著者
Ali Ferdowsi
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.33-48, 2016-03

2014年6月のイスラーム国(以下ISIS)のメディアへの華々しい登場以降、米国政治を規定する主要な要因の1つとして「恐怖心」がかつてない程の重要性を帯びてきている。本稿では政治心理学的な分析手法を援用しつつ、ISISが何よりも「テロ攻撃集団」としていかに「恐怖心」を醸成するための洗練された戦略を実践しているか、またそれが統計的には圧倒的に中東現地のムスリム一般住民を標的にしており、本来的にS.ハンティントン的な「西欧文明に敵対するイスラーム」という問題を内包していないにもかかわらず、米国エスタブリッシュメントによる他者への「恐怖心」によって如何に本質が曲解されて「ムスリム排斥」のような情緒的な政治主張に向かわせているかの契機を分析する。筆者は論稿中でマキャベリから以降最近に至るまでの政治学関係の議論を渉猟しつつ、「恐怖心」をめぐる問題が「テロル」との関係においていかに扱われてきたかを再検討し、西欧のメディアにおける「テロ集団」としてのISISの登場が政治学的な観点から提起している問題の新しさと古さを跡付けようとする。同時に現在の米国社会を覆っているイスラモフォビアの情緒的反応についてもその淵源が古くかつ政治的に根深い問題から発していることを指摘している。本論稿の分析は直接的にはISISによって政治的な雰囲気が大きく変容するなかで大統領選挙の年を迎えている米国の国内政治を扱うものであるが、ここでの議論は「アラブの春」以降のシリア危機に発する難民問題に直面している欧州(EU)や、2015年11月のパリのテロ多発事件以降緊迫した雰囲気に覆われているフランスの政治状況にも通底しており、その意味では偶々2014年にISIS によって惹起されたとはいえそれ自体が自律的な展開の契機を内包する現代社会の政治的な抑圧的システムのグローバルな拡大と拡散に警鐘を鳴らそうとするものである。
著者
Ali Ferdowsi
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.33-48, 2016 (Released:2019-12-03)

2014年6月のイスラーム国(以下ISIS)のメディアへの華々しい登場以降、米国政治を規定する主要な要因の1つとして「恐怖心」がかつてない程の重要性を帯びてきている。本稿では政治心理学的な分析手法を援用しつつ、ISISが何よりも「テロ攻撃集団」としていかに「恐怖心」を醸成するための洗練された戦略を実践しているか、またそれが統計的には圧倒的に中東現地のムスリム一般住民を標的にしており、本来的にS.ハンティントン的な「西欧文明に敵対するイスラーム」という問題を内包していないにもかかわらず、米国エスタブリッシュメントによる他者への「恐怖心」によって如何に本質が曲解されて「ムスリム排斥」のような情緒的な政治主張に向かわせているかの契機を分析する。筆者は論稿中でマキャベリから以降最近に至るまでの政治学関係の議論を渉猟しつつ、「恐怖心」をめぐる問題が「テロル」との関係においていかに扱われてきたかを再検討し、西欧のメディアにおける「テロ集団」としてのISISの登場が政治学的な観点から提起している問題の新しさと古さを跡付けようとする。同時に現在の米国社会を覆っているイスラモフォビアの情緒的反応についてもその淵源が古くかつ政治的に根深い問題から発していることを指摘している。本論稿の分析は直接的にはISISによって政治的な雰囲気が大きく変容するなかで大統領選挙の年を迎えている米国の国内政治を扱うものであるが、ここでの議論は「アラブの春」以降のシリア危機に発する難民問題に直面している欧州(EU)や、2015年11月のパリのテロ多発事件以降緊迫した雰囲気に覆われているフランスの政治状況にも通底しており、その意味では偶々2014年にISISによって惹起されたとはいえそれ自体が自律的な展開の契機を内包する現代社会の政治的な抑圧的システムのグローバルな拡大と拡散に警鐘を鳴らそうとするものである。(文責・鈴木均)
著者
Ali Ferdowsi
出版者
独立行政法人 日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.122-137, 2015 (Released:2019-12-07)

ハッジ・サイヤーフ(1836-1925年)は広く19世紀中葉の欧米を見聞した旅行家であり、またイラン人として最初にアメリカ合衆国の市民権を得た人物である。彼がその生涯で訪れた国や地域は順にコーカサス地方、イスタンブール、ヨーロッパ諸国、米国、日本、中国、シンガポール、ビルマ、インドなどに及ぶ。またメッカは9度巡礼しており、エジプトも数度訪れている。だが彼の本領は単なる世界旅行者というよりも、彼が卓越した旅行記作家だったところにある。本論は前半においてサイヤーフの生涯を改めて簡潔に紹介し、後半部では彼の記録から典型的な事例を4つほど引用してその個性的な自己認識と自己形成を跡付ける。それは総じて非ヨーロッパ系のアジア出身者として西欧的な「市民」概念とどう対峙し、それを自らの属性として血肉化したかを具体的に物語っている。これを読むとハッジ・サイヤーフは欧米の一流の政治家・知識人と交流を持っていたことが理解される。またサイヤーフは当時の著名な汎イスラミスト、ジャマール・アッディーン・アフガーニー(1838/9-97年)とも親交があった。最後に筆者はサイヤーフが明治維新直後の1875年に日本(横浜)を半年ほど訪れ、ハッジ・アブドッラー・ブーシェフリーなる人物と邂逅したことを紹介している。上記4番目の事例はサイヤーフが日本を訪れる直前インタビュー記事だという。(文責・鈴木均)