著者
高村 優作 大松 聡子 今西 麻帆 田中 幸平 万治 淳史 生野 公貴 加辺 憲人 富永 孝紀 阿部 浩明 森岡 周 河島 則天
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0985, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】近年の研究成果の蓄積により,脳卒中後に生じる半側空間無視(Unilateral spatial neglect,以下,USN)の病態が,視覚情報処理プロセスにおける受動的注意の停滞を基盤として生じていることが明らかにされてきた。BIT行動性無視検査(Behavioral inattention test,以下,BIT)は,包括的かつ詳細な無視症状の把握が可能である一方で,能動的注意による課題実施の配分が多く,上記の受動的注意の要素を把握・評価することに困難がある。本研究では,PCディスプレイ上に配置されたオブジェクトを,①能動的(任意順序の選択),②受動的(点滅による反応選択)に選択する課題を作成し,双方の成績の対比的評価から無視症状の特徴を捉えるとともに,受動課題における選択反応時間の空間分布特性から無視症状と注意障害の関連性を捉える新たな評価方法の考案を試みた。【方法】発症後180日以内の右半球損傷患者66名を対象とし,BIT通常検査のカットオフ値(131点)を基準にUSN群(n=32),USNのない右半球損傷RHD群(n=34)の2群に分類した。対象者はPCディスプレイ上に配置した縦7×横5行,計35個のオブジェクトに右示指にてタッチし選択する課題を実施した。能動的選択課題として,任意順序によるオブジェクト選択を実施し,非選択数(count of miss-selection:cMS)を能動的注意機能の評価変数として用いた。受動的選択課題として,ランダムな順序で点滅するオブジェクトに対する選択反応時間(RT)を計測し,平均反応時間(RTmean)と左右比(L/Rratio)を,それぞれ全般的注意機能および受動的注意機能の評価変数として用いた。【結果】cMSおよびL/RratioはRHD群と比較してUSN群で有意に高値を示した。一方で,両変数間には相関関係は認められず,USN群における両変数の分布特性をみると,①cMSが少ないにも関わらずL/Rratioが大きい症例,②cMSが多いにも関わらずL/Rratioが小さい症例などが特徴的に分布していることが明らかとなった。①に該当する症例は,代償戦略により能動探索が可能であるが,受動課題では無視の残存が明確となるケースと考えられる。また,RHD群にはBIT通常検査のカットオフ値を上回るものの,無視症状が残存している症例が複数含まれているが,これら症例群は,上記①と同様にcMSは他のRHD群と同様に少ない一方で,L/Rratioが大きい傾向を認めた。②に該当する症例ではcMSの増加に加えてRTmeanの遅延を認め,無視症状に加えて全般性注意障害の影響が随伴しているものと考えられた。【結論】今回考案した評価方法では,能動的/受動的選択課題の対比的評価から,無視症状の特性把握が可能であり,加えて受動課題で得られる反応時間の空間分布の結果から,全般性注意機能と無視症状の関係性を捉えることが可能性であった。
著者
大坂 まどか 富永 孝紀 今西 麻帆 河島 則天 森岡 周
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.41 Suppl. No.2 (第49回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0387, 2014 (Released:2014-05-09)

【目的】半側空間無視(USN)の回復については,空間無視の存在を認識していない段階から,その存在を認識した上で意識的な注意の制御を行う過程,そして最終的に無意識的に制御するといった段階があるとされている(富永2006)。一方,回復段階においては,どのような視覚情報処理の変化が生じるかについて検証した報告は少ない。本報告では,USN症例における眼球運動と到達運動を行う際の視覚情報処理の変化について評価し,BIT行動性無視検査(BIT)を用いてUSN重症度との関係性を検証した。【方法】対象は,症例1:右中大脳動脈領域の広範な脳梗塞を呈した40歳代男性,症例2:右被殻出血の40歳代女性,症例3:右後頭-頭頂葉出血の70歳代男性,症例4:右中大脳動脈領域の広範な脳梗塞を呈した60歳代男性であった。4症例のBITの点数(通常検査/行動検査)は,症例1から40/7点,69/16点,77/28点,110/54点であり,USNを認めた。視空間処理の評価には,河島ら(2012)によって考案,開発されたアイトラッカー内蔵型タッチパネルPC(Tobii社製)を用いた。PC画面上には35個(縦7列,横5行)のオブジェクトが等間隔に配置され,ランダムな順序で5秒間点滅する。点滅するオブジェクトに対して手指にて接触,または0.5秒間注視することで点滅を解除することが可能であり,オブジェクトごとの点滅開始から解除までに要した時間と点滅解除の可否,課題遂行中の眼球運動の軌跡を記録することが可能である。対象者には,PCの正面に座位姿勢をとり,点滅するオブジェクトに対して,右示指にて接触(課題1)または注視(課題2)し,点滅を解除する課題を実施した。視覚情報処理の分析は,各課題中のオブジェクトの点滅解除の可否,課題2における眼球運動の軌跡を用いて検証した。【説明と同意】本研究は,村田病院臨床研究倫理審査委員会の公認を得て十分な説明を実施し,書面にて同意を得られた症例に行った。【結果】オブジェクトの列の表記は,縦7列のうち,中央の列をS0とし,S0から右側へR1,R2,R3,左側へL1,L2,L3と表す。眼球運動の軌跡は,S0を0cmとし,L3を-13cm,R3を13cmとした範囲で表す。課題1において,症例1はL1,L2,L3に加えてS0が,症例2はL3の抹消ができず,症例3はL3まで到達可能も,L3で2個抹消不可能なオブジェクトが存在した。症例4は全てのオブジェクトの抹消が可能であった。課題2は,症例1はL1,L2,L3に加えてS0が,症例2はL1,L2,L3に加えてS0の4個が抹消不可能であった。症例3はL2,L3に加えてL1に4個抹消不可能なオブジェクトが存在した。症例4はL1,L2,L3に合計5個の抹消不可能なオブジェクトが存在するものの,L3まで到達可能であった。一方,R1,R2,R3における抹消不可能なオブジェクトは症例1,症例2,症例4は5個,症例3は3個であった。課題2遂行中の眼球運動の軌跡中心は,症例1は5.7cm,症例2は5.9cm,症例3は4.0cmと右への偏位を認め,症例4では-0.7cmと左への偏位を認めた。【考察】症例1は,BITにてUSNが重度であり,両課題においても左側への注意の解放が困難なことから,抹消不可能なオブジェクトが存在した。これは,損傷部位が広範であり,特に前頭葉皮質の損傷が左側空間に対する探索に影響した(Verdonら2010)ことが推察された。症例2,3においてもBITでUSNを認め,課題2の結果や眼球運動の軌跡から,左側への注意の解放の困難さが伺える。一方,課題1では症例2,3ともに左側空間の拡大を認めており,到達運動実施による空間性注意の活性化(Ciavarroら2010)が生じた可能性が示唆される。課題2では,注視による注意の持続や,次の点滅刺激への注意の解放が必要となることから,よりUSNや注意の障害の影響により抹消不可能なオブジェクトが存在したと示唆された。症例4はUSNが比較的軽度で,両課題において左側空間への到達が可能であり,眼球運動の軌跡中心は左への偏位を認め,左側空間への意識的な制御が生じていることが考えられた。しかし,右側の末梢不可能なオブジェクトの存在は,左側への偏った意識的な注意の制御によって右側空間に対する視空間情報処理に影響を及ぼした可能性があると考えられた。【理学療法学研究としての意義】今回の評価方法によって,USNの視覚情報処理を分析することが可能である。今後,多数のUSN症例での検証を行っていくことで,損傷部位と視覚情報処理の関連性を特徴づけられる可能性があり,USN改善のための課題設定の一助となるものと考えられる。