著者
高倉 祐樹 大槻 美佳
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.226-237, 2021-12-25 (Released:2022-01-12)
参考文献数
77

Ardilaの新しい失語症分類に対する有用性の検討を軸として,失語症に関する最近の知見について概説した.失語症分類については,従来のカテゴリー的な分類を解体し,発話運動・音韻・意味などの言語システムを構成する要素的症候に基づいて,多次元的に病像を捉える方法が有用であることを指摘した.評価法については,課題の正答率ではなく,「誤り方」から障害パターンを分析する新たな検査(Mini Linguistic State Examination:MLSE)の開発が進んでいることを紹介した.最後に,オープンサイエンスとAI(artificial intelligence)時代の失語症研究においては,失語症の症候学の重要性はむしろ増大していることを指摘した.
著者
佐藤 正之
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.4, pp.274-288, 2018-12-25 (Released:2019-01-09)
参考文献数
43

認知機能の脳内機構を探るには,特定の能力のみが選択的に障害された純粋例が有用である.純粋失音楽症(pure amusia)はこれまでに9例報告され,右上/中側頭回の皮質・皮質下が共通して障害されていた.一方,音楽的情動だけが障害された音楽無感症(musical anhedonia)は,筆者による2例も含め,これまでに5例が報告され,右島後部から上側頭回が主に侵されていた.音楽の知覚・認知が障害されたにも拘わらず,音楽的情動が保たれていた症例が存在することから,両者は少なくとも一部は脳内で異なる神経基盤を有すると考えられる.これらの結果は,過去に報告された脳賦活化実験の所見とも一致している.今後も,症例研究と脳賦活化実験のそれぞれの特徴と限界を理解したうえでの検討が求められる.
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
56
被引用文献数
1

外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が“外国語のようだ”という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも“症候群”として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.
著者
田川 皓一
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.10-20, 2021-03-25 (Released:2021-04-23)
参考文献数
8

脳血管障害における失語症の発現機序を論じるときは,各臨床病型の病態生理の相違について理解しておく必要がある.脳塞栓では脳動脈灌流域に一致した梗塞巣を生じる.言語領域へと灌流する皮質枝が塞栓性に急性に閉塞したときに,各失語症の典型像が出現してくると考えている.動脈硬化性変化を基盤とするアテローム血栓性脳血栓でも種々のタイプの失語症が出現してくる.この場合,CTやMRIによる梗塞巣の周囲に,機能画像による脳血流代謝の障害部位を観察することがあり,このような病態が失語症の発現に関与している可能性がある.被殻出血は大脳基底核部を中心に血腫を形成する空間占拠性の病巣であり,血腫が大きくなると周囲に影響を与えてくる.血腫が大きくなると,周囲の言語領野にも障害を及ぼし失語症が出現してくる.
著者
高倉 祐樹 大槻 美佳 中川 賀嗣
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.38-44, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
31
被引用文献数
1

純粋失構音における病巣部位と発話症状との関係,定量的指標からみた発話特徴,脳血管疾患と変性疾患による症状の差異について解説した.脳血管疾患による失構音は,1)構音の歪み優位,2)音の途切れ優位,3)構音の歪みと音の途切れが同程度,4)音の途切れなし,の4タイプに分類できる可能性を指摘した.さらに,変性疾患による失構音においては,音の途切れが目立たないにも関わらず,発話所要時間の著明な延長が認められるタイプが存在する可能性が示唆された.最後に,失構音の評価・分類にあたっては,構音の歪み,音の途切れ,発話所要時間といった発話特徴に着目し,そのコントラストを検証することが有用である可能性を述べた.
著者
森岡 周
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.208-215, 2016-09-25 (Released:2016-11-04)
参考文献数
43

運動器疼痛であっても慢性化すると脳の機能不全の様相が強くなる.これが痛みの情動・社会的側面あるいは認知・身体的側面である.島,前帯状回,内側前頭前野の過活動は情動・社会的側面に関与する.これら領域の過活動は,それを制御する背外側前頭前野の機能不全につながり,それに伴いうつ等の精神心理症状を引き起こし慢性化が長引くことが指摘されている.一方,頭頂葉が機能不全を起こすと知覚や身体イメージに障害が起こり,罹患期間が長びくとneglect-like syndromeを起こすことがある.いわゆる痛みの認知・身体的側面である.本稿では疼痛の神経心理学と題し,これら側面のメカニズムを概説し,各々に対する治療的ストラテジーの概要について解説する.
著者
花田 恵介
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.3, pp.124-133, 2019-09-25 (Released:2019-10-10)
参考文献数
55

頭頂弁蓋の内側面にある第二体性感覚皮質や,後部島皮質を損傷した患者の多くに,温冷覚や痛覚の著しい障害が生じる.生じる障害は,温冷覚と痛覚とでそれぞれ程度や性質が異なりうる.また,刺激が強くても知覚できないという状態だけでなく,痛み刺激を知覚でき程度の評価もできるのに逃避反応や情動反応が起こらない状態や,温冷刺激を痛みとして感じてしまい温かいとか冷たいとかは感じない状態などが起こりうる.これらの障害について,解剖学的背景,過去の症例,神経科学上の知見などを引いて解説した.また,これらの領域の損傷によりそれぞれ異なった特徴の障害を呈した3症例を紹介した.
著者
森 悦朗
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.64-69, 2019-06-25 (Released:2019-07-04)
参考文献数
16

大脳損傷患者を対象とする神経心理学には2つの大きな役割がある.一つはヒトの大脳の仕組みを理解しようとする神経科学の手法としての役割であり,もう一つは大脳損傷患者の症候を評価して,診断や治療に供するための症候学としての臨床医学的な役割である.神経心理学の2つの役割に関して現代的解釈と方向性を考察する.
著者
丹治 和世
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.88-97, 2021-06-25 (Released:2021-07-17)
参考文献数
31

自閉スペクトラム症(ASD),注意欠如多動性障害,学習障害などの発達障害でみられるコミュニケーションの問題は,発達障害自体の多様性を反映して,様々な形で現れる.高次脳機能障害とは対照的に,成人発達障害では神経画像上明らかな病巣が見られることはほとんどないが,コミュニケーションの問題を理解するためには神経心理学的なアプローチが有用である.本稿では主にASDの発症機序について,社会的認知の問題に重点をおく説明と,その他の認知機能の問題による説明の大きく2種類の学説について概説し,自験例のASD症例でみられるコミュニケーション障害とその神経心理学的特徴との関連を考察する.
著者
前田 貴記
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.178-186, 2019-12-25 (Released:2020-01-08)
参考文献数
21

自己意識という主観を実証的に扱うための方法論として,主体感(sense of agency)というアプローチについて紹介する.我々は主体感について実証的に評価するために,「Sense of Agency Task(Keio Method)」を考案し,主として統合失調症をターゲットとして研究を進めてきた.さらに,主体感に直接介入し,主体感の精度を向上させる手法を考案し,統合失調症のみならず,様々な神経疾患・精神疾患における認知リハビリテーションについても試みている.主体感を軸とした,統合失調症の症状論,病態論,治療回復論にわたる一連の研究について紹介したい.主体感というアプローチが,神経心理学において,人間の主観的体験を実証的に扱うための一つのモデルとなればと考えている.
著者
小川 七世 鈴木 匡子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.238-250, 2021-12-25 (Released:2022-01-12)
参考文献数
83

Gorno-Tempiniらによる原発性進行性失語(PPA)の臨床診断基準が発表されてから,今年で10年になる.診断基準という共通語ができたことで,PPAの論文数は急激に増加した.一方,この診断基準は発表当初から,PPAの診断をめぐって,またその先の3タイプの分類に関して問題点が指摘されてきた.特に3タイプのいずれにも属さない分類不能型や2タイプ以上にあてはまる混合型について様々な提案がなされている.その中でPPAからの独立性を確立しつつある原発性進行性発語失行やPPAの新タイプを中心に概説する.また,PPAの経過と背景疾患/病理所見についても述べる.
著者
平山 和美
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.238-250, 2017-12-25 (Released:2018-01-11)
参考文献数
31

大脳の底面と内側面で認知的処理と関連する領域の多くは,脳の後方,すなわち後頭葉や側頭葉,頭頂葉にある.その下方の内側底面では,おもに視覚に関する認知的処理が行われる.損傷によって大脳性色覚障害,統合型視覚性物体失認,失認性失読,相貌失認,街並失認,物品の形イメージ喚起障害,物品の色のイメージ喚起障害が起こる.最前部の損傷では健忘が起こる.上方の内側面では,左の脳梁膨大後域損傷で健忘,右の脳梁膨大後域損傷で道順障害が起こる.両側あるいは左側の楔前部の損傷では,ゴールに向けて自分が行っていることやその時の状況を把持することの障害が起こる.これらの事実から,認知的処理における大脳底面・内側面の役割を推測した.
著者
山本 潤 前田 眞治
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.172-179, 2018-06-25 (Released:2018-08-29)
参考文献数
19

右頭頂後頭葉の脳梗塞で着衣障害を呈した80歳代男性に対し,徴候の要因を検討する目的で,開眼と閉眼の2条件で着衣動作の分析を行った.開眼条件では,はじめの袖通し工程で,袖に腕を通すことができない徴候を認め,他の工程は問題なかった.一方,閉眼条件では,徴候を認めず,着衣可能であった.その他の評価から,前開き型に限定していること,はじめの袖通し工程で出現すること,人形に着せた場合も同様の徴候を認めることが明らかとなった.加えて,視覚的同定の問題ではない構成行為の障害も認めた.以上より,触・圧覚情報が乏しいはじめの袖通し工程で,視覚情報からの処理に基づく構成行為の問題に起因した徴候と推察された.
著者
安野 史彦
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.36-43, 2022-03-25 (Released:2022-05-06)
参考文献数
22

脳の障害や変性疾患に伴う炎症反応に応じて,グリア細胞は活性化し,炎症性サイトカインの関連遺伝子とともに,18 kDa translocator protein(TSPO)とよばれる受容体の発現が促進される.生体内におけるグリア細胞活性化の評価のために,TSPOに特異的に結合するPET放射性薬剤が開発され,これを用いたTSPO-PETイメージングが神経炎症の評価に使用されてきた.本稿では神経炎症とグリア細胞の活性化について論考し,TSPO-PETイメージングの開発状況について記述し,自験例を含めADおよびAD前駆状態におけるPET炎症イメージングから得られた知見について検討する.
著者
佐藤 正之
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.106-116, 2021-06-25 (Released:2021-07-17)
参考文献数
19

失音楽症の自験2例に対し音楽能力の検査を行い,音楽認知の脳内機構について考察した.症例1は70歳代の女性.両側側頭葉前部の梗塞により,和音弁別の障害と童謡の歌唱の際の旋律の入れ替わり(錯メロディ,paramelodia)を呈した.楽曲の和声分析の結果から,歌唱の際にヒトは先行する4小節もしくは1フレーズの和声進行をもとに,続くメロディを記憶から想起していることが示唆された.症例2は60歳代,男性.両側側頭葉の梗塞の結果,広義の聴覚性失認と表出性失音楽を生じた.音楽の受容系と表出系との離断(伝導性失音楽,conduction amusia)のために歌唱の調節が出来なくなったと思われた.過去の失音楽症例のレビューでは,音楽認知の責任病巣として右側頭葉の皮質・皮質下があげられている.今後は,脳賦活化実験の結果との照合・統合をさらに進めていく必要がある.
著者
武田 千絵 中嶋 加央里 能登谷 晶子 砂原 伸行
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.207-215, 2017-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
22
被引用文献数
3

Trail Making Test(TMT)は,Halstead-Reitan Batteryの一つとして報告された縦型のTMT(縦版TMT)と鹿島らが作成した横型のTMT(横版TMT)の二つがある.しかし,2つのTMTでは成績が大きく異なり,その原因について詳細な言及はなされていない.今回若年健常者を対象に2つのTMTを実施し,所要時間を比較した.その結果横版TMTが縦版TMTよりも所要時間が延長し,Part A,B間で所要時間に差がなかった.縦版TMTの所要時間はPart Bで延長した.TMT完遂までに引かれる線の長さを除して検討したが,横版TMTが縦版TMTよりも遂行時間が延長した.縦版TMTは線が円を描く軌跡になるのに対し,横版TMTでは線がランダムに重なっていくため,視覚探索が困難となり所要時間の延長につながったと考えられる.
著者
林田 一輝 水田 秀子 近藤 正樹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17130, (Released:2021-12-08)
参考文献数
25

異常感覚に伴って左上肢の無意味な運動が出現した脳梗塞症例を報告した.頭部MRIでは右中心後回,頭頂間溝前部,頭頂弁蓋部,島皮質後部に病変を認めた.運動麻痺はなく,左上肢の表在・深部感覚は脱失していた.拮抗失行,道具の強迫的使用は認めなかった.また,左手への他者接触時や他動運動時に痛みやしびれ感ではない不快な異常感覚を認め,それに伴って自己が意図しない左上肢の無意味な運動が出現していた.一方で自ら左手で対象物に接触したり,右手で左手を触った時には異常感覚は軽度であった.受動的な感覚に誘発された異常感覚が無意味運動の発現機序に関与している可能性が示唆された.
著者
櫻井 靖久
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.2-8, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
35

近年の画像解析の進歩により,復唱・聴覚理解に従来の弓状束を経由し,音韻→構音変換を担当する背側路以外に,上側頭回から鉤状束を経由して音韻・意味処理を担当する腹側路が注目されている.読み・読解には別の2重回路が提唱されており,筆者らは視覚野から上側頭回後部に達し,書記素・音韻変換を行う背側路と視覚野から後下側頭皮質に達し,語形認知を行う腹側路を提唱した.また書き取りの2重回路として,聴覚野から出発し,弓状束を経由して前頭葉に向かい,文字列の音韻処理を行う音韻経路と後下側頭皮質から出発して,頭頂葉を経由して前頭葉の手の領域に入る形態路を想定した.これらの2重回路説は,神経画像解析技術の進歩とともに,その妥当性が検討されるべきであろう.
著者
伊澤 幸洋 小嶋 知幸
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.16-28, 2018-03-25 (Released:2018-04-28)
参考文献数
19

まず,失語症候学における流暢/非流暢のdichotomyの源流に遡って,その概念成立の歴史的経緯を確認し,続いてBoston学派の諸家を中心に考案された「流暢性尺度」をめぐるいくつかの問題を論じた.また,流暢/非流暢の問題に関連する言語学からのコミットメントであるJakobson(1963)による選択/結合についても触れた.さらに,症例を提示しつつ,「流暢性尺度プロフィール」での評定と実際の障害構造の推定の間で齟齬をきたす事例を通していくつかの問題を提起した.最後に,失語学における流暢/非流暢のdichotomyが成立した歴史的意義は十分に理解しつつも,今日的視点に立つと,とりわけ訓練法立案という立場からみた場合,流暢/非流暢を参照枠として失語を捉えるアプローチはそろそろ収束すべき時期に来ているのではないかと述べた.
著者
佐久田 静 橋本 衛
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.85-95, 2020-06-25 (Released:2020-07-09)
参考文献数
21

意味性認知症(SD)は進行性の意味記憶障害を中核とする神経変性疾患であり,自閉スペクトラム症(ASD)は社会性の障害と,限定され反復的な行動および興味関心が幼児期早期から見られる神経発達症である.我々は両者の症候学的類似性に着目し,SDの行動を日本自閉症協会広汎性発達障害評定尺度で評価することにより,SDはASDと診断しうるほど両者の行動が類似していることを明らかにした.両者の共通する行動障害の背景に,ASDにおいては「中枢性統合の障害」と,SDでは「抽象的態度の障害」と従来より呼ばれてきた,「細部の具体的なものに捉われて,対象や状況の全体像が読み取ることが困難である」という共通の認知の障害がある可能性を指摘した.