- 著者
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加藤 夢三
- 出版者
- 日本科学史学会
- 雑誌
- 科学史研究 (ISSN:21887535)
- 巻号頁・発行日
- vol.61, no.303, pp.199-214, 2022 (Released:2023-11-17)
1930 年代、それまで専門知の探究に力を注いでいた職業科学者たちが、同時代論壇への参入を通じて社会参画の意思を志すようになった。この動きは、高尚な人格と洞察能力を持つ総合的知識人としての科学者像を確立する一方で、結果的に科学振興を目論む統治権力に迎合する側面を持つものでもあった。戸坂潤の批評活動は、こうした科学者と統治権力の協働関係に向けられたものとして理解できる。科学者による公共意識の高まりが、批判精神を欠いたままに帝国日本への国策貢献と接続してしまう事態に対して、戸坂は警鐘を鳴らしていた。このような共犯関係を回避するためには、公共的な有用性とは異なる個別具体的な視点を持つことが重要であり、ゆえに巷間の科学者に「文学」に携わることを積極的に奨励していた。戸坂は「文学」の解釈・吟味を通じて認識論的な思索を深める企てを「文藝学」と呼び、そこに時局の政治力学とは異なる知的対話の契機を探ろうとしていた。