著者
嶋田 佳子 安原 亜美 西藤 有希奈 天ヶ瀬 紀久子 安井 裕之
雑誌
日本薬学会第141年会(広島)
巻号頁・発行日
2021-02-01

【緒言】炎症性腸疾患(IBD)は慢性の炎症性疾患であり、近年では罹患率が上昇している。IBD患者は低亜鉛血症を起こすと報告されており、亜鉛の経口摂取による予防や治療が想定される。亜鉛を疾患部位まで送達するため、消化酵素で分解されない多糖類であるアガベイヌリン(AI)を配位子に用いた。AIは分子内に複数のヒドロキシ基を有するため、亜鉛イオンと高分子錯体を形成したキャリアとして消化管内を移動し、大腸まで到達すると考えた。そこで、潰瘍性大腸炎モデルマウスを用いて酢酸亜鉛とAIの合剤による治療効果を検討した。【方法】2%のデキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を雄性Balb/cマウスに7日間飲水投与した。DSS 投与日から酢酸亜鉛20 mg/kg/day、アガベイヌリン1.0 g/kg/dayの同時経口投与を開始した。DAIを用いて大腸炎の重症度を評価した。マウスを安楽死後に大腸を採取し病理学的評価に供した。ELISA法により大腸組織中のIL-1βを測定した。ICP-MSにより血漿および大腸組織中の金属を定量した。また、ドライケミストリーにより血漿中ALP活性を測定した。【結果・考察】治療効果は、酢酸亜鉛とAIを併用している群>AI群>酢酸亜鉛群の順であった。血漿及び組織中の亜鉛濃度から、AIは大腸部位まで亜鉛を送達している可能性を示した。炎症時の内因性亜鉛は損傷部位へ集積しており、他組織からの亜鉛の再分布が示唆された。これと符合して、血漿中ALP活性も大きく低下していた。一方、治療群では外因性亜鉛が損傷治癒に消費されるため、内因性亜鉛は変動せずALP活性は維持されていた。以上から、潰瘍性大腸炎の発症から進展の過程で、体内亜鉛の一部は損傷治癒に消費されるため、亜鉛を大腸部位へ効率的に送達させれば、潰瘍性大腸炎の治療効果を高められることが示された。
著者
河野 誠也 吉野 幸一郎 中村 哲
出版者
人工知能学会
雑誌
2019年度 人工知能学会全国大会(第33回)
巻号頁・発行日
2019-04-08

対話行為とは,話者が発話において持つ何かしらの「意図」あるいは発話における「機能」であり,その意図や機能の種類として対話行為タグが定義される.対話行為は,対話モデルにおける基本単位の一つとして利用されてきており,特に近年,対話における発話間の相互作用をモデル化する上で有用であることが知られている.しかし,近年広く用いられているニューラル対話モデル (Neural Conversation Model; NCM) では,こうした対話行為によってシステム発話を明示的に操作することが困難である.そこで本研究では,システム応答が持つ対話行為の情報を条件として用いた敵対的生成学習の枠組みをNCMに導入する.具体的には,与えられた対話行為に基づいて応答を生成するGeneratorと,Generatorが生成した応答が指定した対話行為に基づいた適切なものであるかを判別するDiscriminatorを構築し,これらの2つのモデルを交互に敵対的に訓練する.このような学習の枠組みの導入により,NCMが任意の対話行為に基づいた適切な応答を生成することが可能かどうかの評価を行った.
著者
鈴木 康弘 渡辺 満久 中田 高
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2016年大会
巻号頁・発行日
2016-05-17

1. はじめに2016年熊本地震は、既知の活断層の活動により引き起こされた、1995年兵庫県南部地震に匹敵するM7.3の直下地震(活断層地震)である。地震本部による活断層評価により、その地震発生は長期予測されていたと言えないことはないが、①地震発生そのもの、②局所的な被害集中、③地震断層の出現において、予測通りであったとは言いがたい点が多い。局所的かつ甚大な被害は改めて活断層地震の脅威を再認識させるものであり、従来の予測の問題点や限界を確認し、今後の地震防災に活かすべき教訓は非常に多い。2. 活断層評価の問題今回の地震の震源となった活断層は、地震本部により2002年と2013年の二度にわたって長期評価されている。2002年の評価では阿蘇から八代海にかけて伸びる延長100kmの断層を一連の活断層ととらえ、布田川・日奈久断層と呼んだ。これに対し、2013年の評価では、熊本平野内の地下探査結果を重視して、布田川断層は阿蘇から宇土半島の方向へ伸びるとし、一方、益城町砥川付近から八代海までを日奈久断層と改称した。一方、国土地理院の都市圏活断層図では、布田川断層の変位地形は砥川より南方へスムーズにつながることから、布田川断層の範囲を南阿蘇村付近から甲佐町白旗付近までとした(すなわち2013年評価において「高野-白旗区間」としたものの帰属をめぐり複数の見解が示されていた)。活断層評価における断層名は長期評価の一環であることから、地震発生によりどれが適切であったかが検証されるべきである。2016年熊本地震は、2002年の評価に基づけば、4/14、4/16ともに布田川・日奈久断層の「北東部」(地震本部,2002)が連続的に活動して起こしたものということになる。一方、2013年の評価によれば、4/14に日奈久断層の最北部の一部(高野-白旗区間)が、4/16に布田川断層の一部(布田川区間)が活動したという言い方になる。別々の断層の2区間が不規則に連動したという見方よりも、ひとつの断層が一連の地震活動を起こしたとする方が理解しやすい。4/14の地震では地震断層が出現していないことから、高野-白旗区間の固有地震と見ることは困難である。なぜなら固有地震はそもそも地表の断層痕跡により認定されるものであるから。また、4/14の地震を「ひとまわり小さな地震」と認識すれば、固有地震が起こる可能性をより多くの研究者が指摘できたかもしれない。3. 断層分岐形状と震源位置の不一致地震断層のトレースの分岐は、益城町最北部(杉堂付近)より西では西へ、東では東へ向かう傾向がある。そのため、震源が益城町より西にあるとする気象庁の結果とは整合しない。とくに後述する益城町堂園から益城町市街地へ伸びる分岐断層は主断層のトレースから西の方向へ向かって分岐しており、これより西に震源があると布田川断層の地震断層トレースの出現を説明できない。断層に沿う破壊伝播が震源から連続的に進行したわけではなかった可能性を考慮する必要がある。4. 強震動の問題震度7を二度記録した益城町では、4/16の地震時の建物被害が著しい。激甚被害域は東西に伸び、南北幅1km程度の「震災の帯」を呈している。耐震性が乏しくない建物までもが壊滅的な被害を被っていることがあり、「震災の帯」の中に後述の地震断層が見出され、その活動が被害拡大に寄与している可能性が高い。布田川断層沿いはいずれも壊滅的な被害を受け、その範囲も断層沿いの幅およそ1km程度に限定される。活断層直上の建物は悉く全壊し、近傍においても強震動と地盤破壊による建物被害が著しい。阿蘇カルデラ内の南阿蘇村においては地震断層が複数併走し、地震断層直上および近傍ではほとんどの建物が倒壊して多くの犠牲者を出した。また少なくとも5台の自動車が北~北西方向へ横倒しとなった。この現象は阪神淡路大震災でも確認されなかったことであり、横ずれ断層に伴う断層直交方向のS波により転倒したと推定される。南阿蘇村に集中する大規模な斜面崩壊の引き金にもなったと思われる。5. 分岐断層(副断層)の問題布田川・日奈久断層の位置は「都市圏活断層図」(国土地理院)に詳細に示され、大半の地震断層は活断層線上に現れた。しかし、地図上に示されていない副次的な断層が現れた箇所も多い。とくに益城町堂園から益城町宮園へ総延長4kmの地震断層が現れ、益城町市街地に甚大な被害を与えた。大半が沖積地内にあるため変動地形学的手法が適用しづらかったためもあるが、台地を切る部分においても変位地形は明瞭ではない。そのことから、副次的な断層の活動性が低かった可能性がある。なお「新編日本の活断層」にはほぼこの位置に確実度Ⅱの木山断層が示されている。これとの関連も検討する必要がある。これ以外にも、副次的な断層が複雑な分布を呈した。主断層は右ずれであったが、共役の左横ずれ断層も出現した。こうした複雑さは事前に考慮できていなかった。6. 防災上の教訓活断層評価において、断層のセグメンテーションとグルーピングを再検討する必要がある。変位地形が連続する活断層を便宜的に細分することは適切ではない。強震動予測においては、震度7の分布を再現できるかを検討する必要がある。果たして「浅部は強震動を出さない」とする従来の強震動シミュレーションモデルで説明可能であろうか? 浅部が強震動を発生させたと考えるべき事例は2014年神城断層地震にもある。こうした検討のためにも、震度7の分布が公式に示される必要がある。震度7の地域では特別な地震対策が求められるため、今後の防災においては震度7になり得る地域を指定する必要がある。「強い地震はどこでも起きる」と安易に言うことはミスリードになりかねない。分岐断層が事前に評価できなかった原因を検証することも重要である。活断層の事前認定は防災上重要であり、「都市圏活断層図」等、広域的な一般防災のレベルにおける状況と改善策を明らかにする必要がある。一方、原発安全審査における活断層評価は、さらに厳密さが求められる。原発建設時の地質学的手法により敷地内および周辺に見出される断層について、今回の分岐断層のようなものを「将来活動する可能性のある断層」として判定できたか否か検証することが求められる。現在の規制基準が、活動性を明確に判断できない曖昧さを持っている場合にはこれを改訂することも検討すべきであろう。
著者
宮下 敦 村上 浩康 藤田 渉 力田 正一 市川 孝 関谷 友彦
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-07-04

群馬県下仁田町の中小坂鉱山は,明治初期に製鉄が行われた近代産業遺産であるとともに,高品位の磁鉄鉱鉱石を産する下仁田ジオパークのジオサイトであるが,その鉱床学的成因は不明であった. この磁鉄鉱鉱床は,中央構造線に比定されている大北野-岩山線の北側にあり,ジュラ紀付加体であるとされる南蛇井層と70 Maの領家帯平滑花崗岩中に胚胎される,小規模だが高品位の鉄鉱床である.磁鉄鉱鉱石は,アクチノ閃石もしくは加水黒雲母+緑泥石からなり炭酸塩鉱物脈を伴う変質帯中に,レンズ状から脈状の鉱体として産する.磁鉄鉱は3 wt.%に達するケイ素を含み,塩素を含む自形の燐灰石の微粒をしばしば包有している(Fig. 1).磁鉄鉱鉱石に伴う硫化物はごくわずかで,主に磁硫鉄鉱からなり,低硫黄分圧を示唆している,また,しばしば砒鉄鉱と硫砒鉄鉱の複合粒を伴い,その場合硫砒鉄鉱中の砒素量は約36 mol.%と高い.また,磁鉄鉱に伴う蛍石細脈中の初生流体包有物充填温度は500℃以上と,熱水鉱床としては高い生成温度を示す.磁鉄鉱に伴うアクチノ閃石,加水黒雲母,緑泥石も最大1 wt.%の塩素を含むことが特徴である.また,変質帯中にはミョウバン石やカオリナイトなどの酸性を特徴づける変質鉱物は伴わない. 大規模な構造線に近い地質体中に,500℃を超える高温の中性~アルカリ性変質帯があり,その中に燐灰石を伴う高純度の磁鉄鉱が産する産状は,中小坂鉱山の磁鉄鉱鉱床が酸化鉄-燐灰石(IOAもしくはキルナ)型であることを強く示唆する.また,地質状況から見て形成年代は70Maより若く,磁鉄鉱-燐灰石(IOA)型としては世界的に見ても若い鉱床形成年代を持つ可能性がある.
著者
村上 浩康 宮下 敦
雑誌
JpGU-AGU Joint Meeting 2020
巻号頁・発行日
2020-07-04

群馬県下仁田町の中小坂鉱山は,明治初期に製鉄が行われた近代産業遺産であるとともに,高品位の磁鉄鉱鉱石を産する下仁田ジオパークのジオサイトである.今回,中小坂鉱山の鉱体では,磁鉄鉱の包有物として,少量で微細ではあるが普遍的に燐灰石自形結晶が観察された.この燐灰石は,磁鉄鉱周辺の変質鉱物と同じく塩素を含み,磁鉄鉱鉱化作用によって生じたものである.加えて,大規模な構造線に近い地質体中に,500℃を超える高温の中性~アルカリ性変質帯があり,その中に燐灰石を伴う磁鉄鉱が産する産状は,中小坂鉱山の磁鉄鉱鉱床が酸化鉄-燐灰石(IOAもしくはキルナ)型であることを強く示唆する.この日本でのIOA(Iron-Oxide Apatite もしくはキルナ)型鉱床の存在を示唆する中小坂の研究成果に加えて,酸化鉄型(IOAおよびIOCG)の鉱床は,先カンブリア時代から中生代にかけて世界各地で発見されていることを踏まえ,日本における磁鉄鉱を産する熱水性鉱床を対象とし,酸化鉄型銅・金(IOCG)鉱床存在の可能性について再検討した.まず,中小坂鉱山の近傍には,埼玉県秩父鉱山中津鉱床の含金スカルンと含塩素アパタイトを伴う磁鉄鉱鉱体 や,長野県甲武信鉱山の含金スカルンと砒鉄鉱を伴う磁鉄鉱鉱体があり,これらも酸化鉄-銅-金型(IOCG型)で ある可能性を検討する必要があると考えられる.更に,酸化鉄型(IOAおよびIOCG)の鉱床は,従来の酸化鉄メルトの固結によるとする火成起源説(所謂,磁鉄鉱溶岩説)に比べ,近年,構造帯中での高温の鉄-塩化物流体による熱水起源説が有力になりつつあり,希土類資源としても注目を集めている.今回の研究成果を踏まえ,釜石や足尾などを含めた日本国内の磁鉄鉱を産する鉱床にも対象を広げ,磁鉄鉱鉱石中の燐灰石の有無やそれらの化学組成に基づく,日本における新しいメタロジェニーを提案したい.また,これらの鉱床の形成温度・圧力,形成深度,Cu/Au含有量比を再検討した上で,日本での巨大銅鉱床発見の可能性を探る.
著者
森永康子 大渕憲一# 池上知子 高史明# 吉田寿夫 伊住継行
出版者
日本教育心理学会
雑誌
日本教育心理学会第61回総会
巻号頁・発行日
2019-08-29

社会心理学分野でも学校現場でも,「差別」をなくそうという試みは長い間続いている。しかしながら,「差別」はそうした努力をあざ笑うかのように,時代とともにそのターゲットや形を変えながら,連綿と存在している。このシンポジウムでは,今一度,基本に戻り,そもそも人はなぜ公正になれないのか,そして,なぜ差別がなくならないのかを考え,形を変えた現代の差別の特徴をもとに,「差別」を学校現場でどのように扱うことができるのかを考えてみたい。公正感の起源と差別大渕憲一 心理学では,自己利益を基本的動機付けと仮定する合理的人間観に立って仮説を立て,研究を進めてきたが,人間の感情や行動がこれ以外の関心によっても規定されることを示す証拠は少なくない。例えば,報酬分配の経済行動ゲームにおいて「好きなように分配していい」と言われているにもかかわらず,分配者は自分の取り分を減らしてまでパートナーと半々に分けようとするし,パートナーもまたそれを期待する。こうした行動は,人々が「人は公平に扱わなければいけない」「自分も人から公平に扱われたい」という公正関心を持っていることを示唆している。子どもたちに対して経済行動ゲームを模した実験を実施した発達心理学者たちは,学童期の子どもたちの行動には公正関心の実質的影響が見られることを示してきた(Fehr et al., 2008)。更に,近年は霊長類を被験体にした類似の実験も試みられ,普段から群れを成して暮らし,採食や防御に協力しあう種においては公正感に基づくと解釈される行動が観察されるとの報告がある(Horner et al., 2011)。これらの知見は,仲間を平等に扱おうとし,また自分が不平等に扱われることには反発するという公正関心がかなり原初的なものであることを示唆している。公正関心の起源を探るこうした研究者たちは,これを仲間同士の協力関係の形成・維持のために進化した心的特性であるとみなしている(Brosnan & de Waal, 2014)。人間や霊長類には血族関係を超えた協力行動が見られ,それは個体の生存と種族の保存にとって有益なものである。しかし,協力関係の維持には資源の適正配分が必要で,コストを負担せず利益だけを享受(ただ乗り)しようとする利己的個体は協力関係から排除される。排斥を避け,協力的であるとの評判を維持するために,個体には協力行動が必要とされる場面以外でも仲間を公平に扱おうとする志向性が発達したとされる。この論に従うなら,公正関心は本来,協力関係を形成しうる仲間に対して向けられるものである。実際,Fehrたちによると,スイスの子どもたちは,同じ施設の顔見知りの子どもたちに対しては平等分配を選択する割合が高かった。このことは,子どもたちが仲間以外を不平等に扱うことには余り抵抗を感じないことを示しており,そこに差別的行動を生み出す心理的素地を見て取ることができる。しかし一方で,公正関心は,他者の期待や不満を察知するという認知能力の発達を基盤にしており,それは仲間という社会的範疇を超えて公正関心が拡張される可能性を示唆するもので,差別を乗り越えるこうした観点からの実証研究と議論が期待される。差別はなぜなくならないのか:平等主義のパラドクス池上知子 2016年7月に起きた相模原事件は,社会に遍在するさまざまな差別・偏見問題の解消をめざして,これまで積み上げてきた営みを根底から覆されたような暗澹たる思いをわれわれにもたらした。それは,半世紀を優に超えるはるか以前に明確に否定されたはずの思想,差別の正当化につながりかねない危うい思想を彷彿させる事件であったからであろう。また,人権教育が行き届き,平等主義的価値観が共有されているはずの現代社会においても,ことあるごとに物議を醸す差別的言動が日常的に頻発している。このような現実を前にすると,人間社会から差別をなくすこと,もしくは人々の心の中から差別意識や差別感情を取り除くことがいかに困難であるかを痛感させられる。 社会心理学は,その黎明期より差別・偏見問題にさまざまな角度からアプローチしてきたが,そこで示される知見も総じて悲観論が優勢である。池上(2014)は,これまでの社会心理学が差別・偏見問題にどのように向き合ってきたかを振り返り,なぜ悲観論に傾きがちになるのかを考察している。そこでは,差別・偏見の解消がむづかしいのは,「差別的行動や偏見に基づく思考は,人間が環境への適応のために獲得した正常な心理機能に根差していること,その機能はわれわれの意識を超えた形で働くため,これを統制することがきわめて困難」(133頁『要約』より)であるからだと指摘している。加えて,「それにもかかわらず,社会心理学はそれらを意識的に制御することを推奨してきたことが,問題をさらに複雑にする結果となっている」(133頁 『要約』より)と論じている。換言すれば,偏見や差別は,人間にとって根源的欲求である認識論的欲求や自尊欲求の充足のために,また情報処理の効率化のために編み出された種々の心理機制(社会的カテゴリー化や集団自己同一視,二重処理システム等)の必然的帰結とも言える。このことは,個人の倫理観や道徳感情に訴えかける平等主義教育には限界があり,場合によっては,逆効果すらもたらしかねないことを意味している。本報告では,そうした議論を踏まえつつ,それでもなお,問題の解決に向けて前へ進むためにはどのような手立てがあるかを考えてみる。池上(2014)では,楽観的見通しを与えてくれる研究動向として,潜在認知の変容可能性と間接接触の功用を挙げているが,それらに共通するのは,人間の本性に抗うことなく自然に寄り添う形での介入の有効性を示唆している点である。本報告では,差別・偏見研究が悲観論から楽観論へ転換する契機について,報告者自身がかかわっている研究例を交えながら議論したい。引用文献池上知子(2014)差別・偏見研究の変遷と新たな展開-悲観論から楽観論へ- 教育心理学年報, 53, 133-146.新しい偏見とヘイトスピーチ(差別扇動表現)高 史明 近年の日本では,在日コリアン(日本に居住する韓国・朝鮮籍の人々)など外国籍住民に対するヘイトスピーチ(差別扇動表現)が氾濫し,深刻な社会問題となっている。こうした事態を受けて,2016年には「ヘイトスピーチ対策法」(「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」)が成立・施行された。この法律は,国および地方公共団体に対して,「本邦外出身者に対する不当な差別的言動を解消するための教育活動を実施するとともに,そのために必要な取組を行うよう努める」ことを課している。こうした状況において,教育に携わる者には,外国籍住民に対する偏見や差別がどのような形で表れるのか,どのように獲得されあるいは伝達されるのかといった知識が今まで以上に求められるようになっている。 そこで発表者はまず,アメリカでの黒人に対する人種偏見の研究の中で提唱された「現代的レイシズム」に特に注目し,現代社会における人種・民族偏見の様相を論じる。このレイシズムは,①差別は既に存在しない,②したがって黒人が低い経済的地位に留め置かれているのは差別のためではなく本人たちの努力不足によるものである,③にもかかわらず黒人はありもしない差別に対する抗議を続け,④不当な特権をせしめている,という4つの相互に関連する信念にもとづいている。こうしたレイシズムは,人権教育の場面でおそらく想定されている種類の露骨なレイシズム(「黒人は劣っている」といった信念にもとづくもの)とは異なるものである。 また,「現代的レイシズム」は黒人に対する偏見を捉えるために提唱された概念であるが,その後,女性や性的マイノリティに対してもそれに相似する偏見が存在することが示されている。「現代的偏見」と総称されるこれらの偏見は,低い地位に置かれてきた様々なマイノリティの権利が伸張したときにマジョリティが抱く反感と,それにもとづく差別的言説を捉える上で非常に有用である。 これらの現象についての先行研究を踏まえた上で,ヘイトスピーチの問題に対して学校教育は何ができるのかを論じる。
著者
林 能成
出版者
日本地球惑星科学連合
雑誌
日本地球惑星科学連合2019年大会
巻号頁・発行日
2019-03-14

地震災害軽減において、地震予知への社会的な期待は極めて大きい。公的機関による大規模な地殻活動の観測を根拠にするものから、民間による根拠不明な予言レベルのものまで、多くの地震予知がかなり昔から試みられているが、現実には予知率、的中率、警報期間の3つ全てを実用レベルで実現しているものはない(泊, 2015)。国として進められてきた東海地震の予知と大震法に基づく社会規制という体制は、ターゲットとする地震を南海トラフ全体に広げる検討の中で後退し、2017年11月から「南海トラフ地震に関連する情報(臨時)」による控え目な対応へと変更された。現在、市民、企業、行政などで行動指針の策定が試みられているが、事前に出される可能性がある情報についての予知率や的中率に関する共通認識が得られているとは言い難く、非常に厳格な社会規制や対応が真面目に検討される場面が少なくない。また地震研究者の間でも、地震予知の実現可能性についての認識には幅があり、大地震に先行する現象がそもそも存在しないと考える者もあれば、観測や判定に関する知見が不足していると考える者もいるなど多様性がある。そこで地震前予測情報についての地震研究者の総合的な認識を明らかにするためのアンケート調査を行なった。アンケートでは地震の事前予測ができる、できないという単純な聞き方ではなく、地震予測情報を発表に至るまでのプロセスを以下の4段階に分解したのが特徴である。4段階とは、(1)地震に先行する現象の有無、(2)その現象の観測可能性、(3)観測された事象を異常と判定できる可能性、(4)異常と判定された場合に社会に向けて発表できるか否かで、各研究者の認識を0%から100%まで10%きざみの数値で回答を求めた。さらに、地震前に情報が出された場合に、市民が制限のある生活に耐えらられる期間に地震が起こる確率(的中率)についても、同様に0%から100%まで10%きざみの数値で回答を求めた。ほとんどの研究者はこれらの数字を判断する上で明確な科学的根拠を持っているわけではないが、地震に関する調査・研究を長年進めてきた経験に基づく相場観を聞いた形である。対象とした研究者は日本地震学会の理事、代議員、合計129名で、このうちの90名から回答を得た。地震学会の代議員は会員による選挙で選出されるため、同分野の中で一定の見識を持っている研究者が選ばれていると考えることができる。アンケートへの回答は2018年の日本地震学会秋季大会の会場において対面で依頼することを基本とし、それが不可能だった人にはメールによって回答を求めた。暫定的な集計結果では、情報を発表に至るまでの4段階いずれにおいても0%から100%まで回答には幅があり、地震学者の中でも地震の事前発生予測に多様な認識があることが明らかになった。各段階の平均値は(1)「現象の有無」47%、(2)「観測の可否」47%、(3)「判定の可否」28%、(4)「発表の可否」41%となり、判定を難しいと考える研究者が多い傾向にある。しかし、全ての回答が平均値に近い研究者は少なく、専門分野やこれまでの研究経験によって、4段階のどこが難しいと考えるかには明瞭な違いが見られた。観測に基づく地震の事前予測を行い、その警報を社会に発表するためには、この4段階全てを成功させる必要がある。そこで各研究者の4段階の回答全てをかけ合わせた数字を求めたところ平均値は6%という値になった。これは市民や行政が期待している値よりも低い(たとえば、静岡新聞, 2018)。また情報が発表された時に、地震が起きる確率(的中率)の平均値は22%であった。当日の発表では平均値だけではわからない、回答のばらつきも踏まえた解析結果を示す。多くの専門家は科学的誠実さにもとづいて「実用的な地震予知ができる可能性は低い」とこれまで述べてきたが、その真意は必ずしも社会には伝わってこなかった。受け止める側では、「低い=0ではない」=「0でないなら対策を決めなければならない」=「想定される地震の被害は大きいので厳重な警戒が必要」となり、地震が発生しなかった場合を考慮しない厳重な対応策を選択しがちであった。この種の情報を使いこなすためには、市民感覚に比べて極めて低い予知率、的中率で、さらに長い警報期間を前提にした、無理のない対応策の検討が求められる。
著者
酒本 隆太 ホ エルデン 市川 佳彦
出版者
人工知能学会
雑誌
2019年度 人工知能学会全国大会(第33回)
巻号頁・発行日
2019-04-08

本研究ではビットコインにとってのヘッジとSafe Haven資産を分析する。ビットコインはその高い変動性から近年大きな注目は集めている。ファイナンス研究としてはその代替資産としての性質に注目が集まっており、株や債券のリスクを分散するためにビットコインを利用するという前提でのアプローチが取られている。一方、本研究ではビットコイン投資家の立場を取り、どのようにビットコインのリスクをコントロールすればよいかという点に焦点を当てる。我々は厳密なヘッジ、Safe Havenの定義を用いて、さらに弱いヘッジとSafe Havenと強いヘッジとSafe Havenも区別する。本研究の分析では国際株式や国際債券といった伝統的な資産はビットコインにとって、弱いヘッジ資産となることがわかった。さらにビットコイン相場の下落時には金が強いヘッジ資産となることがわかったが、その数字的なインパクトは限定的なものとなった。我々の長期、あるいはビットコインの下落時に強いSafe Havenとなる資産は存在しなかった。これはビットコイン投資家にとっての下落相場でリスクマネジメントすることの難しさを示唆する。