著者
葛西 周
出版者
The Society for Research in Asiatic Music (Toyo Ongaku Gakkai, TOG)
雑誌
東洋音楽研究 (ISSN:00393851)
巻号頁・発行日
vol.2008, no.73, pp.21-40, 2008-08-31 (Released:2012-09-05)
参考文献数
19

本論文は、国家イベントとして近代盛んに行われた博覧会における音楽を、日本の植民地主義という視点から考察することを目的としたものである。西洋とは異なる状況下で進められた日本の植民地主義とその文化的影響について考察する上では、西洋/非西洋=支配/被支配という構図から離れ、個々の事例から植民地政策による波紋や同時代の社会的思潮を汲み取ることが特に必要である。そのような問題意識を踏まえ、本稿では明治三六年の内国勧業博覧会における琉球手踊および昭和一〇年の台湾博覧会における高砂族舞踊という二つの対象について考察した。「見世物」として諸民族の生活が展示された内国勧業博覧会の学術人類館では、地域特有の風俗を、「普通」という基準を作る内地の人々の前で披露するのは「恥ずべきこと」という発想が、琉球に顕著に生まれていたことを確認した。主催側の内地から見れば「他者」の「展示」になるが、「展示」される側から見ると、同じ「自己」であると教育されてきた内地に「他者」としてラベリングされたことを意味する。これによって、内地から見た植民地像と植民地の側の自己イメージとの間にずれが生じ、植民地は「不当」なイメージに対峙すると同時に、自己の再認識を迫られたと指摘できる。他方で、台湾博覧会における高砂族舞踊のような伝統的な演目は、支配層によって娯楽として消費されていたが、その一方で高砂族舞踊の出演者が支配層の前での上演に対して拒絶反応をあらわにせず、少なくとも表向きは肯定的な反応を示していたことも確認できた。日本の植民地主義という文脈から文化イデオロギーについてアプローチする際には、「同化」のみならず「異化」が持つ暴力性もまた軽視せざる問題であり、エキゾチシズムをもって植民地の舞踊を眼差すことへの内地人の欲求が「異化」を生み出したと言える。政策レベル/精神レベルで行われた「同化」と「異化」との間の歪みが、植民地時代に披露された芸能にも顕著に見られることを本論文では実証した。

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