著者
花尻(木倉) 瑠理
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.150, no.3, pp.129-134, 2017 (Released:2017-09-09)
参考文献数
24
被引用文献数
1 1

2014年後半以降,危険ドラッグに対する規制及び取締り強化が実施され,2015年7月には販売店舗数がついにゼロになった.しかし,危険ドラッグのインターネット販売やデリバリー販売が消滅したわけではない.また,危険ドラッグから逃れられない中毒患者が存在していることも推測され,今後どのような方向に事態が推移するか予断を許さない状況下にある.実際,2015年以降,従来市場に流通していた危険ドラッグとは異なる化合物群が指定薬物に指定されている.2016年2月には,初めてガス成分(一酸化二窒素)が指定薬物に指定された.また2007年に指定薬物として規制されたサルビア・ディビノラム(活性成分サルビノリンAを含有する)に続いて,2016年3月にはミトラガイナ・スペシオサ(活性成分ミトラギニン及び/もしくは7-ヒドロキシミトラギニンを含有する)が植物として指定薬物の規制対象となった.さらにこの3年間で,メチルフェニデート,モダフィニル及びフェンメトラジンなど,日本において第一種向精神薬として規制されている薬物の構造類似化合物が相次いで指定薬物として規制された.欧米では,医療用麻薬フェンタニルの構造類似化合物等,オピオイド受容体に強い作用を及ぼす危険ドラッグの流通が問題となっており,死亡事例も報告されている.2006年に薬事法(現医薬品医療機器等法)が改正され指定薬物制度が導入された直後も,当時流通していた危険ドラッグは一時期表面上市場から消えた.しかし,2012年前後から,〝脱法ハーブ〟や,〝アロマリキッド〟等として販売された危険ドラッグ製品による健康被害が急増し,深刻な社会問題となった.乱用薬物は,形を変えつつも,流行と規制・取り締まりを繰り返している.今後も,根気強く,継続的に新規危険ドラッグの出現を監視し,科学的データを蓄積していく必要がある.
著者
岸 拓弥
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.145, no.2, pp.54-58, 2015 (Released:2015-02-10)
参考文献数
11

血圧と交感神経は,短期的には圧受容器反射により閉ループのネガティブフィードバック関係にある.長期的な血圧は腎臓での圧利尿関係で決定されるが,そこにも圧受容器反射および交感神経が大きく関係している.我々は,高血圧を脳・腎・心・血管連関による血圧動的恒常性維持システム不全と考え,その制御の中心である圧受容器反射および圧受容器反射の中枢弓であり交感神経を規定する「脳」内,特に圧受容器反射中枢弓の最終情報統合部位で交感神経中枢である頭側延髄腹外側野(rostral ventrolateral medulla:RVLM)に着目して研究を行っている.一連の研究により,圧受容器反射の中枢弓が血圧の変動・安定性維持に重要であり,さらには圧利尿においても圧と同等の作用を有することを明らかにした.さらに,バイオニックブレインによる人工圧受容器制御が極めて有効であることも示した.また,脳内においては,交感神経中枢である延髄RVLM内のアンジオテンシンⅡタイプ1受容体活性化により産生される酸化ストレスが交感神経を活性化する最も強力な要因であり,高血圧における交感神経活性化の重要な機序となっていることを報告してきた.高血圧の本質的かつ未到達の治療標的は,脳である.

2 0 0 0 OA 薬剤性肺障害

著者
伊藤 善規 千堂 年昭 大石 了三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.6, pp.425-432, 2006 (Released:2006-08-01)
参考文献数
62
被引用文献数
5 7

薬剤の投与により,肺間質組織へのマクロファージ,好中球,好酸球およびリンパ球などの炎症性細胞の浸潤によって炎症を呈し,肺胞壁の肥厚によって呼吸困難などの症状を呈するのが薬剤性間質性肺炎である.間質性肺炎や肺線維症,さらには肺水腫や急性呼吸不全症候群といった肺障害を引き起こす可能性がある薬剤は極めて多い.薬剤性肺障害は発症機序から肺組織に対する直接的な障害作用に基づくものとアレルギー反応に基づくものに分類されるが,多くの場合は両機序が相伴って発症すると考えられている.直接的な細胞障害作用を引き起こしやすい薬剤として,抗癌薬や抗不整脈薬(アミオダロン)があり,肺障害の発現頻度は投与量に依存する.一方,アレルギー性肺障害を引き起こしやすい薬剤としては,抗生物質,抗リウマチ薬,インターフェロン(IFN),顆粒球コロニー刺激因子製剤,小柴胡湯などが挙げられ,この場合の発現は投与量に依存しない.アレルギー性肺障害は予測が困難であり,かつ,症状の進行が早く,発症後,数日以内に呼吸不全に陥ることもある.本稿では,肺障害を起こしやすい代表的な薬剤を取り上げ,その発症機序と対策について述べる.
著者
堅田 明子 東原 和成
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.201-209, 2004
被引用文献数
3 3

数十万種類とも言われる多種多様な匂い物質を識別する嗅覚受容体は,多くの創薬の標的となっているGタンパク質共役型受容体ファミリーに分類され,その中でも最大の多重遺伝子群を形成している.近年,筆者らはクローブ様の香りを呈する匂い物質,オイゲノールを認識するマウス嗅覚受容体mOR-EGの単離同定を起点とし,嗅覚受容体の薬理学的解析を行ってきた.培養細胞で匂い応答を効率よく測定できるアッセイ系を確立し,mOR-EGの匂いアゴニスト・アンタゴニストのスクリーニングを行った結果,閾値が数百nM~数百&micro;Mにわたる22種類のアゴニストと,阻害活性の異なる3つのアンタゴニストを同定した.次に,匂いリガンド結合様式を解析するため,ウシロドプシンのX線結晶立体構造を鋳型にmOR-EGの三次元立体モデルを構築し,リガンド結合シミュレーションを行った.リガンドとの相互作用が予測されたアミノ酸に部位特異的変異を導入して匂い応答性を解析したところ,膜貫通領域3,5,6番目に存在するアミノ酸残基が匂い認識に特に重要であることが明らかとなった.これらの結果から,嗅覚受容体は匂い分子の微妙な構造的エピトープの違いを,特に疎水的相互作用を介して識別することで,様々な匂いリガンドを広範囲の親和性で認識していることが示唆された.得られた結合様式をもとに単一アミノ酸変異を導入し,匂いリガンドの親和性を予測どおり変化させるという受容体デザインにも成功した.生物が多種多様な匂い物質を識別する嗅覚システムの分子基盤が明らかになったのと同時に,今まで製薬会社などでオーファン受容体スクリーニングから排除され軽視されてきた嗅覚受容体が,Gタンパク質共役型受容体の薬理学的構造生物学的研究を行う上で格好なモデル受容体となることを強く示唆している.<br>
著者
村木 克彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.3, pp.143-151, 2003 (Released:2003-02-25)
参考文献数
50
被引用文献数
1 1

Ca透過性およびCa活性化イオンチャネル(Ca関連イオンチャネル)は,平滑筋や内皮細胞をはじめ,あらゆる細胞に発現するイオンチャネルである.Ca関連イオンチャネルは,その活性化がCa流入を引き起こすことから,またその活性化にCaを必要とすることから,細胞のCa動態と密接に関係すると予測される.種々の平滑筋細胞を用いて検討を行ったところ,平滑筋に存在する細胞膜受容体の活性化にともないイノシトール三リン酸が産生されると,Ca活性化Kチャネルの抑制とCa活性化Clチャネルの活性増強が観察された.一方,内皮細胞のCa関連イオンチャネルとCa動態の関係についても検討を加え,虚血時に細胞から遊離される細胞障害性脂質のパルミトイルカルニチンが特定の細胞膜受容体を活性化し,その結果,内皮細胞のCa動態変化と,それに引き続きCa活性化Kチャネルの活性亢進を引き起こすことを明らかにした.また内皮細胞にCa動態変化をもたらすと報告されていた脂質メディエーターのスフィンゴシン1リン酸の新規機能−Ca透過性カチオンチャネルの活性化作用−を見出した.さらに平滑筋·内皮細胞間のギャップ結合を介した平滑筋による内皮細胞の膜電位制御と,内皮のCa動態への効果を明らかにした.これらの結果は,いずれも平滑筋や内皮細胞のCa動態とCa関連イオンチャネルの密接な連関を示す証拠であり,平滑筋や内皮細胞の生理機能を理解する上で,極めて重要である.
著者
尾上 耕一 星野 真一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.3, pp.150-154, 2010 (Released:2010-09-13)
参考文献数
35

通常のmRNA分解は3’末端ポリ(A)鎖の短縮化が第1段階であり,翻訳終結と共役して開始される.一方,ナンセンス変異を有する異常mRNAは,NMDと呼ばれるmRNA分解機構により正常なmRNAとは別経路を介して即座に分解される.NMDはナンセンス変異に起因する異常な短鎖タンパク質の生成を防ぐ防御機構として重要であるが,mRNAの急速な分解に伴う機能性タンパク質の欠如により致死的な疾患の原因となることがある.そのような疾患の治療薬として,最近PTC Therapeutics社において開発されたAtalurenが注目されている.Atalurenはナンセンス変異の結果生じた異常な終止コドンの読み飛ばしを引き起こし,機能性タンパク質の産生を可能にする.現在,臨床試験の段階にあるAtalurenだが,有効性,安全性ともに優れておりナンセンス変異に起因する多くの疾患への適応の拡大が期待される.
著者
浜谷 越郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.4, pp.258-267, 2020 (Released:2020-07-01)
参考文献数
49
被引用文献数
1 1

ロモソズマブ(イベニティ®)は,スクレロスチンをターゲットに創薬されたヒト化抗スクレロスチンモノクローナル抗体である.スクレロスチンは,骨細胞によって産生される糖タンパク質で,骨芽細胞系細胞でWntシグナル伝達を抑制することにより,骨芽細胞による骨形成を抑制するとともに破骨細胞による骨吸収を促進する.ロモソズマブはスクレロスチンに結合することでその作用を抑制し,骨形成の促進,骨吸収の抑制を示す.ロモソズマブの骨形成促進作用は主にモデリングに基づくとされる.ラットおよびカニクイザルの卵巣摘出(OVX)モデルを用いた検討において,ロモソズマブは骨量および骨強度を用量依存的に増加させた.また,ロモソズマブは継続投与により,骨形成促進作用の減弱が認められた.ロモソズマブはラットにおいて骨芽細胞の過形成や良性骨腫瘍,悪性骨腫瘍の発生がほとんどみられず,これは時間依存的な骨形成促進作用の減弱が要因と考えられる.臨床試験では,投与12ヵ月の時点で新規椎体骨折抑制効果が認められ,6ヵ月時点で骨密度増加が認められている.骨形成促進作用と骨吸収抑制作用のデュアル・エフェクトを有するロモソズマブは,新しい治療の選択肢となると期待しており,2019年1月に「骨折の危険性の高い骨粗鬆症」を効能・効果として承認された.
著者
矢尾 幸三 曽根原 裕介 永濵 文子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.158, no.5, pp.408-418, 2023-09-01 (Released:2023-09-05)
参考文献数
40

ダルビアス®点滴静注用135 ‍mgの有効成分であるダリナパルシンは,グルタチオン抱合体構造を有する有機ヒ素化合物である.腫瘍細胞内でミトコンドリアの機能障害(膜電位の低下等)や細胞内活性酸素種の産生促進等を引き起こすことにより,アポトーシス及び細胞周期停止を誘導し,腫瘍増殖抑制作用を示す.ダリナパルシンの一部は,細胞膜表面に発現するγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GT)を介してジメチルアルシン酸-システインに変換され,シスチントランスポーターによって細胞内に取り込まれる.多くの腫瘍細胞は,酸化ストレスを回避するためグルタチオンの細胞内レベルを高く維持しており,そのためγ-GTとシスチントランスポーターが高発現している.ダリナパルシンは,腫瘍細胞のこの特性を利用し,腫瘍細胞に効率的に取り込ませることで増殖抑制作用を示すよう設計された新規の抗悪性腫瘍薬である.再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫を対象とした国際共同第Ⅱ相試験(ピボタル試験)において,主要評価項目である効果安全性評価委員会の中央判定による奏効率は19.3%(11/57例,90%信頼区間:11.2~29.9%)であり,ダリナパルシンが投与された患者65例のうち発現頻度が5%以上のGrade 3以上の副作用は,好中球減少(9.2%,6例),貧血(6.2%,4例)及び血小板減少(6.2%,4例)であった.国際共同第Ⅱ相試験で再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫に対する一定の有効性及び許容可能な安全性が示されたことを受け,「再発又は難治性の末梢性T細胞リンパ腫」を効能・効果として2022年6月にソレイジア・ファーマ株式会社が承認を取得し,同年8月に日本化薬株式会社から発売された.当該疾患の新たな治療選択肢の一つとして臨床現場に寄与し得ることが期待される.
著者
川西 徹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.131, no.2, pp.102-108, 2008 (Released:2008-02-14)
参考文献数
24
被引用文献数
1 1

抗体医薬は今現在最も活発に開発が行われている医薬品群の一つである.その背景としては,(1)異種タンパク質としての抗原性の壁を乗り越えるキメラ抗体あるいはヒト化抗体,ヒト抗体製造技術の完成,(2)ゲノム創薬による医薬品開発の標的となる数多くの疾患関連遺伝子および疾患関連タンパク質の解明,の2点があげられる.現在上市されている抗体医薬のほとんどは構造的にはIgGサブクラスであり,薬効からは主に抗腫瘍薬と免疫調節薬に分類されるが,今後は機能的に必要なコンポーネントに小型化した抗体や,細胞表面の受容体等と結合し細胞内情報伝達を引き起こすアゴニスト抗体,あるいは分子標的薬のコンポーネントとしての利用等,抗体医薬の利用は拡大してゆくことが予想される.しかしながら,これら次世代抗体医薬の開発にあたっては,薬理作用の解析,あるいは安全性予測という面で種差の壁があり,化学合成医薬品で通常用いられる齧歯類動物を主体とした非臨床試験による評価には限界がある.したがって,ヒト初回投与前の安全性予測においては,適切なインビトロ試験系の構築,適切な動物を用いたインビボ試験,さらにはトランスジェニック動物や相同タンパク質等を利用した試験等を組み合わせた試験による解析が必要であり,薬理学者の智恵と経験が必要とされる.
著者
田鳥 祥宏
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.155, no.2, pp.113-119, 2020 (Released:2020-03-01)
参考文献数
26
被引用文献数
1 2

オピオイド受容体調節薬であるナルメフェン(セリンクロ®)は,日本,EU,および他の国々で,アルコール依存症患者における飲酒量低減で承認されている.本稿では,ナルメフェンの薬理学的特徴とアルコール依存症治療としてのナルメフェンの飲酒前頓用による有効性と安全性について紹介する.エタノールは,μ-オピオイド受容体アゴニストであるβ-エンドルフィンや,κ-オピオイド受容体アゴニストであるダイノルフィンなどの内因性オピオイドの放出を増加させる.前臨床データは,ナルメフェンがμ-オピオイド受容体にアンタゴニストとして,κ-オピオイド受容体に部分アゴニストとして作用し,エタノール依存性およびエタノール非依存性ラットモデルで,エタノール自己投与を減少させることを示した.ナルメフェンは,β-エンドルフィン/μ-オピオイド受容体およびダイノルフィン/κ-オピオイド受容体システムのアルコールによる影響を調節すると考えられる.高飲酒リスクレベルの日本人アルコール依存症患者を対象とした,心理社会的治療と併用したナルメフェン飲酒前頓用の,多施設共同無作為化二重盲検第Ⅲ相試験で,ナルメフェン10 mgおよび20 mgは,プラセボと比較して,治療期12週の多量飲酒日数および総アルコール摂取量を有意に減少させた.24週の治療期間で,ナルメフェン10 mg群または20 mg群で5%以上発現し,発現割合がプラセボ群より2倍以上高かった有害事象は,悪心,浮動性めまい,傾眠,嘔吐,不眠症,食欲減退,便秘,倦怠感および動悸であった.有害事象の重症度の多くは軽度または中等度であった.以上より,ナルメフェンは,アルコール依存症治療に新しい選択肢として「減酒」を提供する.
著者
本多 和樹
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.6, pp.413-417, 2007 (Released:2007-06-14)
参考文献数
22
被引用文献数
1

睡眠異常を持つ動物モデルの存在が睡眠研究を飛躍的に進展させる場合がある.睡眠研究はおよそ100年前に断眠したイヌの脳から睡眠物質を抽出したことに始まるが,睡眠覚醒の液性調節機構および神経調節機構に関する研究では,多くの動物モデルが利用されてきた.また,近年の分子生物学の進歩から睡眠覚醒調節が分子レベルで理解されるようになり,ヒトと同様の睡眠異常を示す遺伝子変異動物モデルが利用できるようになってきた.特にナルコレプシーや睡眠呼吸障害の動物モデルとしてイヌ,サル,ブタ,マウス等が利用されている.一方,イルカのように生存環境や内部環境によって睡眠様式を変化させた動物モデルも存在している.睡眠研究において様々な動物モデルが利用されることで,多くの新知見が集積され,睡眠覚醒調節機構や睡眠障害がさらに明らかされることが期待される.
著者
原 久仁子 小林 正敏 秋山 康博
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.118, no.3, pp.231-240, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

骨粗鬆症治療薬は一般に単剤での処方だけでなく, 数種類の薬剤が併用されることが多いが, その根拠となるデータは非常に少ない. ビタミンK2(メナテトレノン, K2)と1α(OH)ビタミンD3(D3)はいずれも臨床で骨粗鬆症治療薬として広く用いられている. そこで卵巣摘除ラットを用いて両薬剤の併用の意義を検討した. フィッシャー系20週齢雌性ラットを偽手術あるいは卵巣摘除し, 卵巣摘除ラットをさらに対照, K2, D3, K2+D3の4群(n=10)に分けた. 全てのラットを個別ケージで制限給餌により飼育し, K2はメナテトレノン(MK-4)約37mg/kgを混餌投与, D3は1α(OH)D3を0.3μg/kg週3回, 8週間経口投与した. 8週後の血漿中カルシウム(Ca), 無機リン, アルカリホスファターゼ活性, オステオカルシン, 1,25(OH)2D3, 副甲状腺ホルモン(PTH), MG-4濃度および大腿骨の骨密度と3点曲げ骨強度を測定した. 卵巣摘除による血漿中各パラメータへの影響は認められなかった. D3群は単独, 併用ともに血漿中Caは高値を, PTHは低値を示した. 全骨領域および海綿骨領域の骨密度は卵巣摘除により骨端部ではそれぞれ偽手術群の81%, 41%に, 骨幹部ではそれぞれ96%, 86%に減少した. K2, D3の各単独群は骨端部全骨領域の骨密度, 骨幹部海綿骨領域の骨密度, 骨塩量の低下を抑制した. K2+D3群では単独群で作用を示したパラメータの他に骨端部での全骨領域および海綿骨領域の骨塩量の低下を抑制した. またK2+D3群は骨端部海綿骨領域の骨密度, 骨塩量, 骨幹部の皮質骨厚でD3群に比して有意に高値を示した. 骨強度はK2+D3群でのみ対照群に比して最大荷重は有意に高値を, 剛性は高値傾向を示した. すなわちK2+D3群が骨端部, 骨幹部のいずれのパラメータにおいても一番高い値を示した. 以上, K2とD3との併用投与はそれぞれの単剤投与に比してより大きな薬効が期待できることが示唆された.
著者
田村 浩司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.139, no.5, pp.207-210, 2012 (Released:2012-05-10)
参考文献数
13

ICHガイドライン(ガイダンス)は,より良い新薬をいち早く世界中の患者さんや医療現場に届けるために必要なデータを科学的かつ倫理的に取得あるいは利用するためのツールである.医療環境の変化や技術革新,時代の要請や経験の蓄積などを踏まえて,ガイドライン(以下,GL)の新規作成や改正が継続的に行われている.承認申請資料はICH GLに則って作成されなければならないため,創薬研究者は各自の担当分野に関するGLについて,定期的にフォローしておくといいであろう.
著者
田熊 一敞 永井 拓 山田 清文
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.112-116, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2 3

学習・記憶は,ヒトの知的活動の中心をなすものであり,得られた情報を脳に蓄積し,その情報に基づいて新たな問題に対する推論と意志決定が行われている.学習・記憶が円滑に進むためには,入力・情報処理・出力に区別されるプロセスが適切に機能する必要があり,いずれのプロセスにおける機能不全によっても日常生活は困難なものとなることが予想される.一方,昨今の我が国における急激な高齢化は,認知症を代表とする学習・記憶障害を伴う疾患の増加をもたらし,また,社会環境の多様化や複雑さは,小児の発達障害や薬物乱用など学習・記憶障害と直面する様々な問題を招くものと考えられる.したがって,学習・記憶行動の評価系は,今後の記憶障害に関連した疾患の病態解明ならびに治療薬開発において不可欠な必須アイテムである.一般に,動物実験のヒトへの外挿においてしばしば問題点が見られるが,学習・記憶については,下等動物から高等動物に至るまで類似した機構が数多く存在することより,小動物を用いた学習・記憶に関する実験成果の利用価値は極めては高いと考えられている.そこで本稿では,小動物(マウスおよびラット)を用いた学習・記憶行動の評価系のゴールデンスタンダードとして汎用されている(1)Y字型迷路試験,(2)ロータロッド試験,(3)恐怖条件付け文脈学習試験,(4)水探索試験,(5)新奇物質探索試験,(6)受動回避試験,(7)放射状迷路試験,(8)Morris水迷路試験および(9)遅延見本合わせ・非見本合わせ試験の原理と具体的方法について概説する.
著者
鈴木 登紀子 酒井 麻里 山下 重幸 冨田 賢吾 服部 裕一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.151, no.3, pp.111-116, 2018 (Released:2018-03-10)
参考文献数
55
被引用文献数
2 2

敗血症は,高齢者人口の増加,悪性腫瘍や移植時の化学療法などによる免疫機能の低下,多剤耐性菌の出現などにより,症例数は増加の一途をたどり,現在においてもなお高い死亡率を有している.敗血症の定義は,これまで「感染によって引き起こされた全身性炎症反応症候群」とされてきたが,2016年になって「感染に対する制御不能な宿主反応による生命に関わる臓器不全」として15年ぶりに改訂された.新しい定義における「臓器不全」には,急性肺傷害,播種性血管内凝固,脳症,肝障害,腎障害に加えて,心機能障害も含まれている.心機能障害により酸素の需要・供給のバランスが損なわれ,多臓器不全の進展につながることから,心機能障害の有無は,敗血症の予後に非常に重要である.実際,敗血症患者で心機能障害が存在した場合は,非常に高い死亡率に関係すると報告されている.国際敗血症ガイドラインで,敗血症性ショックにおいて推奨されている強心薬はドブタミンであるが,その臨床成績には限界が指摘されている.本稿では,敗血症性心機能障害について,これまで報告されてきた病態生理学的メカニズムについて概説し,ドブタミンに替わる新たな強心薬の治療効果の可能性について考察する.
著者
古城 健太郎 斎藤 輝男 加瀬 佳年 等 泰三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.569-578, 1981 (Released:2007-03-09)
参考文献数
19
被引用文献数
2 1

投与した色素が気管支腺から排泄されることを利用して気管支分泌量を知ろうとする作野氏法をラットに適用し,N-acetyl-L-cysteine(NAC)および他の既知去痰薬の気道分泌に対する作用を比較検討した.次に直接気道液を定量的に採取し,液量の増減から去痰薬の効果を判定する Perry and Boyd の原法を改良した方法(Engelhorn および加瀬らの方法)を用い,正常ウサギの気道液量に対する NAC の作用を調べた.さらに,ウサギを SO2 ガスに長期間曝露し,亜急性気管支炎に罹患させ,その痰を定量的に採取し,痰の粘度ならびに痰の構成成分に対する NAC の作用を検討した.その結果下記の結論を得た.なお薬物はすべて胃内に投与した.1)正常ラットを用いた作野氏法による実験:各種去痰薬の気道分泌活性を ED35(対照値に比べ35%増加させる量)から比較すると,bromhexine・HCl 4.4mg/kg,pilocarpine・HCl 24mg/kg,potassium iodide 68mg/kg,L-methylcysteine・HCl 720mg/kg,sodiummercaptoethane sulfbnate 750mg/kg,NAC 1050mg/kg,S-carboxymethyl cysteine 1550mg/kg であった.はじめの3者は気道分泌量増加を主作用とし,後の4者は痰の粘度低下を主作用とする去痰作用機序の相違と思われる効果の差がみられた.2)正常ウサギを用いた気道液量測定実験:NAC 500mg/kg では,投薬後2時間目に気道液量が増加する傾向がみられたが有意ではなく,1000mg/kg および 1500mg/kg に増量すると,3~5時間をピークとして気道液量は有意に増加した.500mg/kg 以上の用量を投与すると,投薬後2時間目ごろから気道液の白濁がみられ,NAC が粘稠な気道液を流動化していることが推察された.3)亜硫酸ガス気管支炎ウサギを用いた実験:NAC 1000mg/kg および 1500mg/kg により,投薬後6時間分の痰の粘度は用量依存的に低下し,痰の凍結乾燥物質重量,蛋白質量および糖質量も痰の粘度に比例して減少した.以上の 成績より,NACは痰の粘度を低下させて痰の流動性を増し,さらに気道液量増加による痰の稀釈が加わって痰を出し易くするものと思われる.
著者
竹内 孝治 加藤 伸一 田中 晶子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.4, pp.274-282, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
49
被引用文献数
5 5

消化管は種々の食餌性あるいは薬剤性の刺激に絶えず露呈されるという過酷な環境下にある.このような状況下においても, 消化管の粘膜恒常性は種々の機能変化およびそれらを調節する生体内因子により構成されている“粘膜防御機構”によって通常維持されている.内因性プロスタグランジン(PG)は消化管の粘膜防御機構において司令塔的な役割を演じており, 中でもPGE2が最も重要であると考えられている.本稿では, 消化管におけるPGE2の粘膜保護作用に関連するEP受容体および機能変化について, 種々の選択的なEP作動薬およびEP受容体欠損マウスを用いて得られた著者らの成績を中心に紹介する.外因性PGE2の塩酸·エタノールおよびインドメタシン誘起胃損傷に対する保護作用はEP1作動薬によって再現され, 逆にEP1拮抗薬の存在下では消失する.内因性PGE2はマイルド·イリタントによる適応性胃粘膜保護作用においても重要な役割を果たしているが, この現象もEP1拮抗薬によって完全に消失する.PGE2による胃粘膜保護作用は胃運動抑制と機能的に関連しており, この作用もEP1作動薬によって同様に認められる.しかし, カプサイシンによる神経性胃粘膜保護作用はEP2およびIP受容体との関連性が推察されている.一方, 十二指腸におけるPGE2による保護作用は重炭酸イオン分泌と機能的に関連しており, これらの作用はEP3およびEP4作動薬によって再現される.同様に, インドメタシン小腸傷害もEP3およびEP4作動薬によって抑制され, 機能的には腸運動抑制および粘液分泌亢進に起因する腸内細菌の粘膜内浸潤の抑制と関連している.PGE2による粘膜防御の詳細な発現機序については不明であるが, 胃における保護作用は主としてEP1受容体を介して, また十二指腸および小腸における保護作用はEP3およびEP4受容体を介して発現するものと推察される.
著者
宮坂 恒太
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.157, no.2, pp.146-154, 2022 (Released:2022-03-01)
参考文献数
33
被引用文献数
3

GLP-1受容体作動薬(GLP-1 RA)は2型糖尿病患者における良好な血糖コントロールを達成するために効果的な薬剤である.中でも,経口セマグルチドはアメリカ,ヨーロッパ,および日本で承認されている経口摂取が可能な唯一のGLP-1 RAである.この薬剤の登場により,注射によるGLP-1 RAの投与に抵抗のあった2型糖尿病患者においても,糖尿病発症のより早期でGLP-1RAの使用が可能になり,患者に経口薬の価値ある選択肢を提供することができるようになった.経口セマグルチドの有効性と安全性は9,543例(日本人1,293例)の被験者を含む第Ⅲ相臨床試験(PIONEER試験)で評価された.本臨床試験は10の試験で構成され,そのうち2試験は日本での国内臨床試験だった.全試験を通じて,経口セマグルチドによる良好な血糖コントロールと体重減少への影響が示された.承認された最高用量である経口セマグルチド14 mgは,対照群であるプラセボ,エンパグリフロジン,デュラグルチド,シタグリプチンと比較してHbA1cを有意に低下させ,リラグルチドに対しては非劣性であることが示された.経口セマグルチド14 mgは,プラセボ,シタグリプチン,リラグルチドに対しては体重減少に優越性を示し,エンパグリフロジンに対しては同等の体重減少への影響を示した.PIONEER試験において,経口セマグルチドの忍容性は良好であり,他のGLP-1RAと同様の安全性を示した.また,心血管アウトカム試験の結果から経口セマグルチドの心血管への安全性が示され,プラセボと比較して,心血管死および全死亡のハザード比が有意に減少していた.したがって,経口セマグルチドは2型糖尿病罹患の初期からのGLP-1RAsの開始という効果的な治療オプションをもたらし,2型糖尿病患者に新たに有効な選択肢を示したと考えられる.
著者
柴田 玲 大内 乗有 室原 豊明
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.3, pp.139-142, 2016 (Released:2016-03-10)
参考文献数
14
被引用文献数
1 1

肥満症を中心とした代謝異常,心血管病の病態には,種々のアディポカインの産生異常が関わっている.近年,アディポネクチンなど生活習慣病や心血管病に保護的作用を有している可能性が高いと思われるアディポカインが見出されている.オメンチンもその一つである.肥満症や冠動脈疾患においてオメンチンの血中濃度は低値を示す.オメンチンは,血管において血管新生促進作用やリモデリング抑制作用を有し,心臓においては心筋梗塞縮小効果や心臓リモデリング予防効果を発揮する.今後,オメンチンのさらなる機能解析や発現作用調節機構の解明が,心血管病の病態解明への新たなアプローチにつながると考えられる.オメンチンは心血管病への診断に有用であるだけでなく,今後,治療への応用にも期待される.
著者
石井 明子 鈴木 琢雄 多田 稔 川西 徹 山口 照英 川崎 ナナ
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.136, no.5, pp.280-284, 2010 (Released:2010-11-10)
参考文献数
45
被引用文献数
2 2

腫瘍や自己免疫疾患等の治療を目的とした分子標的薬として,抗体医薬品の研究開発が国内外で活発に行われている.抗体医薬品の特徴は標的分子に高い親和性をもって極めて特異的に結合することであるが,他のバイオ医薬品と比較して血中半減期が長いことも特筆すべき点である.ペプチドあるいはタンパク質を医薬品として応用する場合には血中半減期が実用化のためのハードルとなることが少なくない.しかし,多くの抗体医薬品は,生体内IgGの分解抑制に関わるneonatal Fc receptor(FcRn)を介したリサイクリング機構を利用することができるため,数日~数週間という長い血中半減期を有している.FcRnは齧歯類の新生児小腸に高発現し,乳汁に含まれる母親由来IgGの吸収に関与する受容体として同定された.その後の研究により,FcRnが成体においても種々の組織に発現し,IgGのリサイクリングやトランスサイトーシス等に関与していることが報告され,母子免疫以外にも様々な側面でIgGの体内動態制御に関わっていることが明らかにされている.我々は,既承認抗体医薬品のFcRn結合親和性を解析し,ヒトでの血中半減期とFcRn結合親和性の相関,および抗体医薬品のFcRn結合親和性を規定する構造特性の一端を明らかにした.近年の創薬研究では,FcRn結合親和性を改変した抗体医薬品等の開発が進んでいる他,FcRnのもう1つのリガンドであるアルブミンを利用することにより体内動態特性を改変したタンパク質医薬品の開発も進んでいる.FcRnは,抗体医薬品をはじめとするバイオ医薬品の体内動態制御に関わる鍵分子の1つと言えるであろう.