著者
野島 那津子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.77-87, 2017-01-31 (Released:2018-07-31)
参考文献数
12

「論争中の病(contested illnesses)」は検査で異常が確認されないため、当事者の多くは長期にわたる未診断状態や精神疾患等の「誤診」を経験する。そのため、先行研究では未診断状態の困難と当事者における診断の肯定的帰結が強調されてきたが、診断の効果の時間的変動や他者の影響は十分に検討されていない。本稿は、こうした点を考慮し、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群と線維筋痛症を患う人々の語りから、診断が当事者にもたらす影響について検討を行った。その結果、安心感の獲得、患い/苦しみの正統化、自責の念からの解放といった診断の効果が当事者個人に生じていた一方で、診断後も患いに対する他者の評価は低いままであり、病名を伝えても病気と見なされないという「診断のパラドックス」が生じていた。診断のパラドックスは、病者の周囲による脱正統化作用の大きさを浮き彫りにし、診断それ自体の正統性が脆弱であることを示唆する。
著者
野島 那津子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.88-106, 2018

<p>A. W. フランクが理想型として提示する「探求の語り」は, 病いの「受容」と苦しみによって新たな何かが獲得されるという信念を語り手に要請する. この「成功した生」の道徳的な語りは, 病いを受け入れられない人の語りを, 失敗した生のそれとして貶める可能性がある. また, 道徳的行為主体に至る個人の努力が強調される一方で, 苦しみを受け入れ経験を語る過程における他者や社会経済的要因の考察が, 不十分または不在である. こうした問題を乗り越えるために本稿では, 病気を「受け入れていない」線維筋痛症患者の語りを通して, 「探求の語り」の成立要件としての病いの「受容」のあり方について検討し, 以下の知見を得た. (1) 病気を「受け入れる/受け入れない」ことの責任は, 周囲の人々と共同で担われ得る. (2) 「耳ざわりのいい」物語が流通する中で病人像が規範化され, そこから逸脱した病者の生き方/あり方が否定され得る. (3) 周囲の人間が病気を受け入れない場合, 病いの「受容」は個人化され得る. (4) 病いを受け入れていなくても, 病者は経験の分有に向けて語り得る. 以上の知見から本稿は, 他者との分有や共同を含めた病いの「受容」の多様なあり方を「探求の語り」に認めることを提起する. 「耳ざわりのいい」物語だけが聞かれる危険性に対しては, 個々の語りのさまざまな「探求」を聴き手が見出し, ヴァリエーション豊かな「探求の語り」が提示されねばならない.</p>
著者
野島 那津子
出版者
日本保健医療社会学会
雑誌
保健医療社会学論集 (ISSN:13430203)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.77-87, 2018-07-31

<p>「論争中の病(contested illnesses)」は検査で異常が確認されないため、当事者の多くは長期にわたる未診断状態や精神疾患等の「誤診」を経験する。そのため、先行研究では未診断状態の困難と当事者における診断の肯定的帰結が強調されてきたが、診断の効果の時間的変動や他者の影響は十分に検討されていない。本稿は、こうした点を考慮し、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群と線維筋痛症を患う人々の語りから、診断が当事者にもたらす影響について検討を行った。その結果、安心感の獲得、患い/苦しみの正統化、自責の念からの解放といった診断の効果が当事者個人に生じていた一方で、診断後も患いに対する他者の評価は低いままであり、病名を伝えても病気と見なされないという「診断のパラドックス」が生じていた。診断のパラドックスは、病者の周囲による脱正統化作用の大きさを浮き彫りにし、診断それ自体の正統性が脆弱であることを示唆する。</p>
著者
野島 那津子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.88-106, 2018 (Released:2019-06-30)
参考文献数
15

A. W. フランクが理想型として提示する「探求の語り」は, 病いの「受容」と苦しみによって新たな何かが獲得されるという信念を語り手に要請する. この「成功した生」の道徳的な語りは, 病いを受け入れられない人の語りを, 失敗した生のそれとして貶める可能性がある. また, 道徳的行為主体に至る個人の努力が強調される一方で, 苦しみを受け入れ経験を語る過程における他者や社会経済的要因の考察が, 不十分または不在である. こうした問題を乗り越えるために本稿では, 病気を「受け入れていない」線維筋痛症患者の語りを通して, 「探求の語り」の成立要件としての病いの「受容」のあり方について検討し, 以下の知見を得た. (1) 病気を「受け入れる/受け入れない」ことの責任は, 周囲の人々と共同で担われ得る. (2) 「耳ざわりのいい」物語が流通する中で病人像が規範化され, そこから逸脱した病者の生き方/あり方が否定され得る. (3) 周囲の人間が病気を受け入れない場合, 病いの「受容」は個人化され得る. (4) 病いを受け入れていなくても, 病者は経験の分有に向けて語り得る. 以上の知見から本稿は, 他者との分有や共同を含めた病いの「受容」の多様なあり方を「探求の語り」に認めることを提起する. 「耳ざわりのいい」物語だけが聞かれる危険性に対しては, 個々の語りのさまざまな「探求」を聴き手が見出し, ヴァリエーション豊かな「探求の語り」が提示されねばならない.
著者
野島 那津子
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.3-19, 2015-02-28 (Released:2019-05-24)
参考文献数
26

The purpose of this paper is to investigate the difficulties when suffering from an incompletely medicalized disease and the effects of its diagnosis using the narratives of spasmodic dysphonia sufferers. Spasmodic dysphonia (SD) is a chronic voice disorder. It leads to a characteristic strained and strangled voice (Gündel et al. 2007). Its etiology is unknown and there is no fundamental treatment. In Japan, SD is a rare disease and most physicians have little experience treating it. Few physicians can diagnose SD. In addition, as SD is virtually unknown among the public, its characteristic voice is not perceived as a symptom of a disease, neither by others nor by sufferers themselves. Considering this situation, we can say that SD is an incompletely medicalized disease. While medicalization has been criticized for its aspect of social control and its tendency to individualize social problems, incomplete medicalization has been relatively less discussed and few empirical studies of those diseases have been conducted. In this paper, I focus on SD as an example of incomplete medicalization and examine the problems of incomplete medicalization from sufferer’s point of view.Based on interviews with fifteen people suffering from SD, the three main difficulties identified are: an inability to explain their condition and loneliness, inappropriate definition of a SD’s unique voice by others, and a visible negative reaction. One common underlying cause for these difficulties is the lack of a definitive diagnosis. Receiving a diagnosis could be an opportunity to reduce those difficulties. Obtaining a diagnosis opens possibilities of refusing incorrect interpretations, providing plausible explanations and disclosing their suffering to others. In the case of SD, I suggest that simply suffering does not constitute a “disease” in our society. Adequate medical diagnosis is a requisite condition for the social existence of the “disease.”
著者
野島 那津子 Nojima Natsuko ノジマ ナツコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.34, pp.109-123, 2013

本稿は、病人の「役割」から病の「経験」へと視点を移動する医療社会学の流れについて概観し、その分析枠組みがもつ限界と盲点について考察する。この限界と盲点は、以下の二点に集約される。これまでの医療社会学における慢性疾患研究では、1) 病人役割の取得を半ば自明視しているため、患っているにもかかわらず病人役割を取得できないような疾患を患う人々の経験を適切に説明することができない。2)「 生きられた経験」としての「病い illness」について記述しようとするあまり、患う(suffering)という経験が、「疾患 disease」として現象するプロセスや条件に対して十分な注意が払われない。こうした限界と盲点がもっとも明瞭な形で示されるのは「医学的に説明されない症候群(MUS)」と呼ばれる患いを抱える人々の経験である。本稿では、MUS をめぐる問題から、以下の二点を、従来の医療社会学の盲点を補う視点として提起する。1) 社会は、人がただ「患う」という事態を認めないということ。2) そのために、「診断」は、特定の「患い」が社会的な是認を獲得するためのポリティクスの様相を呈するということ。こうした点から、筆者は「診断」の社会学の重要性を主張する。
著者
野島 那津子
出版者
社会学研究会
雑誌
ソシオロジ (ISSN:05841380)
巻号頁・発行日
vol.59, no.3, pp.3-19, 2015

The purpose of this paper is to investigate the difficulties when suffering from an incompletely medicalized disease and the effects of its diagnosis using the narratives of spasmodic dysphonia sufferers. Spasmodic dysphonia (SD) is a chronic voice disorder. It leads to a characteristic strained and strangled voice (Gündel et al. 2007). Its etiology is unknown and there is no fundamental treatment. In Japan, SD is a rare disease and most physicians have little experience treating it. Few physicians can diagnose SD. In addition, as SD is virtually unknown among the public, its characteristic voice is not perceived as a symptom of a disease, neither by others nor by sufferers themselves. Considering this situation, we can say that SD is an incompletely medicalized disease. While medicalization has been criticized for its aspect of social control and its tendency to individualize social problems, incomplete medicalization has been relatively less discussed and few empirical studies of those diseases have been conducted. In this paper, I focus on SD as an example of incomplete medicalization and examine the problems of incomplete medicalization from sufferer's point of view.Based on interviews with fifteen people suffering from SD, the three main difficulties identified are: an inability to explain their condition and loneliness, inappropriate definition of a SD's unique voice by others, and a visible negative reaction. One common underlying cause for these difficulties is the lack of a definitive diagnosis. Receiving a diagnosis could be an opportunity to reduce those difficulties. Obtaining a diagnosis opens possibilities of refusing incorrect interpretations, providing plausible explanations and disclosing their suffering to others. In the case of SD, I suggest that simply suffering does not constitute a "disease" in our society. Adequate medical diagnosis is a requisite condition for the social existence of the "disease."
著者
野島 那津子 Nojima Natsuko ノジマ ナツコ
出版者
大阪大学大学院人間科学研究科 社会学・人間学・人類学研究室
雑誌
年報人間科学 (ISSN:02865149)
巻号頁・発行日
no.40, pp.87-103, 2019-03-31

研究ノート本稿の目的は、「論争中の病」の代表格とされる筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)に関するNHKのテレビ番組を分析し、ME/CFSがどのようなものとして伝えられてきたか、その病気表象の変遷を明らかにすることにある。分析の結果、ME/CFSは、(1)1990年代には、「女性の弱さ」や「女性の社会進出の代償」として、(2)2000~2010年代前半には、仕事や学校生活でストレスを抱えるすべての「現代人」がかかり得る「現代病」として、そして、(3)2015年には、研究・支援されるべき深刻な「難病」として呈示されていた。こうしたME/CFSの病気表象の変遷は、「異常」の可視化と病気の「脱女性化」という特徴を有している。当初、ストレスや生活に対する女性の心持ちの問題とされていた症状は、次第に「異常」を示すさまざまなデータによって可視化されていった。とりわけ2000年代以降は、患者の脳画像を用いてME/CFSの症状を「脳の機能異常」として説明することが定型化した。また、「異常」の可視化と並行して、当初女性に「特有」の問題とされていたME/CFSは、誰もがかかり得る病気として「脱女性化」されていった。この「異常」の可視化と病気の「脱女性化」は、ME/CFSの表象が深刻な「難病」へと変容することに寄与したと思われる。
著者
山中 浩司 岩江 荘介 香取 久之 野島 那津子 樋口 麻里
出版者
大阪大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2014-04-01

研究期間中、希少疾患当事者53件(医療費公費負担対象疾患(インタビュー実施時)25件、2)その他希少疾患20件、3)未診断8件)に対して56回のインタビュー調査を実施した。うち、40件については、2017年3月に、病の経験と社会的認知に関係する11項目について中間報告書(162頁)をまとめ、関係者に送付し、概要を協力団体のウェブサイトに掲載した。40件の聞き取りデータ(のべ76時間)から、希少疾患患者における「社会的宙づり状態liminality」を明らかにし、成果の一部については、国内外の学会で報告を行った。また、こうした状態の中核をなす就労問題について、関係者から意見聴取も行った。