著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.86, no.2, pp.287-306, 2021-09-30 (Released:2021-12-26)
参考文献数
34

本稿の目的は、京都市の小学校で起きたプール事故をめぐる出来事を、遺族とそれを取り巻く人々の実践を中心に記述することを通して、道徳/倫理をめぐる近年の人類学的議論に新たな視座を提示することである。本稿の検討と考察の主軸となるのは、第1に、了解不可能な出来事に一定の意味を与えようとする物語の作用に抗して、事故に関する事実を追求しつづけ、我が子の死をめぐる「なぜ」「どのようにして」という問いを投げかけつづける遺族の実践のもつ意味である。第2に、事故に関する事実の検証や理解をめぐってしばしば立ち現れる、主観性と客観性、あるいは一人称的視点と三人称的視点の対立を調停する、エンパシー的な理解の可能性である。本稿でみるように、事故をめぐる出来事に関わった人々に倫理的応答を要請するものは、亡くなった少女の存在である。遺族をはじめとする人々は、物語の創りだす時間の流れの中に出来事を位置づけるのではなく、あえて「止まった時間」の中に留まり、喪失の痛みとともに生きることで亡き人の呼びかけに応えつづけようとする。このような人々の生のあり方を考察することを通して本稿は、苦悩の経験に意味を与え、混沌にテロスをもたらす物語の作用に注目する道徳/倫理研究の視座を相対化し、物語論に回収されない倫理的な実践の可能性を提示する。
著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:24240508)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.259-282, 1998-12-30 (Released:2018-03-27)

奴隷貿易によって「新世界」へと離散した黒人たちは奴隷制時代から現代に至るまで, 多くの社会宗教運動を生みだしてきた。なかでも1930年カリブ海地域のジャマイカで誕生したラスタファリ運動は, パン・アフリカニズムの思潮を受け継ぐとともに都市貧困層の連帯を支える文化運動として世界的な発展を遂げている。本稿は, 東アフリカのタンザニアにおけるラスタファリ運動の展開について論ずる。地方出身の出稼ぎ民の流入とともに人口増加と民族混交の進むタンザニア都市において, ラスタファリ運動は若年貧困層を中心に新たな路上文化として発展している。また運動は民族を越えた共同体を形成し, NGO団体として農場建設運動を推進している。さらにこの運動はカリブ海地域や欧米からアフリカに移住してきた離散黒人とタンザニア人の双方によって担われ, 運動の継承と解釈をめぐって相互の交流と差異化が生まれている。本稿はタンザニアにおけるラスタファリ運動の展開を検討することにより, 都市貧困層の社会的実践のもつ多様な可能性を示し, また現代アフリカにおける市井のパン・アフリカニズムの実状と問題を検討する。
著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
民族學研究 (ISSN:00215023)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.259-282, 1998

奴隷貿易によって「新世界」へと離散した黒人たちは奴隷制時代から現代に至るまで, 多くの社会宗教運動を生みだしてきた。なかでも1930年カリブ海地域のジャマイカで誕生したラスタファリ運動は, パン・アフリカニズムの思潮を受け継ぐとともに都市貧困層の連帯を支える文化運動として世界的な発展を遂げている。本稿は, 東アフリカのタンザニアにおけるラスタファリ運動の展開について論ずる。地方出身の出稼ぎ民の流入とともに人口増加と民族混交の進むタンザニア都市において, ラスタファリ運動は若年貧困層を中心に新たな路上文化として発展している。また運動は民族を越えた共同体を形成し, NGO団体として農場建設運動を推進している。さらにこの運動はカリブ海地域や欧米からアフリカに移住してきた離散黒人とタンザニア人の双方によって担われ, 運動の継承と解釈をめぐって相互の交流と差異化が生まれている。本稿はタンザニアにおけるラスタファリ運動の展開を検討することにより, 都市貧困層の社会的実践のもつ多様な可能性を示し, また現代アフリカにおける市井のパン・アフリカニズムの実状と問題を検討する。
著者
森田 敦郎 木村 周平 中川 理 大村 敬一 松村 圭一郎 石井 美保
出版者
大阪大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本プロジェクトは、地球環境の持続的な管理に向けての試みに焦点を当てて、インフラストラクチャーと自然環境の複雑な関係を解き明かすことを目的としている。本研究が取り上げる事例は、インド、カンボジア、日本(東北地方)などの多様な地域におよぶ。これらの事例を通して、本プロジェクトは、物理的なインフラストラクチャー(堤防、コンビナートなど)と情報インフラストラクチャー(データベース、シミュレーションモデルなど)が、いかに現地の自然環境および社会関係と相互作用するのかを明らかにした。その成果は英文論文集、国際ジャーナルの3つの特集号およびおよび多数の個別論文、学会発表として発表された。
著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.147-147, 2008

本分科会では、憑依・夢・癒し・出産・老いを事例として、身体の規範化と偶発性の間を揺らぐ〈身体-自己〉のあり方を多面的に検討する。身体変容の経験を形成する言語行為や、日常と非日常の臨界における間身体的な共同性の生成とその破綻に着眼することを通して、日常的な秩序のコードから外れつつも、他との関係性の中で独自の健全さを模索する〈身体-自己〉の可能性を提示したい。
著者
石井 美保
出版者
「宗教と社会」学会
雑誌
宗教と社会 (ISSN:13424726)
巻号頁・発行日
no.5, pp.3-19, 1999-06-03

ラスタファーライはジャマイカの黒人系住民によって形成され、現在アフリカ諸都市で発展している社会宗教運動である。本稿は東アフリカのタンザニアにおけるラスタファーライの展開について論ずる。第一章ではジャマイカにおける運動の歴史と従来の研究について概観する。第二章では、タンザニアにおけるラスタファーライの発展状況を現地調査から紹介する。運動は現在、地方出身の都市出稼ぎ民の間で興隆しており、ジャマイカで形成された信条や生活習慣が継承されている。また彼らは政府援助によってラスタのキャンプ兼農場を建設し、NGO団体として活動している。第三章ではラスタファーライの実践とタンザニアの社会経済状況との関連について考察する。タンザニアにおけるラスタファーライの展開は、現代タンザニアの政治経済状況を社会の基部から照射すると共に、従来ジャマイカや英国を中心としてきたラスタファーライ研究の新たな可能性を提示するものである。
著者
石井 美保
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.21-46, 2005-06-30

本論の目的は、ガーナのエウェ民族によって行われている卜占アファを対象に、地域社会を越えて利用されている卜占の特徴を明らかにするとともに、卜占と儀礼を通して創出される多声的な語りと重層的な現実構成の可能性を考察することである。サハラ以南アフリカの卜占を対象とする先行研究の多くは、共同体における社会秩序の再生産や合意形成といった卜占の社会政治的機能を指摘してきた。一方、卜占を利用する人々の主体性に焦点を当て、卜占の参与者を能動的なエージェントとしてとらえる視点が提起されている。社会構造に規定された存在としての人間像を生産してきた構造機能主義的な卜占研究に対して、後者の研究は人々の経験や能動的な行為に焦点を当て、構造に対する個人の戦略や選択の意義を明らかにした。しかしこのような視点は構造に対峠する個人の主体性を強調するあまり、託宣をはじめとする特殊な発話や行為の様式を通してうみだされる個人の意図を超えたエージェンシーや多元的な現実構成の可能性さえも、既存の社会内部における個人の選択や戦略に従属するものとして矮小化してしまう危険性をもつ。本論では、アファの卜占と儀礼を微視的に分析し、占師と依頼者の共同作業を通して多声的な物語りと超常的なエージェンシーが発現する過程を検討する。占いの過程では、依頼者の日常的な社会関係は託宣が開示する神話的/呪術的な現実の位相の中に位置づけなおされるとともに、語り手である依頼者の人称は多重性を帯びる。また、儀礼の過程では身体的な演技と祭祀要素の操作を通して、依頼者の苦難と運命は儀礼のエージェントとしての「もの」に依託される。II章では、アファ祭祀の一般的特徴を概観し、調査地の社を紹介する。III章では、卜占の対話と儀礼を分析し、物語りの創出と供犠の施行を通して依頼者が日常的な現実認識を脱却する過程を考察する。
著者
春日 直樹 小泉 潤二 中川 敏 栗本 英世 田辺 明生 石井 美保 森田 敦郎 中川 理
出版者
一橋大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

本研究は「社会的なもの」の構築過程をラディカルに再検討して、社会的なものと自然的なものとを同一水準で論じる方法を探求した。「社会」と「自然」が概念と実在としていかに一緒に構築されていくのかを問い、因襲的な二分法を超えるような諸関係と状況について、またそうした状況下でさまざまな存在がいかに生成するかについて、明らかにした。本研究は最終的に、人類学・科学技術研究・科学史・哲学が融合する次元を提供し、それによってあらたな実在の可能性と生成に寄与することを目指した。