- 著者
-
佐藤 文香
- 出版者
- ジェンダー史学会
- 雑誌
- ジェンダー史学 (ISSN:18804357)
- 巻号頁・発行日
- vol.12, pp.37-50, 2016-10-20 (Released:2017-11-10)
- 参考文献数
- 25
本稿は、軍隊を魅力化する資源として「平等」と「多様性」が用いられるという動向を批判的に吟味するものである。近代国民国家は「国民皆兵」を原則として誕生したが、実際にはこの「国民」は人種化・ジェンダー化・セックス化されたものだった。国民国家が市民権と兵役をセットにすることで、軍隊に参与できる者を頂点に「国民」は序列化されたのである。人種、ジェンダー、セクシュアリティを理由に軍隊から周縁化された人々はこのヒエラルキーの下位におかれ、それゆえ、軍への完全なる包摂を主張してゆくこととなった。本稿ではアメリカをとりあげ、第一節で、軍への包摂を求めた黒人、女性、LBGT の歩みを概観する。包摂を求めて闘ってきた人々の歴史は「勝利」のように見えるが、一方で、彼らの運動は「軍事化」されたということもできる。このような視点にたって、第二節では米軍における現状を批判的に検討する。今や各軍のウェブサイトは「多様性」と「機会均等」を言祝ぐ言説であふれかえっている。だが米軍は、貧しい若者や先住民、市民権を欲する移民たちからおおむねなりたっており、彼らのアイデンティティをアメリカ人ではない発展途上国出身の民間軍事安全保障会社の低賃金労働者たちが支えているという実態がある。こうした米軍の事例を手がかりとして、最後に日本の現状に対するささやかな示唆を提示する。2015 年の女性活躍推進法成立を受けて、防衛省は戦闘機パイロットの配置を女性に開放することを決定した。わたしたちはこの決定を、現政権のおしすすめるジェンダー化された政治の文脈のなかで考えてみる必要がある。「平等」と「多様性」を活用しながら社会の軍事化がひそやかに進行していくというこの事態は、今まさにわたしたちの足元で進行中の出来事でもあるのだ。