著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.101-107, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
20

【要旨】脳の成長とは、脳が大きくなり、安定した構造に近づくことである。生態学の研究から、猿類の大脳皮質の大きさは、群れの社会構造の複雑さ(social size)に比例していることが報告されている。社会適応に必要とされるヒトの前頭葉、前頭前野の体積を3D-MRIで定量的に測定したところ、前頭葉に対する前頭前野比は乳児期から8歳頃まで年齢とともに緩やかに増大し8~15歳の思春期前後で急速に増大した。前頭葉は、可塑性はあるものの脆弱性の期間が長いことが想定される。脳の成熟とは、脳内情報処理過程が安定した機能になることで、神経科学的には情報処理速度が速くなること、すなわち髄鞘形成として捉えられる。生後1歳では、後方の感覚野が高信号となり、生後1歳半になると前方の前頭葉に高信号が進展した。これらの成熟過程は1歳過ぎに認められる有意語表出、行動抑制、表象等の前頭葉の機能発達を保障する神経基盤と考えられる。認知・行動発達を前頭葉機能の発達と関連させながら考察してみると、その発達の順序性は、まず行動抑制が出現することで外界からの支配から解放され表象能力が誕生する。次にワーキングメモリ、実行機能が順次認められてくる。実行機能を遂行するには将来に向けた文脈を形成しなければならない。文脈形成の発達は、右前頭葉機能である文脈非依存性理論から左前頭葉機能である文脈依存性理論へ年齢とともにシフトしていくことものと考えられる。一方、身体反応として情動性自律反応が出現しないと社会的文脈に応じた意思決定ができず、その結果適切な行為が行えないことも明らかとなってきた。

2 0 0 0 OA P300基礎

著者
加賀 佳美 相原 正男
出版者
一般社団法人 日本臨床神経生理学会
雑誌
臨床神経生理学 (ISSN:13457101)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.80-85, 2013-04-01 (Released:2015-02-25)
参考文献数
41
被引用文献数
2

事象関連電位P300は刺激提示後, 潜時約300 ms付近に生じる陽性波で, 刺激に対する比較, 評価, 判断, 選択的注意, 認知文脈の更新に関与しているといわれている。1965年Suttonによって発見され, オドボール課題がP300の測定法としてよく知られている。いわゆるP300は頭皮上Pzで最大振幅が記録され, 刺激の種類, 刺激間隔, 提示数, 頻度, 強度, 類似度で振幅や潜時が変化する。その発生源は大脳皮質説と皮質下説など諸説がある。性差はないという報告もあるが, 女性で振幅が大きく潜時が短いという報告が多い。その年齢変化については, 聴覚P300では年齢とともに潜時が短縮し, 15∼18歳で最短縮年齢に達し, 以後加齢とともに潜時は延長する。視覚P300では, 課題の種類に依存し, 比較的難しい文字の課題では20代後半から30代で最短潜時となる。P300の測定法, 性差, 年齢変化を中心に解説した。
著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.233-240, 2012 (Released:2017-04-12)

発達障害は神経心理学的に前頭葉の機能障害であることが明らかになるにつれて、行動抑制やワーキングメモリモデルに基づく認知神経科学的研究が近年活発に行われてきている。発達障害の脱抑制が、サッケード、NoGo 電位、情動性自律反応などの神経生理学的手法から明らかとなってきた。さらに、将来に向けた文脈を形成するためには、適切な行動(抑制・促進)を随時意思決定する必要があり、その際情動性自律反応がbiasとして作用している。
著者
山城 大 相原 正男 小野 智佳子 金村 英秋 青柳 閣郎 後藤 裕介 岩垂 喜貴 中澤 眞平
出版者
The Japanese Society of Child Neurology
雑誌
脳と発達 (ISSN:18847668)
巻号頁・発行日
vol.36, no.5, pp.372-377, 2004

交感神経皮膚反応 (sympathetic skin response; SSR) は情動表出反応として出現することが報告されている.情動機能を評価する画像をオリジナルに作製し, これらを視覚刺激として呈示した際に出現するSSRについて健常小児と健常成人で比較検討した.小児では成人に比し高いSSR出現率を認めた.さらに, 不快な画像におけるSSR出現率は, 成人では生理的に不快な画像に比し暴力行為などの非社会的画像で有意に高かったが, 小児においては両者に明らかな差異を認めなかった.このことから, 小児期から成人にいたる情動的評価・意義の相違と変化は, 情動発達に伴う推移を示すものと思われる.情動の客観的評価に視覚刺激によるSSRが有用であると考えられる.
著者
青柳 閣郎 相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.109, 2013 (Released:2017-04-12)

前頭葉、とくに前頭前野の社会生活における重要性が指摘されている。今回、発達途上の小児と、社会生活の困難さを示すことの多い発達障害児における前頭葉機能の評価を、これまでの我々の研究を中心に紹介する。進化の過程で、前頭前野の大きさはその種の群れの大きさ、すなわち社会の規模に比例しているとされている。また、個体発生は系統発生の過程を再現するといわれている。我々は、ヒトの前頭前野が前頭葉に占める体積の割合が、10歳前頃から急増しはじめ、20歳頃まで増加し続けることを報告した。それはあたかも、家庭から学校、社会へと、人間関係がより複雑になってゆくヒトの社会生活に前頭前野の成長が対応しているかのようである。社会生活に重要な前頭葉機能は、行動抑制、作業記憶、実行機能の順に萌芽してくる。行動抑制とは、将来のより大きな報酬を得るために、目前の刺激に対する反応を抑制する能力である。ヒトは、2 歳頃から行動抑制による動機づけが可能となるが、このとき行動抑制を喚起する生体内信号が情動性自律反応であり、その評価により行動抑制能力の発達や障害の推測が予想できると思われる。我々は、交感神経皮膚反応を用いて健常小児、情動回路損傷症例、発達障害児の情動性自律反応を評価し、健常小児で認めた反応が、情動回路損傷症例や発達障害児で低下していたことを明らかにした。発達障害児における情動性自律反応による行動抑制機能低下の可能性が示唆された。さらに我々は、成人、健常小児、発達障害児、情動回路損傷症例に、強化学習課題遂行中の交感神経皮膚反応を計測し、情動の意思決定への関与を検討した。その結果、健常小児は成人に比し、学習効果が有意に低く、情動反応も未分化であった。また、発達障害児、情動回路損傷症例はともに、学習効果、情動反応が健常小児よりも低かった。これは、情動による意思決定への関与の発達的変化と、発達障害児の情動反応低下による強化学習への影響を示すものと思われた。作業記憶は、必要な情報を必要な間だけ保持し必要なくなったら消去する機能であり、5 歳頃までに獲得し始める。その評価に衝動性眼球運動が有効とされる。我々は、衝動性眼球運動を用いて健常小児、発達障害児を評価し、作業記憶の発達的変化と、干渉制御失敗と衝動性による発達障害児の作業記憶障害を報告した。実行機能は、既に学習された知識・経験、新たに知覚された様々な情報を統合して、目標に向けた思考や行動を組み立てて意思決定する能力であり、7歳頃より芽生える。我々は、前頭葉における実行機能の左右差を評価する神経心理学検査を健常成人、健常小児に施行し、機能的脳画像や脳波周波数解析も交えながら、実行機能に関与する脳部位の時間・空間的変化と、発達的変化を報告した。さらに、発達障害児における実行機能の障害を考察した。
著者
石井 佐綾香 反頭 智子 加賀 佳美 相原 正男
出版者
一般社団法人 日本臨床神経生理学会
雑誌
臨床神経生理学 (ISSN:13457101)
巻号頁・発行日
vol.46, no.3, pp.132-138, 2018-06-01 (Released:2018-06-01)
参考文献数
18

小児の前頭葉機能検査試行中の脳活動を, 非侵襲的で体の向きや位置に制約が少ない近赤外線スペクトロスコピー (near-infrared spectroscopy; NIRS) を用いて測定した。語の流暢性課題と後出し負けじゃんけん課題試行中の前頭部酸素化ヘモグロビン濃度 [oxy-Hb] を測定し, 前頭葉機能の発達変化について検討した。また, 後出し負けじゃんけん課題においては注意欠陥多動性障害 (Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder; ADHD) について定型発達児と比較検討した。語の流暢性課題試行中の前頭部 [oxy-Hb] は, 年齢とともに有意に上昇した。後出し負けじゃんけん課題では, 成人は前頭前外側部に上昇が限局する傾向を認めたが, 低年齢群では広範な上昇を認めた。後出し負けじゃんけん課題試行中の前頭部[oxy-Hb]はADHDでは定型発達児より有意に低かった。NIRSは小児の前頭葉機能の評価において簡便で有用な検査法であると考えられる。
著者
金村 英秋 相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.16, no.3+4, pp.188-193, 2015 (Released:2017-09-26)
参考文献数
19

【要旨】広汎性発達障害(PDD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)では診断する生物学的な指標がなく、他の医学的疾患を除外する必要がある。特にてんかんは発達障害との合併が多いだけでなく、その二次障害として多動や自閉的行動などがしばしば認められ、病初期にADHDやPDDなどと誤診されることが多い。これらより、脳波検査は発達障害の診療において重要な医学的検査と言える。一方、行動異常を有する児ではけいれん発作の有無によらず、脳波上てんかん性突発波を認める症例が多く存在する。てんかん児および発達障害児を対象に我々が行った検討より、PDDおよびADHDの行動異常に脳波所見、とくに前頭部突発波が関連していることが想定された。発達障害と関連を有する前頭葉機能は長期にわたり脆弱性が高く、てんかん原性の獲得あるいは皮質神経活動における異常放電(てんかん性突発波)という要因により、前頭部本来の若年期における脆弱性を基盤とした前頭葉機能障害を容易に生じることが、発達障害の病態の一つであると推察される。その結果としてPDDやADHD児に認められる様々な行動障害も生じる可能性が想定される。抗てんかん薬により前頭部突発波の改善を促すことは、発達障害の行動異常を改善させることに寄与するものと考えられる。発達障害の行動異常に対して従来のアプローチに加え、前頭部突発波を有するPDD/ADHD児の治療として、抗てんかん薬はその選択肢の一つになりえると考えられる。
著者
金村 英秋 佐野 史和 反頭 智子 杉田 完爾 相原 正男
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.18-22, 2015 (Released:2015-03-20)
参考文献数
11

【目的】小児てんかん児の発作間欠期頭痛に対するtopiramate (以下, TPM) の有効性について検討した. 【方法】対象は頭痛の訴えを表出できる患児85名 (5~15歳). Valproate (以下, VPA) 内服群42名, carbamazepine (以下, CBZ) 群34名, 併用群6名, 他剤群3名であった. 発作間欠期頭痛の有無, 頻度, 程度{1 (支障度 : 小) ~3 (同 : 大) }による治療開始後6カ月時点でのTPMの有用性を検討した. 頻度50%以上の減少または程度50%以上の軽減を反応群とした. TPMは0.5mg/kg/dayで開始, 症状に応じて3mg/kg/dayまで増量可とした. 【結果】反復する発作間欠期頭痛を認めた児は18名 (21%) であった. VPA群8例, CBZ群6例, 併用群3例, 他剤群1例であった. けいれん発作は頭痛 (-) 群で年平均0.9回に対し, 頭痛 (+) 群では2.6回と高頻度であった. TPM反応群は13名 (72%) (VPA群4例, CBZ群6例, 併用群2例) であり, 頭痛の完全消失を6例 (33%) に認めた. TPMの投与量 (mg/kg/day) は非反応群2.7に対し反応群は平均1.1と低用量であった. なお, 反応群におけるTPM投与後の発作頻度は年平均2.2回と有意な減少を認めなかった. 【結論】てんかん児の頭痛に対してTPMは積極的に試みるべき薬剤と考えられる. TPMは発作と関係なく頭痛への有効性が認められたと考えられる. さらにその有効性は必ずしも用量依存性ではなく, 一定の投与量 (2mg/kg/day) で無効な場合は他剤の使用を考慮すべきと考えられる.
著者
金村 英秋 相原 正男 中澤 眞平
出版者
一般社団法人 日本小児神経学会
雑誌
脳と発達 (ISSN:00290831)
巻号頁・発行日
vol.34, no.5, pp.404-408, 2002-09-01 (Released:2011-08-10)
参考文献数
20

前頭葉, 前頭前野の性差による解剖学的左右非対称性について, 三次元MRI画像を用いて定量的に体積測定を行った.前頭葉, 前頭前野ともに男性では左側が大きく, また加齢とともにその非対称性が大きくなるが, 女性では左右非対称性は明らかでなく, 年齢による影響を受けないことを確認した.男性では女性と比較して前頭葉の機能の側性化 (lateraliZation) が強いことが神経心理学的研究で示唆されているが, 今回の検討はこれら機能的側性化を解剖学的に裏付ける結果であった.今後, 神経心理学的検討と合わせて三次元MRIを用いた体積測定を行うことは, 性差における前頭葉, 前頭前野の機能的な相違に客観的知見を与えるものと考えられる.
著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.44-47, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
12
被引用文献数
1

前頭葉機能を理解する神経心理学的理論として、行動抑制(behavior inhibition)とワーキングメモリ(working memory)、そして実行機能(executive function)が提唱されている。このような前頭葉機能を簡便で短時間に試行可能な検査法としてfrontal assessment battery at bedside (FAB)、cognitive bias task(CBT)が成人を対象に報告されている。我々は、健常小児とADHD児を対象にFAB、CBTを小児用に修正し施行した。FAB総合点数は、健常児において年齢依存性に増加し、10歳以降で急激な上昇を認めた。ADHD児では有意に低かった。CBTは、健常児において15歳頃成人レベルに達した。年齢に伴い右前頭葉機能である文脈非依存性理論から左前頭葉機能である文脈依存性理論へシフトしていくものと考えられる。ADHD児は健常児の同年齢に比して文脈非依存性論理であった。長期的報酬予測における情動の影響を検討するため、強化学習課題であるMarkov decision task施行中の交感神経皮膚反応(SSR)を測定したところ、適切な行動選択を学習するためには事象に伴う情動表出が不可欠であることが確認された。