著者
牛渡 亮
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.73-83, 2013-07-19 (Released:2014-08-31)
参考文献数
19

本稿の課題は,スチュアート・ホールによって1970年代に展開されたモラル・パニック論の内容を詳らかにするとともに,このモラル・パニック論と1980年代以降に展開される彼の新自由主義論との結びつきを明らかにすることにある.ホールによれば,モラル・パニックとは,戦後合意に基づく福祉国家の危機が進展するなかで人々が感じていた社会不安や恐怖感の原因を,社会体制の危機そのものではなくある逸脱的集団に転嫁し,当該集団を取り締まることで一時的な安定を得ようとする現象である.本稿では,このモラル・パニックを通じて高まった警察力の強化に対する能動的同意を背景に,それまでの合意に基づく社会からより強制に基づく社会への転換が起こり,そのことがサッチャリズム台頭の基礎となったことを示した.したがって,本稿での作業は,ホールが「新自由主義革命」と呼ぶ長期的プロジェクトの端緒を理解するための試みであると同時に,オルタナティヴの不在により今日ますます勢いを増す新自由主義を理解するための試みでもある.
著者
鶴田 幸恵
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.17-31, 2017-12-26 (Released:2019-01-28)
参考文献数
16

この論文の目的は「トランスジェンダー」概念と「性同一性障害(GID)」概念の関係について,トランスジェンダーとして生きる三橋さんと,性同一性障害として生きるAさんへのインタビューの分析から見通しを与えることである. 三橋さんは,「トランスジェンダー」が性別役割の押しつけからの解放を求める運動と結びついたカテゴリーであるのに対し,「GID」は医学の身体本質主義と結びついた医療カテゴリーであると語る.それに対してAさんは,「GID」をある種の「障害」カテゴリーとして,「トランスジェンダー」と対立的には捉えていない.Aさんは,「障害」というものを社会の側にあると位置づける理解の仕方によって,また三橋さんや私が前提としているようにトランスジェンダーと性同一性障害を対立した存在だとは捉えないことによって,性同一性障害というものをアイデンティティとすることができている. 両者の概念の用法は対立するように見えるかもしれないが,いずれも彼女らが直面してきた問題をサバイブするための手段だと考えることもできる.それゆえ,彼女らのアイデンティティ・カテゴリーは,彼女らの生きている社会関係と,その関係の中でカテゴリーが埋め込まれた概念連関の中で理解されなくてはならない.
著者
植田 今日子
出版者
The Tohoku Sociological Society
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.43-60, 2013

いまだ大災害の渦中にあって,それまで暮らしていた地域社会を離れることを要請された人びとが,頑なといっていいほどに祭礼を執り行おうとするのはなぜだろうか.本稿はとくにもはや生計を支えない,祭礼だけのために飼われていた馬や牛を救出してまで催行されたふたつの祭礼,東日本大震災後の「相馬野馬追」と中越地震後の山古志の「牛の角突き」に注目し,後者の事例からそれらの敢行がどのような意味を持つ実践であったのかを明らかにするものである.とくに本稿の関心は儀礼的実践が災害そのものをどのように左右し,被災者自身の生活をどう形づくっていけるのか,という点にある.<br> 慣れ親しんだ地を去った人びとは,震災直後から明日,来週,来月,来年といったい自分たちがどのような生活をしているのか予測のつかない,過去から未来に向かって線状に流れる「直線的な時間」のなかに投げ込まれる.しかし本論でとりあげた祭礼「牛の角突き」の遂行は,人びとがふたたびらせん状に流れていく「回帰的な時間」をとり戻すことに大きく寄与していた.毎年同じ季節に繰り返される祭礼自体がいわばハレのルーティンだが,その催行のために付随的に紡ぎだされていく家畜の世話や牛舎の確保,闘牛場の設置といった仕事は,日常に発生するケのルーティンでもあった.そして一度催行された祭礼は「来年の今頃」,「来月の角突き」といった「回帰的な時間」をつくりだすための定点をもたらす.<br> このような事例が伝えるのは,地震直後に当然のように思わず牛のところへ走ってしまう,あるいは馬のもとへ走ってしまう,船のもとへ走ってしまう人びとの社会に備わる地域固有の多彩さをそなえた災害からの回復像である.牛や馬や船のもとへ走ってしまうことを否定するのではなく,その延長上にこそ決して一律ではない防災や復興が構想される必要がある.
著者
俣野 美咲
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.48, pp.129-137, 2019-08-30 (Released:2021-02-26)
参考文献数
24

本稿の目的は,青少年層におけるパートナーとの避妊に関するコミュニケーションが実際の避妊行動に及ぼす影響について検証することにある.従来,青少年の避妊行動に関しては,本人が正しい知識を身につけているかどうかと避妊の実行の関連が重要視されてきた.しかし,避妊の実行は個人の意思のみで決定されるものではなく,パートナーとの交渉に基づき決定されるものである.したがって,一方の要因に注目するだけでは不十分であり,パートナーとの間で避妊の実行について十分に意思疎通が図れているかという点にも注目する必要がある.そこで本稿では,「青少年の性行動全国調査」の第7回調査(2011年)データを用いて,高校生・大学生男女において,パートナーとのコミュニケーションの円滑さと頻度が避妊の徹底にどのような影響を及ぼすかについて分析をおこなった.その結果,男子ではパートナーとのコミュニケーションの円滑さと頻度は避妊行動に影響を及ぼさない一方で,女子では避妊に関するコミュニケーションの頻度が高いほど避妊を徹底している確率が高いことが示された.今後,青少年の適切な避妊の実行を周知・徹底していくためには,正確な知識の伝達に加えて,パートナーとの間で避妊についての十分な意思疎通を図ることの重要性を教授するなどの包括的な性教育が求められるだろう.
著者
笹島 秀晃
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.79-89, 2012-07-14 (Released:2014-03-26)
参考文献数
25
被引用文献数
1

創造都市とは,チャールズ・ランドリー,リチャード・フロリダらによって1990年代以降提唱されてきた,文化芸術を都市経営の中心に位置づけた都市ヴィジョンである.近年,世界各国の自治体では,創造都市のもたらす利益の可能性が信奉され,様々な施策が展開されてきた.他方で,2000年以降,デヴィッド・ハーヴェイの企業家主義的都市論に依拠しつつ,新自由主義の進展と共振する創造都市の問題が指摘されてきた.本稿では,創造都市に対する批判的先行研究を踏襲しつつ,創造都市の誕生をめぐるグローバルな政治経済的プロセスを明らかにすることを目指す.
著者
喜多 加実代 浦野 茂
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.3-15, 2017

当事者についての研究が隆盛する一方,当事者概念の誤解や拡張使用が懸念され,その概念の精錬の必要性も言われている.これに対し,本稿では,当事者の概念分析を提案する.本稿で言及する概念分析とは,ウィトゲンシュタインやライルの影響の下にウィンチが提唱し,エスノメソドロジーやハッキングが発展的に継承したものである.「当事者」と成員カテゴリーの複数の結びつき方を簡単に示した後に,2つの異なる事例について,実践の記述として,「当事者」の概念分析を行う.
著者
伊藤 綾香
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.45, pp.51-61, 2016-12-26 (Released:2018-09-25)
参考文献数
11
被引用文献数
1

本稿では,コミューンという起源を持つ「わっぱの会」において,対抗文化的手法がいかに変遷し,それが現在の活動にどのような特質を生み出しているのかを明らかにする. 「わっぱの会」は,障害者入所施設でボランティアを行なった学生が,産業社会化に伴い施設化を進める支配的文化への対抗文化として,街の中でのコミューン建設に着手したことに始まる.そこで経済的問題に直面し,社会福祉法人格の取得という制度化を選ぶが,外面的にそれを受け入れながらも,実際には共同生活での「一つの財布」をもとにした給与体系をつくるなど,独自のありようを模索した.現在の働く場のメンバーは,大小問わず生じるトラブルや衝突を通して「自問自答」しながらより良い働き方を模索し,障害者と「一緒に働く」べきという価値規範を身につけていた.これは必ずしも障害者をめぐる社会的状況に関心のなかったメンバーにも見られた.外面的な制度化の受け入れと独自のあり方の模索は,運動にとっての制度化のジレンマを乗り越えようとする工夫である.「閉じられた」コミューンから「開かれた」働く場への活動様式の移行は,活動に関心の無い人々を受け入れるだけでなく,彼らを,より良い働き方の追求という,変革志向的な活動の担い手として再生産することを可能にしている.こうした,独自の制度の確立という方法での対抗文化の維持は,運動が運動として継続するうえで有用である.
著者
鳶島 修治
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.75-86, 2010-07-16 (Released:2014-02-07)
参考文献数
16

本論文では,Basil Bernsteinの〈教育〉言説論を援用し,教育評価と〈学力保障〉のポリティクスという観点から,「全国学力テストの悉皆実施はいかにして正当化されたのか」という問題について検討した.わが国で2007年度に開始された全国学力テストの実施方法をめぐっては,個々の児童生徒のテスト結果を日常的な教育実践の改善に活用することを通じて〈学力保障〉を達成することを目的とし、その悉皆実施を主張する立場があったが,これに対して,中教審義務教育特別部会の場では,学校間の序列化や得られるデータの歪みといった悉皆実施の弊害が指摘されていた.他方で,後に設置された全国学力テストに関する専門家検討会議における議論を通して,全国学力テストには,PISA型の「活用」問題の導入に象徴されるように,教育課程実施状況調査をはじめとする既存の学力調査とは性格の異なる調査内容が設けられることとなった.一面において,それは前述した立場から主張された全国学力テストの悉皆実施を正当化するための方策として理解されうる.このことはまた,全国学力テスト悉皆実施の主張を支えている「教育評価を通じた〈学力保障〉」という理念が調査内容を規定するという関係の存在を示している.
著者
木村 邦博
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.31-41, 2009-07-19 (Released:2013-12-27)
参考文献数
23

本稿の目的は,科学としての社会学と歴史学(科学史)としての社会学史との双方にとって,どのような「学説研究」が実り多いものと考えられるかについて,論じることである.より具体的には,具体的な社会現象に対する「問い」を主題とした学説研究を実践することこそが,社会学・社会学史それぞれの分野における研究の発展を促すものであることを主張する.まず,科学としての社会学と歴史学(科学史)としての社会学史とを峻別する必要があることを述べるだけでなく,このふたつの違いをできるだけ明快な形で定式化する.その上で,社会現象の科学的探求としての社会学がどのような目標と方法をもつべきものであるかを,具体例を挙げつつ論じる.さらに,相対的剥奪に関するレイモン・ブードンの研究を模範例として取り上げ,そこにおいてブードンがとった研究戦略を検討することで,「問い」を主題とした学説研究の重要性を示すことにしたい.最後に,「問い」とそれに対応した仮説を主題とした学説研究が,学者(学派)・言説(主張)・概念・メタ理論を主題にした場合と比較して,科学としての社会学においては先行研究のレビューとして有効かつ不可欠なものであると同時に,社会学史の分野でも社会学的な営みを魅力的なものとして描くことにつながるものであると主張する.
著者
丸山 和昭
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.71-81, 2008-07-17 (Released:2013-12-27)
参考文献数
23

1990年代以降,日本においては「カウンセリング」が社会に広く普及してきたが,その担い手である「カウンセラー」は多様な資格・専門性によって構成されている.本稿では,このような専門的職業の歴史を扱うにあたって,Andrew Abbottの専門職論へと注目する.具体的には,Abbottの提示した「緩い専門職規定」と,多様な職業集団の相互作用に注目した「専門職の発達理論」,及びAbbott自身によるアメリカにおける心理療法・カウンセリングの勃興に関する歴史記述を検討した.総じて,Abbottの専門職論は,従来の「専門職化」論における関心の中心にあった「一般的職業はどのように専門職となりうるのか」との問いへの新たな回答を用意するものではない一方で,知的職業一般の職域確保の過程についての分析枠組みを提供するものである.このようなAbbottの専門職論における有効性と限界についての考察から,「知的職業の誕生」,「知的職業による新規職域の獲得」,「professionalismの輸入と変容」という,個別の職業に分断されない新たな「専門職化」の視点の重要性を導き出したことが,本研究の最終的な知見である.
著者
木村 雅史
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.33-43, 2017-12-26 (Released:2019-01-28)
参考文献数
21
被引用文献数
2

本稿の目的は,アーヴィング・ゴフマンの「状況の定義」論の観点から,「いじり」と呼ばれるコミュニケーションのあり方について扱ったメディア・テクストを分析することで,テクストが提供している「いじめ」と「いじり」の区別や関連性に関するカテゴリー適用の方法を記述・考察することである. ゴフマンの「状況の定義」論は,①「状況の定義」と自己呈示の関連性に着目している点,②人々の「状況の定義」活動を記述する枠組(「状況の定義」の重層性や移行関係)を提供している点において,独自のパースペクティブをもっている.本稿では,ゴフマンの「状況の定義」論の観点から,「いじめ」と「いじり」をめぐる「状況の定義」活動の記述・考察を行った.メディア・テクスト分析の結果,状況やオーディエンスの変化が,「いじめ」/「いじり」定義の維持や変化,それぞれの定義における意味世界の形成,参加者の自己呈示やその読みとられ方に影響を与えていることが明らかになった.本稿で分析したメディア・テクストは,それぞれ方法は異なるものの,「いじめ」カテゴリーと「いじり」カテゴリーの区別や関連性について,オーディエンスにカテゴリー適用の方法を提供している.
著者
相澤 卓郎 佐久間 政広
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.45-56, 2017-12-26 (Released:2019-01-28)
参考文献数
5

東日本大震災後の早い時期に,被災した民俗芸能がつぎとつぎと再開された.先行研究では,こうした祭礼や民俗芸能の再開により,被災者が直面する困難への対処がなされていることが明らかにされた.しかし,それでは説明できない現実も出現している.2012年1月3日に復活した大曲浜獅子舞は,復活後数年間,震災前より格段に多い回数の上演が実施された.それは,この獅子舞が「被災者が全国から支援をうけて民俗芸能を復活させ,復興に向けて力強く歩みを進める」という物語を背負う「復興のシンボル」として扱われ,この物語が被災地の内外において求められたからである.獅子舞保存会に殺到する上演依頼に対して,保存会会員は,獅子舞上演を「被災地支援に対するお返し」と意味づけて応えた.保存会は,中学校時代に獅子舞指導を受けた先輩-後輩,同級生たちからなる仲間集団であり,会員たちは,互いに仲間としての関係を維持するために,可能な限り上演に参加した.
著者
喜多 加実代 浦野 茂
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.3-15, 2017-12-26 (Released:2019-01-28)
参考文献数
37

当事者についての研究が隆盛する一方,当事者概念の誤解や拡張使用が懸念され,その概念の精錬の必要性も言われている.これに対し,本稿では,当事者の概念分析を提案する.本稿で言及する概念分析とは,ウィトゲンシュタインやライルの影響の下にウィンチが提唱し,エスノメソドロジーやハッキングが発展的に継承したものである.「当事者」と成員カテゴリーの複数の結びつき方を簡単に示した後に,2つの異なる事例について,実践の記述として,「当事者」の概念分析を行う.
著者
上田 耕介
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.44, pp.59-69, 2015-07-16 (Released:2018-03-28)
参考文献数
16

マイケル・マンの斬新な理論には,歴史研究・現代社会分析にとって,大きな可能性が秘められている.従来の社会学理論の主流は,全体社会を想定したうえで,その諸要素(次元,下位システム等)のいずれかに社会形成の要因を見いだす,というものであった(「要因論」的分析).マンは,明確に境界づけられた全体社会の存在を否定し,「境界を異にする多様なネットワーク群」から社会が構成される,と見る.その上で,支配的ネットワークの「間隙」から新ネットワークが成長し,社会変動を引きおこす,とする(「組織論」的分析).そうした新旧ネットワークのうち,大きな力を持つのが,「イデオロギー」「経済」「軍事」「政治」の4つの「力の源泉」である.この枠組には,従来の社会理論において軽視されてきた軍事と国家間関係が含まれており,マン理論は,社会学理論の発展にとっての重要な貢献となっている.
著者
林 雄亮
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.59-70, 2008-07-17 (Released:2013-12-27)
参考文献数
18
被引用文献数
1

労働市場の流動化は世代内移動,とりわけ転職行動の活発化と言い換えることができる.理論的には,転職行動の増加は労働市場の効率化とジョブ・マッチングの向上という意味から肯定的に捉えられてきた.しかし,実際の転職行動には転職後の賃金低下やキャリア形成の阻害となる可能性が存在し,どのような状況下でも個人にとって望ましい結果をもたらすとは限らない. そこで本稿では,労働市場の状況によって世代内移動の帰結が変化するプロセスについて,転職行動に伴う賃金低下構造の時代変化から考察する.転職に伴う賃金低下のメカニズムは先行研究の蓄積がなされているが,本稿の目的は時系列分析によって先行研究が問題にしてこなかった長期的トレンドを把握することである. 分析の結果,以下の知見が得られる.1950年代後半から2005年にかけて流動性の高まりと賃金低下率の上昇が確認できる.賃金低下メカニズムに関する多変量解析を時代別に行った結果,バブル経済期までの時代では企業規模間の下降移動のみが賃金の低下に強い影響を与えていたが,それ以降は,企業規模間の下降移動に加えて,非正規雇用への移動,会社都合による離職,前職勤続年数の長さが統計的有意に賃金の低下に寄与している.したがって,転職に伴う賃金低下構造にみる世代内移動の帰結は,1990年代以降大きく変化したのである.
著者
新田 貴之
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.171-187, 2007-07-20 (Released:2013-10-23)
参考文献数
14

本稿は,ノーマン・K・デンジンの「エピファニー」概念の検討を通して,彼の「解釈的相互行為論」がイデオロギー批判の方法であることを明らかにする. 本稿は,デンジンの立場を明確にしたうえで,彼の「解釈的相互行為論」における「エピファニー」概念に焦点をあてる.特に,研究者が,「個人的トラブル」として語られる「エピファニー」をいかなるものとして捉え,解釈しているのかという点を検討する. 「解釈的相互行為論」においては,「エピファニー」を書くことが二重に捉えられている.このことによって,エスノグラフィーにおける物語の「神話化」が批判的に捉えられる.さらに,デンジンは,研究者が「エピファニー」の再叙述において自らの自明性,すなわちイデオロギーに無批判であることに対して批判する.デンジンの「解釈的相互行為論」とは,再叙述における物語の「神話化」を自覚的に捉え,研究者自身のもつ自明性,すなわちイデオロギーを批判的に捉えることによって再叙述することなのである.
著者
武田 篤志
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.117-124, 2008-07-17 (Released:2013-12-27)
参考文献数
15

1974年に刊行されたアンリ・ルフェーヴルの主著『空間の生産』は,英訳されたのを機に,1990年代以降,都市論や地理学の分野でひろく再評価がすすんでいる.しかし,この書の第Ⅲ部には「空間の建築術(Architectonique spatiale)」⑴と題される章が設けられているにもかかわらず,また,この「建築」が彼の空間論において要諦をなしているにもかかわらず,『空間の生産』における「建築」の意義について積極的な言及はほとんどみられない⑵.本稿は,ルフェーヴルにおける空間論と建築との理論的関連に焦点を当て,この書の建築理論としての可能性を提起することを目的とする.
著者
眞田 英毅
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.47, pp.69, 2018-08-30 (Released:2019-11-08)
参考文献数
30

本稿の目的は,学校外教育が出身階層の低い子どもたちの高校進学に与える効果を検証することにある.高校進学段階での教育達成に関する多くの先行研究では,進学校に進学したか否かで学校外教育の効果を測っているが,進学校以外の高校への進学も含めた教育達成は等閑視されている.また多くは,教育における効果はどのサンプルでも一定であるという仮定をおき,観察されない異質性も考慮しておらず,学校外教育の効果を十分に検討しているとはいえない.そこで本稿ではこれらの課題を克服するため,傾向スコアを用いて反実仮想的な状況を作り出し,進学校以外の高校(中堅校・進路多様校)への進学も含めた高校進学における学校外教育の効果を検証した.結果,通塾経験は進路多様校から進学校・中堅校への進学を促進させており,特に中堅校進学では親学歴の不利を埋めていた.また,親学歴が低い男性が家庭教師や通信教育を経験することで,進路多様校より進学校に進学しやすいことが示された.他方,女性では家庭教師経験や通信教育経験は親学歴の不利を埋める効果を確認することはできなかった.これらの結果により,学校外教育を経験することで進学率の高い学校に進学できる可能性が高まると部分的にいえる一方,男女によって学校外教育の効果が異なることや学校外教育の種類によって学力が底上げされる層が異なる可能性も示唆された.
著者
小杉 亮子
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.67-77, 2012-07-14 (Released:2014-03-26)
参考文献数
27

大学生を中心に若者による社会運動が多発した1960年代後半に対し,近年,社会的関心が高まっている.本稿は,今後,1960年代後半の日本の学生運動を検討する際の視座を導出するため,1964年にアメリカ・カリフォルニア大学バークレー校で起きたバークレー闘争の形成要因について,先行研究のレビューを通じて整理した.バークレー闘争の形成要因としてとくに重要なのは公民権運動である.公民権運動は当初のイシューを提供し,さらに公民権運動活動家だった学生を通じて,座り込みなどの公民権運動特有の戦略・戦術が導入されることになった.また,一般の学生たちが闘争に参加した動機には公民権運動への支持に加え,合衆国憲法が保障する政治的権利の学内での実現と「政治活動と言論の自由が守られる場」という大学像の追求とがあった.ただし,合衆国憲法に基づく権利保障の要求は,アメリカ社会における法と権利の重要性を活用した公民権運動の発想の延長線上にあった.この発想を基盤に学生の権利と学生生活へとイシューを展開させたことで,キャンパスの広範な学生を巻き込んだ運動が実現された.このようなバークレー闘争の形成要因は,1960年代日本の学生運動についても,若者の逸脱や風俗現象として捉えるのではなく,同時代の社会のあり方,とくに同時代の社会運動との関わりのなかから学生運動が形成された具体的過程を分析する重要性を示している.