著者
赤司 千恵 門脇 誠二 キリエフ ファルハド 西秋 良宏
出版者
日本植生史学会
雑誌
植生史研究 (ISSN:0915003X)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.59-70, 2020 (Released:2022-07-11)

ヨモギ属(Artemisia spp.)は民族誌において非常に重要なハーブであり,消化器系や呼吸器系の疾患,婦人病,感染症などに広く使われ,その薬効成分は成分分析でも確認されている。しかし,過去の社会にとってのヨモギ属の重要性を示す証拠は,これまで非常に限られていた。西アジアの出土植物データベースでも,ヨモギ属が人為的に採集されていたことを示す事例は1 例のみである。しかし例外的に南コーカサスでは,ヨモギ属の炭化種実が多数出土する遺跡が,狭い地域のなかに集中している。中石器(前7 千年紀)から新石器時代(前6 千年紀)にかけての3 遺跡で,その一つであるギョイテペ遺跡での検出状況は,ヨモギ属が防虫/抗菌剤として用いられたことを示した。ヨモギ属の殺虫・防虫効果は科学的にも証明されており,民族誌でも防虫剤として使われる。遺跡全体から高い頻度で出土することから,ヨモギ属は防虫剤としてだけでなく日常的にさまざまな用途に使われていたと思われる。ヨモギ属の多用は,先史時代のアゼルバイジャン西部の地域性を示す文化要素の一つと言える。