章の指導―深谷達史 文章を的確に読むための知識は,文章を的確に書くためにも有用であることがある。例えば,説明的な文章が主に「問い-説明-答え」の要素からなるという知識は,説明文を読む場合のみならず書く場合にも活用可能だろう。本研究は,説明的な文章の読解と表現に共通して働く知識枠組みを「説明スキーマ」と捉え,小学校4年生1学級を対象に,説明スキーマに基づく方略使用を促す2つの説明的文章の単元の実践を行った。 実践1は1学期の5月に(単元名「動物の秘密について読んだり調べたりしよう」),実践2は2学期の10月に行われた(単元名「植物の不思議について読んだり知らせたりしよう」)。2つの実践では,単元の前半に説明スキーマを明示的に教授し,問いの文を同定するなど,説明スキーマを活用して教科書の教材を読み取らせた。単元の後半では,問い-説明-答えの要素に基づき,授業時間外に読んだ関連図書の内容を説明する文章を作成した。また,こうした単元レベルの主な手だての他,1単位時間の工夫としても,ペアやグループで読んだことや書こうとしていることを説明,質問しあう言語活動を設定し,内容の精緻化を図った。 効果検証として3つの調査を行った。事前調査は4月に,事後調査は11月(表現テストのみ12月)に実施した。第1に,質問紙調査を行った。例えば,読みと書きのコツについて自由記述を求めたところ,読み・書きの両方で,事前から事後にかけて説明スキーマに基づく記述数の向上が認められた。第2に,実際のパフォーマンスを調べるため,授業で用いたのとは別の教科書の教材をもとにテストを作成し,回答を求めた。その結果,問いの文を書きだす設問と適切な接続語を選択する設問の両方で,正答率の向上が確認された。最後に,事後のみだが,他教科(理科)の内容でも,自発的に説明スキーマに基づく表現を行えるかを調査したところ,大半(9名中8名)の児童が,問い-説明-答えの枠組みに基づいて表現できた。自己調整学習の理論では,他文脈での方略活用が目標とされることからも(Schunk & Zimmerman, 1997),論理的に読み書く力を育てる試みとして本研究には一定の意義があると思われる。意見文産出における自己効力感の役割小野田亮介 意見文とは「論題に対する主張と,主張を正当化するための理由から構成された文章」として捉えられる。主張を正当化する理由には,自分の主張を支持する「賛成論」だけでなく,主張に反する理由である「反論」とそれに対する「再反論」が含まれるため,論理的な意見文には,これらの理由が対応し,かつ一貫していることが求められる。それゆえ,意見文産出に関する研究では,学習者が独力で適切な理由選択を行い,一貫性のある文章を産出するための目標や方略の提示が行われてきた(e.g., Nussbaum & Kardash, 2005)。 ただし,理由間の一貫性を考慮した文章産出は認知的負荷の高い活動であるため,上述の介入を行ったとしても全ての学習者が目標を達成できるとは限らない。忍耐強く文章産出に取り組むためには,文章産出に対する動機づけが不可欠であり(e.g., Hidi & Boscolo, 2006),中でも「自分は上手に文章を産出できる」といった自己効力感を有することが重要だと指摘されている(e.g., Schunk & Swartz, 1993)。したがって,目標達成を促す介入を行ったとしても,そもそも学習者の意見文産出に対する自己効力感が高くなければ,介入の効果は十分には得られない可能性がある。 ところが,筆者のこれまでの研究では,意見文産出に対して高い自己効力感を有する学習者ほど,目標達成に消極的であるという逆の結果が確認されてきた(小野田,2015,読書科学)。その原因として考えられるのは,意見文産出に対する自己効力感が「自分なりの書き方への固執」と関連している可能性である。すなわち,「自分は上手に意見文を産出できる」と考えている学習者は,書き方を修正する必要性を感じにくいため,意見文産出の目標や方略を外的に与えられたとしても書き方を修正しようとしなかった可能性がある。 ここから,意見文産出指導では自己効力感がときに介入の効果を阻害することが予想される。その場合には,学習者の自己効力感を揺らしたり,一時的に低減させるような指導が必要になるのかもしれない。本発表では,これらの研究結果について紹介しつつ,説得的な意見文産出を支援するための工夫について考えていきたい。