著者
鈴木 尚
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.93, no.1, pp.1-32, 1985 (Released:2008-02-26)
参考文献数
26
被引用文献数
3 4

本編は徳川将軍5体と夫人9体,および大名30体と夫人14体,計58体の頭骨形質についての研究結果である。徳川将軍の顔は彼らの個人差を超越して,江戸時代の庶民と次の点で区別される。それは超狭顔型で,狭くて隆起の強い鼻,高くて大形の眼窩,退化した上•下顎骨などである。これらの形質は世代を重ねるとともに強化されるので,14代将軍,徳川家茂(1846~66)では,この点に関して最も高度である。上の形質はまた仁孝天皇の皇女,和宮(静寛院宮)でも全く同じである。また江戸時代の大名では,将軍ほど高度ではないにしても,同じ形質をもっていたので,上の形質は江戸時代の貴族形質と見なされる。これら江戸時代貴族は,天皇家は別として,中世日本の庶民または,それに近い階層から由来したと信じられているので,これら貴族形質もまた当時の庶民形質の中から,たぶん下に述べる遺伝と環境の2因子の相乗作用にもとずいて顕現したものに相違ない。1.遺伝 将軍夫人と大名夫人の間に認められる顔型の類似性は,250年以上にもわたって,江戸時代貴族と同類の顔面形質をもった女性が夫人に選ばれていたことを物語っている。もし幾世代にもわたって上記の形質をもつ女性が夫人として選ばれるならば,当然,これらの形質は将軍や大名となるべき子孫に高度に伝えられるはずである。2.環境 各将軍に見られた発育不全の上•下顎骨と老年者ですら咬耗のない歯をもっているという非庶民的な特殊性は,彼らの食生活を含む総ての生活様式が,伝統的に特殊なものであることを示す。これと同じ環境的因子は大名やその夫人にもそのまま適用されるであろう。結局,将軍と大名とは形質人類学的にみて,江戸時代において特殊に文化された人たちと見なすことができる。

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