著者
Bezos Jeffrey 野村 裕知
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1100, pp.96-99, 2001-07-16

問 書籍に加えて、音楽CD、ビデオやDVD(デジタル多用途ディスク)など新しい分野を日本で拡大すると発表しました。 答 合計40万タイトルを揃えます。例えば、米シアトルマリナーズのイチローのビデオなども扱います。当社の本拠はシアトルにあるんですが、今やイチローは市民のヒーローです。マリナーズはリーグ首位を独走していますから、今からワールドシリーズが楽しみです。
著者
柴 裕子 茂木 泰子
出版者
中京学院大学看護学部
雑誌
中京学院大学看護学部紀要 = Bulletin of Faculty of Nursing of Chukyo Gakuin University (ISSN:21854742)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.39-48, 2017

本稿の目的は,2012年の障害福祉サービス開始前後の長期入院の精神障がい者の退院支援の研究を概観し,今後の退院支援の課題を明らかにすることである.方法は,2002~2016年のキーワード検索を行い,「精神科and長期入院or長期療養」で186編,「精神障がい者and退院支援」で54編,「精神障がい者and地域連携or 地域ネットワーク」で74編を抽出した.そのうち,退院支援を受けた者と行なった者を対象とし,退院支援の状況をよく表している20編を分析した.結果,2012年以前は,阻害要因や回復過程に応じて支援することが退院促進につながっていた.2013年以降は,患者も看護師も退院が可能という認識に変化した.退院にふみ込めない理由は,社会的スキルの低さ,言葉の分かりにくさ,外泊の少なさであった.今後,退院支援に関する制度を各職種が理解し利用でき,長期入院の状態を現実的な患者の苦しみとして捉えること,患者の今後の生き方を支えることが課題である.
著者
一二三 朋子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.76-89, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
24

多言語・多文化社会では,異文化接触場面によりさまざまな心理的変容が起こり,そうした変容は共生のための学習と捉え得る。本稿では,接触場面でのコミュニケーションで行われる異なる意識的配慮に焦点を当て,意識的配慮がどのような要因で学習されるかを明らかにすることを試みる。アジア系留学生150名を対象に質問紙調査を行い,因子分析によって共生的学習に関わる要因と意識的配慮を特定し,次に,パス解析によって共生的学習の過程を考察した。その結果,意識的配慮の学習には自他の行動に関する信念が複雑に関与していること,その信念には日本での留学生活の質や日本人の態度などが影響を与えていることが明らかになった。
著者
鈴木 満
出版者
秋田大学史学会
雑誌
秋大史学 (ISSN:0386894X)
巻号頁・発行日
no.61, pp.31-46, 2015-03
著者
山本 忠宏 大塚 英志 橋本 英治 泉 政文 Tadahiro YAMAMOTO Eiji OHTSUKA Eiji HASHIMOTO Masafumi IZUMI
出版者
神戸芸術工科大学
雑誌
芸術工学2012
巻号頁・発行日
2013-11-25

本研究では、石ノ森章太郎のまんが作品を対象として、写真や映画における運動表現を対置しながら石ノ森章太郎の運動表現の分析を行うことを目的とする。分析対象としては、1971 年に『少年マガジン』において、TV シリーズとのタイアップで1 年間連載された『仮面ライダー』を取り上げる。石ノ森章太郎はこの作品の直前に『ジュン』(1967)や「神々との戦い編」『サイボーグ009』(1969)において実験的な表現を行っている。そこには、特定の主人公に感情移入させる物語を語ることに縛られない表現が見受けられ、その方法は『仮面ライダー』の運動表現において「加速と停滞」という役割として顕著に見られる。石ノ森章太郎の運動表現における「加速と停滞」という要素を検証しながら、物語を語ることと共に作品内において二つのモードの形成について考察する。This study analyzes the motion representation of Shotaro Ishinomori comic works, comparing the motion representation in photography and early film. The analysis object is "Kamen Rider"(1971) was serialized in "Shonen Magazine" tie-up with the TV series. Ishinomori have done an experimental representation just before, in "Jun"(1967), "Kamigamitonotatakai-hen" of "Cyborg 009"(1969). This representation is not related storytelling and the factor of stagnation and acceleration in the motion representation of "Kamen Rider".We consider the two modes of the storytelling and the motion representation, analyzing the factor of stagnation and acceleration in the motion representation of Shotaro Ishinomori.
著者
原 順子
出版者
四天王寺大学大学
雑誌
四天王寺大学大学院研究論集
巻号頁・発行日
no.11, pp.39-51, 2017-03-20

手話をコミュニケーション手段とする聴覚障害者には、独自の文化としてろう文化( Deaf Culture )があるといわれている。このろう文化を基盤とする文化モデルアプローチは、聴覚障害者を従前の医学モデルや病理モデルといった聴文化からの視点ではなく、ろう文化視点での障害者観により、聞こえないことをポジティブに捉えることができると考える。本稿では、ろう文化が聴覚障害者にとって重要な捉え方であることを、先行研究のレビューにより明確にする。また、文化モデルアプローチで聴覚障害者を捉えることで、ネガティブな捉え方がポジティブに転換できることを示し、文化モデルアプローチの有効性を明らかにする。
著者
千葉 とき子 斎藤 靖二 木村 典昭
出版者
国立科学博物館
雑誌
国立科学博物館専報 (ISSN:00824755)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.25-36, 1982

蛇石火山は伊豆半島南西部に位置する第四紀火山で, その噴出物は東西3km, 南北6km にわたって分布する。この火山体は第三紀中新世後期の白浜層群を不整合に覆って形成された。火山体を構成する岩石は, 岩相・層位学的にみて, 大きく2つのユニット(下部ユニットと上部ユニット)に区分される。下部ユニットは火山体の主要部分を構成するもので, 熔岩流と火砕岩からなり, 約150m の厚さをもつ, 上部ユニットは数10m の厚さで, 陶汰の悪い熔岩の角礫を含む堆積物からなる。下部ユニットは北部の高地と南部の海岸付近に, 上部ユニットは間の比較的平坦な地形の部分に分布する。 下部ユニットの熔岩のうち, 南部の落居付近にみられる7枚と北部の大峠付近の3枚について岩石記載を行った。岩石はすべて(かんらん石)-紫蘇輝石-普通輝石安山岩である。岩石9試料のモード, 主成分を分析した。熔岩が噴出したときのメルトと結晶の量化は3 : 2∿3 : 1で, 後に噴出した熔岩ほどΣFeO, MgO, CaO に乏しく, SiO_2に富む。しかし, 全体としては化学組成の変化の範囲は比較的狭く, 結晶分化作用があまり進行しないまま, 短期間に熔岩の流出が行われたとす推定される。鉱物組定・化学組成からみて, 蛇石火山の岩石はカルク・アルカリ岩系に属し, ノルム石英を10vol.%以上含むことから, 伊豆半島南西部の第四紀火山の溶岩のなかで SiO_2に最も過飽和であるといえる。
著者
谷合 規子
出版者
第三文明社
雑誌
第三文明
巻号頁・発行日
no.637, pp.45-47, 2013-01
著者
高見 勝利
出版者
Japanese Association of Electoral Studies
雑誌
選挙研究 (ISSN:09123512)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.36-42,195, 2007

衆院において賛成多数で可決され,参院に送付された内閣提出法案が,参院で否決されたとき,内閣が,これを内閣不信任だとして,衆議院を解散することは,日本国憲法上,どう評価すべきかが,いわゆる小泉解散の最大の争点である。解散理由について,首相自身は,参院における法案否決を内閣に対する不信任だと受け止めたからだという以上のことは語っていない。が,「衆院が可決した法案を参院が否決した場合,衆院が出席議員の3分の2の特別多数で再可決すれば法案が成立するのだから,当該議席数確保のためにする解散は認められる」とする見解がある。しかし,解散理由として,再議決権を持ち出すことは,解散•総選挙の趣旨や議会政のあり方からして是認されないこと,小泉解散は不当な解散事例であり,「国民投票的」解散に途を拓いた事例として積極的に評価すべきではないこと等を指摘した。
著者
渋沢 竜彦
出版者
河出書房新社
雑誌
文芸 (ISSN:05251885)
巻号頁・発行日
vol.10, no.5, pp.159-161, 1971-05
著者
福原 敏男
出版者
国立歴史民俗博物館
雑誌
国立歴史民俗博物館研究報告 (ISSN:02867400)
巻号頁・発行日
no.45, pp.p257-325, 1992-12
被引用文献数
1

一つ物と称する稚児や人形がお渡りする祭礼がある。従来民俗学ではこれをヨリマシ(憑坐・依坐)・ヨリシロ(憑代・依代)と解釈してきた。それに対して、本稿では近畿・九州地方の事例を中心に検討することによって一つ物を再考する。一つ物は平安末期に畿内の祭礼において、馬長(童)が田楽・王の舞・獅子舞・十列・巫女神楽・相撲・競馬・流鏑馬という当時の典型的な祭礼芸能の構成に組み入れられることによって成立した。その成立の場は、宇治・春日・祇園・稲荷・今宮・日吉などの祭にある。一つ物は中世に畿内の祭礼・法会芸能から各地へ、天台―日吉社系の神事芸能構成の一つとして、あるいは八幡社放生会系の神事芸能構成の一つとして伝播した。各地に土着した一つ物は、中世祭祀組織や宮座が解体・変質すると多くのものは消えていった。一つ物はもともと若者や大人も勤め、その生命は意外性や目立つ趣向にあった。しかし、一つ物は祭という同一の形が繰り返される行為のなかで、芸もなくマンネリ化がすすみ多くのものは飽きられて消えていった。そのなかで、稚児や人形が動員されることによってのみ愛でられ命脈を保ち得た。一つ物は元来神賑であったので行列に参加する宗教的意味は希薄で、近代になって民俗学者により憑坐と解釈された。一つ物の本質が、本来の俗(渡り物の一種)から聖(神霊の憑坐)へと解釈されていき現在の定説となっている。一つ物はその発生の平安期の祭礼において、すでに神輿とともに登場している。神学的にいうなら神は神輿にのって御旅所にお渡りするのに、何故別に憑坐に神を憑らせなくてはならないのだろうか。「一つ物」の「一つ」は、数詞とともに一番という順序の意味もあり、一番最初にお渡りをする、一番目立つ、という二つの意味があるのではないか。一つ物の本質は、渡り物・神幸・神のみゆき(お渡り)・渡御・行列(パレード)における風流なのである。In some festivals, a child or doll called "Hitotsumono" passes in the procession. In folklore, this has been conventionally interpreted as Yorimashi or Yorishiro (an image into which the divine spirit enters). As against this, this paper reviews the Hitotsumono by investigating examples mainly in the Kinki and Kyûshû Districts. The Hitotsumono came into being in the late Heian Period in the festivals of the Kinai Region, when a horse driver (a child) was brought into the framework of then typical festival entertainments, such as Dengaku (ritual music and dancing performed in Shinto shrines and Buddhist temples), O-no-mai (King's Dance), Shishimai (ritual lion dance), Seinoo (Court dance performed at the Kasuga shrine), Mikokagura (shrine maidens' music and dancing), Sumô (wrestling), Kurabeuma (horse racing), and Yabusame (horseback archery). The Hitotsumono appeared in the festivals of shrines at Uji, Kasuga, Gion, Inari, Imamiya, and Hie. The Hitotsumono spread from these festivals in the Kinai Region in the early Middle Ages, to various parts of the country, as one of the entertainments for divine service connected with the Tendai-sect and Hie-Shrine, or as one of the entertainments for divine service connected with the Hachiman-Shrine Hôjôe (Buddhist ceremony in which captured animals and fish are released to fields, mountains, ponds or marshes). Many of the Hitotsumono, which became established in various areas, disappeared when the framework of the festivals of the Middle Ages and the Miyaza (local organizations for festivals) were dissolved, or changed in quality. The Hitotsumono was, originally, performed also by young people and adults, and its existence depended on unexpectedness and eye-catching ideas. However, in the repetition of the same acts in festivals, the Hitotsumono became stereotyped with no special art, and most of them lost popularity and disappeared. Only Hitotsumono which brought a child or a doll into the performance remained in existence. The Hitotsumono was originally a medium, so its participation in a parade had no religious meaning. In the Modern Age, folklorists came to consider it as an image into which the divine spirit enters. The interpretation of the essence of the Hitotsumono shifted from that of its original secular existence (a type of performance in the parade) to a sacred one (an image into which the divine spirit enters); the latter is the commonly accepted opinion at the present. The Hitotsumono already existed in festivals in the Heian Period, together with Mikoshi (portable shrines). From the theological viewpoint, the question is why a god should have to rest on a separate image, though the god passes to Otabisho (the resting place) by a portable shrine? "Hitotsu" of the Hitotsumono is not a cardinal number, but an ordinal number. It seems to have two meanings; the Hitotsumono passes by first, and it is the most conspicuous. The essence of the Hitotsumono is the elegance of the procession, the divine presence, the divine visit, or passage, or parade.
著者
田中 共子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.61-75, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
22

ソーシャルスキルは,対人関係の形成・維持・発展に役立つ技能を指す心理学の概念であり,内容や機能に関する調査や実験が蓄積され,教育訓練の方法が発達している。異文化圏では,挨拶,主張,遠慮,社交辞令などの対人行動が未知であると,困難や誤解が生じる。そこで,文化的行動の背景や異文化交流の要領として,異文化圏での人付き合いに役立つ認知や行動を抽出し,社会的行動の学習を試みるのが,異文化間ソーシャルスキル学習である。本稿では,在日留学生を対象とした研究をもとに異文化適応とソーシャルスキルの関わりを論じ,この心理教育を異文化間教育として使う場合の概念枠組みと学習セッションの概略を紹介する。そして,将来的な研究課題を述べる。ソーシャルスキルが適応にどのように関わるのか,ホストとの対人関係形成,およびホスト文化への関わり方の観点から考察し,日本語教育との接点を探る。
著者
松倉 聡史 三戸 尚史
雑誌
名寄市立大学社会福祉学科研究紀要 (ISSN:21869669)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.13-29, 2018-12-28

社会福祉学を学ぶ学生にとって、しかも教職課程で高校公民の免許取得を目指す学生にとって、社会権の意義及び生存権の法的性格を学ぶことは福祉国家における人権思想の基礎を築くことになろう。憲法の生存権規定がどのような性格であるのかが真正面から争われたのが、朝日訴訟と呼ばれる事件である。朝日訴訟最高裁判決では、朝日茂の死亡によって生活保護受給権の一身専属性を理由に訴訟継承しうる余地はなしとし、その後の「なお、念のため・・・当裁判所意見を付加する」とする傍論ではプログラム規程説とされる見解が示されている。最高裁判決50周年を迎え、朝日訴訟の先例的な意義への注目度は薄くなっているかもしれない。しかしながら、朝日訴訟の「人間裁判」としての「人間に値する生存」を朝日茂の手記から考察し、防衛費予算に占める社会保障費の減少、生活保護世帯の増加等、当時と酷似する現代的意義を「朝日訴訟運動史」から考察する。
著者
大橋 則彦 新川 力 岡村 智之
出版者
一般社団法人映像情報メディア学会
雑誌
映像情報メディア学会技術報告 (ISSN:13426893)
巻号頁・発行日
vol.26, no.43, pp.17-20, 2002-06-27

弊社では、巨大なファイルサイズの画像を極めて高速に見ることができる画像表示の基礎技術「アイブラウザー」をテレビ番組に応用するため「ニュース・レポーティング・システム」(以降「NRS」と略す)の開発を行った。 NRSをタッチパネル付きモニターと組み合わせることにより、キャスター自らがモニターに表示された画像をインタラクティブに操作できるようになり、キャスターの個性溢れる演出が可能となった。実運用としては、毎朝オンエアされている「めざましテレビ」の新聞紹介コーナーで2001年4月から運用を開始し、簡単に新しい表現手法が実現できるシステムとして演出サイドからも高く評価されている。
出版者
日経BP社
雑誌
日経ビジネス (ISSN:00290491)
巻号頁・発行日
no.1475, pp.32-35, 2009-01-26

1月13日、2008年度第2次補正予算案が衆院本会議で、与党などの賛成多数で可決した。麻生太郎首相が昨年10月30日の記者会見で「生活対策」の目玉として打ち出した総額2兆円の定額給付金。2カ月半を経てようやく衆院は通過したが、参院で野党は審議拒否の構えで、実現のメドは立たない。 そんな遅々として進まない政治状況を横目に、同日の日経平均株価は422円安と4.8%の下落。
著者
松本 昂大
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.86-102, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
24

本稿では,移動動詞に係る格助詞「より」と「を」が,「起点」と「経路」のどちらを表すかを検討する。「より」「を」を承けるかどうかと,その助詞が「起点」と「経路」のどちらを表すかという観点から,移動動詞をA~D類の4種に分類した。A類の動詞は,「より」「を」を承け,「より」は「起点」と「経路」を表し,「を」は「起点」のみを表す。B類の動詞は「より」,C類の動詞は「を」,D類の動詞は「より」「を」を承け,それらはすべて「起点」のみを表す。D類の「出づ」は「出現」を表す場合は「より」,「出発」を表す場合は「を」と結びつくという傾向が見られ,「出現」はB類,「出発」はC類の動詞と意味的特徴が共通する。以上のことから,助詞の用法は移動動詞の意味的特徴によって決定されるということを主張する。