著者
奥村 隆
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.77-93, 1994-06-30 (Released:2010-05-07)
参考文献数
44

「思いやり」と「かげぐち」どちらも, ありふれた現象である。 しかし, どちらも, 私たちが他者とともにあって「社会」を形づくる形式・技法として考察されるべきものではないだろうか。私たちがある技法を採用するのはどうしてか, それを「社会」形成の形式とするときその社会はどのような性格をもつのか。こうした問いの焦点のひとつに, この現象は位置づけられるのだ。このような「社会」形成の形式・技法は, 日常の自明性のなかにいるかぎり対象化できない。本稿では, 次のような方法をとる。まず, ある視点から, 論理的に一貫した理念型 (「原形」と呼ぶ) をつくる。その理念型を基準とすることで, 日常は基準からズレたものとして見えるようになる。そこで, そのズレ・距離 (「転形」と呼ぶ) を測定することで, それを生みだしている力=私たちが日常採用している技法が記述可能なものとなる。本稿は, 「存在証明」という視点を採用する。ここから組み立てられる「原形」は, 他者とともにあって「社会」を形成する困難さを内包したものになるだろう。この「原形」からみるとき, 「思いやり」と「かげぐち」が, その困難さに折り合いをつけながら「社会」を形づくる技法であり, それゆえにふたつが結びつかざるをえないものであること, そして, この技法をもつ「転形」 (すなわち私たちの社会) に「原形」とは別の困難さが存在していること, が浮かび上がってくるのである。

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[society] 奥村隆「「思いやり」と「かげぐち」の体系としての社会 存在証明の形式社会学 」 referrer: http://togetter.com/li/660496

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むさしハビトゥス研究会の初回にて扱う論文です。 (注意 ブルデューの議論とは無関係の論文です) 『「思いやり」と「かげぐち」の体系としての社会』 社会学評論, Vol.45, No.1 (1994), PP. 77-93 奥村 隆 https://t.co/aEmuUFef74
むさしハビトゥス研究会の初回にて扱う論文です。 (注意 ブルデューの議論とは無関係の論文です) 『「思いやり」と「かげぐち」の体系としての社会』 社会学評論, Vol.45, No.1 (1994), PP. 77-93 奥村 隆 https://t.co/vYEbqJRW9l
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https://t.co/HwqFxahN6V これが面白いんだけど読むとぐさぐさ刺さる でも面白い
これとても面白かった https://t.co/ehzsY84Mx2
「思いやり」と「かげぐち」の体系としての社会 存在証明の形式社会学 奥村 隆(PDFあり) https://t.co/p6oUbrJlzQ
陰口に限定的ながら積極的意味があるというお話。  http://t.co/aEQPk8YEph

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