- 著者
-
田中 雄一郎
- 出版者
- 学校法人 聖マリアンナ医科大学医学会
- 雑誌
- 聖マリアンナ医科大学雑誌 (ISSN:03872289)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.1, pp.9-14, 2023 (Released:2023-05-31)
- 参考文献数
- 27
日本のロボトミーの歴史を語る上で重要な人物を2人選ぶとすれば,中田瑞穂と広瀬貞雄が挙がる。脳外科医の中田は日本のロボトミーの先駆者で,広瀬は日本で最も多くのロボトミーを手掛けた精神科医である。中田は1939年に日本で初めての精神外科手術(ロベクトミー)に着手し,1941年にロボトミーを施行した。彼がどのような時代背景で精神外科を開始したのか,戦前の1900年代前半の精神疾患を取り巻く日本の状況を理解しておく必要がある。私宅監置,優生思想,身体療法などをキーワードに考察する。1920年代以降に新たな身体療法が欧州から導入された。1925年には睾丸有柄移植事件という奇想天外な手術が世間の耳目を集めた。日本ではエガス・モニス(Egas Moniz,ポルトガル)のノーベル賞受賞に対する社会的関心は薄く,朝日新聞は記事にせず読売新聞は受賞から5ヵ月経った1950年3月に初めて取り上げた。本稿では,ロボトミーに関連するエピソードを以下の年代に分けて俯瞰する。①1940年以前(太平洋戦争前),②1941~1945年(戦時中),③1946~1955年(戦後10年間)の3期におけるロボトミーおよびそれを取り巻く精神科医療,法制度,新聞に報じられた社会事象を中心に言及する。