著者
浮田 徹嗣
出版者
日本精神衛生学会
雑誌
こころの健康 (ISSN:09126945)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.49-57, 1997-06-30 (Released:2011-03-02)
参考文献数
21

本稿では, アメリカにおける司法心理学者の活動を紹介し, 司法におけるアセスメントに認められる「人間に関わる現象を能力に還元して説明する傾向」を指摘した。わが国では, 司法心理学は心理学の中でも特殊な領域で, 心の健康に関わる臨床家一般にとってはなじみの薄い分野という印象がある。一方, アメリカでは司法心理学は, 心の健康の専門家にとっては密接な関係のある分野となっている。たとえば, 処遇に対する子どもの同意能力, 治療に対する精神障害者の同意能力, 知的障害者の意思決定能力などに関わる判定について, 活発に議論されている。このような議論の多くは, いわゆる個人主義の価値観によって立つもので, 関係という視点から検討されることはほとんどなかった。しかし, 能力というものは関係を通してはじめて現れるものであるから, その社会的文脈が無視されるべきではない。個人主義を心理学に単純に当てはめることが一面的な把握にすぎないことを認識していることは, 重要である。たとえば, 臨床の場でおこなわれているアセスメントは個人の能力の判定であると同時に, 実は他者との関係のあり方の判定である。記号論的にいえば, 人間の行動の意味は, 個人に内在するものではなく, 関係の中に創られるからである。このような認識は, 司法心理学の分野だけではなく, 広く, 心の健康に関する領域全般についても重要なことである。人間に関する現象を理解するためには, 現象の原因を追究し個人の能力に還元するような視点だけではなく, 関係という視点から意味や目的を問うことが必要だからである。今後の心の健康の科学には, 「個体能力」と「関係」のふたつの視点を止揚する新たな視点が必要である。そして, その新たな視点をつくるのは, ある意味では, 西欧の価値観から比較的自由でいられるわが国の臨床家の使命ではないだろうか。

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