著者
佐々木 瑞希 石名坂 豪 能勢 峰 浅川 満彦 中尾 稔
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.123-126, 2019-09-25 (Released:2019-11-25)
参考文献数
18
被引用文献数
2

2015年9月北海道斜里町で捕獲されたエゾヒグマを剖検したところ小腸より大型の条虫を検出した。頭節の形態および生殖器の配置から,Dibothriocephalus属と思われた。虫体の一部からDNAを抽出し,核28S ribosomal RNA geneおよびミトコンドリアcytochrome c oxidase geneの一部を解析した。その結果,DNAデータベース上の日本海裂頭条虫のものとほぼ一致し,本種を日本海裂頭条虫と同定した。本症例は,エゾヒグマから検出された条虫を日本海裂頭条虫と同定した初めての報告である。
著者
福井 大祐
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.41-48, 2013-06-01 (Released:2018-05-04)
参考文献数
31
被引用文献数
1

近年,人為的な要因による野生動物の感染症の発生が問題となっており,課題の1つとして人と野生動物の関わりがあげられる。本来,人が野生動物に餌を与える必要はないが,娯楽のための餌付けから保護を目的とした給餌まで様々な目的で野生動物への餌やりが行われている。一方で,餌やりによって特定の種が局地的に集合して行動生態の改変や生物多様性の低下が起こったり,感染症の発生リスクが高まったり,生態学的健康を人為的に損なうおそれがある。例として,国際的なツル越冬地の出水でナベヅルの高病原性鳥インフルエンザ(2010年冬),旭川でスズメのサルモネラ感染症(2008~2009年冬),北海道内でカラス類における鳥ポックスウイルス感染症(2006年以降)の集団発生が認められ,それぞれ給餌,餌台,ゴミという餌やりが関わっていると考えられる。餌やりによって集合した野生動物が家畜に感染症を拡散させるリスクも問題となっている。人,家畜および野生動物の生命を支える生態学的健康を守るため,人と野生動物の関わりと感染症について,学術整理とバイオセキュリティ対策が必要である。
著者
巖城 隆 佐田 直也 長谷川 英男 松尾 加代子 中野 隆文 古島 拓哉
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.129-134, 2020-12-24 (Released:2021-02-24)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

2011年から2019年に西日本各地で捕獲された4種のヘビ類(シマヘビ,アオダイショウ,ヤマカガシ,ニホンマムシ)の口腔から吸虫を採取した。これらは形態観察と分子遺伝子解析によりOchetosoma kansenseと同定した。この種は北アメリカのヘビ類への寄生が以前から知られているが,日本に生息するヘビ類での確認は初であり,今回の結果は新宿主・新分布報告となる。
著者
石田 郁貴 中山 侑
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.13-18, 2023-04-05 (Released:2023-06-05)
参考文献数
21

近年,動物園において研究が盛んに行われつつあるが,日本の動物園において園職員による研究の多くは獣医師や飼育係によって行われている。そのため,動物園主体で研究を行おうとするとしばしば直面するのが,①ノウハウがない,②予算が無い,③時間がない,という3つの課題である。これらの課題に対し,千葉市動物公園の取り組みを紹介しながら,課題解決への糸口を探ってゆく。具体的には,①研究専任職員の雇用および園内の研究実績の園全体での共有,②市予算だけでなく助成金や寄附を活用するなどの園内外の資金制度の見直し,③簡易的な行動評価方法の検討である。さらに,園内で解決できない課題を相談できる「かかりつけ研究機関」を持つことで,研究機関との連携を強化している。
著者
村田 浩一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.41-47, 2019-07-11 (Released:2019-09-15)
参考文献数
16

日本に初めて誕生した動物園は,フランス革命直後の1794年に開園したパリ国立自然史博物館内の植物園附属動物園(Ménagerie, le zoo du Jardin des Plantes)をモデルにしている。幕末にそこを訪れた田中芳男や福澤諭吉は,西欧文化や博物学の奥深さに驚いたことだろう。当時の動物園(メナジェリー)には,ラマルク,サンチレール,そしてキュヴィエなど,現在もなお名を馳せている学者たちが関与していた。動物園の歴史が,博物学や動物学や比較解剖学などの学術研究を基盤としている証左である。しかし,本邦の動物園は,その基盤の重要性を認識していた形跡が明治時代の文書である「博物館ノ儀」に認められるにも関わらず,上野公園に動物園が創設されて以降とくに戦後の発展過程において継承されることなく現在に至っている。国内動物園で学術研究が滞っているのは,研究環境が十分に整っていないことが原因であるのは確かだ。だが,それだけだろうか? 現今の停滞を打開するために日本の動物園関係者が必要とするのは,200年以上に及ぶ動物園における学術研究の歴史を背負い,時代に応じた新たな研究を興し,その成果を世界に向けて発信する覚悟ではないかと思う。動物園が歴史的に大切にしてきた“研究する心”を持って新たな未来を切り開くために闘い続けるべきであろう。

27 0 0 0 OA 動物園の科学

著者
村田 浩一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.35-40, 2015-06-30 (Released:2018-05-04)
参考文献数
17

学会創立20年を経て動物園にアカデミックな基盤が構築されたかというと,残念ながら未だに不十分な状態にあると言わざるを得ない。この現状を打開するために『動物園学(Zoo Science)』を興す必要があると考えている。動物園学とは,動物園に関連する理系のみならず文系の学問分野を相互に連関させることで構築される総合的な学問体系である。この新たな学問領域をアカデミアに認知させ,本邦の文化として定着させることができれば,動物園が科学の場であることが当然のように受け入れられるであろう。日本の動物園を進化させるためにも,動物園における学術研究の日常的努力を怠ってはいけない。
著者
Rob OGDEN 福田 智一 布野 隆之 小松 守 前田 琢 Anna MEREDITH 三浦 匡哉 夏川 遼生 大沼 学 長船 裕紀 齊藤 慶輔 佐藤 悠 Des THOMPSON 村山 美穂
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-28, 2020-03-31 (Released:2020-05-31)
参考文献数
68
被引用文献数
2 1

イヌワシの一亜種であるニホンイヌワシ(Aquila chrysaetos japonica)は,個体数と繁殖状況の現状調査に基づいて,環境省版レッドリストの絶滅危惧種に指定されている。現在,国による保全活動が行われているものの,個体数減少の原因とその改善方法に関する知見は,十分とはいえない。この数十年の間に,日本を含む世界各地において,イヌワシの種の回復に関する多分野にわたる科学的な研究が行われ,本種の保全計画に必要な情報が集められつつある。しかしながら,これらの研究は個別に進められており,学際的なアプローチが充分になされていない。本稿では,生態学,遺伝学,獣医学的健康管理,生息地管理などの,ニホンイヌワシの保全に関する諸研究を総合して概観した。野生および飼育下個体群の現状と傾向を分析し,現在および将来の保全管理の活動を報告し,ニホンイヌワシの生息域内保全および生息域外保全に向けた対策について,統合的な見地から議論した。この総説では,イヌワシの生物学や健康科学に関する国内および海外の専門家グループが,学術的な情報と実用的な解決策の両方を提示した。本稿によって,ニホンイヌワシの数の減少をくいとめるのに必要な情報と技術を提供し,日本における長期的な本種の保全に応用するための枠組みを示すことを目指す。
著者
笠松 雅彦 鈴木 智大 八幡 奈緒 村松 那美
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.99-109, 2022-09-01 (Released:2023-01-01)
参考文献数
31

受診トレーニングは,動物診療において自発的な無保定状態で対象動物に検査および治療に必要な体勢を維持させる方法であり,海棲哺乳類の飼育管理に不可欠なトレーニングである。本研究では2006年から2020年の間に鳥羽水族館において7種69頭の鰭脚類を対象に行った2653件の受診トレーニングの内容を調査し,受診トレーニングの実施が海棲哺乳類医学ならびに飼育管理に与えた影響について評価することを目的とした。受診トレーニング件数は2015年以降に著増しており,調査期間を通じてセイウチに関するものが最も多かった。受診トレーニングの内容は,採血と超音波検査がそれぞれ71.1%および26.5%と大半を占め,目的別割合は定期検査と繁殖に関連するものが,それぞれ48.4%および40.0%と多かった。繁殖関連では,継続した受診トレーニングによって,オタリアの着床遅延期間が排卵後15週であることやミナミアフリカオットセイの胎子成長率(子頭大横径)が0.85 cm/月であることが明らかになった。また,眼科診療や麻酔導入においてもその有用性が認められた。受診トレーニングは目的とその評価が重要であり,受診トレーニングによって得られた生体情報を詳細に検討し,海棲哺乳類の飼育管理や動物福祉に貢献できるトレーニング方法を発展させていく必要があると考えられた。
著者
福井 大祐
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.41-48, 2013
被引用文献数
1

<p> 近年,人為的な要因による野生動物の感染症の発生が問題となっており,課題の1つとして人と野生動物の関わりがあげられる。本来,人が野生動物に餌を与える必要はないが,娯楽のための餌付けから保護を目的とした給餌まで様々な目的で野生動物への餌やりが行われている。一方で,餌やりによって特定の種が局地的に集合して行動生態の改変や生物多様性の低下が起こったり,感染症の発生リスクが高まったり,生態学的健康を人為的に損なうおそれがある。例として,国際的なツル越冬地の出水でナベヅルの高病原性鳥インフルエンザ(2010年冬),旭川でスズメのサルモネラ感染症(2008~2009年冬),北海道内でカラス類における鳥ポックスウイルス感染症(2006年以降)の集団発生が認められ,それぞれ給餌,餌台,ゴミという餌やりが関わっていると考えられる。餌やりによって集合した野生動物が家畜に感染症を拡散させるリスクも問題となっている。人,家畜および野生動物の生命を支える生態学的健康を守るため,人と野生動物の関わりと感染症について,学術整理とバイオセキュリティ対策が必要である。</p>
著者
遠藤 秀紀 山崎 剛史 森 健人 工藤 光平 小薮 大輔
出版者
Japanese Society of Zoo and Wildlife Medicine
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.21-25, 2014

ハシビロコウ(<i>Balaeniceps rex</i>)の咽頭腔と舌骨を三次元 CT画像解析により検討した。咽頭と頭側の食道は,左右両側へ著しく拡大していた。巨大な咽頭と頭側の食道,固定されていない柔軟な舌骨,退化した舌が観察された。これらはハシビロコウがその採餌生態に特徴的な大きな食魂を受け止めることを可能にしていると考えられた。ハシビロコウの咽頭腔領域の構造は,大きな食塊を消化管へ通過させる柔軟な憩室として機能していることが示唆された。また,舌骨,口腔,咽頭腔,頭側の食道腔に左右非対称性が観察された。この非対称性もハシビロコウが大きな魚体を嚥下することに寄与している可能性がある。
著者
高見 一利
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.49-57, 2019-07-11 (Released:2019-09-15)
参考文献数
32

近年,生物多様性の喪失が深刻化する中で,動物園・水族館における生息域外保全への期待が高まっている。しかし,動物園・水族館の持つ施設,労力,資金といった資源は限られているため,目的や実現可能性等に基づいて優先的に取り組む種を定めるコレクション計画が策定されている。優先種に対しては,飼育下個体群の個体数や遺伝的多様性を適切に維持するための個体群管理計画が策定されており,この計画に沿って生息域外保全が進められている。さらに,最近では,保全計画の推進にあたって,動物福祉の実践も求められるようになってきている。すなわち,肉体的にも精神的にも健康な個体からなる個体群を確立し,遺伝的多様性を保ちつつ長期にわたって存続させることが求められているということである。こういった取り組みの実効性を担保するために,飼育ガイドラインの策定や動物園・水族館に対する認証制度の導入が進められており,動物園・水族館のレベル向上が図られている。保全対象種に関する普及啓発や調査研究も,動物園・水族館が行う保全活動の一環として重視されている。このように,動物園・水族館における保全活動は多様化,複雑化しつつある。生息域内保全の補完的な取り組みという位置づけではあるが,その必要性は確実に増大している。
著者
山口 英美 長 雄一 貞國 利夫
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1-7, 2020-03-31 (Released:2020-05-31)
参考文献数
31

2018年4月から2019年3月までの間,北海道東部において,ハシブトガラス,ハシボソガラスが利用するねぐら,就塒前集合場所における落下糞及びペリットを用いて,サルモネラ感染状況と食性の季節変化を調査した。落下糞1158検体を用いた培養検査により,25検体(2.2%)からサルモネラが検出され,血清型はAgona,Braenderup,Derby,Kentucky,Muenster,O4:i:-およびTyphimuriumであった。Kentucky3株およびO4:i:-1株が複数の抗生物質に耐性を示した。ねぐらにおけるサルモネラ検出率は,4~6月(0/246,0.0%)より9~11月(8/300,2.7%)が高く,カラスにおけるサルモネラ保有状況に季節変化があることが示唆された。これは,免疫機能が幼弱で易感染性と思われる当歳個体が初夏に巣立ち,7月以降にねぐらに参加し始めたことが影響したと考えられた。また,9~11月に検出されたAgona13株のパルスフィールドゲル電気泳動パターンは全て同一であり,特定の株が今回調査したカラス群内で感染を拡大させていた可能性が示された。ペリットを用いた食性解析の結果,全ての季節で家畜飼料の摂食が認められたことから,年間を通じてカラスが畜産環境に侵入し,畜産農場間のサルモネラ伝播に関与しうることが示唆された。
著者
淺野 玄
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.4, pp.111-113, 2016-12-22 (Released:2017-06-09)
参考文献数
3

公共事業として行われる傷病鳥獣救護事業では,「種の保存法」で国内希少野生動植物種(国内希少種)に指定された傷病個体が救護されることがある。「種の保存法」の目的から,野生復帰は不可能と判断された国内希少種の傷病個体は,種の保存に資さない限りは致死が認められていないものと解釈される。野生復帰不可能な国内希少種を保護している傷病鳥獣救護施設では,種の保存を目的とした保護増殖や生物多様性保全を目指した啓発普及などに野生復帰不能な個体を活用する努力が行われているが,予算,人手,飼養設備などには限界がある。また,増え続ける野生復帰不能な国内希少種は,傷病鳥獣救護事業や保護増殖活動そのものを圧迫するだけではなく,終生飼養される個体の福祉やQOLの低下などが現実問題として生じている。苦痛が大きかったり致死が明らであったり,獣医学的にも福祉の観点からも安楽殺処分が最善の策であると結論づけざるを得ない事例や,同時多発的に傷病が発生した場合のトリアージなどについても,国内希少種の傷病個体の取り扱いに関して明確な指針は整理されていないのが現状である。野生復帰不可能な希少種に関わる課題について整理を行い,未来思考的に保全と福祉の両立に配慮したガイドラインの整備が求められている。
著者
西 教生
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.95-100, 2010 (Released:2011-03-01)
参考文献数
23
被引用文献数
1 4

都留文科大学構内において2003年4月から2009年3月まで窓ガラスに衝突したと推測された鳥類を採集した。その結果22種43羽が採集された。例外はあるものの,窓ガラスの近くに樹木があることが衝突の要因として考えられた。シロハラについては11~1月の午前中に衝突が起こりやすいと思われた。緊急的に衝突を防ぐためには,この期間はカーテンを閉めること,バードセーバーを貼ることが対策として考えられた。
著者
佐々木 瑞希 石名坂 豪 能勢 峰 浅川 満彦 中尾 稔
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.123-126, 2019

2015年9月北海道斜里町で捕獲されたエゾヒグマを剖検したところ小腸より大型の条虫を検出した。頭節の形態および生殖器の配置から,Dibothriocephalus属と思われた。虫体の一部からDNAを抽出し,核28S ribosomal RNA geneおよびミトコンドリア cytochrome c oxidase geneの一部を解析した。その結果,DNAデータベース上の日本海裂頭条虫のものとほぼ一致し,本種を日本海裂頭条虫と同定した。本症例は,エゾヒグマから検出された条虫を日本海裂頭条虫と同定した初めての報告である。
著者
伴 和幸 椎原 春一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.59-64, 2018-09-28 (Released:2018-12-05)
参考文献数
24
被引用文献数
1 3

ハズバンダリートレーニング(Husbandry Training:HT)は,単に健康管理に役立つだけではなく,研究等を円滑に実施するために利用可能である。HTは行動分析学に基づいており,侵襲性を顕著に低減でき,動物福祉に則していることから,動物園で研究を行っていく上で,その重要性が増している。国内の動物園ではHTが取り入れられてはいるものの,多くの場合一部の担当者,一部の動物種に限定されているのが現状である。大牟田市動物園ではHTを積極的に取り入れており,28種に対して,触診や皮下注射などに対してHTを行っている。そして,これらの技術について,学会発表等を行っている。さらに,HTによって得られた血液と体毛からホルモンを測定し,飼育環境を評価する共同研究を行っている。このようにHTは,動物園らしい,動物園だからこそできる研究を促進する可能性を秘めた技術といえる。一方で,HTに対して,基本的な飼育管理がおざなりになることを危惧する意見もある。HTは手段であって目的ではない。HTによって得られた情報を,研究等に役立てることで,HTが動物園本来の役割を果たすための技術の一つに成り得るだろう。
著者
松尾 加代子 上津 ひろな 高島 康弘 阿部 仁一郎
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.35-40, 2016-06-30 (Released:2016-08-20)
参考文献数
20
被引用文献数
2 13

岐阜県内で捕獲されたホンシュウジカ63頭およびニホンイノシシ30頭の筋肉について住肉胞子虫の調査を行ったところ,シスト保有率はそれぞれ95.2%および50.0%であった。ホンシュウジカおよびニホンイノシシから得られた住肉胞子虫のブラディゾイトは,いずれも馬肉の生食による住肉胞子虫性食中毒の原因とされる毒性タンパク質に対する免疫染色で陽性を示した。ニホンイノシシの筋肉からはHepatozoon sp.も検出された。分離株の18S rDNAの系統樹解析により,ホンシュウジカ由来住肉胞子虫株は遺伝的に多様で主に5つのグループに分類され,ニホンイノシシ由来のHepatozoon sp.はタイの野生イノシシ寄生マダニ由来のHepatozoon sp.と最も近縁であった。
著者
川瀬 啓祐 椎原 春一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.65-70, 2018-09-28 (Released:2018-12-05)
参考文献数
12
被引用文献数
1 1

大牟田市動物園では飼育管理の一部として多くの動物種を対象に体重測定,検温や採血に対してハズバンダリートレーニングを取り入れている。ハズバンダリートレーニングを取り入れることによって,これまで診察および検査に機械的保定や化学的保定が必要であった霊長類や大型ネコ科動物などにそれらの保定を行うことなく,行動的保定により採血などを行うことが可能になった。 採血により得られた血液検査値は,他園と共有することでデータの蓄積を行い,健康管理に役立てている。また,一部の動物では人工採精のトレーニングも取り入れており,動物園動物の繁殖にも寄与できる可能性がある。また,定期的な採血が可能となれば,薬剤成分の血中動態も把握することが可能であり,今後の獣医療の発展に寄与できるであろう。ハズバンダリートレーニングを取り入れると多くの知見を得る機会が増える。そういった知見をもとに多くの園館や大学との研究機関と連携,協力することが可能となれば,今後の動物園での研究や獣医療が大きく進展するだろう。
著者
遠藤 秀紀 佐々木 基樹
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.45-53, 2001 (Released:2018-05-04)
参考文献数
15
被引用文献数
1

哺乳類の科以上の高次分類群に関して,その和名を検討し,リストとして表現した。目レベルでは原義を尊重しながら実際の定着度を考慮して和名を提示し,科レベルでは代表的属名のラテン語綴りを片仮名表記する方針をとった。分類体系の議論は加えていないが,従来の食虫目において,第三紀初期の化石諸群および現生するクリソクロリス類などが目として独立したため,トガリネズミ類,モグラ類,テンレック類などを無盲腸目と呼称する必要が生じていることが特筆される。また,有袋類を複数の目に分割する必要性が生じ,新たな和名を提案することとなった。近年,行政や出版界から,学校教育・社会教育の現場に影響する形で,学術的検討成果を顧みない安易な目名の変更が提案された経緯があり,本結果が哺乳類の高次分類群の和名について,学界のみならず社会的にも有意義な示唆となることを期待する。
著者
川瀬 啓祐 木村 藍 椎原 春一
出版者
日本野生動物医学会
雑誌
日本野生動物医学会誌 (ISSN:13426133)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.7-14, 2018-03-30 (Released:2018-07-21)
参考文献数
31
被引用文献数
1

ツキノワグマUrsus thibetanus,キリンGiraffa camelopardalis ssp.,トラPanthera tigris ssp.,ライオンPanthera leo 2個体,サバンナモンキーChlorocebus aethiops,マンドリルMandrillus sphinxの6種7個体に対してハズバンダリートレーニングを用いた行動的保定により定期的に採血を行い,血液学検査値および血液生化学検査値を得た。得られた血液検査値を既報と比較したところ,少なくともツキノワグマ,キリン,マンドリルにおいては,ハズバンダリートレーニングを用いた行動的保定による採血はストレスが少ないと推察された。本報告は日本国内において,上記の動物種における行動的保定で得られた血液検査値の初めての報告である。また,定期採血が可能となることで,各個体の健常値を得ることができ今後の飼育管理や健康管理に役立つものと考えられる。