著者
川上 和人 江田 真毅
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.7-23, 2018 (Released:2018-05-11)
参考文献数
158
被引用文献数
1

鳥類の起源を巡る論争は,シソチョウArchaeopteryxの発見以来長期にわたって続けられてきている.鳥類は現生動物ではワニ目に最も近縁であることは古くから認められてきていたが,その直接の祖先としては翼竜類やワニ目,槽歯類,鳥盤類恐竜,獣脚類恐竜など様々な分類群が提案されてきている.獣脚類恐竜は叉骨,掌骨や肩,後肢の骨学的特徴,気嚢など鳥と多くの特徴を共有しており,鳥類に最も近縁と考えられてきている.最近では羽毛恐竜の発見や化石に含まれるアミノ酸配列の分子生物学的な系統解析の結果,発生学的に証明された指骨の相同性,などの証拠もそろい,鳥類の起源は獣脚類のコエルロサウルス類のマニラプトル類に起源を持つと考えることについて一定の合意に至っている.一般に恐竜は白亜紀末に絶滅したと言われてきているが,鳥類は系統学的には恐竜の一部であり,古生物学の世界では恐竜は絶滅していないという考え方が主流となってきている.このため最近では,鳥類は鳥類型恐竜,鳥類以外の従来の恐竜は非鳥類型恐竜と呼ばれる. 羽毛恐竜の発見は,最近の古生物学の中でも特に注目されている話題の一つである.マニラプトル類を含むコエルロサウルス類では,正羽を持つ無飛翔性羽毛恐竜が多数発見されており,鳥類との系統関係を補強する証拠の一つとなっている.また,フィラメント状の原羽毛は鳥類の直接の祖先とは異なる系統の鳥盤類恐竜からも見つかっており,最近では多くの恐竜が羽毛を持っていた可能性が指摘されている.また,オルニトミモサウルス類のオルニトミムスOrnithomimus edmontonicusは無飛翔性だが翼を持っていたことが示されている.二足歩行,気嚢,叉骨,羽毛,翼などは飛行と強い関係のある現生鳥類の特徴だが,これらは祖先的な無飛翔性の恐竜が飛翔と無関係に獲得していた前適応的な形質であると言える.これに対して,竜骨突起が発達した胸骨や尾端骨で形成された尾,歯のない嘴などは,鳥類が飛翔性とともに獲得してきた特徴である. 鳥類と恐竜の関係が明らかになることで,現生鳥類の研究から得られた成果が恐竜研究に活用され,また恐竜研究による成果が現生鳥類の理解に貢献してきた.今後,鳥類学と恐竜学が協働することにより,両者の研究がさらに発展することが期待される.
著者
岩見 恭子 小林 さやか 柴田 康行 山崎 剛史 尾崎 清明
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.63-69, 2015 (Released:2015-04-28)
参考文献数
19

福島第一原子力発電所の事故によって放出された放射性物質による鳥類の巣の汚染状況を把握するため,2011年に繁殖したツバメの巣を日本全国から採集し,巣材に含まれる放射性セシウム(Cs-134およびCs137)を測定した.全国21都道府県から集められた197巣のうち182巣について測定した結果,1都12県の巣から福島第一原子力発電所由来の放射性セシウムが検出された.福島県内のすべての巣から放射性セシウムが検出され,Cs-134とCs-137の合計の濃度が最も高いものでは90,000 Bq/kgで低いものでは33 Bq/kgであった.巣の放射性セシウム濃度は土壌中の放射性セシウム濃度が高い地域ほど高かったが,地域内で巣のセシウム濃度にはばらつきがみられた.
著者
長嶺 隆
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.31-40, 2020-04-23 (Released:2020-05-16)
参考文献数
41
被引用文献数
1 1

沖縄島北部やんばる地域の森林にはヤンバルクイナGallirallus okinawaeをはじめ多くの固有種が生息している.無飛翔性のヤンバルクイナに代表されるように,島で進化した固有種は外来哺乳類による捕食に対して脆弱であり,やんばる地域ではイエネコFelis catusによる固有種の捕食が生物多様性の保全上,重要な課題となっている.やんばる地域では,イエネコによる固有種の捕食被害を減らすため,地元の自治体が主体となってマイクロチップを用いた登録制度を含むネコの適正飼養条例を制定した.これらの取り組みにより,飼いネコとノネコを識別することができるようになり,やんばる地域の森林域におけるノネコ対策に大きく貢献した.やんばる地域の固有種の保全のためには,沖縄島の北部だけではなく島全体の取り組みが重要であり,今後もノネコの捕獲と飼いネコの適正飼育の徹底が必要である.
著者
板谷 浩男 夏川 遼生 守屋 年史
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.185-191, 2022-10-24 (Released:2022-10-31)
参考文献数
27

都市部における人口増加に伴い,人為活動が都市近郊に生息する猛禽類に悪影響を与えることが懸念されている.本研究では,東京都内の都市近郊に生息するオオタカ Accipiter gentilis の繁殖成功率を調査し,立入制限区域内外での占有巣間の繁殖成功率を比較した.その結果,立入制限区域内の巣では区域外の巣よりもおよそ3倍高い繁殖成功率を示した(63.6% vs. 21.4%).この結果は,都市近郊に生息するオオタカであっても人為活動に対して寛容であるとは限らないことを示唆しており,営巣林での人為活動を制限することが重要と考えられる.
著者
川上 和人
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.237-262, 2019-10-25 (Released:2019-11-13)
参考文献数
149
被引用文献数
2 7

小笠原諸島は太平洋の北西部に位置する亜熱帯の海洋島である.小笠原の生態系は現在進行中の進化の過程を保存するとともに高い固有種率を示しており,2011年にユネスコの世界自然遺産に登録された.しかし,1830年から始まった近代の入植により,森林伐採や侵略的外来種の移入などが生じ,在来生物相は大きな影響を受けている.小笠原では2種の外来種を含む20種の陸鳥と21種の海鳥の繁殖が記録されている.このうち7種の固有種・亜種が絶滅し,5種の繁殖集団が諸島から消滅している.絶滅の原因は,主に生息地の消失,乱獲,侵略的外来種の影響と考えられるが,特に外来哺乳類の影響が大きいと考えられる.小笠原諸島にはこれまでに10種の外来哺乳類が野生化しているが,このうちヤギ,イエネコ,クマネズミ,ドブネズミ,ハツカネズミが現存し,その生態系への影響の大きさから駆除事業が行われている.ヤギは旺盛な植食者であり,移入先ではしばしば森林の草原化,裸地化を促し,土壌流出を生じさせる.小笠原諸島では特に聟島列島でその影響が大きい.また,ヤギが歩き回ることで海鳥の営巣が撹乱される.ヤギは過去に20島に移入されたが,父島以外の島では根絶されており,海鳥の分布拡大が見られる.鳥類の捕食者となるネコは8島に移入され,現在は有人島4島に生残する.父島では山域のネコの排除が進み,アカガシラカラスバトColumba janthina nitensが増加している.ネズミは小笠原諸島のほとんどの島に侵入しており,無人島では駆除事業が進められている.根絶に成功した島では鳥類相の回復も見られるが,再侵入や残存個体の増加が生じている島も多い.外来哺乳類の駆除後には,想定外の生態系の変化も見られている.ヤギ根絶後には抑制されていた外来植物の増加が生じている.ネコ排除後にはネズミが増加している可能性がある.ネズミの駆除後は,これを食物としていたノスリButeo buteo toyoshimaiの繁殖成功の低下が見られている.複数の外来種が定着している生態系では,特定の外来種を排除することは必ずしも在来生態系の回復につながらない.このような影響を緩和するためには,種間相互作用を把握し外来種排除が他種に及ぼす影響を予測しなければ,保全のための事業がかえって生態系保全上の障害になりかねない.このため,外来種駆除を行う場合は複数のシナリオを想定し,生態系変化モニタリングに基づいて次のシナリオを選択し順応的に対処を進めていく必要がある.
著者
久志本 鉄平 新田 理枝
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.17-23, 2023-04-25 (Released:2023-05-11)
参考文献数
36

ペンギンの胃内から見つかる石の役割については,潜水時の浮力調節のため,あるいは餌の消化を助けるために飲み込む,もしくは絶食への適応ではないかと考えられてきた.本研究では,胃の中にある石の役割を明らかにするため,飼育下のフンボルトペンギンが小石を飲む行動と吐き戻しする行動を観察し,産卵との関連を調べた.その結果,産卵期のメスにのみ小石を飲み込む行動が確認され,その多くが卵殻形成時期に集中していた.このことから,ペンギンの胃内から見つかる石は,メスが卵殻形成に必要なカルシウムを補給しようとして,誤って小石を飲み込んでいる可能性が考えられ,これまで考えられているような浮力調節や消化や絶食時の適応のために胃石を持つ必要性は低いのではないかと考えられた.
著者
田中 康平 Darla K. Zelenitsky François Therrien 小林 快次
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.25-40, 2018 (Released:2018-05-11)
参考文献数
160

主竜類(ワニ類,翼竜類,そして鳥類を含む恐竜類など)は,非常に多様で成功した陸上脊椎動物である.絶滅種(例,非鳥類型恐竜類)及び現生種(ワニ類及び鳥類)の営巣方法や営巣行動を理解することは,主竜類の進化や多様性を検討する上で重要である.しかしながら,恐竜類の営巣方法や営巣行動は,多くの場合,化石記録から直接観察できないため,かれらの営巣様式(巣の構造,抱卵行動,孵化日数など)は,卵・巣・胚化石から得られる特徴(クラッチサイズ,卵重,卵殻間隙率,胚の形態的特徴など)を用いて推定・復元される.非鳥類型恐竜類の巣や営巣行動は多様だったと考えられ,恐竜類を含め主竜類におけるこれらの形質の進化が議論できる.
著者
益子 美由希 山口 恭弘 吉田 保志子
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.153-169, 2022-10-24 (Released:2022-10-31)
参考文献数
68
被引用文献数
1

全国一のレンコン産地である茨城県では,カモ類及びバン類による年間約3億円(2020年度)のレンコン被害が報告されている.レンコンは通年湛水のハス田の泥中に生育し,収穫時にえぐられた傷のあるレンコンが混じることがあるため「カモ被害」とされてきたが,実際にカモ類等が夜間に食害する様子を示した資料は無かった.どの種がどのようにレンコンを食べるか明らかにするため,2021年2–3月,収穫後のハス田(泥面は水面下約20 cm)に試験的にレンコンを設置し,カモ類等による夜間の採食行動を自動撮影カメラで撮影した.全16回の試験回毎に,2–4節ある新鮮なレンコンを日没前に田内(水面下0–52 cm,試験毎に深さを変更,園芸用支柱に結えて保持)又は畦上に設置し,翌朝に回収した.その結果,マガモAnas platyrhynchosとオオバンFulica atraがレンコンを食べる様子が頻繁に撮影され,まず畦上又は水面にあるレンコンを突いて食べ,完食すると次いで頭を水中に浸して水面下0–20 cmにあるレンコンを食べていた.その後,水面下20–40 cmの泥中にあるレンコンを倒立して食べ,途中,オオバンは潜水,マガモは水かきで泥を掘る動作も行った.翌朝,レンコンが食べられた範囲の泥面は水面下20–42 cmのすり鉢状に掘られており,水面下40 cmよりも深くにはレンコンが残っていた.他のカモ類の飛来は少なかったが,ヨシガモA. falcataは泥面のレンコンを,ヒドリガモA. penelopeは畦上と水面のレンコンを食べた.ハシビロガモA. clypeata,コガモA. crecca,オカヨシガモA. streperaはレンコンを食べる行動は見られなかった.以上から,泥中に着生する商品となるレンコンが少なくともマガモとオオバンによる食害を受けうることが示され,浅く位置するレンコンほど食害を受けやすいと考えられた.
著者
青山 怜史 須藤 翼 柿崎 洸佑 三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.66, no.1, pp.11-18, 2017
被引用文献数
2

ハシボソガラス<i>Corvus corone</i>がクルミ(オニグルミ<i>Juglans mandshurica</i>の種子)を高い位置から投下して割って食べていることはよく知られている.ハシボソガラスが効率よくクルミを割るためには,どのくらいの重さのクルミをどれくらいの高さから何回落とすかが重要となる.そこで本研究では,ハシボソガラスのクルミ割り行動の基礎情報としてクルミの性質について理解することを目的とし,以下の3つを明らかにする実験を行った.(1)クルミはどの程度の高さから何回落とすことで割れるのか.(2)クルミの重さによって割れやすさに違いはあるのか.(3)クルミの外見の大きさ(殻の直径)およびクルミ(殻+子葉)の重さと,内部の子葉の重さに関係はあるのか.さらに簡易的に(4)ハシボソガラスは,重いクルミを選択するのかについても実験を行った.その結果,(1)落とす高さが高いほどクルミは割れやすい,(2)重さによって割れる確率に違いは見られないが,重いクルミは殻が欠けて割れ,軽いクルミは縫合線で割れる傾向がある,(3)重いあるいは大きなクルミほど可食部も重い,(4)ハシボソガラスは重いあるいは大きなクルミを選択的に持っていく,ことが明らかになった.
著者
渡瀬 庄三郎
出版者
日本鳥学会
雑誌
(ISSN:00409480)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.3-6, 1915-05-26 (Released:2009-02-26)
被引用文献数
1
著者
大山 ひかり 斉藤 真衣 三上 かつら 三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.235-239, 2020-10-26 (Released:2020-11-20)
参考文献数
13

積雪時に視認性を高めるために道路上に設置された固定式視線誘導柱に,鳥類が営巣することが知られている.しかし詳しい調査記録はない.そこで本研究では,2019年6月に北海道七飯町の湖沼「大沼」を囲む道路の固定式視線誘導柱において,営巣している種と巣の数を調査した.調査した218本中89本に穴が空いており,89本のうち14本で餌運びまたはヒナの鳴き声が聞こえ,10本で営巣していると推測される出入りがあった.確認された種は,スズメPasser montanus,ニュウナイスズメP. rutilans,コムクドリAgropsar philippensisの3種であった.
著者
岡久 雄二 岡久 佳奈 小田谷 嘉弥
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.307-315, 2019-10-25 (Released:2019-11-13)
参考文献数
39

ヤマシギScolopax rusticolaは日本国内では本州から南西諸島にかけての地域で越冬する夜行性の狩猟鳥である.生息状況に関する情報が乏しいことが個体群保護管理上の課題となっており,モニタリング手法開発が求められている.これまでに,環境省によりライトセンサスを用いた越冬期の生息状況確認手法がマニュアル化されているものの,ライトセンサスによって得られる在データのみを用いた分布や個体数推定手法は検討されていない.そこで,我々は冬期の佐渡島において夜間にライトセンサス法を行ない,ヤマシギの越冬分布を調査し,観察位置の在データをもとにMaximum Entropy Modelを用いてヤマシギの環境選択性と分布を推定した.モデルより,佐渡島の36.8(25.12–43.14)km2に79(54–92)個体が生息していると推定された.ヤマシギは水田面積が広く,気温の高い平野部に生息しており,既存の報告と異なり,耕作している水田が主な採餌環境となっていた.佐渡島ではトキNipponia nipponをシンボルとした環境保全型農業によって餌生物量が増加している事が知られるため,ヤマシギの採餌環境としても水田が高質化していることが示唆される.本研究で示したライトセンサスとMaximum Entropy Modelの組み合わせによって,全国のヤマシギの分布状況をモニタリングし,休猟区や鳥獣保護区の計画によってヤマシギの保護管理を行なうことが必要であろう.
著者
藤岡 健人 森本 元 三上 かつら 三上 修
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.153-159, 2021-10-25 (Released:2021-11-12)
参考文献数
25

都市緑地においてカラス類が営巣している場合,利用者がカラス類に襲われないようにするために,自治体によってその巣が撤去される場合がある.しかし,都市緑地からカラス類の巣を撤去すると,撤去されたペア,あるいは本来そこにあったなわばりの防衛効果がなくなり,周囲の電柱への営巣を助長し,停電のリスクを上昇させ,電力会社による撤去コストを増やしてしまう可能性が考えられる.この可能性を検証するために,北海道電力函館支店の2017年から2018年における巣の撤去記録を用い,カラス類が営巣した電柱と緑地分布の関係を解析した.その結果,カラス類の巣があった電柱は緑地から遠いことが示された.このことから,都市緑地にあるカラス類の巣の撤去は,周辺の電柱への営巣を助長する可能性があるので,撤去をすべきかどうか慎重になるべきと考えられる.また,撤去する場合は,ヒトへの攻撃性の高いハシブトガラスCorvus macrorhynchosの巣を優先的に撤去したり,撤去により周辺電柱への営巣可能性が高まることを電力会社と共有したりすることが有効である.
著者
Audrey STERNALSKI 松井 晋 Jean-Marc BONZOM 笠原 里恵 Karine BEAUGELIN-SEILLER 上田 恵介 渡辺 守 Christelle ADAM-GUILLERMIN
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.161-168, 2015 (Released:2015-12-13)
参考文献数
23
被引用文献数
2

福島第一原発事故から1年が経過した2012年に福島県内で採集したスズメ目鳥類3種(ヤマガラ,スズメ,カワラヒワ)の成鳥と,シジュウカラの未孵化卵および巣材で測定した放射性セシウム(134Cs および137Cs)濃度から,内部および外部被曝線量率と,それらの合計被曝線量率を推定した.外部被曝線量率が合計被曝線量率に寄与する程度は,生息地の微細環境(例:地表,空中および樹上,巣内)の汚染の程度と,生活史段階(成鳥もしくは卵の各段階)に応じた各微細環境での活動時間の影響を受け変化した.すなわち,シジュウカラの未孵化卵の外部被曝線量率は内部被曝線量率よりも高く,主に巣材の汚染に由来していた.シジュウカラの主な巣材は多量の放射性核種を保持することが知られているコケ類で,外部被曝線量と内部被曝線量率の差は1,000倍以上に及んでいた.さらにシジュウカラの未孵化卵で推定された合計被曝線量率は,野外で測定した空間線量率をはるかに上回っていた.これらの結果は,野生動物に対する放射線被曝の影響を評価するためには,詳細な線量分析を実施することと共に,慎重に対象種の生活史を考慮することで,個体に対する生物学的影響のより適切な評価に繋がるだろう.

15 0 0 0 OA カササギ

著者
江口 和洋
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.5-30, 2016 (Released:2016-05-28)
参考文献数
97
被引用文献数
2 2

日本産カササギは約400年前に朝鮮半島より,北部九州の限られた地域に移入された.移入当初の保護の下で個体群が定着し,筑紫平野で個体数を増やしたが,大きく分布を広げることはなかった.本格的な分布の拡大と個体数の大きな増加は20世紀後半から始まり,特に最近の30年間に際立っている.本論文では,日本産カササギの生態と生活史の諸特徴に関する知見を整理し,個体数と分布の変遷に関与した諸要因について考察した. 本種は雑食性で,状況に応じて人工物も利用するという可塑的な営巣場所選好特性を持ち,産卵数が多いという,侵入地への定着後に急速に個体数を増加させる可能性のある生態,生活史特性を持つ.一方,形態的には飛翔力に恵まれず,出生地近辺への定住性が高いという,通常は長距離分散と縁のない特性を持つ.最近まで分布が急激に拡大しなかったのは,丘陵地の森林が障壁となったためであり,環境改変による障壁の消失が最近の分布拡大を引き起こしたと考えられる. 最近の分布域の拡大と個体数増加は,生息環境の都市化と本種の都市環境への適応がもたらしたと考える.本種は農村の集落内の高木に営巣するが,1980年代以降の都市近郊の住宅地開発にともない電柱への営巣が急増し,それとともに都市近郊での営巣数が増加した.しかし,さらに都市化が進んだ地域では1990年代以降に営巣数が減少している.都市中心部での採餌環境の悪化が原因であろうと考えられる. カササギは国内および世界各地で都市への侵入定着,個体数増加の傾向が見られる.このような都市化環境での本種の営巣数を継続記録し,その生態,生活史,社会を明らかにすることにより,鳥類の侵入定着を左右する要因を解明するための新しい知見を提供すると期待できる.
著者
鎌田 直樹 遠藤 沙綾香 杉田 昭栄
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.84-90, 2012 (Released:2012-04-27)
参考文献数
19
被引用文献数
1 1

ハシブトガラスCorvus macrorhynchosとハシボソガラスC. coroneの最大咬合力と最大咬合圧について圧力測定フィルムを用いて測定し,体重や顎筋質量との関係を調べた.ハシブトガラスの顎筋質量,最大咬合力および最大咬合圧はハシボソガラスのそれに比べ有意に大きく,これらの値が体重に正の相関をすることが明らかになった.また,閉口筋質量1単位あたりの最大咬合力はハシブトガラスよりもハシボソガラスの方が大きいことがわかった.
著者
江田 真毅 樋口 広芳
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.61, no.2, pp.263-272, 2012 (Released:2012-11-07)
参考文献数
41
被引用文献数
3 6

アホウドリPhoebastria albatrusは北太平洋西部の2つの島嶼域で繁殖する危急種の海鳥である.2006~2007年度の繁殖期の個体数は約2,360羽で,約80%の個体が伊豆諸島の鳥島で,残りの約20%が尖閣諸島の南小島と北小島で繁殖する.本種は暗黙のうちに1つの保全・管理ユニットとみなされており,国際的な保護管理プロジェクトでもその集団構造には関心が払われてこなかった.しかし,これまでの研究から,約1,000年前のアホウドリに遺伝的に大きく離れた2つの集団があったことが明らかになった.19世紀後半以降の繁殖地での乱獲によって個体数と繁殖地数が大きく減少した一方,2つの集団の子孫はそれぞれ主に鳥島と尖閣諸島で繁殖していることが示唆された.現在鳥島では両集団に由来する個体が同所的に繁殖しているものの,鳥島で両集団が交雑しているのかはよくわかっていない.鳥島と尖閣諸島に生息する個体群はミトコンドリアDNAのハプロタイプ頻度が明らかに異なっていることから,それぞれの個体群は異なる管理の単位(MU)とみなしうる.尖閣諸島から鳥島への分散傾向は繁殖地での過狩猟によって強まった可能性も考えられるため,それぞれのMUの独自性の保持を念頭に置いた保護・管理が望まれる.アホウドリの2つのクレード間の遺伝的距離はアホウドリ科の姉妹種間より大きく,また断片的ながら鳥島と尖閣諸島に由来する個体では形態上・生態上の違いが指摘されている.今後,尖閣諸島と鳥島で繁殖する個体の生態や行動の詳細な比較観察と遺伝的解析から,この種の分類を再検討する必要がある.
著者
江田 真毅
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.289-306, 2019-10-25 (Released:2019-11-13)
参考文献数
151

日本において動物考古学は,遺跡から出土する動物遺体を資料として人類の過去を研究する考古学の一分野である.一方,動物遺体の分析からは,動物の過去の生態も復元できる.日本でも遺跡から出土した哺乳類の骨からその分布や大きさの時代的変化を復元する考古動物学的研究の例がいくつかある.しかし,小論で「考古鳥類学」的研究と呼ぶ遺跡から出土する鳥骨に着目して,動物側の視点からその過去の様相を調べる研究はほとんどなかった.日本には600種を超える鳥類が分布しており,その生態は多様である.歴史的な環境の変化に対する各種の応答も様々であったと考えられるため,哺乳類とは異なる生態変化の様相を検出できる可能性がある.遺跡から出土した骨を同定し,さらに骨の形態やDNA,組織,安定同位体比などを調べることで,分布や形態,集団構造,遺伝的多様性,食性など当時の鳥類の生態を復元できる.筆者らがこれまで取り組んできたアホウドリPhoebastria albatrusの研究では,この種がかつては日本海北部やオホーツク海南部にも分布していたことが分かった.また約1,000年前のアホウドリには体サイズと食性の異なる2つの集団があり,さらに2つの集団の子孫は現在鳥島と尖閣諸島に生息していることも明らかになった.これらの知見は,実際には2種からなる可能性があるこの危急種の保全の方向性を決定づける重要なものである.今後,次世代シーケンサーによるゲノムの比較や,コラーゲンタンパク分析が遺跡出土の鳥骨に応用されることで,考古鳥類学の発展が期待される.これまで鳥類の研究は主に進化的時間スケールと生態的時間スケールで進められてきた.考古鳥類学的研究から得られる情報は,これらの時間スケールの間を埋めるものであり,日本においても今後さらなる研究の発展が期待される.