著者
高橋 直美
出版者
東洋大学ライフデザイン学部
雑誌
ライフデザイン学研究 (ISSN:18810276)
巻号頁・発行日
no.10, pp.109-124, 2014

童話「気のいい火山弾」は宮沢賢治が法華文学を志した初期の作品である。この作品の主人公であるベゴ石の特徴を多面的に考察するには、当時の賢治が日蓮の説く『法華経』の文底秘沈である「事の一念三千」(賢治は作品や書簡でこの「事の一念三千」を「妙法蓮華経」と記しているため、以下では「妙法蓮華経」と記し、経典である『法華経』と区別する)をいかに感得したのかとともに、賢治の仏教に対する見識の広さや科学に対する見方も知る必要がある。 火山弾であるベゴ石は火山の産物であり、永遠の生命を象徴する「石」である。その性格のよさは仏教の修行者の姿勢として重要なものであり、また火山信仰の対象である岩手山や、花巻・盛岡の巨石の文化等からも、ベゴ石の重要性を推察することができる。 一方で、ベゴ石は悪口罵詈されることを修行としている点から「クニサレモセズ」を理想とするデクノボーとは異なり、また、化他行である折伏行を行じていない点から、悪口罵詈・杖木瓦石の難を被りながらなお『法華経』を説いた常不軽菩薩とも異なっている。 ベゴ石の「みなさん。ながながお世話でした。苔さん。さよなら。さっきの歌を、あとで一ぺんでも、うたって下さい」というわかれのことばは、「393 昭和6年9月21日 宮沢政次郎・イチあて書簡」に記された「どうかご信仰といふのではなくてもお題目で私をお呼びだしください」に近い「摂受」と考えられる。また、日蓮は「攝受・折伏時によるべし」(「佐渡御書」)と説いているが、賢治も「摂折御文 僧俗御判」に「佐渡御書」の同文をのせ、「開目抄」の「無智悪人ノ国土ニ充満ノ時ハ摂受ヲ前トス。安楽行品ノ如シ。邪智謗法ノ者多キ時ハ折伏ヲ前キトス。常不軽品ノ如シ」等を羅列している。 以上のことからベゴ石の言動は、当時の賢治が考えた摂受と折伏の一つの形であるといえよう。
著者
高橋 直美
出版者
東洋大学ライフデザイン学部
雑誌
ライフデザイン学研究 (ISSN:18810276)
巻号頁・発行日
no.8, pp.177-195, 2012

宮沢賢治の『注文の多い料理店』に収録されている「烏の北斗七星」について、主人公が烏である意義、そして同書の広告にある「戦うものの内的感情」について考察した。 烏は山の神の使者であるとともに田の神(農耕神)の使者であるため、烏勧請のような儀礼が盛んになったようである。しかし、その一方で、烏が死をイメージさせるものであることから、「烏の北斗七星」の登場人物が烏である理由は、生と死の世界と表象させるのにふさわしい存在、そして、山烏が殺されることで山の神から田の神への春秋去来を、大尉(少佐)の生還から来るべき春(烏が夫婦で生活する期間)への喜びを表すことで、「田圃」の鳥としての烏を表しているのではないかと考えられる。群れを守るための烏の戦いは回避が不可能であり、自然界の掟は弱肉強食である。しかし、一切衆生悉皆成仏を考えると、敵も味方も自利利他の区別もなく、そこにはただ仏法の法則、すなわち〈妙法蓮華経〉が存在するのみとなる。ゆえに、殺生という悪業を犯さなければ生きていけない烏は、転重軽受の功徳を受けるために日蓮の法華経(北辰)を信仰する(妙見信仰)。烏の大尉の祈りは『妙法蓮華経 化城喩品第七』の「願意此功徳 普及於一切 我等與衆生 皆共成佛道」であり、賢治の信仰姿勢と通じているのである。烏が妙見信仰である理由は、マジエルの由来が北斗七星を含む星座である大熊座の〈Ursa Major〉の〈Major〉に由来することから理解できる。なぜなら北斗七星=北辰は妙見信仰として日蓮と深く関係しているからである。また、北斗七星の一つである破軍星は、この星の方向に向かって戦いを挑めば必ず負け、この星を背にして戦えば必ず勝つとされているため武士の信仰が篤かったこともあり、軍人である烏たちも信仰したものと考えられる。 ところで、私見ではあるが、賢治の烏を観察する態度や視点は、A.T. シートンの『シートン動物記』に収録されている「シルバースポット」とよく似ている。烏を軍隊にたとえ、鳴き声を区別し、烏の生態のよき観察者としてのその才能をいかんなく発揮しているからである。I considered on a 'significance that a hero is a crow and inner feeling of a fighting one' in its advertisement in in 'the Grate Bear of a Crow', which was recorded in a novel of Kenji Miyazawa's 'a restaurant taking many food order'. A crow is a messenger of mountain god and of the god of a rice field (an agricultural god), so courtesy such as 「烏勧請」is very popular, while a crow is ominous existence which makes death image, too. So some reasons why 'the Great Bear of Crow' is a crow are considered as a symbol of fertility of a rice Field in spring because of existence matching with the image of the world of the life and death or of a country crow's winning at the struggle for existence. Crow's battle which the struggle for existence for their survival means cannot avoid because it is the world of the law of the jungle. But if one thinks of「 一切衆生皆悉成仏」, Distinction between one's friends and foes disappears and one only preaches 'the Lotus Sutra', the teaching that one will change the law of fate and evil deeds and make one turn in one's grave. Therefore, a crow which must commit a crime for his survival has faith in the Grate Bear because it is concerned with Nichiren Shu (日蓮宗). Also, Kenji's attitude and his point of view which watch a crow looks like 'Silver Spot' recorded in Seton's "Wild animal I have known". He compares a crow to an army, distinguishes tearful voices and gives full scope to his ability as a good observer in the ecology of a crow.