著者
岡田有司 大久保智生 半澤礼之 中井大介 水野君平 林田美咲 齊藤誠一
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画趣旨 学校適応に関する研究は近年ますます活発になり,小学校・中学校・高校・大学と各学校段階における学校適応研究が蓄積されてきている。学校段階によって学校環境や児童・青年の発達の様相は異なるといえ,学校適応研究においても学校段階を意識することが重要だといえる。こうした問題意識から,企画者らは2017年度は小学校段階に焦点をあてて学校適応について検討を行った(大久保・半澤・岡田,2017)。本シンポジウムでは,中学校段階に注目し,主に友人関係の観点から学校適応にアプローチする。 先行研究では中学生の学校適応に影響を与える様々な要因について検討されてきたが,その中でも友人やクラスメイトとの関係は学校への適応に大きなインパクトがあることが示されてきた(岡田,2008;大久保,2005など)。 中学校段階は心理的離乳を背景に友人関係の重要度が増すとともに,同性で比較的少人数の親密な友人関係である,チャムグループを形成する時期であるとされる(保坂・岡村,1986)。そして,この時期の友人関係では,内面的な類似性が重視され,排他性や同調圧力が強くなるといった特徴のあることが指摘されている。このような友人関係を形成することは発達的に重要な意味がある一方で,中学校段階において顕在化しやすい学校適応上の諸問題と密接に関連していると考えられる。 以上の問題意識から,本シンポジウムでは友人という観点を含めながら中学生の学校適応について研究をされてきた登壇者の話題提供をもとに,この問題について理解を深めてゆきたい。中学生の「親密な友人関係」から捉える青年期の学校適応中井大介 近年,青年期の友人関係に関する研究では青年が親密な関係を求めつつも表面的で希薄な関係をとることや状況に応じた切替を行うといった複雑な様相が指摘されている(藤井,2001;大谷,2007)。その中で,依然として「親友」と呼ばれるような「親密な友人関係」が青年期の学校適応や精神的健康に影響することも指摘されている(岡田,2008;Wentzel, Barry, & Caldwell, 2004)。 一方で,このように重要とされている青年期の親密な友人関係であるが,そもそも青年にとって,このような親密な友人関係がどのようなものであるかを検討した研究は少ない(池田・葉山・高坂・佐藤,2013;水野,2004)。その中でこのような青年期の親密な友人関係をとらえる枠組みの一つとして,近年,青年期の友人に対する「信頼感」の重要性が指摘されている。 しかし,この青年期の友人に対する「信頼感」については,質的研究は行われているものの量的研究が少ないため未だ抽象的な概念である。この点を踏まえれば青年期の親密な友人関係について主体としての青年自身が信頼できる友人との関係をどのように捉えているのかを量的研究によって検討する必要があると考えられる。 加えて上記のように中学生にとって親密な友人関係が学校適応や精神的健康に影響を及ぼすことを踏まえれば,友人に対する信頼感と学校適応の関連を詳細に検討する必要性があると考えられる。しかし,これまで友人に対する信頼感が学校適応とどのような関連を示すかその詳細は検討されていない。そのため生徒の学年差や性差などによる相違についても検討する必要がある。 そこで本発表では中井(2016)の結果をもとに,第一に,「生徒の友人に対する信頼感尺度」の因子構造と学年別,性別の特徴を検討し,第二に,友人に対する信頼感と学校適応との関連を学年別,性別に検討する。これにより中学生の学校適応にとって「親密な友人関係」がどのような意味を持つかについて今後の研究課題も含め検討したい。スクールカーストと学校適応感の心理的メカニズムと学級間差水野君平 思春期の友人関係では,「グループ」と呼ばれるような同性で,凝集性の高いインフォーマルな小集団が形成されるだけでなく(e.g., 石田・小島, 2009),グループ間にはしばしば「スクールカースト」という階層関係が形成されることが指摘されている(鈴木, 2012)。スクールカーストは,生徒の学校適応やいじめに関係することが指摘されている(森口, 2007;鈴木, 2012)。中学生を対象にした水野・太田(2017)では学級内での自身の所属グループの地位が高いと質問紙で回答した生徒ほど,集団支配志向性という集団間の格差関係を肯定する価値観(Ho et al., 2012;杉浦他, 2015)を通して学校適応感に関連することを明らかにした。このように,スクールカーストに関する心理学的・実証的な知見は未だに少ないことが指摘されているが(高坂, 2017),スクールカーストと学校適応の心理的プロセスが少しずつ示されてきている。 また,個人内の心理的プロセスだけでなく,学級レベルの視点を取り入れた研究も必要であると考えられる。なぜなら,学校適応とは「個人と環境のマッチング」(近藤, 1994;大久保・加藤, 2005)と言われるように,個人(児童や生徒)と環境(学級や学校)の相性や相互作用によって捉える議論も存在するからである。さらに,近年のマルチレベル分析を取り入れた研究から,学級レベルの要因が個人レベルの適応感を予測することや(利根川,2016),学級レベルの要因が学習方略に対する個人レベルの効果を調整すること(e.g., 大谷他,2012)のように,日本においても学級の役割が実証的に示されてきているからである。 本発表では中学生のスクールカーストと学校適応の関連について,スクールカーストと学校適応の関連にはどのような心理的メカニズムが働いているのか,またどのような学級ではスクールカーストと学校適応の関係が強まってしまう(反対に弱まってしまう)のかを質問紙調査に基づいた研究を紹介して議論をすすめたい。友人・教師関係および親子関係と学校適応感林田美咲 従来の学校適応感に関する多くの研究では,友人や教師との関係が良好であり,学業に積極的に取り組む生徒が最も学校に適応していると考えられてきた。しかし,学業が出来ていない生徒や教師との関係がうまくいっていない生徒が必ずしも不適応に陥っているとは限らない。そこで,今回は学校適応感を「学校環境の中でうまく生活しているという生徒の個人的かつ主観的な感覚(中井・庄司,2008)」として捉え,検討していく。 友人関係や教師との関係が学校適応感に及ぼす影響については,これまでも検討されてきている (例えば,大久保,2005;小林・仲田,1997)。さらに,家族関係も学校適応感と関連することが示されており,学校適応について検討する際には家族関係やクラス内にとどまらない友人関係も考慮するという視点が必要であると指摘されている (石本,2010)。人生の初期に形成される親子関係は,後の対人関係を形成する上での基盤となることが考えられる。そこで,親への愛着を家族関係の指標とし,友人関係,教師との関係と合わせて,学校適応感にどのような影響を及ぼすのかについて検討した(林田,2018)。 その結果,愛着と学校内の対人関係はそれぞれに学校適応感に影響を及ぼすだけでなく,組み合わせの効果があることが示唆された。親子関係が不安定なまま育ってきた生徒であっても,友人関係や教師との関係に満足していることが補償的に働き,学校適応感が高められることや,友人関係や教師との関係に満足できていない場合,親への愛着の良好さに関わらず,高い学校適応感が得られにくいことが示唆された。つまり,学校適応感を高めるためには,友人関係や教師との関係が満足できるものであることが特に重要であると考えられる。 本発表では,親への愛着や友人関係,教師との関係といった中学生を取り巻くさまざまな対人関係が学校適応感にどのような影響を及ぼしているのかについて,研究結果を紹介しながら考えていきたい。
著者
郡司菜津美
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 現在,大学の教員養成の段階で,どの教員にとっても必須である性教育指導に関する必修カリキュラムは組まれておらず,教員志望の学生らが性教育に関する指導スキルを十分に身につけていないまま現場に出て行くことが課題となっている(天野ら,2001:西田ら,2005:児島,2015:長田ら,2016)。つまり,性教育の「指導方法がわからない(佐光ら,2014)」まま教壇に立つ教員を養成し続けていることになる。そこで,本研究では,教員志望の学生が,性教育の適切な指導スキルを身につけられるプログラムを開発することを目指し,学生が模擬授業を行うラーニングバイティーティング形式による性教育指導に関する主体的対話的学びの講義を実施し,その学習効果を検討することを目的とした。方 法 2017年7月,首都圏A私立大学の教員免許取得必修科目「生徒指導論」において,受講者84名(男子67名,女子17名)を対象に,「性に関する正しい知識を指導できるようになろう」という課題を与え,ラーニングバイティーチング形式の講義を実施した。具体的には,筆者が高等学校での性教育講演で用いるPPT資料を配布し(内容は①第2次性徴&デートDV,②妊娠と中絶,③性感染症,④性的マイノリティ),4つのグループで構成された1チーム内で内容を分担し,それぞれの資料を元に指導略案を作成,その場で互いに模擬授業を実施させた。授業の学習効果を明らかにするため,授業の前後に性に関する知識(上記①~④に関するもの)を問う質問紙調査(回答は記述式13問と選択式6問の全19問)を実施し,質問内容の回答がわからない場合には「わからない」と記述すること,あるいはその項目を選択するように教示した。それぞれの質問内容に対して①適切に理解していると判断できる回答をした人数,②わからないと回答をした人数,③①における性差について,それぞれ授業前後及び性差に有意な差があるかどうかを,①と②についてはt検定(対応のある),③についてはχ2検定を用いて検討した。結 果1. 適切に理解していると判断された回答数 全19問の性に関する知識を問う項目について,84名の回答を集計した結果,適切に理解していると判断される回答をした人数の平均値は,授業前が1問あたり38.95人,授業後は59.47人であり,授業の前後で適切に理解している回答を記入した人数に有意な差があることが示された(t=6.109, df=18, p<.001)。各質問項目について,最も理解度に変化があったのは,「避妊の確率が高い順序の並び替え」「同性愛者の方が異性愛者よりも性感染症(HIV)に罹患しやすいこと」の2項目であり,授業前の正答率がそれぞれ1.19%,27.38%であったのに対して,授業後は44.05%,63.10%と増加した。2.わからないと表記された回答数 1.と同様に集計した結果,授業前は1問あたり24.74人であったのに対して,授業後は5.95人であり,授業の前後でわからないと表記した人数に有意な差があることが示された(t=6.909, df=18, p<.001)。3.理解度における性差について 全19問について,適切に理解していると判断された回答を記入した人数について,性差があるかどうかを授業前後で比較した結果,全ての問題において有意な差がみられなかった。考 察 本研究では,性に関する内容を検討・模擬授業させるラーニングバイティーチング形式による講義を実施した。その結果,授業前後で性に関する問いに適切に回答できる学生数が増加し,「わからない」と回答する学生数が減少した。これらは,⑴仲間に教授すること (Teaching),⑵仲間の教授を受けること(Learning through Peer Teaching)の効果であることが推測される。指導案を検討し,模擬授業を実施するという授業デザインによって,学生らが主体的・対話的に学んだと考えられる。また,全ての項目について,回答数に性差が見られなかったことから,互いの性別に関係なく,対話的に学習する機会であったことが推測できる。 本研究での実践は,講義内での学習を目的としたものではなく,教育実習や,教員になった際に現場で活かされるために行ったものである。従って,本実践で得られたことが,学生らの未来の教育実践にどのように活かされて行くのか,そのことを引き続き検討していくことが重要である。付 記本研究はJSPS科研費 17K18104の助成を受けたものです。
著者
犬塚美輪 島田英昭 深谷達史 小野田亮介 中谷素之
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画の趣旨 論理的文章の読み書きは,教授学習の中の中心的活動の一つである。自己調整学習の研究や指導実践が数多く実施され,読解や作文を助ける方略やその指導が提案されてきた。 本シンポジウムの第一の目的は,読むことと書くことの関連性を捉え,その観点から新たな論理的文章の読み書きの指導を考えることである。読むことと書くことの研究は,別の研究領域として扱われることが多かった。しかし,両者は本来テキストによって媒介されるコミュニケーションとしてつながりを持つものと考えられる(犬塚・椿本,2014)。従来明示的でなかった読むことと書くことのつながりを意識することで,読み書きの研究・実践に新たな視点を提示したい。 第二の目的は,感情の側面を視野に入れた読み書きのプロセスを検討することにある。論理的文章の読み書きでは,動機づけ以外の情動的側面に焦点があてられることが少ないが,その一方で,情動要因の影響を示す研究も増えている。特に実践の場では学習者の情動的側面は無視できない。これらの観点を総合的に踏まえ,論理的文章の読み書きの指導について検討したい。感情と論理的文章の読み書き島田英昭 文章の読み手は感情を持つ。論理的文章を書いても,読み手の感情によっては論理的に読まれない。本シンポジウムでは,読み手の感情が文章の読みに影響することを示した,話題提供者自身の実験研究を2点紹介し,論理的文章の読み書きについて二重過程理論の観点から考える。 第1の実験研究は,読解初期の数秒間における読みのプロセスである(島田, 2016, 教育心理学研究)。実験参加者は,タイトル,挿絵,写真の有無等が操作された防災マニュアルの1ページを2秒間一瞥し,そのページをよく読んでみたいか,そのページがわかりやすそうか,の質問に答えた。その結果,タイトル,挿絵,写真の存在が,読み手の動機づけを高めることを示した。また,タイトルのような文章の構造に関わる情報の効果は,挿絵・写真のような付随的な情報の効果に比べ,より高次の認知プロセスによることが示唆された。 第2の研究は,共感と読みの関係である(Shimada, 2015, CogSci発表)。教員養成課程の学生が,「わかりやすい教育実践報告書の書き方」と題されたマニュアルを読み,内容に関するテストへの回答,主観的わかりやすさの評価等を行った。マニュアルは2つの条件で作成し,一つは書き方のマニュアルに特化した統制条件,もう一つは執筆者のエピソードや挿絵等を追加した実験条件であり,実験条件は執筆者への共感喚起を意図したものであった。その結果,実験条件は統制条件に比べ,内容テストの得点は低かったが,執筆者に対する共感,主観的わかりやすさが高かった。 これらの実験研究は,読み手が文章を読むときに,動機づけや共感等の感情が影響していることを示している。ここから,論理的文章の読み書きについて,二重過程理論の観点から考える。二重過程理論とは,人間の思考や意思決定が無意識的,直観的で素早いシステム1と,意識的,熟慮的で遅いシステム2の並列処理により行われるというモデルである。このモデルから,読み手が論理的文章を論理的に読むための条件として,(1)読み手がシステム2を働かせる動機づけを高めること,(2)読み手がシステム1の感情的偏りに気づき,論理的情報を論理的に処理すること,の2点が浮かび上がる。本シンポジウムでは,読み手のこのような特性に基づき,「論理的に読んでもらえる論理的文章」について議論する。自ら方略的に読み書く児童を育てる授業実践―小学校4年生における説明的な文章の指導―深谷達史 文章を的確に読むための知識は,文章を的確に書くためにも有用であることがある。例えば,説明的な文章が主に「問い-説明-答え」の要素からなるという知識は,説明文を読む場合のみならず書く場合にも活用可能だろう。本研究は,説明的な文章の読解と表現に共通して働く知識枠組みを「説明スキーマ」と捉え,小学校4年生1学級を対象に,説明スキーマに基づく方略使用を促す2つの説明的文章の単元の実践を行った。 実践1は1学期の5月に(単元名「動物の秘密について読んだり調べたりしよう」),実践2は2学期の10月に行われた(単元名「植物の不思議について読んだり知らせたりしよう」)。2つの実践では,単元の前半に説明スキーマを明示的に教授し,問いの文を同定するなど,説明スキーマを活用して教科書の教材を読み取らせた。単元の後半では,問い-説明-答えの要素に基づき,授業時間外に読んだ関連図書の内容を説明する文章を作成した。また,こうした単元レベルの主な手だての他,1単位時間の工夫としても,ペアやグループで読んだことや書こうとしていることを説明,質問しあう言語活動を設定し,内容の精緻化を図った。 効果検証として3つの調査を行った。事前調査は4月に,事後調査は11月(表現テストのみ12月)に実施した。第1に,質問紙調査を行った。例えば,読みと書きのコツについて自由記述を求めたところ,読み・書きの両方で,事前から事後にかけて説明スキーマに基づく記述数の向上が認められた。第2に,実際のパフォーマンスを調べるため,授業で用いたのとは別の教科書の教材をもとにテストを作成し,回答を求めた。その結果,問いの文を書きだす設問と適切な接続語を選択する設問の両方で,正答率の向上が確認された。最後に,事後のみだが,他教科(理科)の内容でも,自発的に説明スキーマに基づく表現を行えるかを調査したところ,大半(9名中8名)の児童が,問い-説明-答えの枠組みに基づいて表現できた。自己調整学習の理論では,他文脈での方略活用が目標とされることからも(Schunk & Zimmerman, 1997),論理的に読み書く力を育てる試みとして本研究には一定の意義があると思われる。意見文産出における自己効力感の役割小野田亮介 意見文とは「論題に対する主張と,主張を正当化するための理由から構成された文章」として捉えられる。主張を正当化する理由には,自分の主張を支持する「賛成論」だけでなく,主張に反する理由である「反論」とそれに対する「再反論」が含まれるため,論理的な意見文には,これらの理由が対応し,かつ一貫していることが求められる。それゆえ,意見文産出に関する研究では,学習者が独力で適切な理由選択を行い,一貫性のある文章を産出するための目標や方略の提示が行われてきた(e.g., Nussbaum & Kardash, 2005)。 ただし,理由間の一貫性を考慮した文章産出は認知的負荷の高い活動であるため,上述の介入を行ったとしても全ての学習者が目標を達成できるとは限らない。忍耐強く文章産出に取り組むためには,文章産出に対する動機づけが不可欠であり(e.g., Hidi & Boscolo, 2006),中でも「自分は上手に文章を産出できる」といった自己効力感を有することが重要だと指摘されている(e.g., Schunk & Swartz, 1993)。したがって,目標達成を促す介入を行ったとしても,そもそも学習者の意見文産出に対する自己効力感が高くなければ,介入の効果は十分には得られない可能性がある。 ところが,筆者のこれまでの研究では,意見文産出に対して高い自己効力感を有する学習者ほど,目標達成に消極的であるという逆の結果が確認されてきた(小野田,2015,読書科学)。その原因として考えられるのは,意見文産出に対する自己効力感が「自分なりの書き方への固執」と関連している可能性である。すなわち,「自分は上手に意見文を産出できる」と考えている学習者は,書き方を修正する必要性を感じにくいため,意見文産出の目標や方略を外的に与えられたとしても書き方を修正しようとしなかった可能性がある。 ここから,意見文産出指導では自己効力感がときに介入の効果を阻害することが予想される。その場合には,学習者の自己効力感を揺らしたり,一時的に低減させるような指導が必要になるのかもしれない。本発表では,これらの研究結果について紹介しつつ,説得的な意見文産出を支援するための工夫について考えていきたい。
著者
大対香奈子 田中善大 庭山和貴 月本彈# 小泉令三
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画趣旨大対香奈子 この20年間で教育に関わる行政や法制度はめまぐるしく変化し,特に最近の動向としてはインクルーシブ教育,合理的配慮,予防的支援,チーム学校というキーワードが特徴的である(石隈, 2017)。これまでの,発達障がいや不登校といった支援を必要とする児童生徒に個別に支援を行うという考え方から,全ての児童生徒を対象とした予防的観点からのアプローチ,そして教員と専門家がチームとして取り組むという支援体制が強く求められるようになってきている。 このような社会的要請に応じるための一つの学校支援のあり方として,スクールワイドのポジティブな行動支援(School-wide Positive Behavior Support; SW-PBSまたはSchool-wide Positive Behavioral Interventions and Supports; SW-PBIS)がある。SW-PBSはアメリカではすでに25,000校以上で導入されており,問題行動の減少,学力や授業参加行動の向上,学校風土の改善等の効果があることが実証されている。近年,日本においてもSW-PBSが注目され,少しずつではあるがその導入が進められている。本シンポジウムでは,日本におけるSW-PBSの実践例を話題提供者から紹介していただき,日本において導入する上での課題について議論をしたい。また,その普及における導入の忠実性をどのように保ち,効果のエビデンスをどう示していくかということについても検討していきたい。指定討論者には社会性と情動の学習(Social and Emotional Learning; SEL)の導入実践の日本における第一人者である小泉令三先生にお越しいただき,SELの導入を進めてこられた経験から指定討論をしていただく。小学校のSW-PBSにおける第1層支援の効果検討月本 彈 近年SW-PBSは,日本において導入が進められつつあるが,依然効果検討がほとんどなされていない。また,日本に導入する際に必要となる人材やコストや課題なども明らかでない。 話題提供では,徳島県の公立小学校へ導入したSW-PBSの全学級・全児童を対象とした第1層支援の実践について紹介する。本実践では,応用行動分析学の専門家が,研修や助言を行った。対象校の教職員は,コーディネーターを中心とし,学校目標マトリックス図を作成し,その中の優先度が高い行動目標について,行動指導計画を作成し,それに従って児童に対して行動目標の指導が行われた。具体的には,きまりを守るための行動(授業に必要なものを準備するなど), 自分と友達を大事にするための行動(あったか言葉を使うなど),すてきな言葉をつかう(あいさつをするなど)の3つに関わる行動が指導された。 行動の指導の方法は,主に教職員による教示,モデリングとロールプレイ,賞賛やグラフフィードバックによる強化であった。本実践の効果について,行動指標(指導された行動に関する行動変容の記録)と評価尺度のデータ(日本語版School Liking and Avoidance Questionnaire(SLAQ)と日本語版Strengths and Difficulties Questionnaire(SDQ)を修正したもの)から検討した。さらに,教職員への今回の取り組みについての重要性や負担感,成果などを尋ねるアンケートから,社会的妥当性を検討するとともに,管理職へ今回の取り組みに関する付加的な予算の使い道などをアンケートで尋ねることでSW-PBSを導入する際に必要な人材やコストと課題についても検討する。中学校の学年ワイドのPBISが生徒指導件数に及ぼす効果―日本の学校教育現場におけるデータに基づく意思決定システムの可能性―庭山和貴 SW-PBISの要素として,子どもの行動に対するポジティブな行動支援の“実践”,それを実施する教職員の行動を支援するための“システム”,そしてこれらが上手く機能しているかどうかを確認・改善するための“データ”に基づく意思決定,が挙げられる (Horner & Sugai, 2015)。これらの要素のうち,日本の学校教育現場への普及を考えた際に最も導入困難なのは“データ”である。米国では,Office Discipline Referral (ODR) と呼ばれる問題行動の記録が,SW-PBISの効果指標として広く使われており,どの子どもにより集中的な支援が必要なのか,どの場面・時間帯の問題行動を重点的に予防すべきか,などの意思決定のために活用されている。 日本の教育現場においても,特に中学校・高校では生徒指導の記録(生徒指導担当教諭に報告するレベルの問題行動の記録)を記述的に残している場合がある。米国のODRを参考にして,このような生徒指導の記録を,教育現場におけるより良い意思決定や,支援の効果検証に活用可能な形にすることは可能である。 本話題提供では,関西圏の公立中学校において,学年規模のPBISを実施し,その効果検証に生徒指導の記録を用いた実践研究について紹介する。介入の効果指標として,記述的に残されていた生徒指導の記録を,ODRの記録フォーマットを参考に,件数として把握できる形に整えた。そして,この生徒指導件数を各月の授業日数で割り,一日当たりの生徒指導件数の月毎の推移をグラフ化した。介入として,庭山・松見(2016)をもとに,生徒の望ましい行動を担任教師らが積極的に言語賞賛する取り組みを実施した。さらに生徒指導担当教諭が,担任教師らの取り組みが持続しやすいように教師支援を行った。その結果,担任教師らの授業中の言語賞賛回数が増え,子ども達の望ましい行動が増加した。そして,問題行動は相対的に減少したことが,生徒指導件数の減少により確かめられた。本話題提供では,この実践研究の過程において,生徒指導件数の記録がどのように支援の継続や改善の意思決定のために活用されたのかについて述べ,日本の教育現場におけるデータに基づく意思決定システムの可能性について検討する。小学校における学級を基礎としたSW-PBSの展開田中善大 学級は,日本の学校における基礎的な単位であり,児童生徒への支援を考える上で重要なものである。SW-PBSでは,学校全体(第1層)から小集団(第2層),個人(第3層)へと階層的で連続的な支援を実施する。学級という単位はどの層の支援にも関連するため,SW-PBSの実践において重要なものとなる。 SW-PBSにおいておける学校規模での1層支援は,日本においても学級単位(Class-wide: CW)であれば多くの実践が効果的に実施されている。学級において効果が確認されたポジティブな行動支援の方法を学校全体で共有し,実施すればSW-PBSにおける1層支援となる。また,必要な児童に対しては,学級集団に対する介入と合わせて,より個別的な支援を実施している場合も多い。これは学級単位での多層支援であり,1層支援と同様に効果的なものを学校全体で共有することで効果的にSW-PBSを進めることができる。 話題提供では,SW-PBSの導入校(話題提供1と同様の学校)の4年生2学級において実施した学級単位の介入及びその後実施された学校規模の取り組みについて紹介する。学級単位での介入では,多層支援として,学級全体に対する介入とより個別的な介入を実施し,その効果を確認した。学級全体の介入で対象とした行動は,学校全体で作成した学校目標マトリックス図をもとに決定した(「おへそを向けて話を聞く」「うなずきながら話を聞く」など)。介入では,学級単位のSSTの実施,適切行動を引き出す声掛け及び適切行動に対する言語称賛,集団随伴性に基づく介入などを実施した。また,学級全体に対する介入に加えて一部の児童に対してはより個別的な支援を実施した。教員による行動観察の結果から,学級介入の効果(適切行動の増加)が確認された。効果が確認された学級(CW)に対する介入は,より簡易な形に変更して学校全体(SW)でも実施された。話題提供では,これらの実践の報告から,学級を基礎としたSW-PBSの展開について検討する。小学校のSW-PBSの導入による教師の行動変化大対香奈子 実践の忠実性とは,その実践が理論的モデルやマニュアルに沿って意図されたように実践された程度と定義され(Schulte, Easton, & Parker, 2009),忠実性の高いSW-PBSほど効果的であることは様々な成果のデータから示されている(Horner et al., 2009; Kelm & McIntosh, 2012)。つまり,しかるべき手続きがどの程度忠実に実践されているかということが,高い効果を生むかどうかを左右するのである。SW-PBSは学校規模での実践であるため,その実践者は全教師である。 SW-PBSでは,問題行動に注目するのではなく,より適応的な行動を児童生徒に明確に呈示し,教え,その行動が見られた時には承認するという手続きが重要な要素として含まれる。したがって,教師が児童生徒の望ましい行動を効果的に賞賛したり承認したりすることが大きなポイントとなる。教師の賞賛は,適切な行動や学業従事行動を増加させるという実証研究は数多くあるが(Chalk & Bizo, 2004; 庭山・松見, 2016),SW-PBSの導入により実際に教師の賞賛行動が増えるのかについて検討したものはほとんど見当たらない。 そこで,本話題提供では,大阪府の公立小学校へのSW-PBSの導入により,教師の児童に対する賞賛および叱責の回数がどのように変化したのかという実践例のデータを示しながら,SW-PBSの導入が教師のどのような行動変化を生むのかについて,検討したい。また,SW-PBSの効果につながるような教師の行動変化を生むためには,どのような導入の手続きが必要と考えられるかについても議論し,今後の日本におけるSW-PBSの普及と効果的な導入のために,教師や校内のリーダー的役割を果たす教師への研修に含めるべき内容や必要な導入の手続きについて検討する。また,SW-PBSのゴールとしては関係するすべての人のQOLを高めることであるため,SW-PBSの導入により起こった教師の行動変化が,児童生徒や教師自身のQOLの向上にどのようにつながり得るのかについても今後の展望として検討したい。
著者
小塩真司 茂垣まどか 岡田涼 並川努 脇田貴文
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問 題 小塩他(教心研, 2014)はRosenbergの自尊感情平均値に対して時間横断的メタ分析を行い,調査年が近年になるほど自尊感情が低下傾向にあることを示した。本研究はその後数年間に発表された文献も加え,同様の傾向がその後も継続しているのかどうかを検討する。方 法 文献の選定とデータの抽出 小塩他(2014)で分析された,1980年から2013年3月までに発行された和雑誌に加え,CiNiiおよびJ-STAGEで2017年までに発行された論文を対象にRosenbergの自尊感情を用いた論文の検索を行った。収集された論文について,次に該当する論文を除外した:平均値やサンプルサイズの報告がない研究,使用項目が極端に少ない研究,尺度の件法を報告していない研究,日本人以外をサンプルとした研究,事例研究,小学生以下を対象とした研究,複数の年齢段階を分割していない研究。最終的に選定された論文数は169,研究数(平均値の数)は342,合計サンプルサイズは66,408名であった。 コーディング 調査年の報告がある場合にはその年を調査年とした。報告された調査年の平均値が3.15年であったため,報告がない場合には報告年から3年を引いた値を調査年とした。調査年による曲線関係も検討するため,調査年を中心化し,2乗項を作成した。年齢段階は中高生,大学生,成人,高齢期とし,中高生を基準としてダミー変数とした。翻訳の種類は,山本他(214研究),星野(40研究),桜井(23研究),その他(65研究)であった。その他を基準としダミー変数とした。自尊感情尺度は5件法に合わせる形で変換した。研究数は4件法が77研究,5件法が234研究,6件法が5研究,7件法が26研究であった。5件法を基準とし,4件法と6件法以上をダミー変数とした。また各年齢段階と調査年の交互作用項を設定した。結果と考察 自尊感情平均値を従属変数とした重回帰分析を行ったところ次の結果が得られた(Table 1)。(1)中高生や大学生よりも成人,高齢期の平均値が高い,(2)山本他・櫻井の翻訳の平均値が高い,(3)5件法に対し4件法と6件法以上の平均値は高い,(4)調査年に従って平均値は低下傾向にある,(5)高齢期のみ傾向が異なる可能性がある。なお年齢別に分析を行ったところ,高齢期の調査年の影響は認められなかった。調査年・年齢段階と自尊感情平均値との関係をFigure 1に示す。
著者
藤澤伸介
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 葉状図形とは,正方形に内接する2つの四分円弧に囲まれた2頂点図形のことで,「正方形の面積×0.57」を暗記して求積問題に対処する抜け道指導が小学生になされていることが問題視されている。藤澤(2002a,2002b)で指摘されている「ごまかし勉強」を促す指導になっているためだ。藤澤(2017)では,高校生になっても0.57指導の影響は強く残っており,その記憶が概念の意味理解や円滑な問題解決思考の働きを抑制している可能性が示されている。記憶に思考抑制効果があるとすれば,指導直後はさらに抑制効果が大きいであろう。 本研究では,藤澤(2017)で使用されたのと同一課題を中学入学直後の1年生に与え,高校生より大きな抑制現象が見られるかを調査した。方 法 首都圏にある私立の中高一貫校(入試Aランク校:藤澤(2017)の調査対象校と同一)の中1男子86名を対象に,1辺8cmの正方形に内接する葉状図形の面積を,設問(1)π≒3.14,設問(2)π≒3.142に場合分けして計算させる出題の質問紙調査をし,解法を分析した。(解答時間は約10分である。)実施に当たっては結果が成績評価に影響しないことを対象者に伝え,無記名用紙を使い,調査者には本人特定が一切不可能な体制にした。結 果 数学的解法は,円周率をπとし一般式32π-64を導出した後,πに2種の円周率を順に代入すればよい(モデル化型)。或は2題の解法が同一なので,片方の計算過程を利用して,他方の異なる部分の計算だけを行っても解が求められる(数値利用型)。更にモデル化を一切考えずに,2設問を別問題と考え,個々に初めから数値を順に計算して解を求める方法もある(算数解答型)。この3タイプが正攻法である。 86名中正攻法による解答は,70名(81%)であったが,そのすべてが算数解答型で他の2タイプは存在しなかった。 本調査で設問(1)をπ≒3.14とし,設問(2)をπ≒3.142にしてあるのは「正方形面積×0.57」という便法が適用できない時に,どう対処するかを見るためである。 正攻法ではない「正方形の面積×0.57」の利用者は16名(19%)であり,設問(1)はその全員が正解であったが,π≒3.142の設問(2)は,11名が正攻法で正解になり,5名は正しい解法に辿り着かず不正解となった。この5名の内訳は,3名が空欄で,2名は設問(1)の数値と全く掛け離れた数値を解答していた。考 察 藤澤(2017)に示された,同一問題に対する同一学校の高校生の結果と比較すると,「正方形の面積×0.57」の利用者は高校生の場合,85名中6名(7%)であるから,中学生の方が多く利用していることがわかる(百分率の検定:1%水準で有意差あり)。入学直後であるため,指導影響がそれだけまだ強く残っているということである。 設問(1)を0.57を利用して解いた16名のうち5名が設問(2)を解けなかったことは,どう解釈すべきだろうか。可能性としては,(a)葉状図形求積問題は難問のため,0.57が利用できる(1)だけ解答した。(b)難問ではないのに,0.57利用習慣が思考を抑制し,解けるはずの(2)が解けなかった。の2つが考えられる。0.57の数値を暗記させる指導は,必ずしも受験生の全員が受けているわけではないにもかかわらず,(1)の問題は81%の70名が正攻法で解いていることを考えると,(b)の思考抑制の確率が高いであろう。 ごまかし勉強を誘発するテスト出題や指導は依然として衰えておらず,0.57を意味なく暗記させる指導はその最たる例である。試験を乗り切る指導に悪影響はないと便法指導者達は主張するが,この数値暗記によると考えられる思考抑制現象は受験後も残るのである。便法指導を行う教育は,意味理解を軽視した学習観を植えつけやすいので要注意である。0.57=π/2-1を利用して0.571を導き,解答した答案もあったが,こうできるような指導なら0.57でも問題はないのである。
著者
益岡都萌 長谷川達矢# 西山めぐみ 寺澤孝文
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

目 的 学校現場で一般的に用いられる定期テスト等では,学校内や学級内の平均値と比較して成績が低い子どもは,自身の学力について否定的なフィードバックを得やすい。そのため,学習の成果を実感することが難しく,学習意欲も低いと考えられる。一方,マイクロステップ計測法(寺澤,2016)は,日々の学習の蓄積による微細な変化を描き出すことが可能であり,成績が低い子どもであっても,学習により成績が向上する様子を示したフィードバックを得ることができる。本研究では,特に学習意欲が低い子どもに焦点を当て,マイクロステップ計測法を用いて,学習成果が蓄積していく様子をフィードバックすることで,学習意欲の向上がみられるかについて検討することを目的とした。方 法対象者 小学5年生132名が参加した。実施期間 2017年5月~2018年3月。刺激 教材として,e-learningによる漢字の読みの学習ドリルが用いられた。寺澤(2007)の基準表を基に,小学校で学習する漢字を含む語句リストをスケジューリングし,9つの難易度で構成される学習セットを作成し,最も難易度の高い学習セット(レベル9)の語句から学習を開始した。夏休み明け頃から,子どもがレベル6~9の中から難易度を選択できるようにした。尺度 学習意欲の測定のために,学芸大式学習意欲検査(簡易版)(下山・林ら,1983)から自主的学習態度・達成志向・反持続性の3つの尺度を用いた。手続き 協力校と相談の上,上記実施期間に渡り漢字の読みの学習ドリルを実施した。実施に際しては保護者から同意を得た。学習ドリルは,呈示された語句についての理解度を4段階で自己評定する学習が4日間と,客観テストの日が1日の計5日間の学習が1つの学習単位期間としてスケジューリングされた。ドリルの最後に学習意欲についての質問項目が挿入され,3単位期間ごとに繰り返し測定された。また,実施期間中に,子どもに対して,自身の学習ドリルにおける自己評定値の推移をグラフで示した冊子を配布し,個別に学習成果のフィードバックを行った。2017年5月下旬に学習開始時の学習意欲の測定が行われた。フィードバックはおよそ1ヵ月に1回のタイミングで行われた。また,教師に対してフィードバックの内容を参考に,特に成績が低いが上昇傾向を示している子どもに対して褒める指導を行うよう依頼した。結果と考察 ここでは自主的学習態度の得点についてのみ報告する。分析には4回目のフィードバック後までのデータを用いた。学習開始時の得点が全体の平均値-1SD未満の値を示す子どもを低位群とし,それ以外の子どもを中・高位群とした。欠損値のあるデータを分析から除外し,低位群は10名,中・高位群は51名であった。各群における自主的学習態度得点のフィードバック回数ごとの平均値をFigure 1に示した。 低位群及び中・高位群と,学習開始時を含むフィードバック回数の2要因の分散分析を行ったところ,交互作用が有意であった(F(3.31, 195.23)=8.19, p<.001)。単純主効果の検定を行ったところ,低位群においてフィードバックの回数ごとの得点間に有意差が認められ(F(2.2, 19.8)=5.84, p<.01),学習開始時と4回目のフィードバック後の間及び2回目と4回目のフィードバック後の間に得点の有意な上昇が認められた。以上の結果から,学習意欲が低い子どもであっても,自身の学習が蓄積していく様子を示したフィードバックを受けることで,学習成果を実感することができ,学習意欲が向上したと考えられる。主要引用文献寺澤 孝文(2016). 教育ビッグデータから有意義な情報を見いだす方法―認知心理学の知見をベースにした行動予測 教育システム情報学会誌,33,67-83.
著者
奥村太一
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 縦断研究は,個人の成長や発達といった時間経過に伴う変化を記述するだけでなく,何らかの働きかけとそれがもたらす効果との間の因果関係を検証する上でも有用である。一言で縦断的にデータを収集するといっても,その期間や頻度は目的に応じて様々であり,短いものでは1週間程度,長いものでは数十年に及ぶ場合もある。 データ収集の期間や頻度に関わらず,同じ対象者や集団から繰り返しデータを得ようとすると様々な手間や困難に直面することになる。調査が紙媒体で行われる場合には,アンケート用紙の印刷や封入の手間に加え,用紙の郵送や未回答者への督促状の送付に係る経費がかさむ上,データ入力や紐付け情報の整理も煩雑であり,個人情報の管理にも多大な注意を払う必要がある。 一方,近年インターネットの普及に伴い,Web上で研究協力者の募集から調査フォームのメール配信,結果の集計までの行程を一括して行えるようになった。Webアンケートの実施をサービスとして展開する企業が数多く進出してきた一方で,Googleフォームに代表される無料のアンケートツールも心理学研究に広く用いられるようになってきている(豊田, 2015他)。 Webアンケートシステムを利用することで,紙媒体の調査では不可避であった様々な手間や経費が圧倒的に節約されるようになった。しかし,これを縦断研究に利用するにはまだ十分な環境が整っているとはいえない。限られた期間において集中的にデータを集める経験サンプリング(experience sampling)や生態学的即時的アセスメント(ecological momentary assessment)を可能にするようなサービスは海外を中心に広く展開されているが(Thai & Page-Gould, 2017他),多くの縦断研究はそこまでの時間分解能を必要とするわけではない。このような研究に無償で利用できるWebアンケートシステムがあれば,縦断研究の幅はより広がると考えられる。 本研究では,Googleによって提供されているサービスを用いることで,縦断研究に利用できるWebアンケートシステムを構築することを試みる。方 法 Googleによって提供されているアプリケーションのうちDrive, Forms, Gmail, Spreadsheetを用い,Google Apps Script(GAS)によってこれらを制御する。Googleアカウントを利用することで,利用者は個人でサーバを立ち上げたり管理したりすることなく,容易にWebアンケートシステムの環境を整えることができる。また,GASはJavaScriptをベースとしたスクリプト言語であり,習得が比較的容易であるとされていることから,ユーザーがより発展的なシステムにカスタマイズすることも決して困難ではない。結果と考察 今回構築したシステムは,以下の要素から成っている。()内は対応するアプリケーションである。 1.参加登録フォーム(Forms) 2.調査フォーム(Forms) 3.参加者メールアドレス(Spreadsheet) 4.スケジュール(メール配信,リマインダー配信,回答締め切り,集計)(Spreadsheet) 5.調査フォームコピー先フォルダ(Drive) 参加者は参加登録フォームからメールアドレスをフェイスシート項目を登録する。このメールアドレスに調査フォームをスケジュールに従って配信するのだが,データ紐付けのためのIDやパスワードを発行せずともすむよう,参加者ごとに調査フォームをコピーしたものの個別URLをメールにて送信するようになっている(Google Driveでは同名のファイルコピーが許される)。回答期間締め切り前に未回答の参加者にリマインダーが送信され,回答を締め切った後に個々のフォームに記録された回答が1つのスプレッドシートに参加者識別番号やフェイスシート項目とあわせてロングフォーマットで集約されることになる。これらはイベントトリガーによって全て自動的に処理される。引用文献高橋宣成 (2018). Google Apps Script 完全入門 秀和システムThai, S., & Page-Gould, E. (2017). ExperienceSampler: An open-source scaffold for building smartphone apps for experience sampling. Psychological Methods. Advance online publication. 豊田秀樹 (2015). 紙を使わないアンケート調査入門 ―卒業論文,高校生にも使える 東京図書
著者
則武良英 武井裕子# 寺崎正治# 門田昌子# 竹内いつ子# 湯澤正通
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 プレッシャーとは課題遂行者の遂行成績の重要性を高める要因であり (Baumeister, 1984),ワーキングメモリ (以下WM) の働きを阻害することで,課題成績低下を引き起こす (則武他,2017)。そのためプレッシャーの影響を緩和する介入が求められる。Ramirez & Beilock (2011) は,筆記開示を短期的に使用し,高プレッシャー状況下での算数課題成績低下の緩和効果があることを示した。その緩和効果の背景として,認知的再体制化によってネガティブな情動が低減され,WMへの影響が緩和されたとされている。しかし,実際にWMへの影響が緩和されたのかどうかについては未解明である。そこで本研究の第1の目的は,プレッシャーにより引き起こされたWM課題成績低下に対する筆記開示の効果を調べることである。 他方で,筆記開示には情動を一時的にネガティブにさせる可能性が指摘されている (King & Minner, 2000)。そこで本研究では,ポジティブな感情を扱い,明示的に認知的再体制化を促進する利益焦点化筆記開示(Benefit-Focused writing: 以下BFW) (Facchin et al., 2013)の効果を調べることを第2の目的とする。BFWと区別するために,通常の筆記開示を情動暴露筆記開示(Emotional disclosure writing;以下EDW)と呼称する。方 法実験参加者: 大学生61名(EDW群20名,BFW群21名,統制群20名)を対象とした。課題:言語性WM課題として,図形の計数を記名・再生するCounting span(Conway et al., 2005)を使用した。視空間性WM課題として,反転・回転したアルファベットの方向を記名・再生するSpatial span (Shah & Miyake, 1999)を使用した。質問紙:主観的プレッシャーの程度を測定するために,大学生用日本語版The State-Trait Anxiety Inventoryの状態不安指標(清水・今栄, 1981)と,主観的プレッシャー指標(DeCaro et al. (2010)を使用した。筆記開示:EDW群は高プレッシャー状況下で課題に取り組むこと関する思考や感情を自由に筆記した。BFW群は高プレッシャー状況下で課題に取り組むことに関するポジティブな側面だけを筆記した。統制群は実験後の予定を,感情を交えずに筆記した。 手続き:全ての実験参加者は,プレ条件で言語・視空間性WM課題の遂行と,各WM課題の遂行前に状態不安指標,遂行後に主観的プレッシャー指標に回答した。プレ条件終了後に,プレッシャーシナリオ (DeCaro et al., 2010) ((1)プレ条件と比較して,ポスト条件の課題成績が20%以上向上した場合のみ報酬が得られる。(2)ペアが設定されており,自分とペアの両方が(1)の条件を達成すると追加報酬が得られ,ペアは既に(1)を達成している。(3)遂行の様子をビデオカメラで撮影し映像は分析される)が提示された。その後,実験参加者は各群の筆記開示を7分間行った。ポスト条件ではプレ条件と同様に,WM課題の遂行と質問紙の回答をした。結 果 言語性WM課題得点を従属変数として,ブロック (プレ・ポスト)×グループ (EDW群・BFW群・統制群) の2要因の分散分析を実施した結果,交互作用が有意であった (F (2, 58) = 7.49, p < .01)。単純主効果検定の結果,EDW群 (F (1, 58) = 4.42, p < .05) とBFW群 (F (1, 58) = 27.49, p < .01) でブロックの単純主効果が有意であった。統制群では統計的に有意な差は示されなかった。視空間性WM課題得点を従属変数として,ブロック×グループの2要因の分散分析を実施した結果,交互作用が有意であった (F (2, 58) = 18.82, p < .01)。単純主効果検定の結果,EDW群(F (1, 58) = 13.86, p < .01)とBFW群 (F (1, 58) = 8.27, p < .01) と統制群(F (1, 58) = 17.54, p < .01)でブロックの単純主効果が有意であった。 状態不安指標得点と主観的プレッシャー指標得点を従属変数とするブロック×グループの2要因の分散分析を実施した結果,有意な交互作用はみられなかった。考 察 EDWとBFWはプレッシャーが引き起こすWM課題成績低下の影響を緩和することが示された。今後の課題として,主観的プレッシャーの測定方法の改善,認知的再体制化の程度の測定が挙げられる。
著者
蛯名正司 小野耕一
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 内包量は性質の強さを表す数量概念であり,その特徴の一つに非加法性がある(遠山,2009)。しかし,内包量同士を加算したり,あるいは,外延量と混同して判断したりする誤りが少なからず見られる。本研究では,このような内包量に関する誤りを修正するための教授要因を検討する足がかりとして,「湿度」を取り上げ,教科書を用いたペア学習が湿度の問題解決にどのような影響を及ぼすのかを探索的に検討する。方 法 調査対象者 私立A短期大学に在籍する47名を分析対象とした。 手続き 調査は教職関連科目の授業時間内に実施した。調査時間は事前調査が約15分,学習セッションが約20分,事後調査が約15分であった。学習セッションでは,無作為にペアを組ませ,中学校理科の教科書(東京書籍)にある湿度単元の一部を配布し,「水蒸気量」「飽和水蒸気量」「露点」「湿度」の用語の意味をペアで確認すること,教科書に掲載されている湿度の公式を使う練習問題を解いて相互に確認することを指示した。 調査課題 事前・事後調査では,トイレ問題,袋問題,グラフ問題,大小問題,仕切問題の5問を出題した。トイレ問題では,気温が等しく湿度が異なる2つの場所を提示し,湿度が異なる理由を選択させた(答:水蒸気量が多いから)。袋問題では,ビニール袋を空気の出入りがないように密閉した状態で,袋内部の空気の温度を上昇させた際,袋内部の湿度がどうなるかを選択させた(答:低くなる)。グラフ問題では,飽和水蒸気量と気温の関係を示したグラフと各気温の湿度75%にあたる水蒸気量を明示し,湿度が75%のとき,2つの気温で水蒸気量が多いのはどちらかを判断させた。トイレ問題・袋問題・グラフ問題は,「湿度=1立方メートルあたりの空気中に含まれる水蒸気量/その気温での飽和水蒸気量」で定式化される3量の関係の中で,1つの量を固定した場合に,他の2量の変数関係を正しく判断できるかを見る課題であった。また,グラフ問題は湿度の公式に数値を代入しても解決できる問題であった。大小問題では,大きさの異なる部屋を図示し,気温と湿度がいずれも等しいときに,どちらの部屋がよりじめじめしているか(あるいは同じか)を選択させた(答:どちらも同じ)。仕切問題では,気温と湿度(e.g.30%)が等しい隣接した2部屋を提示し,その間にある仕切を取り除いた際の湿度を選択させた(答:30%のまま)。大小問題と仕切問題は,湿度が空間の体積とは無関係に決まることを理解できているかを見る課題であった。結果と考察 教示セッション ペア学習後に対象者にどのような話し合いを行ったのかを記述させたところ,「用語の意味をお互いに確認することができた」,「例を用いて説明してもらってわかりやすかった」などのコメントが見られた。水蒸気量や露点といった用語をより分かりやすいものに置き換えて説明する工夫が見られたといえる。 事前・事後の比較(Table 1) トイレ問題と袋問題では,正答率が上昇しなかったが,グラフ問題では正答率が上昇した(p=.01)。グラフ問題の解き方を詳細に見ると,公式への数値の代入による解決が2名から12名に増加していた。以上から,公式の数量を定数として捉えた問題解決は促進されたが,トイレ問題のように変数と捉えて操作する必要のある問題解決(cf.工藤,2010)は十分に促進されなかったといえる。次に,大小問題では正答率が上昇しなかったが,仕切問題では正答率が上昇した(p=.02)。仕切問題では,2つの空間が1つに統合されただけであるため,空間の大きさは変わらなかったが,大小問題では2つの空間の大きさが明確に異なっていた。そのため大小問題の方が体積に基づいた誤判断がより見られやすかったと考えられる。不適切属性に基づいた誤判断は公式を学習したとしても,ただちに修正されないことが示唆された。今後は,変数操作の可否と不適切属性に基づいた判断との関連,及び誤判断の修正方略を検討していく必要がある。
著者
佐藤広英 宮脇奈々美#
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

問題と目的 SNS(social networking services)上では,さまざまなストレッサーが存在することが報告されている(総務省, 2013; 佐藤・矢島,2017)。それと同時に,SNS上で愚痴や文句を投稿してストレス発散を行うという報告もみられ(アメリカンホーム保険,2011),ストレス・コーピングが行われている。従来,SNS上におけるストレッサーに焦点をあてた研究は行われているが,SNSにおけるコーピングに焦点をあてた研究は少ない。本研究では,SNS上におけるコーピングの程度を測定する尺度を作成することを通して,SNS上におけるコーピングが精神的健康に及ぼす影響を検討した。方 法 予備調査 面接調査によりSNS上におけるコーピングに関する項目を収集した後,大学生278名(女性116名,年齢:M = 19.18,SD = 1.05)を対象に質問紙調査を実施した。SNS上におけるコーピングに関する33項目についてカテゴリカル因子分析(重みつき最小二乗法,プロマックス回転)を行った結果,5因子31項目が抽出された。具体的な項目はTable 1に示した。 本調査 クロス・マーケティング社に委託し,ウェブ上でSNS利用者(LINE,Twitter)を対象とする2波のパネル調査を実施した。1回目(2017年10月)は大学生478名(女性245名,年齢:M = 20.30,SD = 1.33),2回目(2017年11月)は大学生200名(女性105名,年齢:M = 20.54,SD = 1.27)を有効回答とした。両調査において,(a)SNS上におけるコーピング尺度(予備調査で作成),(b)心理的ストレス反応尺度(鈴木他,1997),(c)SNS利用状況などに回答を求めた。結果と考察 SNS上におけるコーピングと精神的健康との因果関係を検討するために,交差遅れ効果モデル(Finkel, 1995)を用いて分析を行った(Table 2)。モデルの適合度は,CFI=1.00,RMSEA=.00~.04であり,十分に高い値であった。得られた結果は次の三点に整理された。第一に,LINE上で問題解決を多く行うほど,ストレス反応が高まることが示された。第二に,Twitter上で各種コーピングを多く行うほどストレス反応が高まり,特に問題解決の効果が大きいことが示された。第三に,ストレス反応の高い者ほどTwitter上で対決を多く行うことが示された。以上の結果,SNS上におけるコーピングは,ツール間の差異はあるものの,総じて精神的健康を損ねることが明らかとなった。
著者
藤澤啓子 赤林英夫# 中室牧子# 菅原ますみ
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第60回総会
巻号頁・発行日
2018-08-31

企画趣旨 教育心理学は,「教育」という現象を,教育学的関心に基づく心理学,あるいは心理学的方法による教育学の視点から理解し,実践へと結びつける実証科学である(安藤, 2013)。一方,近年社会的な耳目を集めている教育経済学では,学力など広く「教育」に関わる現象を,経済学的理論から導かれる仮説を元に実証し,その成果を,教育政策の選択や制度設計に生かしつつある。 「教育」を同じく見つめ,同じ事象を検証するのであれば,そこから生み出される知見に大きな差異はないはずである。それにもかかわらず,異なる理論的背景や方法論が用いられるために,両学問分野の生産的な対話が阻まれてしまうことがある。 本シンポジウムでは,子育て方法や子どもの適応的な発達といった,教育心理学が従来十八番としてきたことにまで広がってきた,教育経済学の最新理論や研究動向を紹介する。それらに応える形で教育心理学の伝統的な方法論に基づく縦断研究の知見を提示する。両学問分野からの話題提供を踏まえ,教育心理学と教育経済学が同じ土俵に上がり,学問的対話を進め協働する可能性やそのための課題について議論する場としたい。話題提供経済学は子育てをどう見ているか:人間の発達の経済学赤林英夫 伝統的経済学では,教育は親や学校が行う投資行動と見なされる。そこでは,こどもは「時間」や「お金」などを投下され,「人的資本」という抽象的概念でくくられる学力・知識・非認知能力などが生産される工場のラインのような無生物的存在である。数学的には「教育生産関数」として,教育のアウトカムには,こどもの生来の資質に加え,学校や親の資源の投下量との安定的な関係が想定される。家庭教育や学校の選択が,親や子どもの資源量に依存すると考えると,親世代と子世代の経済社会状態の間には正の相関が生じることが理論的に導かれる。 このようなモデルは,経済学において理論・実証の両面で一定の成功を収めてきた。しかし,教育心理学・発達心理学からはどう見えるであろうか?人間の発達過程を極端に単純化し,表面的にしか見ていないと思われるのではないだろうか。そもそもこどもの発育は自律的な過程であるはずだ。馬を水辺に連れて行くことはできても,水を飲ませることはできない。親や園・学校が子どもに「強制的」「一方的」に「投資」することなど不可能であることは,子育ての経験があれば誰にでも分かる。それがあたかも可能であるかのような数学的記述が人的資本理論であり,教育生産関数であるから,心理学の世界では違和感が払拭できないのは当然であろう。 発達心理学においては,親とこどもの関わりあいや,こどもの行動に対する親の接し方(子育て方法)が,こどもの発育に強い影響を与えるとされているはずである。子育て方法とはそもそも何か,そのための資源とは何を指すのか,子育て方法はなぜこどもの発育に影響があるのか,親によって子育ての方法がなぜ異なるのか,それらの相互作用は,世代間の社会経済格差や教育格差の連鎖にどのような含意をもたらすのか。それを解く鍵は,子どもが自ら「水を飲む」主体であることを認識することにあるのは明かだ。しかしこれは非常に面倒なことである。親の一方的な投資であれば親の最適化問題の解を求めればよいが,子どもが自発的なプレーヤーであると,親子の相互作用を同時もしくは逐次的に考慮するゲーム理論的なモデルを必要とする。そして,通常観測される生産関数は,ゲームの解を反映した誘導型に該当するはずである。ゲームに複数の解があれば,安定的な生産関数の存在は否定されかねない。 こどもの発育過程を親子間の心理的関わりの結果と見なし,子育て方法の選択原理を理論的に解明し,観測される親子関係やこどもの発育への影響の解釈を試みるのが「こどもの発達の経済学」である。本稿では,理論的な立場からBeenstock (2012), Heckman and Mosso (2014)などを出発点としてサーベイを行う。最初に,伝統的理論としてBecker-Tomes (1979), Solon (2004)を紹介し,その後の展開として,Cunha and Heckman (2007), Akabayashi (2006), Lizzeri and Siniscalchi (2008), Doepke and Zilibotti (2017) などを紹介する。その上で,この分野の今後の発展の方向性について議論する。競争意欲やリスク態度は子どもの学力に影響を与えるか中室牧子 近年,多くの国で,数学の学力テストに男女差があることが報告されている。男子は女子よりも数学の学力テストの点数が高い傾向があり,過去の研究では,この男女差は,競争環境への選好の差によってもたらされているのではないかという指摘がある。ラボ実験を行った様々な研究が明らかにしたところでは,男性は女性に比べて競争を好み,競争的な環境のほうが高いパフォーマンスを発揮することが知られている。つまり,数学などの理数系の科目でよい点数を取ることや理数系の学科や学部への進学は競争が厳しいと考えられるので,競争的な環境を好まないとする女性が数学の点数が低くなったり,理数系への進学を望まないという可能性である。本論文では,NiederleとVesterlund (2007) に倣って,日本の首都圏にある自治体の全公立中学校 (6校,約800名)で,競争意欲,リスク態度,自信などの心理的特性を計測するラボ実験を実施した。また,それらを自治体から得られた学力テストの結果や進学の実績と突合することで,競争意欲,リスク態度,自信が数学の学力テストスコアに与える影響を分析した。ラボ実験によって測定された心理的な特性が,現実の世界における教育成果を予測するかどうかについては,経済学ではまだ十分な研究蓄積があるとはいえないが,進学については理系学部への進学実績の男女格差が競争意欲によって説明されることを明らかにした実証分析は出始めている。ただし,学力に与える影響はまだ十分に分析されていない。そこで,本研究では,競争意欲やリスク態度,自信に明確な男女差が存在し,それらが数学の学力テストに影響していることを明らかにした(ただし,数学のみで英語や国語への影響は観察されていない)。先行研究と同様に,競争意欲と自信は,過去の学力や保護者の社会経済的地位を制御した後でも数学の学力テストに正の相関があることが示されたが,リスク態度はその逆で,よりリスク回避的であれば数学の学力テストの点数が高くなることが示された。この結果は,これは競争意欲の男女差は数学の学力テストの男女差を広げるが,リスク態度の男女差は数学の男女差を狭めることに寄与していることを意味する。今回の発表では,経済学がどのようにラボ実験の中で競争意欲,リスク態度,自信などの心理的特性を計測しているか,そしてそれらの心理的特性と学力や学歴などの現実の教育成果との相関関係を分析しているかということを紹介することを通じて,教育経済学と教育心理学の接点を見出すことを試みる。家庭の経済的不利と学齢期の子どもの諸問題―0歳からの家庭追跡調査より―菅原ますみ 貧困を含む家庭の経済的不利が子どもの認知発達や社会・情動的発達にどのような影響を及ぼすのか,またそれがどのようなメカニズムを経て次世代の経済的不利に持ち越されうるのかは,ノーベル賞経済学者ジェームズ・J・ヘックマン (Heckman, 2013; 『幼児教育の経済学』2015, 東洋経済新報社) の “幼少期の貧困に起因する養育環境の劣化がのちの個人の人生に深く影響し,社会にとってその克服は大きな課題である”という指摘を受けて,心理学と経済学双方の領域から大きく注目される研究テーマとなった。英米の発達心理学においては貧困の影響研究は比較的長い歴史を有しているが,Annual Review of Psychology に関連研究を概観したHuston とBentley (2010)は,アメリカの家庭の低所得は生活財・教育財などの物質的な剥奪やひとり親家庭であること,親の学歴の低さ,少数民族や移民のグループに所属していることなど複数の逆境的な社会的状況と併存するリスクが高いことを指摘している。わが国においても,家庭の低収入は,こうした逆境的な社会的状況と相互作用しながら,親のストレスに由来する養育の質の低下や,家庭内外の教育財の調達困難,居住・近隣環境の劣化,子ども集団の中での社会的排除など,様々な側面での子どもの生活の良質さ (クオリティ・オブ・ライフ:QOL)の低下に関連し,時間の進行とともに子どもの低学力や問題行動の発現,進学・就業困難といったネガティブな結果につながりうると予想される。発達精神病理学・児童精神医学の領域では,家庭の貧困・低所得は,両親の精神障害,両親間の不和,不適切な養育,劣悪な学校・地域環境などの他の慢性的な逆境要因 (Chronic Adversities: CA, Friedman & Chase-Landsdale, 2005) の起点となりうる要因として重視してきており,海外では既に多くの実証的な縦断研究の知見に基づく影響メカニズムの理論化が模索されてきている。なかでもCongerらの家族研究グループでは,家庭の社会経済的変数の子どもの発達に及ぼす影響について,社会原因論(社会経済的要因の発達への影響を重視)における家族ストレスモデル (Family Stress Model) および家族投資モデル (Family Investment Model) と,社会的選択論 (パーソナリティや認知能力等の個人的特徴が社会経済的要因に与える影響を重視)を組み合わせ,多世代相互作用モデル (The Interactionist Model of Socioeconomic Influence on Child Development: IMSI, Martin et al。, 2010; Schofield et al, 2011) を提唱している。本報告では,こうした心理学における研究の流れを紹介するとともに,報告者が実施してきている首都圏1都市を対象とした0歳から中学生期までの経年の縦断データについて,教育経済学が近年注目してきている乳児期からの家庭の経済状況とそれに影響される親の養育や子どもの体験,そしてそれらが小学校期から中学校期の子どもの発達的結果 (outcome) にどう関連するか,そこにはどのような複数経路性 (trajectories) があるのか検討した結果について報告する。