著者
遠藤 崇浩
出版者
公益社団法人 日本地下水学会
雑誌
地下水学会誌 (ISSN:09134182)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.227-239, 2021-11-01 (Released:2022-05-17)
参考文献数
39
被引用文献数
3

日本では地震被害が頻発するが,その度に飲用水あるいは生活用水の確保が大きな社会問題となっている。その方策は多岐にわたるが近ごろ非常時における地下水利用,いわゆる災害用井戸(防災井戸)が注目を集めている。主に河川水に依存する水道システムは水の長距離輸送を前提としていることが多い。しかしその関連施設は必ずしも耐震化されていないため地震被害に脆弱である。これに対して地下水は面として流動しているため需要地に近い資源であり,緊急時の代替水源として有望視されている。災害用井戸は過去の震災で活用された例があるが,日本全体でどれくらい普及しているのか調査されてこなかった。そこで本稿では国内1741市区町村の地域防災計画を基に,日本の災害用井戸の地域分布を明らかにした。
著者
平田 統一 喜多 一美
出版者
岩手大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2016-04-01

牛の定時人工授精プロトコールの卵胞成熟期にアルギニン5あるいは60g静脈投与することは受胎率を改善させる。このアルギニンの作用は、1)タンパク質同化の促進や血中アンモニアの解毒促進、血流量増加などを介して母体の妊孕性を改善すること、および2)卵胞や卵子成熟に直接影響することを介して発揮される可能性がある。アルギニン投与による牛の受胎率改善は、安価で、消費者に許容される安全な新しい繁殖技術となり得る。
著者
長谷部 政治
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.88-96, 2023-08-09 (Released:2023-08-30)
参考文献数
38

温帯地域では季節の移り変わりによって外部環境が劇的に変化する。このような四季が存在する地域の生物の多くは1日の日長変化から季節を読み取り,生理状態や行動を適切に調節している。体内で約24時間周期のリズムを刻む体内時計である概日時計が,この日長測定に重要な役割を果たしていると考えられている。一方で,情報処理の中枢である脳神経回路内で,概日時計に基づいた日長情報がどのような神経シグナルを介して伝達され,細胞レベルでどのような日長応答を起こしているのかは長年不明であった。著者らの研究グループは,明瞭な日長応答を示すカメムシなどの野外採集昆虫を用いて,細胞レベルでの生理学的解析とRNA干渉法による遺伝子発現操作解析を組み合わせることで,この概日時計に基づいた日長情報の神経処理機構の解明に取り組んできた。本稿ではまず,概日時計に基づいた日長測定機構のこれまでの研究の歴史について紹介する。続いて,近年著者らが生殖機能に明瞭な日長応答を示すホソヘリカメムシを用いて明らかにした,日長情報を伝達する神経シグナルとそれを受け取った生殖制御細胞での日長応答について紹介したい。
著者
Mizuki Matsunuma Fumihito Tashiro Hiroyuki Motomura
出版者
The Japanese Society of Systematic Zoology
雑誌
Species Diversity (ISSN:13421670)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.9-21, 2024-01-11 (Released:2024-01-11)
参考文献数
31

Pseudorhombus elevatus Ogilby, 1912 and P. quinquocellatus Weber and de Beaufort, 1929 (Teleostei: Paralichthyidae) are newly recorded from Japan, based on 35 and two specimens, respectively, from Okinawa Island, Ryukyu Islands. Although both species have previously been recorded from Taiwan, no Japanese records are known to date. Pseudorhombus elevatus is characterized, and readily distinguished from Japanese congeners, by numerous minute teeth on both jaws, three dark blotches along the straight section of the ocular-side trunk lateral line, and dorsal- and anal-fin ray numbers. Pseudorhombus quinquocellatus resembles P. pentophthalmus Günther, 1862 and P. oculocirris Amaoka, 1969, all sharing five dark ocelli on the ocular-side body (two pairs of ocelli above and below the lateral line plus a single ocellus on the posterior portion of the lateral line). However, the former is characterized by strong caniniform teeth on both jaws (vs. no strong caniniform teeth in P. pentophthalmus and P. oculocirris); fewer lower gill rakers (9–11 in Japanese specimens) (vs. 15–21); and two dark skin flaps along the gill opening below the pectoral-fin base (vs. absent). The status of the type specimens of P. quinquocellatus was also considered, all three being regarded as syntypes, in the absence of a formal lectotype proposal. New standard Japanese names, “Maru-ganzō-birame” and “Niten-ganzō-birame,” are proposed for P. elevatus and P. quinquocellatus, respectively, the name “Itsutsume-ganzō” now being referred to P. megalops Fowler, 1934.
著者
小島 伸枝 杉本 寿司 谷本 智美 藤井 美穂 伊藤 俊一
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H2-95_2, 2019 (Released:2019-08-20)

【目的】 腹横筋,腰部多裂筋,骨盤底筋,横隔膜の筋が作用することにより腹腔の円柱効果が得られ,腰椎骨盤領域の支持性が高まるという諸家の報告がある.これらを背景に体幹の動的安定性トレーニングとして骨盤底筋群へ,または骨盤底筋群と腹横筋等の協調した収縮を得るための介入に関する報告は少なくない.一方骨盤臓器脱は妊娠・出産や繰り返される腹圧上昇課題によって骨盤内臓器を支持する靭帯や筋が脆弱化することで発症する疾患とされる.このことから骨盤底筋群の機能不全を背景とした骨盤臓器脱(以下POP)患者の多くが,腰椎骨盤領域の支持性が低下することで腰部疾患既往をもつと考えられるが,本邦における報告は少ない.そこで今回我々は重症POP患者の腰部疾患の既往歴を調査したため報告する. 【方法】 対象は平成28年4月1日から平成29年12月31日までにPOP手術目的で当院女性総合診療センターに入院した患者のうち,書面同意が得られた182名とした.対象の年齢,治療期間(当院女性総合診療センターの外来初診日から手術日),BMI,POPの診断名,既往歴を診療録から後方視的に調査した.尚既往歴は入院時に看護師が問診により聴取したものである. 【結果】 対象者の平均年齢は69.0±7.61歳,平均治療期間は165±359日(range2-2206日),平均BMI24.3±3.0kg/m2であった.POPの診断名は子宮脱+膀胱瘤が63名,子宮脱55名,膀胱瘤40名,直腸瘤7名,膀胱瘤+直腸瘤5名,子宮脱+直腸瘤4名,POPとその他の疾患合併が8名であった. 腰部疾患既往がある対象者は10.9%(20名)であり,のべ数で腰椎椎間板ヘルニア3.8%(7名;子宮脱+膀胱瘤4名,子宮脱4名),腰部脊柱管狭窄症3.2%(6名;子宮脱+膀胱瘤2名,子宮脱4名),腰椎症0.5%(1名;子宮脱+膀胱瘤),腰椎すべり症1.6%(3名;子宮脱+膀胱瘤1名,子宮脱+直腸瘤1名,子宮脱1名)であった.その他腰椎圧迫骨折は3.8%(7名;子宮脱+膀胱瘤3名,子宮脱4名),後縦靭帯骨化症0.5%(1名;子宮脱+膀胱瘤)であった.  【考察】 本研究の対象者は手術目的での入院であり,骨盤底筋群の機能が破たんした時点(手術適応時点)での定点調査において腰椎疾患を既往にもつ対象は10%に留まった.腰椎疾患は前屈障害,伸展障害いずれの傾向もなく,下垂臓器にも偏りは認めなかった.このことから骨盤底筋群のトレーニングを含む体幹動的安定性への画一的な介入は,未だ議論の余地があると考える.一方POP手術は術式によっては載石位をとるため,既往歴の聴取は術後トラブル回避により入念に行われるが,問診では非特異的腰痛を有する患者を抽出できていない可能性があり追加検討が必要と考えている. 【倫理的配慮,説明と同意】この研究は個人が特定できない方法で公開すること、途中で研究不参加の意思を表明しても患者の不利益にならないことを説明し、本人に対し書面で同意を得た。
著者
西村 允
出版者
The Surface Finishing Society of Japan
雑誌
表面技術 (ISSN:09151869)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.181-185, 2000-02-01 (Released:2009-10-30)
参考文献数
10
被引用文献数
4 2
著者
Suchawan PORNSUKAROM Pansawut SUDJAIDEE Nattaya RATIPUNYAPORNKUM Thaveesuph TUNGJITPEANPONG Apaporn CHETTANAWANIT Chana AMORNTEPARAK Thanida SANANMUANG
出版者
JAPANESE SOCIETY OF VETERINARY SCIENCE
雑誌
Journal of Veterinary Medical Science (ISSN:09167250)
巻号頁・発行日
vol.85, no.12, pp.1341-1347, 2023 (Released:2023-12-27)
参考文献数
36

Rabbit oncology is gaining more attention as more pet rabbits are surviving beyond their normal lifespans. Due to the limited epidemiological information on pet rabbits’ tumors in Thailand, this study aimed to report the prevalence and the potential risk factors associated with tumors in pet rabbits in Thailand. From 2018 to 2022, 93 tissue biopsies from tumor-suspected lesions on pet rabbits were gathered from animal hospitals in Bangkok and Chonburi provinces, Thailand. According to histopathology confirmation, tumors and tumor-like lesions were diagnosed. In this study, the overall tumors were 67.74% (n=63) out of the submitted cases (n=93). The most commonly affected organ systems were reproduction (65.08%) and integumentary (22.22%). Rabbits older than 5 years were 3.85 times more likely to have reproductive tumors than younger rabbits (95% confidence interval (CI): 1.45–10.27, P≤0.01), and the most frequently occurring tumor type was uterine adenocarcinoma. Furthermore, male rabbits had a 17.02 times higher probability of developing cutaneous tumors than female rabbits (95% CI: 4.19–69.11, P≤0.001), and the most frequently occurring tumor type was soft tissue sarcoma. The results of this study thus suggested that the age and sex of the rabbits were potential risk factors for tumor development in Thailand. The knowledge gained from our study also provided the recommendation for owners to monitor their rabbits’ health annually, particularly after late middle age, and rendered guidance for tumor detection in practical clinics.
著者
益川 敏英
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.30, no.10, pp.730-732, 1975-10-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
6
著者
合原 一幸 村重 淳
出版者
The Robotics Society of Japan
雑誌
日本ロボット学会誌 (ISSN:02891824)
巻号頁・発行日
vol.15, no.8, pp.1098-1103, 1997-11-15 (Released:2010-08-25)
参考文献数
5
著者
河合 雅雄 ベケレ A. ワンジー C. 大沢 秀行 宮藤 浩子 岩本 俊孝 庄武 孝義 森 明雄 WANZIE Chris S. BEKELE Afework
出版者
(財)日本モンキーセンター
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1990

初年度は、エチオピア南部ワビシェベリ河流域で調査を行った。ワビシェベリ河に沿った地域でも雑種化が起こっている。雑種は、クラインをなしている。2種の境界域のマントヒヒ側では、はっきりした雑種(=両種が半々の雑種)域は狭いが、低い雑種化の程度で、広範囲に雑種化が起きている。それは、オトナのアヌビスヒヒ、あるいはアヌビスヒヒに近い雑種ヒヒが、ソリタリ-として非常に遠くまで移動しているためである。以上、アヌビスヒヒが、マントヒヒのオスのワン・メイル・ユニットを越えて、交雑するのは、困難だが、不可能ではないようだ。バレ地方のマントヒヒは、これまでのどの報告よりも高度の高い乾燥地帯(2400m)に生息しており、その高度はゲラダヒヒの生息域である。マントヒヒのアクティヴィティや食性を調べ、社会的適応過程に対する基礎的資料を得た。彼らは低地川辺林に棲む他のマントヒヒに比べ、遊動に長時間を費やしている。これは、高度が高く果実のなる木が少ないためで、それを求める移動である。これ以上の移動時間の増加は、社会行動を犠牲にすることであり、その意味でこの地は、彼らの社会の維持の限界である。今後、彼らの系統、生息環境への適応過程、あるいは、同所的に棲むゲラダヒヒとの棲み分けの問題を検討する上で、貴重な観察結果である。マントヒヒの群れの動きは、大きなまとまったグル-プを作って広範な地域を移動しており、ユニット単位に分解して、別々の地域へ出現することは非常に少なかった。しかし、一つの地域内で見れば、崖の下側、あるいは、崖の中腹での群れの広がりには、ワン・メイル・ユニットを含め、いろいろなサイズのグル-プの下部単位を見ることができた。さらに、マントヒヒの群れでの音声の分析から、社会構造を調べ、複雑な重層社会の様相を明らかにしつつある。平成3年度は、エチオピア南部の治安が悪く、調査が困難だった。そのため、マントヒヒと同じく重層社会をつくるゲラダヒヒをエチオピア北部で調査した。これは、我々が、エチオピア南部で発見したゲラダヒヒの新しいポピュレ-ションと北部のポピュレ-ションの比較するための基礎資料を得ることを目的としている。アジスアベバの北140kmの高地平原の東の端アボリアゲル村の崖に棲むゲラダヒヒの群れ(ショワ州)を調査した。群れは、1カ月半かけて人付けし、個体から5mの距離で観察できるようになった。158頭からなる群れで、これまで調べられたセミエン国立公園と較べ、オトナのオスの割合が著しく低かった。そのためワン・メイル・ユニット当たりのオトナのメスは、8頭程度で、これまでの2倍だった。これまでの観察とは異なり雄グル-プには、オトナのオスが含まれず、ワン・メイル・ユニットには、セカンド・オスもいなかった。さらに、1つのユニットは、オトナのオスを含まず、メスとこどもたちだけで構成され、オスなしユニットとして持続した。以上から、グラダヒヒのワン・メイル・ユニットを成立させている機構のうち、オス間の競合を取り去った場合を検討でき、その条件下での群れの社会構造の特徴を検討した。庄武孝義は、これまで血液サンプルが全く得られていなかった、アジスアベバの北800kmセミエン国立公園で、グラダヒヒの捕獲を行った。53頭の捕獲を行ったが、そのうち、43頭の血液サンプルを得ることができた。血液サンプルは、直ちにアジスアベバ大学の生物学教室に運び、赤血球、白血球、血漿に分離し、-20度Cで帰国時まで保存した後、凍結状態で日本に持ち帰った。ショワ州のゲラダヒヒとセミエンのものとは亜種が違うとされるが、今回得られたサンプルと、以前ショワ州のフィッチェで庄武が得た血液タンパク質の遺伝的変異の結果とを比較することで、ゲラダヒヒの地域集団の遺伝学的違いを検討する。大沢秀行は、カメル-ン国、サハラ南縁地域で、パタスモンキ-の社会行動、繁殖行動の研究を行った。群れ外オスによる盗み交尾およびその直後に加えられるハレム・オスによる精子混入、それに対する盗み交尾オスによる妨害など、繁殖をめぐるオス間の競争の実態を見た。以上、乾燥地帯でのワン・メイル・ユニット成立の基盤を明らかにした。
著者
周村 諭里 柳沢 昌義
出版者
学校法人 三幸学園 東京未来大学
雑誌
東京未来大学研究紀要 (ISSN:18825273)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.63-72, 2015-03-21 (Released:2018-12-14)
参考文献数
10

本研究は“女性にわかりやすい数学の教科書”の作成を目指し,第一段階として表紙のデザインと女性に好まれる登場人物のキャラクターを調査した。最初に近年よくみられる文庫本の表紙を参考に,a. 従来型,b. 女子学生の写真,c. 女子学生のイラストの3種類の表紙デザインの比較を行った。結果,全体的にaとbが好まれる傾向であった。特に,男性に比べて女性のイラストに対する評価は低かった。 次に,女性に好まれるキャラクターの特徴を調査した。結果は胸の強調されたイラストは男女ともに倦厭された。女性ではロングヘアの胸の小さなワンピース姿のキャラクターが高評価を得た。男性にはロングヘアで胸の小さいミニスカートのキャラクターが高評価であった。これらの結果から,マンガ教材に利用するキャラクターの好みには性差があることがわかった。そこで,女性向けの教科書には女性が好むキャラクターを利用することが効果的であると考えられる。
著者
金 鮮美 寺井 弘高 山下 太郎 猪股 邦宏
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.12, pp.805-810, 2022-12-05 (Released:2022-12-05)
参考文献数
32

超伝導量子ビットは,電子や原子,イオンや光子といった微視的粒子からなる量子ビットとは異なり,巨視的な電気回路上に発現する量子力学的重ね合わせ状態やエンタングルメントの制御を可能とした「人工原子」の一種である.これは主にアルミニウム(Al)ベースのジョセフソン接合により構成され,回路設計の改良や作製プロセスの改善・工夫など様々な研究を経て,コヒーレンス時間は20年程かけて当初のそれよりも約5桁向上した.しかしながら,超伝導量子ビットの心臓部であるジョセフソン接合には,酸化絶縁膜として非晶質酸化アルミニウム(AlOx)が含まれるため,そこに存在する欠陥二準位系がデコヒーレンス源として作用することが懸念されている.したがって,さらなるコヒーレンス時間の改善に向け,ジョセフソン接合材料の改良が必要不可欠と考えられる.このようなジョセフソン接合材料の筆頭候補となり得るのが,窒化物系超伝導体である窒化ニオブ(NbN)と絶縁膜となる窒化アルミニウム(AlN)の組み合わせである.エピタキシャル成長技術によって作製される全窒化物NbN/AlN/NbNジョセフソン接合では,絶縁膜として機能するAlNも結晶化しているため,非晶質AlOx中に存在するような欠陥二準位系に起因するデコヒーレンスの抑制が期待される.また,NbNの超伝導転移温度は約16 Kであり,Alのそれ(約1 K)と比較して一桁高いことから,Alベースの超伝導量子ビットよりも高温動作が期待できること,さらに,デコヒーレンス源の一つである準粒子の励起に高いエネルギーが必要となるため,その要因となる熱や赤外光に対する外乱に強固になると予想され,より安定動作可能な超伝導量子ビットの実現が期待できる.異種材料間におけるエピタキシャル成膜技術では,格子定数がほぼ等しいという条件が前提となる.つまり,NbN/AlN/ NbN接合を基板上にエピタキシャル成長させるためには,NbNとほぼ同じ格子定数を持つ酸化マグネシウム(MgO)基板を用いることがこれまでの定石であった.ところが,MgOは高周波領域における誘電損失が大きく,MgO基板上のNbN/AlN/NbN接合を用いた超伝導量子ビットでは,コヒーレンス時間が0.5 μs程度とMgO基板の誘電損失に大きく制限される結果となっていた.我々は,今回,この問題を解決するためにTiNバッファー層を用いることでシリコン基板上に全窒化物NbN/AlN/NbN接合からなる超伝導量子ビットを実現し,平均値としてエネルギー緩和時間(T1)16.3 μs,位相緩和時間(T2)21.5 μsのコヒーレンス時間を達成した.これはMgO基板上に作製された従来の全窒化物超伝導量子ビットと比較して,T1は約32倍,T2は約43倍と一桁以上の飛躍的な改善を示す結果である.窒化物系超伝導体薄膜のエピタキシャル成長技術と積層型ジョセフソン接合作製プロセスは,斜め蒸着によるAlベースのジョセフソン接合作製プロセスでは実現不可能な三次元積層構造も比較的容易に作製可能となり,高度な半導体プロセスとの相性も良いことから,量子回路の設計に大きな自由度と可能性をもたらすことが期待される.
著者
高田 訓 根本 隆一 滝沢 知由 沼崎 浩之 大野 朝也
出版者
一般社団法人 日本口蓋裂学会
雑誌
日本口蓋裂学会雑誌 (ISSN:03865185)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.35-41, 1996-01-31 (Released:2013-02-19)
参考文献数
20

これまで高齢者の未手術口蓋裂の鼻咽腔閉鎖機能を検索した報告は少なく,更に無歯顎者の鼻咽腔閉鎖不全症患者に発音補整装置を装着し治療を行った報告は殆どない.今回我々は,78歳の女性で無歯顎の口蓋裂未手術例に対し,スピーチエイドに類似した全部床義歯を装着し,装着前後の鼻咽腔閉鎖機能について検索した.その結果,1)Blowingでは呼気流量で約50%,呼気流出時間で約25%,最大呼気流量速度(PF)では約63%増加した.2)ファイバースコープ所見では,子音の一部で鼻咽腔閉鎖が認められるようになった.3)語音発語明瞭度は29.0%から58.0%に改善し,患者の十分な満足を得ることができた.
著者
片平 博文
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
地理学評論 (ISSN:00167444)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.1-17, 1980-01-01 (Released:2008-12-24)
参考文献数
30
被引用文献数
1 1

いわゆる集村化は,わが国の平安~室町期にかけて,広く展開した集落形成の特異な現象である.本報告のフィールドとした奈良盆地においても,そのことが確認された荘園村落は少なくない.そういったなかで鎌倉中期にあたる文永年間(1264~1275)に,すでに明確な集村形態を呈していた乙木荘は,かなりユニークな存在といえる.乙木荘における荘園の組織化は,少なくとも3次にわたってなされ,その時期は平安末~鎌倉初期を大きくはずれるものでないことを,筆者はすでに報告した.その結果に基づいて,屋敷地の分析を行なったところ,乙木荘は,最初から集村形態を呈していたのではなく,初期には小村ないし疎集村と呼ぼれるべき形態をとっており,それが数次の段階を経て集村を形成するに至ったことが判明した.またその時期については,当荘の組織化が結果的にいわゆる均等名形態をともなっているとみなされることから,平安末~鎌倉初期の可能性が強い.さらに荘園村落の発達過程の背後には,耕地の影響が作用しているものと考えられる.