著者
三木 理史
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
E-journal GEO (ISSN:18808107)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.230-248, 2022 (Released:2022-07-28)
参考文献数
36

自然災害に比較して地理的基底要因への注目の少ない重大鉄道事故について,1971年近畿日本鉄道大阪線での正面衝突事故を例として5つの論点から分析した.その結果,事故現場がトンネル掘削技術と経費削減のため山間急勾配を受容して建設されたこと,勾配区間に上り列車優先で垣内信号所を特設したこと,同所の保安設備が下り列車に対して貧弱であったことが明らかになった.そして事故区間は,当該線開通が周辺村落の寒村化を促して非常時の連絡手段に乏しく,また平時から集落と鉄道との稀薄な関係が救助活動の遅れを生んだことも解明できた.

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E-journal GEO 17(2): 230-248 (2022) https://t.co/t44nHoFFD8 52年前の近鉄特急正面衝突事故のことが詳細に書かれてるな…
「E-journal GEO」先月の月間アクセス数上位論文をご紹介します。 1971年近畿日本鉄道大阪線正面衝突事故をめぐる地理的基底要因 三木 理史 https://t.co/o83HivRdNV
あれ、近鉄大阪線青山峠旧線にあった垣内信号所って、かなり延長があったんだ...https://t.co/DDT4iTdqgx なんか西武多摩湖線の回田信号場が急勾配線区にあるみたいな感じだったんだな。
@kn_bias_2 @nntnarabot 昭和40年代から開始された全線複線化工事では安全性を重視し、現在線へ移設されています。総谷事故はその過程で発生しました。 青山旧隧道時代は大雨で頻繁に止まり、あまつさえそれ自体がボトルネック化していた様です。 https://t.co/shl1Kpv0H4
『1971 年近畿日本鉄道大阪線正面衝突事故をめぐる地理的基底要因』 三木理史さん2022年の論考 https://t.co/G7BBR5jpIu 現場に最寄りの垣内集落は伊勢へ向かう初瀬街道の宿場であったが、鉄道開通により衰退して、事故発生時に通信や救援の拠点となり得なかったというのは僕にとって新知識。
こちらは昨年纏められた同事故の調査資料。140km/h以上もの高速で脱線衝突したために電車はメチャクチャに破壊され、ある別資料によると亡くなられた方は航空機事故に遭ったような姿になられました。 合掌 https://t.co/3RnmJT6k2C
本論とは完全に外れるが、「表1:1970年以降の日本の死亡鉄道脱線事故」で、2000年営団地下鉄中目黒脱線衝突事故が含まれていないのに気づいて、三木先生…、となってる。<RT https://t.co/t4SZZhnxHd
1971年近畿日本鉄道大阪線正面衝突事故をめぐる地理的基底要因 https://t.co/tFaSaI2Tc2 (抄録から) > 1971年近畿日本鉄道大阪線での正面衝突事故を例として5つの論点から分析した.
1971年近畿日本鉄道大阪線正面衝突事故をめぐる地理的基底要因 https://t.co/foIpLSSmht 事故現場のロケーションと地域との希薄な関係にを向けた研究
新着記事を登載しました。E-journal GEO [ タイトル ] 1971年近畿日本鉄道大阪線正面衝突事故をめぐる地理的基底要因 [ 著者 ] 三木 理史 [ 公開日 ] 2022-07-28 https://t.co/gXyD04oAlK

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