著者
石津 智大
出版者
日本神経回路学会
雑誌
日本神経回路学会誌 (ISSN:1340766X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.119-134, 2022-09-05 (Released:2022-10-05)
参考文献数
129

神経美学(neuroaesthetics)とは,様々な美学的体験(美的範疇)や芸術的活動に関係する脳機能と認知の仕組みを研究する認知神経科学の一分野である.誕生から20年弱の比較的新しい分野だが,美学的体験や芸術についての認知神経科学・心理学的アプローチは各国の研究機関でも重視されている.現在,欧州と北米を中心にロンドン大学ユニバーシティ校,ウィーン大学,マックスプランク研究所,ニューヨーク大学,ペンシルベニア大学,UCバークレーなど主要大学・研究機関において研究講座が開設されている.ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ心理学部では,正式に当分野を修めることのできる修士課程コースも開講され,今後さらなる展開が期待される.知覚・認知と美学的体験との関係を科学の対象として研究した最初の試みは,19世紀末頃のグスタフ・フェヒナーによる実験美学に端を発する.複雑な感性的体験を一つの変数で説明し,共通の要素を見つけることで,多様な感性的体験を定式化しようと試みたのだ.しかしフェヒナーにとってより重要な目的は,刺激への反応の背後に想定される神経活動との関係性を説明することであり,それは心理物理学と実験美学のひとつの目標でもあった.非侵襲の脳機能画像法と認知神経科学の発展により,現在その実証性の理念は神経美学に引き継がれたといえる.本稿では,前半で神経美学,特に視覚における神経美学研究を概観する.続いて後半では,現在注目されている負の感情価を伴う美的感性について仮説を含めて議論する.心理学的・脳機能的な観点から,負の感情価の伴う美的体験について仮説と今後の検討課題を提示することを目的としている.なお本稿では,主に視覚・視覚芸術に関する神経美学を扱う.音楽に関する認知神経科学的検討は,本特集号の大黒による論考を参照されたい.
著者
石津 智大 大黒 達也
出版者
関西大学
雑誌
学術変革領域研究(B)
巻号頁・発行日
2021-08-23

人間は、快不快を超え集団に資する行動に自分を動機づけられる利他性や共感性を備えている。負の感情価と美的快の混合された美学的体験には利他性を促進させる効果があり、近年人文学的議論だけでなく認知科学や経験美学においても注目されている。本研究では、このような美的体験の構成情動を明らかにし、人間らしい利他自己犠牲の意思決定へ与える影響について、行動特性と脳内機構を情動脳情報学の視座から解明する。