著者
河名 俊男 中田 高
出版者
Tokyo Geographical Society
雑誌
地学雑誌 (ISSN:0022135X)
巻号頁・発行日
vol.103, no.4, pp.352-376, 1994-08-25 (Released:2009-11-12)
参考文献数
47
被引用文献数
37 31

In 1771, according to several trustworthy historical records, a huge tsunami named the Meiwa Tsunami washed the southern part of the Ryukyu Islands killing about 12, 000 people. The tsunami attributed probably to a large earthquake generated by a submarine thrust fault along the Ryukyu Trench. The southern Ryukyu Islands consisting of Miyako, Irabu, Shimoji, Tarama, Ishigaki, Iriomote and other small islands are fringed by coral reefs, and large Holocene coralline boulders possibly transported by past tsunamis, are extensively distributed on land and reef flats. Among these boulders, those composed of aragonite by 100% or nearly 100% are reliably dated by the radiocarbon method, and are good evidence for inundation, run-up heights and timing of tsunamis in the past.In order to infer the timing of past tsunamis, we dated samples carefully collected from the uppermost parts of these Holocene coralline boulders and fragments. Based on 65 dates, we restored a tsunami history in the area during the past several thousand years.Most of the coralline boulders we dated are much older than the age of the Meiwa Tsunami about 200 yr BP. Certain periodical distributions of the ages among the boulders suggest that the area had been attacked by huge tsunamis around 600, 1, 100, 2, 000 and 2, 400 yr BP during the last 3, 000 years. Thus tsunamis which brought tsunami boulders on land occurred repeatedly with intervals of several hundred to one thousand years in the study area.The tsunamis occurred around 1, 100, 2, 000 and 2, 400 yr BP were judged from the distribution of boulders of similar ages, that they were generated along the Ryukyu Trench while that of 600 yr BP along the Okinawa Trough.The tsunami about 2, 000 yr BP is most reliably restored among the past tsunamis in the area and is named the “Okinawa-Sakishima Tsunami”. This tsunami attacked an extensive area from Miyako to Ishigaki islands and transported many huge tsunami boulders such as “Tsunami Oishi” deep on land.
著者
横田 俊平 黒岩 義之 西岡 久寿樹
出版者
日本臨床免疫学会
雑誌
日本臨床免疫学会会誌 (ISSN:09114300)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.288a-288a, 2015 (Released:2015-10-25)

ヒト・パピローマウイルス(HPV)は一般的な感染因子であり,子宮頸部基底細胞への感染は部分的には癌発症の契機になる.子宮頸癌を予防する目的でHPVワクチンが開発され(CervarixとGardasil),約340万人の若年女性に接種が行われた.しかし,HPVワクチン接種後より全身痛,頭痛,生理異常,病的だるさ・脱力・不随意運動,立ちくらみ・繰り返す便秘・下痢,光過敏・音過敏,集中力低下・計算力と書字力の低下・記憶障害などを呈する思春期女性が増加している.「HPVワクチン関連神経免疫異常症候群(HANS)」と仮称し,当科外来を受診した51例の臨床症状の把握とその体系化を行った.すべての症例は,HPVワクチン接種前は良好な健康状態・知的状態にあり,接種後,全例が一様に一連の症候の重層化,すなわち,疼痛性障害,不随意運動を含む運動器機能障害,感覚障害,生理異常,自律神経障害,高次脳機能障害と進展することを確認した.このように幅広いスペクトラムの疾患の記載はこれまでになく,これらの症候を同時に呈する中枢神経障害部位についての検討をすすめ,「視床下部 下垂体病変」と捉えられることが判明した.病態形成にはミクログリアが関わる自然免疫,HPVワクチン抗原のペプチドと特異なHLAが関わる適応免疫の両者が,強力なアジバントの刺激を受けて視床下部の炎症を繰り返し誘導していると考えている.治療にはramelteon(circadian rhythmの回復),memantine(シナプス伝達の改善),theophylin(phosphodiesterase inhibitorの抑制)を用い対症的には対応が可能となったが,病態に根本的に介入できる薬剤はいまだ手にしていない.
著者
北村 稔 極東国際軍事裁判研究プロジェクト
出版者
國士舘大學比較法制研究所
雑誌
比較法制研究 = Kokusikan comparative law review (ISSN:03858030)
巻号頁・発行日
no.39, pp.123-162, 2016

pp.123-152 講演録pp.153-159 講演時配布資料pp.159-161 主要参考文献pp.161-162 南京事件関係の必読文献期日 : 7月2日 (土)
著者
泉 貴人 藤井 琢磨 柳 研介
出版者
日本動物分類学会
雑誌
タクサ:日本動物分類学会誌 (ISSN:13422367)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.54-63, 2019-02-28 (Released:2019-03-23)
参考文献数
22

Until recently, Actiniaria had been classified by the classification system organized by Carlgren in 1949. This classification was based on several traditional morphological features such as mesenterial arrangement, basal disc, acontium, and sphincter muscle. Although this classification system had been used for around 60 years, it was recently called into question by several studies utilizing molecular phylogenetic analyses. The most comprehensive phylogenetic analyses clarified that the Carlgren classification system did not reflect the actual phylogenetic relationships, and thus a new classification system from suborder to superfamily was established. At the same time, new common morphological features were proposed as the traditional morphological features of sea anemones in Carlgren’s classification system were proven to not be monophyletic. Here, we introduce the new classification system and propose Japanese names for all taxa higher than family.
著者
安 智史
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.31-43, 2014-02-10 (Released:2019-02-28)

詩人・萩原朔太郎を、関東大震災後の東京郊外に移住し、郊外化現象をテクスト化した文学者として捉え直した。彼にとっての「郊外」は、郷里前橋の郊外、東京東郊(田端)をへて、西郊(馬込、小田急線沿線)へと変遷する。それは遊歩空間であると同時に、都市消費社会の確立にともなう社会状況との緊張関係の渦中に、彼自身を投げ込む場所でもあった。その諸相を朔太郎の散文(散文詩、エッセイ、小説)および詩集『氷島』収録詩篇を中心に検証した。

38 13 13 0 OA 東区会史

著者
大阪市東区 編
出版者
東区
巻号頁・発行日
1944
著者
金 釆洙
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要
巻号頁・発行日
vol.28, pp.177-207, 2004-01-31

湾岸戦争以降、世界の情勢はアメリカ中心になりつつある。EC(ヨーロッパ共同体)は、世界の情勢がアメリカ中心になっていくことを防ぐ方法としてEU(ヨーロッパ連合)に転換してきた。しかし、東アジア地域の国々は二十世紀のナショナリズムに縛られ、アメリカやヨーロッパの動きに対応できるような連帯形態を作れないのが現状である。 本研究は、アメリカ、ヨーロッパ連合に対応できる東アジア連帯構築のための雰囲気醸成の一つとして、グローバル的観点から近代日本のナショナリズムがどのように形成され、またどのように展開されてきたのかを考察することを目的とする。 考察は近代化過程における日本人のナショナリズムがどのように形成されたのかという問題を、まずその時代的背景と思想的背景から論じ、次に日本の為政者たちがどのようにそれを啓発していったのかを検討する。そしてそれをどのように国民に注入していったのかを把握する。最後にナショナリズムへと転換していった時の国民がどのようにナショナリズムを発揮していったのかを考察してみることにする。 その考察から筆者は近代日本のナショナリズムの成立とその展開様相について次のような結論を導き出した。第一、日本のナショナリズムは十九世紀初めから東進してきた近代西洋の産業資本主義勢力との接触とその勢力と対決してゆく過程で成立したと言える。すなわち、それは近代西欧勢力と日本との対立構造から生まれたというのである。第二、明治維新を通して政権を握った、幕府時代の外様藩を中核とした藩閥政府が西欧列強諸国から国家的安全と彼らとの平等を追究していきながら彼ら自身の政権を維持していく過程でそれが拡大・強化され、定立されたと言える。第三、日本のナショナリズムは「皇祖皇宗」という観念を基礎とする国体思想が明確に提示され、「大日本帝国憲法」の発布と「教育勅語」の発布を契機として、国体思想が学校教育を通して被教育者に注入されることによって確立されたと考察される。第四、日本のナショナリズムはその後日清戦争、日露戦争、満州事変、日中戦争、太平洋戦争などといった戦争を通して展開していき、敗戦後には占領軍の日本文化の断絶政策に対抗して文化的次元で展開していったのである。第五、近代日本のナショナリズムは神道・皇道思想などの基礎をなす自然思想と深く結ばれており。近代西洋の科学思想とも深く結ばれている。第六、近代日本のナショナリズムは近代西欧勢力との接触とそれとの敵対的関係を通して成立・確立されていったにもかかわらず、日本がその過程で彼らの文物を学んで行かざるを得ない立場であったため、その中には「洋才」思想に基づく「殖産興業」思想や「科学立国」の近代西欧勢力に対する友好的感情なども内包していると言える。第七、近代日本のナショナリズムの目標の一つはアジア主義を実現していくことであり、近代以前徳川幕府との友好関係を結んでいた韓国・中国等の大陸の国々を支配していくことであったと言える。第八、近代日本のナショナリズムは敵対と友好とで特徴づけられる現代日米関係の原型として捉えられる。