著者
水野 邦夫
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.35-52, 2006

Lee(1977)は恋愛の色彩理論を提唱し, 松井ら(1990)はそれに基づいた恋愛傾向測定尺度の日本語版を作成しているが, 本研究では, より簡便で回答しやすい尺度の作成を試み, その妥当性および信頼性を検討するとともに, 他の特性などとの関連性や, 男女や恋人の有無によって, どのような恋愛傾向の違いがみられるかを調べることを目的とした。大学生および専門学校生466名(男子247名, 女子217名, 不明2名)を対象に, この尺度を含む質問紙調査を実施し, 分析を行ったところ, 尺度には充分な妥当性や信頼性は認められなかったが, さまざまな恋愛傾向を測定しうるものであることが確認された。また, ストルゲを除く尺度は協調的なパーソナリティ特性との問に有意な相関関係がみられた。さらに, 恋愛傾向の男女差や恋人の有無による差を調べたところ, 男子はアガペ(献身的な愛)やエロス(耽美的な愛)が高いのに対し, 女子はプラグマ(実利的な愛)が高く, また, 恋人がいる群はストルゲ(友愛的な愛)が低く, 恋人がいない群ではマニアとエロスが低く, 片想い群ではアガペが高いなどの結果が得られた。
著者
上田 宜子
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.181-189, 2006

ナラティブは単なる時系列に並べた出来事の集成ではない。自分の物語を紡ぎ語ることに焦点をあて, 体験や体験との関連性を掘りさげ, 自らにもたらされた変化とその影響をみつめることで未来に向かう自分に方向性を与えてくれるものである。人は誰でも, 過去, 現在, 未来を繋ぐ自分の物語を持って居る。本研究では, 過去を隠すことで今の幸せを手に入れようとした人の苦悩を, ナラティブ・アプローチを用いて問題の解決を図り, 個別援助に結びつけた過程について論じた。
著者
山口 隆介
出版者
聖泉大学紀要委員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.27, pp.105-122, 2020

本稿は,『 プラウン神父』シリーズに見出されるG. K.チェスタトン 1874·1936) の思想を読み解く試みであるが, 特にキリスト教哲学と言いうるものを馴袂することに目標を定める。『プラウン神父』シリーズを貰くキリスト教思想に言及した解説は多い。しかし, 本シリーズを信仰生活への入門魯あるいは信仰生活の知的な刷新に役立ちうる信仰の手引詑というところまで思い入れて読解した論述は, 管見の限り, 日本語では見かけないように思う。本稿は, そのような諒解の一試行であり,『 プラウン神父』ものの社会における機能を拡充することが本研究の目指すところである。チェスタトンは翻訳家泣かせの作家で知られており,『プラウン神父』短編集のタイトルも例外ではない。特に第 1 短編集 The Innocence of Father Brown は出版社ごとにタイトルが変わってしまうほど, 翻訳が安定しない。本稿では, 短編集のもっとも普及している完訳版である創元推理文庫版に準拠した訳を用いることとした。各作品タイトルも同じくそれに準じるが, 初出に限り原題も併載した。作品本文の訳は主に創元推理文庫版を参照しつつ筆者が新たに訳出した 。
著者
長谷部 ゆかり 齋藤 文子
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.17, pp.167-179, 2009

老年期を目前にした更年期にある女性は,閉経,子どもの独立など様々なライフイベントの変化からもストレスが蓄積し更年期うつ病や更年期障害などを引き起こす危険性がある1)。このため,医療職者は更年期女性の健康管理に着目し,心身の健康を保持するようなサポートが必要だと考える。高齢者には,老徴の現れとともに身だしなみやおしゃれに対して消極的になる傾向があり,心身ともに老化を促進させる要因となる2)との報告があり,化粧療法などの生活意欲向上方法が提案されている。一方,加齢とともに機会が減少するような結婚式などの非日常的なイベント時の装飾が生活意欲向上にどのように影響するのか報告された例はない。今回,更年期女性に対しウエディングドレス着用というイベントを提供した結果,精神的側面への影響を認めた。
著者
水野 邦夫
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.10, pp.81-92, 2002
著者
李 艶
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.1-12, 2005

中国における20歳代の社会人205名,40歳代の社会人189名を対象に調査を実施した。調査の項目はMOW国際研究チームによって作成された尺度を参考にして,質問紙を開発した。その結果,20歳代の社会人は「仕事上の倫理」の強度は40歳代の人より弱いことがわかった。「達成動機」の尺度では年齢差に有意義性が見られなかった。「なぜ仕事をするか」の尺度では,20歳代の社会人は「利益」「経済」「勉強のチャンス」「興味」「地位」を重視したが,40歳代の人は「家族生計の維持」「安全保障」「社会への貢献」をより重視することを明らかにした。これらは各年代の社会,経済,家庭などの事情によるものと考えられる。「人生はどうあるべきか」の尺度について,この二つの年代の人たちは「仕事をする」「レジャーを楽しむ」「家庭のために責任を果たす」点では,得点が高かった。「老後の準備」について,40歳代の人は20歳代の人より得点が有意に高かった,これは40歳代の人の特徴を表す。
著者
山口 隆介
出版者
聖泉大学紀要委員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.27, pp.123-140, 2020

本稿は,『 プラウン神父』シリーズに見出される G. K チェスタトン 1874-1936) の思想を読み解く試みの後半である。前半と同じく,短編集のもっとも普及している完訳版である創元推理文庫版に準拠した訳を用いることとした。各作品タイトルも同じくそれに準じるが, 初出に限り原題も併載した。作品本文の訳は主に創元推理文廊版を参照しつつ筆者が新たに訳出した。
著者
山口 隆介 Aquinas Thomas
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.18, pp.117-129, 2010

『神学綱要』Compendium Theologiae の第1部「信仰について」より,神性の業について論じた箇所から数章抄訳し,それに註解をつける形で,トマスの創造論から人間の自然本性と悪への議論へのダイナミズムを示す。
著者
野本 茂
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.101-118, 2000

IT革命は、新機軸の情報通信ネットワーク (インターネット : コンピュータ・ネットワークのネットワークをインフラとする。) のオープン性・汎用性・情報共有性・ユーザ主導性がもたらす、経済社会を根本から変革する事象である。流通経済情報論としても、流通がIT革命下、どのように変わってきているのかをみなければならない。結論は、IT革命によって、流通セクターにおいては、「第二次流通革命」というべき変革が進行していること、生産者による「eマーケティング」の流通が登場していること、および「eマーチャント」による新たな流通経路あるいは流通機構の変革が進行していることが確認できるという点である。なお、本題の考察は「生産者セクター」「流通業者セクター」「消費者セクター」の分析フレームで行ったが、他の分析フレームで行い、分析を深めること、および各事象の内実をさらに考察し、豊富なものにすることが今後の課題となる。
著者
アクィナス トマス 山口 隆介
出版者
聖泉大学紀要委員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.22, pp.27-39, 2014

トマス・アクィナスのマリア論は,一面においては,マリアの権威は神の母としてのものであり,したがってキリストのゆえにマリアは偉大であるとするものであるとされ,他面においては,マリアに独立の人格としての意義を認めるものであると論じられる.『天使祝詞講解』(以下『講解』)におけるトマスのマリア論も,上記の両面を有するが,マリアに独立の人格としての意義をより認めるものであると言える.『神学大全』Summa Theologiae および『神学綱要』Compendium Theologiae におけるトマスのマリア論が,理論上だけでなく構成上も,キリスト論の一部を構成する議論と位置づけられているのに対し,『講解』において はマリアが独立の主題となっている.本稿は『講解』のマリア論の上述した独自性に着目し,トマスのマリア論に別の角度から光を当てることを試みるものである.方法としては,『講解』の翻訳と註釈を交互に提示する.この作業を通じて,『講解』がマリアについてのどのような考察であるかを浮かび上がらせることが, 本稿の目標である.テキストとしては,In Salutationem Angelicam vulgo "Ave Maria,, Expositio, in: S. Thomae Aquinatis Doctoris Angeli Opuscula Theologica, vol.II., De Re Spirituali, cura et studio P. Fr. Raymundi M. Spiazzi O. P., Marietti, 1954, pp.237-241を用いた.マリエッティ版の神学小品集第2巻は,収録する全著作の節に通し番号を振っており,翻訳中の節番号は1110番から開始する.この訳は,訳者の知るかぎり初の日本語訳である.
著者
山口 隆介
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.18, pp.103-116, 2010

トマスの著作の中でもあまり研究されてこなかったと言われる著作『神学綱要』についてその全体をさらに要約し,紹介する。特に第1部の第1篇にあたる「信仰について」を,純粋現実態および現実態という概念を中心に体系をたどりながら要約する。神の一なる神性については純粋現実態という概念が鍵となるが,三位のペルソナについての議論ではそれほど現実態という概念は現れてこない。創造に関しては純粋現実態である神を頂点とし,現実態の多寡による存在者の序列があることが語られるが,その後の議論では,人間が,その知性が神を認識するという現実態において完成するという文脈が優勢になっていくことを示す。
著者
押岡 大覚 鎌倉 利光
出版者
聖泉大学紀要員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.25, pp.19-30, 2018

本研究では,コ・ファシリテーター方式,一泊二日の宿泊形式により実施されたフォーカシング指向グループ("Focusing-oriented" Group:以下,F.O.G.)ワークショップ参加者から得られた《満足した点》及び《不満足な点・心残り・気がかり》に係る自由記述について,テキストマイニング及び多変量解析による分析を施し,F.O.G.のグループ・プロセスに関する仮説の生成を目的とした。その結果,《満足した点》では「自分のフェルトセンスの感受」,「メンバーの発言への傾聴体験」,「メンバーが言語化したフェルトセンス」,「グループでの気づき」,「聴くことの大切さへの気づき」,「集団雰囲気の感受」,「フェルトセンスの尊重」という構成概念が抽出され,それらをもとに仮説が生成された。一方《不満足な点・心残り・気がかり》では,「発言することへの憂慮」,「自分が言語化したフェルトセンス」,「メンバーとの心理的距離感」,「自分のフェルトセンスが感じられない」という構成概念が抽出され,それらをもとに仮説が生成された。ただし,これらの仮説は第3回から第5回F.O.G.モデル構成から得られたものであり,これまで,あるいはこれ以降実施されるF.O.G.モデル構成全般に汎化して考えられるか否かについては,一定の保留が必要である。
著者
稲山 訓央
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.185-203, 2003

含意が広く散漫となりがちな、演劇という事象について、文化的に類似性の高い映画と比較することで、演劇のみが為しえ、伝えうるものは何かということを論ずる。映画は瞬間の積み重ねを撮影していくことで成り立つものである。したがって、実際に起こった出来事を記録した映画というものも存在するし、また演じ手も、演技をコマ切れに行っていくことが可能である。対して演劇は、劇場の中で、観客と舞台という虚構の場をあえて設定し、演技を一連のものとして、寸断することなく行わなくてはならない。つまり、映画よりも、演劇のほうが虚構性が高いと言える。さらに、映像・音響技術が発達した今日、演劇でしか表現できないことに、「匂い」があると考える。劇場の広さに条件はあるものの、「匂い」を使うことで、演劇の独自性や面白さを追求することができるのではないだろうか。
著者
赤井 伸之
出版者
聖泉大学
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.17-55, 2007

ヨハネ福音書に記された「姦淫の女」の記事を手掛かりに,刑罰としての石打刑を考察する。この石打刑は古代イスラエルにおける死刑の一形態で,最も一般的なものとされていた。どのような犯罪類型に対して石打刑が科せられたか,また具体的にどのような方式で処刑が実施されたのかを,聖書とその周辺の記事に基づいて検討を加える。
著者
谷口(藤本) 麻起子 金綱 知征 タニグチ(フジモト) マキコ カネツナ トモユキ Makiko Taniguchi(Fujimoto) Tomoyuki Kanetsuna
雑誌
聖泉論叢
巻号頁・発行日
no.20, pp.1-10, 2013

関西圏私立四年制大学在籍の学生187名を対象とした『大学において「心理学」を学ぶことの期待』に関する質問紙調査,及び同20名を対象とした『大学の専攻動機と,その変化過程』に関する半構造化面接調査を実施した.心理学系学生は非心理学系学生に比べて,資格取得を心理学に期待する傾向や,他者の問題解決のための能力獲得を期待する傾向が示されたことから,心理学を学ぶことで臨床心理士をはじめとする対人援助職を志している可能性が推測された.一方面接調査において,「内的なもののため」という動機が心理学系学生にのみみられたことに加えて,「仕事のため」,「適性のため」という動機も,他者理解や他者援助が主軸として置かれていたわけではないことから,動機の側面からみた心理学への期待は他者理解・他者援助よりもむしろ,自己理解・自己援助のためといえた.考察では,これらの質問紙調査と面接調査の結果の矛盾について検討した.
著者
山口 隆介
出版者
聖泉大学紀要委員会
雑誌
聖泉論叢 (ISSN:13434365)
巻号頁・発行日
no.23, pp.103-118, 2016

本稿は,昭和27 年6 月に文部省宗務課(当時)による資料MEJ-8669「カトリック」(以下MEJ-8669.本文および註においても同様)に関する論攷である.その成立時期の状況からMEJ-8669 が作成された事情を推測するとともに,その記述内容から,この資料がカトリックについて神学的な理解,すなわち理論的な理解をするためのものではなく,日本という国家におけるカトリックという共同体の位置づけを現実的に理解するためのものであることを明らかにする.
著者
藤本 ますみ フジモト マスミ Masumi Fujimoto
雑誌
聖泉論叢
巻号頁・発行日
no.11, pp.79-97, 2003

パラリーガルとは、1960年代からアメリカにおいて弁護士と働く法律秘書からはじまった法律事務専門職の名称である。わが国においても近年、国民に良質で適正価格の法律サービスの提供が求められるようになり、法律事務所と弁護士業務の改革をめざす日弁連弁護士業務改革委員会は2003年1月、「日弁連公認パラリーガル制度」についての答申を発表した。本稿ではこの答申にもとづいて、日弁連公認パラリーガル構想からその職務内容を再検討し、昨年、著者の発表した「法律専門秘書養成教育課程」を見直し、新しく教育課程および資格認定課程を提案した。