5 0 0 0 OA 鎌倉仏教

著者
永村 眞
出版者
智山勧学会
雑誌
智山学報 (ISSN:02865661)
巻号頁・発行日
vol.66, pp._1-_30, 2017 (Released:2018-10-20)
参考文献数
7

本論ではまず「鎌倉仏教」とは何かを考えておく必要がある。この「鎌倉仏教」という概念が、如何に定義されてきたのかを確認するため、「鎌倉仏教」を前面に掲げた先行研究をたどるならば、まず赤松俊秀氏の『鎌倉仏教の研究』(1957年)・『続鎌倉仏教の研究』(1966年)があげられる。両著は、「親鸞をめぐる諸問題」・「一遍について」・「慈円と未来記」、「親鸞をめぐる諸問題」・「源空について」・「覚超と覚鑁」・「愚管抄について」・「神像と縁起」等の論文をおさめ、主に浄土門の研究が「鎌倉仏教」の柱とされ、遁世者を通して顕教を見るという研究視角をとっている。次いで佐藤弘夫氏の『鎌倉仏教』(1994年)では、「法然の旅」・「聖とその時代」・「異端への道」・「仏法と王法」・「理想と現実のはさまで」・「襤褸の旗」・「熱原燃ゆ」・「文化史上の鎌倉仏教」等の論文において、顕・密を意識しながらも、浄土・法華に傾斜した関心とその展開を図っている。さらに仏教学・思想史という立場から書かれた末木文美士氏『鎌倉仏教形成論ー思想史の立場からー』(1998年)には、教理史へのこだわりのもとで、「鎌倉仏教への視座」・「顕と密」・「法然とその周辺」・「明恵とその周辺」「本覚思想の形成」・「仏教の民衆化をめぐって」等、黒田俊雄氏が提唱した「顕密仏教」の概念に基づく一連の研究への批判と対案の模索がなされている。 これら三氏の先行研究のみで結論を導くことは憚られるものの、いずれも「鎌倉仏教」という要語について明確な規定はなされておらず、「鎌倉」時代に展開した「仏教」という枠を越えるものではない。また時系列で「鎌倉仏教」と連結する「平安仏教」と関連付ける試みについても、共通理解が得られたとは言えない。また先行研究に共通するものは、祖師・碩学の著述によって「鎌倉仏教」の性格付けが試みられており、その検討作業のなかで、厚みのある仏教受容の検討、つまり僧侶集団による受容の解明は必ずしも重視されてこなかった。 「鎌倉仏教」を規定する上で、時系列上の存在意義、教学的な特質、社会的な受容のあり方など、その特異性を見いだすための指標は想定されるものの、それらを明快に語り尽くした研究は見いだし難く、また容易に解明できる課題とも思えない。 この「鎌倉仏教」を内包する中世仏教のあり方を検討する上で注目すべき成果は、黒田俊雄氏により提唱された「顕密仏教」という概念である。日本仏教史において通説として根付いていた「鎌倉新仏教」と「鎌倉旧仏教」の歴史学的な評価を大きく変えたのが、同氏の『日本中世の国家と宗教』・『王法と仏法』・『寺社勢力』等の一連の著作であった。黒田氏は、「密教」を基調に顕教が教学的に統合されるという認識を踏まえ、宗派史を越えた仏教史の構想のもとに、実質的に聖俗両界で正統の位置をしめる「顕密仏教」(「旧仏教」)と、異端派(「新仏教」)との対照を顕示した。すなわち中世に受容された仏教の正統として「旧仏教」を位置づけ、政治史(国政史)と密着した仏教のあり方こそが「顕密仏教」の正統たる所以とする。ここに顕在化する「正統」と「異端」の両者が分岐する時代のなかに「鎌倉仏教」の特質を見いだしたとも言える。しかし「正統」と「異端」という二極化した理解に対して、「異端」とされた浄土宗・真宗研究の側からの反論に加えて、両極化では説明しきれない多様性が、伝来した膨大な寺院史料の中から明らかになっている。 そこで中世仏教、とりわけ「鎌倉仏教」を、黒田氏の提示した密教を基盤におくとする仏教継承の母体としての寺院社会という側面から見るとともに、その検討素材として寺院史料の中核をなす教学活動の痕跡とも言える「聖教」に注目したい。諸寺院に伝来する多彩な「聖教」から、二極化では説明しきれない幅広い仏法受容の有様が実感される。すなわち「寺」・「宗」派という枠を越えた「聖教」の実相から、中世における仏法受容の多様性を検討する可能性を見いだすことにしたい(1)。 ここで「聖教」の語義であるが、本来ならば釈尊の教えを指すが、併せて諸宗祖師の教説へと拡がり、さらに「諸宗顕密経論抄物等」(「門葉記」巻74)という表現に見られる、寺僧による修学・伝授・教化に関わる幅広い「抄物」等の教学史料という広い意味で用いられるようになり、しかもその語義は時代のなかで併存していた。そこで近年の研究・調査においても使われる、「寺僧の修学・伝授・教化等のなかで生まれた多様な教学史料」という広い意味で「聖教」を用いることにする。 本論では、諸寺に伝来する「聖教」を素材として、層をなす僧侶集団が修学活動のなかで如何に仏法を受容し相承したのか、特に真言「密教」を中核にすえ、一側面からではあるが時代に生まれた特徴的な現象に注目して「鎌倉仏教」の特質を検討したい。

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PDF公開。永村眞「鎌倉仏教:密教「聖教」の視点から」(『智山学報』66、2017年)聖教を素材に、諸僧侶集団の修学活動から、鎌倉時代の仏教あるいは都市鎌倉の仏教の実態を考察。事例は真言密教が多い。個人的には氏が黒田俊雄の「顕密仏教」概念に言及しているのが興味深い。https://t.co/o0iDvamVXc

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