著者
須田 亮子
出版者
京都女子大学・京都女子大学短期大学部
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.107-132, 2005-06-30
著者
八木 意知男
出版者
京都女子大学・京都女子大学短期大学部
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
vol.142, pp.101-129, 2008-01

本稿は次の拙稿にひき続く作業である。○「『妙法院日次記』による開帳記録」(『女子大國文』第百四十号、平成十九年一月) ○「京都近世開帳記録(二)」(『女子大國文』第百四十一号、平成十九年九月) これ迄に、『妙法院日次記』『雍州府志』『日次紀事』『名所車』『宣長在京日記』等を扱って来たが、本稿では『近畿歴覧記』『京華要誌』『月堂見聞集』を対象とした。近世期京都における開帳実態の把握は、大層困難であって、これで全貌が明らかになったとはとても言い得ない。例えば、臨川書店『優品在庫目録-奈良絵巻・奈良絵本・屏風・図巻-』(平成十九年春季特集号)は寛政八年(一七九六)年紀の『山口素絢画 稲荷山開帳図』(二軸)を載せるが、この開帳の事実は未だ論者には把握出来ていない。今後の問題となる。
著者
峯村 至津子
出版者
京都女子大学国文学会
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
no.169, pp.1-28, 2021-09
著者
八木 意知男
出版者
京都女子大学・京都女子大学短期大学部
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
vol.137, pp.22-39, 2005-06-30

神仏が人々に生きる術をはじめ意志を告げる託宣は、文である場合と和歌である場合とがある。この託宣和歌には様々な問題が内在し、一筋縄にはいかない。そもそも託宣和歌の射程は独り和歌史上だけの問題ではない。本稿でもふれた天照皇太神神詠「阿弥陀仏と唱ふる人のむなしくは」歌が徳川秀忠筆『三社託宣』に記されていることはすでにふれた(拙稿「三社託宣と和歌」、『女子大國文』一二六号、平成十一年十二月)。故に教訓書は勿論、信仰掛軸の問題へも及ぶこととなる。本稿では、祗園神の託宣和歌に限定して、託宣和歌に関する問題点の種々相を考えようとした。「八雲たつ」歌を中心に神詠と託宣和歌の境目を、「長きよの」歌を中心に異伝・異文関係にあるとされる託宣和歌の扱い方を、「わがやどに」歌を中心に託宣の結果を確認する必要性を、述べた。
著者
新間 一美
出版者
京都女子大学国文学会
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
no.153, pp.134-151, 2013-09

松尾芭蕉の『奥の細道』は、「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」で始まっており、李白の「春夜宴桃李園序」(古文真宝後集)の冒頭部「光陰者、百代過客」を踏まえたものとされる。その後、「弥生も末の七日」(元祿二年〈一六八九〉三月二十七日)に深川の芭蕉庵を出発する。門人に見送られ、彼等と千住で別れる時に「行く春や鳥啼き魚の目は泪」を詠み、それを「矢立てのはじめ」として、そこから旅が始まる。 春から夏へと季節が移り、平泉で杜甫の「春望」詩の「城春にして草木深し」を踏まえた「夏草やつはものどもが夢の跡」の句を詠む。ほぼ半年の旅が続いて、九月六日に岐阜の大垣で「蛤のふたみに別れ行く秋ぞ」の句が詠まれて、作品が終わる。 この「行く春」と「行く秋」は首尾呼応しており、冒頭の「百代の過客」も加えて、作品全体の主題を示しているとも考えられている。
著者
八木 意知男
出版者
京都女子大学国文学会
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
no.141, pp.92-105, 2007-09

『女子大國文』第百四十号(平成十九年一月)に「『妙法院日次記』による開帳記録」を発表した。近世期京都における開帳実態を把握し、文化史・宗教史・博物館史を考える資料を得ようとする為のものである。しかし、京都における開帳は、上記一点ではとても把握しきれない。そこで、本稿では黒川道祐の記す式日開帳を中心に、本居宣長『在京日記』等の開帳記録を開示する。折柄、川端咲子・正木ゆみ両氏の「『開帳おどけ 仮手本忠臣蔵』考-忍頂寺文庫本を出発点として-」(『忍頂寺文庫・小野文庫の研究』共同研究グループ・国文学研究資料館編『忍頂寺文庫・小野文庫の研究2』所載、二〇〇七年三月)が発表され、臨川書店『優品在庫目録』(平成十九年春季特別号)に「山口素絢所 稲荷山開帳図 寛政八年画 二軸」が載った。前者は開帳と演劇との結びつきを如実に示し、後者は開帳が庶人遊楽の場であったことを示している。開帳の文化史的意儀の一端がここにある。
著者
八木 意知男
出版者
京都女子大学国文学会
雑誌
女子大国文 (ISSN:02859823)
巻号頁・発行日
no.159, pp.100-115, 2016-09

神社祭礼の後には直会と称する神と共食の事がある。基本的には神前に供えられた品々を撤下して頂くのである。故に、神前に供進されることのない獣肉が直会の場に出ることは稀となる。一方、近年の結婚披露宴では、獣肉は当然の様に見うけられる。これは一体何時の頃からの風潮であろうか。明治初期に肉食は解禁されたのであるから、結婚披露宴に出ても何程も問題ではない。この点を確認の為に、敢えて資料一点を開示する。また、皇族・宮家・華族等に属さぬ人々の晴儀の食事の実質を知る為の資料である。食材の把握は、風俗文化史の一面を知る大きな鍵である。かかる立場から資料を開示するものである。