著者
唐沢 かおり 戸田山 和久
出版者
人間環境学研究会
雑誌
人間環境学研究 (ISSN:13485253)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.117-123, 2013 (Released:2013-12-25)
参考文献数
25
被引用文献数
1

本研究は、福島第一原発事故後、間もない時期に出版された、一般読者向けの書籍5冊を対象として、その内容を分析し、科学コミュニケーションが科学的事実や科学者組織について、詳細な科学的知識を持たない人たちに伝達する際の問題点を議論したものである。まず焦点を当てたのが、現在、科学的に正しい見解が定まっていないと思われる、低線量放射線による被ばくの危険性に関する議論、および、危険閾についてのガイドラインを提出している組織である「ICRP」(International Commission on Radiological Protection)の信頼性を操作するような記述である。そこでは、科学的な論争における重要な論争点が提示されておらず、また、執筆者の立場により、ICRPの信頼性を高めたり貶めたりするような記述が恣意的になされていることが明らかとなった。このように、科学的論争を、科学的事実に関する議論の場ではなく、関与する科学者や組織の信頼性の問題としてフレームして、読者を説得する手法について、本論文は「信頼性戦争(Credibility war)」方略と名付け、その問題点を、科学的事実への理解が欠如した読者を安易に特定の立場に誘導してしまうこと、また、読者が確証バイアスによりその立場を堅持する結果につながりやすいことにあると指摘した。続いて、科学コミュニケーションのスタイルとして、「知識的に優位な立場の科学者」が、「知識が欠如した一般市民」に「教え授ける」という「欠如モデル」による説得レトリックの存在を指摘した。さらにその問題点として、このモデルがトピックに対しての自我関与がそれほど高くない一般大衆(つまりは、福島第一原発事故の直接被害を受けない層)により強く機能する可能性と、心理的リアクタンスの喚起により、コミュニケーション内容の理解が妨げられる可能性を指摘した。最後に、新しくみられる科学コミュニケーションの一例として、中川(2011)に着目し、一般市民が自らの行動を選択する責任を保持していることを前提にした科学コミュニケーションのあり方の可能性について議論した。そのうえで、放射線被ばくの健康への直接的結果だけではなく、それがもたらす社会的帰結がもたらす影響も総合的に評価したうえで、リスクを評価せねばならないという状況認識の重要性、またリスクを背負う人自身が、リスク評価を行う必要を前提とした科学コミュニケーションが今後求められることを論じた。

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