著者
小泉 雅彦
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.124, pp.145-151, 2016-03-25

筆者は北大土曜教室や教育現場において高い知的能力を持ちながらディスレクシアを抱える子どもたちの支援を行いつつ,ギフテッドを持つ保護者の相談にも当たってきた。いまだに日本ではギフテッドに関しての統一した定義がない中で,WISC-Ⅳをツールとして知的側面からのギフテッド(以下知的ギフテッド)同定を試みた。さらに,WISC-Ⅳの示す認知のアンバランスと知的ギフテッドが抱える「生きづらさ」との関連について明らかにした。早期に知的ギフテッドの子どもたちの認知特性に応じた特別支援教育の必要性が求められる。
著者
濱田 国佑
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.138, pp.181-194, 2021-06-25

本稿では,大衆化が進んだ大学において民主主義的な価値観がどの程度育まれるのかについて検討を行った。具体的には「リベラル」の対をなす価値観として,「権威主義的態度」および「格差容認意識」の2つの価値意識を設定し,大学教育がこれらの意識に与える効果が1995年から2015年にかけてどのように変化したかを検討した。その結果,特に「権威主義的態度」において,時点間の差異が顕著であり,大学で学ぶことによって権威主義的態度を弱める効果,つまりリベラルな価値観を育む効果は失われつつあることが示唆された。また,1995年時点では,権威主義的態度に対する出身階層の負の影響が,大学教育を受けることで縮小していた。つまり大学教育を受けることで出身階層の高低にかかわらず,非権威主義的な態度が育まれていたのに対し,2015年時点においてこうした傾向は失われていた。
著者
村澤 和多里
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.132, pp.75-97, 2018-08-30

本稿では,1990年代後半から心理-社会的な問題として注目されるようになった「ひきこもり」という現象について,心理学的側面と社会学的側面のそれぞれを概観し,それらを総合的に理解する枠組みを提示することを目的とした。 心理学的側面については,自己愛パーソナリティやシゾイドパーソナリティとの関連が指摘されてきたが,近年では発達障害との関係も注目されている。これらに共通する特徴は,「自己の脆弱性」と「過度の自己コントロール」である。また,この現象の社会学的側面としては,日本における思春期の親密性の質的変化,巧妙な社会的排除のメカニズム,就労構造の変化などが挙げられる。 本稿では,Young, J.(1999)の「排除型社会」の理論を参考に,心理学的側面と社会学的側面を包括的に理解する枠組みを提示した。
著者
宮内 洋 松宮 朝 新藤 慶 石岡 丈昇 打越 正行
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.131, pp.33-54, 2018-06-28

本稿は,〈生活-文脈〉理解研究会による「貧困調査のクリティーク」として発表し続けている共同研究成果である。3番目の成果となる本稿では,日本国内における社会学研究の古典の一つである「まなざしの地獄」を対象とした。本稿においては,貧困の〈生活-文脈〉理解のパースペクティヴから,個別性にこだわりながらクリティークをおこなった。特に,「N・N」と見田宗介が表記する永山則夫の実際の生活史を愚直にたどり直すことによって,「都市のまなざし」と見田が論じた総体の内実に疑問が生じることとなった。「都市のまなざし」によってまなざされる側の個別の事情,つまり,集団就職によって地方から上京する「流入青少年」たちの〈生活-文脈〉,そして,彼らを住み込みという就業形態で雇用し,共に生活していく都市部の中小・零細企業の雇用主とその家族の〈生活-文脈〉を捨象しているのではないかという疑問と,都市の劇場性への疑問である。
著者
平野 郁子
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.120, pp.1-22, 2014-06-30

本研究は,発達障害のある人が障害者手帳をもって生きるとはどのような体験かを明らかにする目的で,手帳取得前後のエピソードを4 名の協力者から聞き取り,質的分析を行った。 協力者らは,葛藤の末に複雑な心境で取得を決断し,取得後は,手帳を役立つものとして活用していた。しかし,期待と異なる厳しい障害者雇用の現状や,健常者にも障害者にも成り切れない「どっちつかず」のアイデンティティの矛盾に直面するなかで、複雑な思いも抱いていた。 こうした様々な揺らぎに対し,協力者らは診断以前からある信念や価値観をもとに折り合おうとしていた。そして、本研究で語ることを通じて障害者手帳をもって生きる体験が“葛藤を抱えつつ社会と自分に折り合いながら生きること”として語られていった。
著者
宮内 洋 松宮 朝 新藤 慶 石岡 丈昇 打越 正行
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.120, pp.199-230, 2014-06-30

本稿は,久冨善之編著『豊かさの底辺に生きる――学校システムと弱者の再生産』(青木書店,1993 年)を現在の研究視角から見つめ直したクリティークである。この共同研究は1980 年代後半から1990 年代初頭までの「バブル」の陰に隠れた日本社会の貧困をめぐって,北日本のB 市A 団地における調査をもとに,「貧困の再生産」や「剥奪の循環」といった定型像を打ち破ることを目指した意欲的なものである。では,この目的は実現されたのだろうか。この点について,「〈生活?文脈〉理解研究会」全メンバーが,認識枠組み(レンズ)の問題,調査における自己言及的なリフレキシビティ,青年層の理解,学校および教師に関する問題,住民のコミュニケーションなどについて各々の専門領域から検討し,定型像の押しつけや調査の方法論的限界という点を批判した。その上で,上掲書に内包された将来への可能性,そして今後の貧困をめぐる実証研究の方向性の提示を試みている。
著者
新岡 昌幸
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.130, pp.133-149, 2018-03-30

2003年,地方自治法が改正され,新たに指定管理者制度が導入された。これにより,民間企業を含めた「法人その他の団体」に,「公の施設」の管理運営を,使用許可権限をも含めて包括的に委託することが可能になった。「公の施設」には,公立図書館も含まれることから,この管理を指定管理者に委ねようとする地方公共団体が増えつつある。周知のように,公立図書館は,その利用が無料とされ,収益性を前提としない施設であることから,そもそも指定管理者制度はなじまない,との反対論が,図書館関係団体等から強力に展開されてきた。しかし,その主張のなかには,指定管理者制度固有の問題と言えるか疑問のあるものなどが含まれ,有効な反対論になっていないように思われる。そこで,本稿では,「公の施設」を含む公共財の提供は,国家ないし地方公共団体の主要な役割であることを確認し,その役割をアウトソースする際の法的限界の所在を探るとともに,公立図書館への指定管理者制度の導入が如何なる場合にその限界を超えるかを検討する。
著者
菊池 浩光
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.119, pp.105-138, 2013-12-25

古来から,心的外傷になるような衝撃体験は日常生活の中にあったはずで,神代の「古事記」の中にも外傷体験と思われるエピソードが見出される。本論では,わが国で人びとが心的外傷体験をどのように受けとめて対処してきたのかについて論じる。 明治期以降,日本は急速に近代化を進め,鉱工業や土木業が隆盛になり,労働災害後の,とりわけ頭部外傷を伴うさまざまな症状への対応が求められるようになった。すでに西欧で議論されていた心的外傷概念は,「外傷性神経症Traumatische Neurose」や「災害神経症Unfallsneurose」として移入された。これらの疾患は,現在のPTSD の近似概念と考えられてきたが,ヒステリーや器質的疾患が含まれるなど多義を擁して統一見解に至らず,また,多くの医家には賠償欲求が引き起こす心因性のものとして受けとめられていた。わが国では,戦前,戦後を通して心的外傷研究には関心が寄せられず,阪神・淡路大震災(1995)の発生で初めて注目を集めるようになった。
著者
土田 幸男 土田 幸男 土田 幸男
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.109, pp.81-92, 2009-12-21

さまざまな認知活動を支える動的な記憶のシステムであるワーキングメモリには,制限された容量が存在する。本論文では,ワーキングメモリにおける容量とは何なのか,これまでの知見を概観し,解説した。加えて,その個人差がどのような認知パフォーマンスに影響するのか知見をまとめた。これらに基づき,記憶それ自体が関わっていない選択的注意においてもワーキングメモリ容量の個人差が影響を与えるという仮説を検証した。事象関連脳電位を用いた研究から,ワーキングメモリ容量の個人差は課題非関連刺激に対する注意を抑制する可能性を示唆した。最後に,ワーキングメモリ容量と発達障害の関係,トレーニングによる容量向上の可能性について論じ,将来の研究可能性を示した。
著者
松田 康子
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.132, pp.149-165, 2018-08-30

This paper attempts to consider current issues and future visions of a qualitative study on the livedexperience of people with mental health consumers/survivors/ex-patients. Note that no differenceexists between the collection of data regarding their lived experience and exploitation or plunder.Though model stories based on their lived experience, they were confined to acceptable stories in society.If lived experience explains model stories, I fear that social environment may not take diversityinto account, causing not inclusion but exclusion. In future visions, I suggested that researchersshould be cognizant of recognizing diversity, asking a primary research question."what is it"in orderto discover and give a name again. Another important point is that researchers attempt to adopta caring perspective in their studies.
著者
朴 仁哲
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.106, pp.103-117, 2008-12-18

朝鮮総督府は,1931年の「満州事変」以降,東亜勧業株式会社(以下東亜勧業)を通して,1932年から1935年にかけて,「満州」に五ヵ所の「安全農村」を建設した。1945年に「安全農村」は日本の敗戦により「満州国」とともに崩壊した。その歴史は今からそれほど遠くない70年前のことであるが, 実際に五ヶ所の「安全農村」でのフィールドワークを通して,「安全農村」に関する記憶が継承されず風化していることを痛感した。「安全農村」を検討対象にした研究は,さほど多くはない。「安全農村」は,これまでの先行研究においては,文献資料によるマクロの視点で考察されてきている。筆者は先行研究での論考を踏まえたうえで,本稿で朝鮮人移民一世(以下移民一世)のライフ・ヒストリーによるミクロの視点で「安全農村」について考察したい。「安全農村」で暮らし,体験したライフ・ヒストリーは,移民一世の個人史でありながら,彼らを取り巻くその時代の社会史でもあると考える。本稿の目的は,「安全農村」で暮らした移民一世の証言に基づき,「安全農村」の建設から瓦解に至るまでの事態の細部を明らかにし,「満州国」の社会史の一断面を照らし出すことである。
著者
山本 彩
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.118, pp.59-82, 2013-06-30

我が国において社会的ひきこもり問題は2000 年ごろから注目されるようになった。厚生労働省研究班はひきこもり支援について,その背景にある要因によってストラテジーが異なるとして,精神障害群,発達障害群,人格の問題群の三つの群への分類を提案した。また,本人が相談機関に行こうとしない場合に,米国でおこなわれている薬物依存患者を受療につなげるプログラムCommunity Reinforcement and Family Training(CRAFT)が参考になるとした。しかし,CRAFT に関する日本語の資料は2012 年時点ではまだ乏しい。本研究では,我が国ではあまり知られていないCRAFT について紹介し,社会的ひきこもりの背景に発達障害がある群を対象にCRAFT を行う場合に留意すべきポイントを,文献からまとめ考察した。
著者
亘理 陽一
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.108, pp.99-114, 2009-07-15

中学・高校の英語で扱う「文法事項」の中でそれほど明確な位置づけを与えられていないものの一つに,量化表現がある。量化表現は事物の数量や行為の頻度などを表す表現の総称であるが,名詞(句)と結び付いて事物の数量を表す「数量詞」にさしあたりその範囲を限定すると,英語ではsomeやall,Manyなどがこれに属し,「数」の屈折と並んで,事物の量を表す主要な手段を構成している。体系的な扱いを阻む原因の一つには,それぞれの語句の持つ意味の多様性や統語的振舞いの複雑さがあるが,その一方で,教科書等での「肯定文にはsome,否定文にはanyを用いる」といった,過度の単純化による誤解を招く説明が長年問題とされてきた。本稿では,Huddleston & Pullum (eds.) (2002)やRadden and Dirven (2007)に基づいて量化表現の体系を整理し,それに対して語用論的原理に基づく教育内容構成を行うことで,従来の指導上の問題の解決を試みた。
著者
山本 彩
出版者
北海道大学大学院教育学研究院
雑誌
北海道大学大学院教育学研究院紀要 (ISSN:18821669)
巻号頁・発行日
vol.119, pp.197-218, 2013-12-25

近年,自閉症スペクトラム障害(以下ASD)をもつ人への支援方法は急速に発展してきたが,その多くは本人への直接支援を前提としているものであり,本人への支援が必要と考えられるが本人は支援を拒否するという場合については,介入方法は未整理であった。支援を拒否する本人の支援への動機づけを高めるためには,物質依存者とその家族を包括的に介入するCommunity Reinforcement and Family Training(以下CRAFT)が参考になると考えられるが,CRAFT は本人が深刻な家庭内暴力や犯罪行為をもつ場合にはプログラム適用から除外するという課題が残る。筆者は,本人がASD 特性を背景にもち支援を拒否している,家庭内暴力や違法行為などの行動の問題に対して,CRAFT,危機介入,ASD 支援の先行研究を組み合わせたプログラムを作成し用いている。本稿ではそのプログラムの理論的背景と具体的内容を紹介し,最後に考察を加える。 Support programs for individuals with autism spectrum disorder (ASD) have grown rapidlyin recent years, and many such initiatives are designed to provide direct support. No interventionprograms have been established for ASD patients who are reluctant to receive support despite theapparent need. Against such a background, the Community Reinforcement and Family Training(CRAFT) program is regarded as a useful resource for motivating reluctant ASD patients toaccept support. CRAFT is intended to provide comprehensive help to individuals requiring assistance for substance abuse and to individuals’ families. However, CRAFT is not available topeople who commit acts of serious domestic violence or perpetrate crimes. The study developsa program that integrates CRAFT, crisis intervention, and other approaches covered in previousstudies on support for individuals with ASD. Highlighting the program’s theoretical background and details, this study discusses a number of additional consid erations.