著者
澤田 哲生
出版者
一般社団法人 日本原子力学会
雑誌
日本原子力学会誌ATOMOΣ (ISSN:18822606)
巻号頁・発行日
vol.56, no.12, pp.776-779, 2014 (Released:2020-02-19)
参考文献数
11

正力大臣車中談(案)という風変わりな標題の史料がある。昭和31年の原子力委員会で諮られている。正力は東京から選挙区富山に電車でお国入りする車中で,随行記者団にさまざまな真情を披瀝した。同年1月中旬のお国入りの際には,原子力委員会発足直後の声明書の内容に関して談じた。原子力委員の湯川は,新聞紙面に踊った正力の車中談に接し,困惑と憤りを露にした。そんな背景に湯川ら物理学者と正力ら政治家の思惑の違いが根強くあった。それが,結果的に原子力ムラと御用学者を生む発端になったのではないか。史料をもとに論考する。

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (13 users, 14 posts, 26 favorites)

55年の学術会議では、湯川秀樹らが自主・自立を掲げ国産の原子炉を導入しようとしていた。しかし米帝の意向で早急にウラン輸入・英国産原子炉を輸入する運びになる。これに一役買ったのが原子力の父、正力松太郎だった。 日本に自主・自立など存在しないことの証左では。 https://t.co/xeclflQxIb

収集済み URL リスト