著者
秋草 俊一郎
出版者
明治学院大学言語文化研究所
雑誌
言語文化 (ISSN:02881195)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.3-22, 2019-03-31

特集 トランスレーション・アダプテーション・インターテクスチュアリティ
著者
高 榮珍
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.213-242, 2006-12

本稿の目標は、独立直後の北朝鮮における「漢字制限論」と「漢字廃止論」を検討することにより、なぜ北朝鮮では漢字を廃止したのかを明らかにすることにある。一般的に文字に関する問題は、国を問わず激しい論争を伴うのが普通であるが、それは北朝鮮でも例外ではなかった。特に北朝鮮においてのそれは「反帝反封建革命」と直接かかわる論争でもあったという点で注目すべきである。北朝鮮の「漢字制限論」の背景には学術用語の問題があった。即ち漢字を無くし、ハングルのみで文字生活を営むようになった結果、漢字を見ずには意味の分からない単語が非常に多かったのである。それに加えて朝鮮語教育の観点からも200字ほどの漢字は教えた方がより効果的というのがその根拠だった。しかし新しい社会の建設や「民主改革」に全てをかけていた当時の北朝鮮において、「漢字制限論」の立つ瀬はどこにもなかった。なぜならば、いくら制限的とはいえ、再び漢字を使うことは、「民主改革」の後退を意味していたからである。即ち、230万に達していた非識字者にハングルの読み書きを教えることにより、人民たちを説得し、新しい社会の建設に参加させようとして始まった「識字運動」がその背景にあったのである。それと共に、当時の北朝鮮の言語政策を主導していた機関および人々が狙っていたのは「文字改革」であったため、「漢字制限論」はさらに弱い立場に陥ざるを得なかった。その結果、北朝鮮では漢字を復活させる代わりに「言語浄化」の道に進んだが、それはまた「文字改革」の前段階でもあった。
著者
長谷部 陽一郎
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.373-403, 2006-12
被引用文献数
1 2

近年、コーパスを用いた言語研究の手法に多くの注目が集まっている。英語に関しては以前から、British National Corpusをはじめ、大規模なコーパスが複数存在している。また日本語を含む他のいくつかの言語に関しても、これらに匹敵する規模のコーパスの構築が進められている。しかし現時点で、研究者が自由に利用できる日本語コーパスの選択の幅は非常に限られている。要因としては、テキストデータの著作権に関する問題と、それに付随する様々な制約といったものが挙げられる。 このような状況を鑑み、本稿ではオープンソース-すなわち著作権フリーで再配布・改良自由の形式-で提供されるインターネット百科事典サイトWikipedia日本語版のデータをコーパスとして用いることを提案する。また、Wikipediaのアーカイブファイルから言語学的に有用なデータを抽出するために筆者が開発したツールキットを紹介し、解説を行う。本稿で解説するツールキットはプログラミング言語Rubyを用いて作成されており、2つのプログラムから成る。第1のプログラムwp2txt.rbは、オリジナルのXMLデータから各種のタグ類を除去するとともに、指定されたサイズのテキストファイルにデータを分割する。第2のプログラムmconc.rbは、入力ファイル中のデータを文ごとに分割するとともに、オープンソースの形態素解析システムMeCabを用いて、あらかじめ正規表現(Regular Expressions)で指定された形態素パターンとマッチするものだけをCSV形式で出力する。これにより、例えば「このツールは言語分析にかかる時間と労力を省く」といった文字列を抽出するのに、〈時間と労力を省く〉のような表層形式だけでなく、〈名詞+助詞+名詞+助詞+動詞〉のような品詞の並びによる指定や、〈時間と労力+助詞+動詞〉といったミックス形式での指定が可能になる。 Wikipedia日本語版を活用することにより、最低限の環境を整えるだけで、用例採取や言語現象の定量的分析のための大規模コーパスが得られる。また、同一の言語データを異なる研究者やプロジェクト間で共有することができる。つまり、Wikipediaコーパスは、追試・修正・拡張・応用といった試みに対し、完全に開かれた研究資源を提供するのである。このことは、日本語を対象とする様々な言語研究の可能性を大きく広げると考えられる。
著者
久米 桂一郎 Pavloska Susanna
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.[107]-117, 2008-08

翻訳(Translation)この久米桂一郎のエッセイは、1895年の第四回内国勧業博覧会開催時に、パリの学生時代に知り合った黒田清輝の出品した裸体画の展示を援護するために国民新聞に掲載された。久米は、日本が「東洋の美術国」としての地位を維持したいならば、日本の芸術家は西洋の美術史に精通し、裸体画についてのタブーを克服せねばならないと主張する。This essay, which was published in *The Kokumin Shimbun* during the 1895 Kyoto National Exposition, was written by Kume Keiichiro in support of a nude painting that had been submitted by the painter Kuroda Seiki, whom he had befriended while the two were art students in Paris. Kume argues that Japanese artists need to become conversant in western art history and in particular, overcome their reticence about public representations of the nude if Japan is to retain its status as a leading artistic nation.訳:Pavloska, Susanna / 同志社大学言語文化教育センター准教授
著者
日下 JA
出版者
明治学院大学言語文化研究所
雑誌
言語文化 (ISSN:02881195)
巻号頁・発行日
no.36, pp.63-81, 2019-03

特集 トランスレーション・アダプテーション・インターテクスチュアリティ
著者
中嶋 泉 NAKAJIMA Izumi
出版者
明治学院大学言語文化研究所
雑誌
言語文化 (ISSN:02881195)
巻号頁・発行日
no.29, pp.247-263, 2012-03-30

【特集】シンポジウム「西洋美術とジェンダー ―視ることの制度」
著者
名和 又介
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.671-696, 2007-03

1961年に出版された『鬼を恐れない物語』及び人民日報・中国青年報の関連記事は、毛沢東及び文革推進派の政治的キャンペーンであることを指摘した。そこに掲載された作品を翻訳・紹介し、作品にそくして鬼の性質や特徴を取り上げた。さらに鬼の特徴は桃とワンセットの関係にあることを指摘した。またこのキャンペーンの時代背景を探り、60年前後の大災難(餓死者2000万から4000万)をものともせず、鬼(新たな餓死者)を恐れず、社会主義の推進を進めた異常さを問題視したものである。
著者
野崎 歓
出版者
一橋大学
雑誌
言語文化 (ISSN:04352947)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.23-42, 1995-12-25

論文タイプ||論説
著者
杉本 一直
出版者
愛知淑徳大学言語文化学会
雑誌
言語文化 (ISSN:0919830X)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.13-27, 1994-03-24

私の研究
著者
斎藤 忠利
出版者
一橋大学語学研究室
雑誌
言語文化 (ISSN:04352947)
巻号頁・発行日
no.13, pp.p18-33, 1976

論文タイプ||論説
著者
クロス ロバート
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.89-115, 2010-12

シャーム・ベネガル監督のデビュー作品である『Ankur/(邦題)芽生え(1973年)』は、インドの芸術映画の功績である。この物語は、インド初代首相であるジャワハルラール・ネルーのリベラルな人道主義的イデオロギーを、ベネガルが終生信奉していることを明らかにしている。非宗教的で、平等かつ近代的な、新しい独立国家インドを創出するという、ネルーの壮大なプロジェクトは、不可触民や女性の権利を保護することを目的にした社会改革や、近代的なインフラを整備するための技術的な戦略、若い世代をはぐくむ教育的で文化的な活力を含んでいた。しかしながら、ネルー時代(1947年〜64年)の業績は一様でなく、ネルー自身の残したものについては論争がある。『芽ばえ』のイデオロギー的背景にあるのが、後に失敗に終わる「ネルー主義のプロジェクト」のこの初期の期待である。ベネガルは、インドの社会を変える最大の希望は、女性の手の中にあるとするネルーの基本的な信念に共感している。そのため、『芽ばえ』の主人公は、非抑圧的階級である不可触民であるラクシュミであり、物語は、封建的で家父長的な抑圧にもかかわらず、彼女が自分の能力を高めていくというドラマになっている。本稿は、『芽ばえ』が、ベネガルがネルー時代の失敗を認めると同時に、インド社会の再生のためには、それでもなおネルー主義のイデオロギーが最善の方法である(少なくとも映画が公開された1973年時点では)と信じていることを表現していると主張する。したがって、本稿で呼ぶ「ネルー主義の女性」である、ラクシュミが象徴する人物は、ネルーが1947年に構想した、非宗教的でより公正で進歩的なインドのための、ベネガルが抱く指導者像である。
著者
石原 堅司 西納 春雄 時岡 ゆかり 吉村 俊子
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.[55]-67, 2010-08

論文(Article)本研究は2008年度に関西地区の6大学、約880名の学生を対象に実施した英語力実態調査の結果を報告するものである。1994年度に実施された英作文実態調査と同じテストやアンケート用紙を使用し、15年間で学生の英語力や教育環境がどのように変化したかを比較、考察する。最後に、調査結果を基に、現在の大学生に対する効果的な英語教育の方向性を提案したい。This study examines the changes that have occurred in Kansai-area college students' English ability during the fifteen-year period between 1994 and 2008. In 1994 a survey of the English skills of approximately 1000 students was conducted at seven Kansai-area universities. A similar survey was conducted in 2008, involving 880 students from six Kansai-area universities. The tests and questionnaires used in the two surveys were the same. The results of the surveys were compared in order to assess any changes that might have occurred in the intervening fifteen-year period. Several suggestions for improving English education for current university students are offered.
著者
玉井 史絵
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.[1]-25, 2008-08

論文(Article)19世紀のイギリスでは、王室の実質的な権威が低下するのと反比例して、スペクタクルとしての王室の式典の重要性が高まっていったとされる。多くの歴史家は王室の式典が帝国に歴史的な威光を付与し、国民を一つにする象徴的役割を担ったと論じている。そこで、本論ではヴィクトリア朝を代表する視覚メディア、『イラストレイティッド・ロンドン・ニュース』がどのようにジュビリーを表象し、王室の象徴的役割を具現化したのかを検討した。This essay aims at examining the representation of two Queen Victoria's jubilee celebrations, the Golden Jubilee in 1887 and the Diamond Jubilee in 1897 in the Illustrated London News (ILN). It has been argued that the spectacle of royal ceremonies acquired more importance as the political power of the monarch waned. Queen Victoria's jubilees had a symbolical function of attaching the monarch historical luster and uniting the nation and the empire. This essay examines the way in which one of the most popular media of the day, the ILN, represented the jubilees and materialized the symbolical function of the monarch.

3 0 0 0 IR RUSSIAN BERLIN

著者
諫早 勇一
出版者
同志社大学
雑誌
言語文化 (ISSN:13441418)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.313-353, 2005-12

Russian Berlinとは、1920年から1923年ころまでのベルリンで、ロシア人亡命者とソヴィエトの文化人たちが作り上げていた独特の世界を表すが、これについてはこれまでにもさまざまな研究がなされてきた。しかし、それらの多くは当時の文学サークル・定期刊行物などを中心とした「文学」研究であり、それによれば、Russian Berlinは1923年をもって崩壊したとされていた。だが、当時ベルリンにつどったロシア人たちは、演劇・音楽・映画・思想などさまざまな分野で秀でた業績を残しており、それらを考慮に入れるとき、1923年という区切りは意味を持たなくなる。本論文では出版、文学サークル、文学カフェ、定期刊行物、演劇、音楽・美術、映画、思想などの分野でのRussian Berlinの活動を跡付け、ベルリンにおける亡命ロシア文化が、ヒトラーが政権につく1933年ころまで数多くの成果(キャバレー「青い鳥」の活躍や、ベルジャーエフをはじめとする思想家の啓蒙活動、ジャーナリスト・文学者同盟の継続的な活動など)を残してきたことを確認し、その中で亡命ロシア人が果たした役割も大きかったことを論証した。"Русским Берлином" называют тот особый мир, в котором стало возможным общение между русскими эмигрантами и советскими людьми, осуществился "диалог" двух сторон. В последнее время появилось немало работ, которые затрагивали тему Русского Берлина, но в большинстве своем они рассматривали его с литературной точки зрения, и 1923 год, когда многие советские интеллигенты вернулись на Родину, был признан годом распада Русского Берлина. Но в Русском Берлине расцвела не только литература, но и музыка, театр, кино. Кроме того, эмигранты продолжали свою культурную деятельность в Берлине и после 1923 года. В этой статье мы рассмотрели культурную деятельность русских эмигрантов и советских людей в более широкой перспективе и заново дали оценку значения Русского Берлина.
著者
JA 日下
出版者
明治学院大学言語文化研究所
雑誌
言語文化 (ISSN:02881195)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.63-81, 2019-03-31

特集 トランスレーション・アダプテーション・インターテクスチュアリティ