著者
浦 和男
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.20, pp.3-16, 2013-08-31 (Released:2017-07-21)

明治になり、日本に近代の文学が確立する時期に、文壇でいろいろな論争が起こった。そのひとつに、「滑稽文学の不在」論争がある。20年代末、「太陽」の編集をしていた若き高山樗牛が、すでに文豪として高名な坪内逍遥のエッセーに対して、そのユーモア観を批難し論争が始まる。その論争は、「ユーモアとは何か」から「滑稽文学の不在」論争となり、やがて「文学における滑稽の不在」が問われ、それが「笑わない国民」という点にまで達した。執拗な樗牛の批判に逍遥は無視を決めていたが、最後には樗牛は「笑殺」、逍遥は「笑倒」という語を使うまでになった。一年ほどで二人の論争は鎮まるが、論争は飛び火し、地方紙でも「滑稽の不在」に関する記事が掲載され、明治末年まで「笑いのない文学」が論じられた。本稿では、「日本人はユーモアがない、笑わない」という問題の起源ともなる、この論争を考証し、近代ユーモア史の一面を明らかにする。

言及状況

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当時の文学の大御所を巻き込んで「ユーモアとは」議論されていたと 失敗だけども悲壮感のあるものではない、そうなると文学作品でこれというのはなかなか難しい https://t.co/fwmF3kP20i
J-STAGE Articles - 滑稽の不在 : 明治文豪の論争 https://t.co/soRAJHE1ma

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