著者
遠藤 匡俊
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
地理学評論 Series A (ISSN:18834388)
巻号頁・発行日
vol.85, no.3, pp.236-258, 2012-05-01 (Released:2017-10-07)
参考文献数
55

幕府は二度にわたり蝦夷地を直轄地として,アイヌの人々の文化を和人風に変えようとした.この同化政策によるアイヌ文化の変容過程については,あまり知られていない.本研究では1799~1801(寛政11~享和元)年のエトロフ島におけるアイヌの和名化と風俗改変の空間的・社会的拡散過程を復元した.1799年にシャナ集落で始まった文化変容の中で,和名化は1800年に,風俗改変は1801年にほぼエトロフ島全体に広がった.1801年に会所や番小屋が設置された集落とその周辺地域では和名化率と風俗改変率はより高く,ロシアとの境界に接するエトロフ島北部では低かった.1800年に和名化したのは主に10歳以下の子供であり,1801年に和名化・風俗改変したのは主に16歳以上の青壮年であった.和名化と風俗改変が生じるかどうかにおいては有力者の動向が下男・下女に影響力をもっていた.

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@AinuHateCounter (3)海保洋子『近代北方史』(1992)の「エトロフ村々人別帳」に対する評価は、やや静的な感じがします。より新しい研究として、遠藤匡俊さんによる「1799~1801年のエトロフ島におけるアイヌの和… https://t.co/N2eBAHkZIQ
【地理学評論掲載論文】遠藤匡俊 2012.1799~1801年のエトロフ島におけるアイヌの和名化と風俗改変の空間的・社会的拡散過程,地理学評論85A,236-258.https://t.co/0NXfNZITkc

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