著者
髙橋 沙奈美
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.91, no.3, pp.25-48, 2017-12-30 (Released:2018-03-30)

本稿はペテルブルグの聖クセーニヤに対する崇敬を事例として、人びとの日常生活の中で経験され、表現される「生きた宗教(lived religion)」が、社会主義時代にどのような主体によって維持され、いかに変容し、またいかに持続したかという問題を検討する。十八世紀末の帝都の下町に暮らしたといわれるクセーニヤは、十九世紀後半から二〇世紀にかけて、悩みや苦しみに寄り添い力を貸してくれる聖痴愚として、人びとに慕われ始めた。一九一七年の革命後、反宗教政策で教会が壊滅状態に陥り、祈?を依頼できる司祭がいなくなると、レニングラードの人びとはクセーニヤに「手紙」を書くことで崇敬を維持した。クセーニヤは過去の記憶ではなく、テロルや包囲戦の時期もレニングラードと共にある等身大の福者として意識された。また、帝政末期にすでに正教会にも認められていたクセーニヤ崇敬は、教会権力によって単なる民衆宗教として排斥されず、西側の世論を怖れたソ連政府も礼拝堂の破壊を思いとどまった。一九八八年の列聖は、信者たちにとって、革命以前の信仰生活の復活ではなく、ともに最も苦しい時代を生き抜いたクセーニヤの記念を意味したのである。

言及状況

外部データベース (DOI)

Twitter (78 users, 82 posts, 87 favorites)

社会主義体制下の「クセーニヤ崇敬」についての面白い論考だった。 礼拝堂が閉鎖されても絶えない人びとの崇敬と政府ににらまれつつ影で支えた正教会。 PDFあり。 ⇒髙橋沙奈美「レニングラードの福者クセーニヤ──社会主義体制下の聖人崇敬」 『宗教研究』91巻3号(2017) https://t.co/owjdFSt6nk

収集済み URL リスト