- 著者
-
岩本 將稔
- 出版者
- 日本醸造協会
- 雑誌
- 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan (ISSN:09147314)
- 巻号頁・発行日
- vol.108, no.5, pp.318-325, 2013-05-15
- 参考文献数
- 21
カキは,中国が原生地であるとされているが,日本の風土に溶け込んだ極めて日本的な果樹で,学名をDiospyros kakiといい,海外でもkakiで通用している。7世紀末の藤原宮跡からは,モモ,クリなどとともに,多数のカキの種子が発掘されている。このように古い歴史を有するカキを原材料にして柿渋は製造されるが,その起源については十分わかっていない。ただ,長い歴史の中でこの柿渋を見事なまでに活用してきたのは日本人であろう。柿渋は柿タンニンを多く含むことから防水,防腐効果を有するため,古くから木製品・和紙への塗布や麻・木綿などの染色に利用されてきた。特に,農山漁村の自給自足の生活では日常的に用いられた。考古学の分野では,11世紀中葉には漆器の下地に柿渋が使用されていたという知見がある。戦国時代には,上杉謙信(1530~1578)が渋紙製の紙衣陣羽織(山形県上杉神社に現存)を鎧の上からまとい,戦障の指揮を執ったとされる。江戸時代になると庶民にも広まり,松尾芭蕉(1644~1694)は「奥の細道」の旅に出る際,防水,保温性に富んだ紙衣(紙子)を必需品として持って出かけたという。また,江戸時代には,庶民の生活必需品の枠を超え,各種産業へも利用が広がった。酒袋などの醸造用の搾り袋,漁網,渋紙,紙子,和傘,団扇等の生産や建材塗装には欠かせないものであった。このような柿渋も,現在では酒類清澄剤をはじめとして柿渋染めや建材への塗布などの利用はあるが,多用途に利用されていた時代と比較するとその利用は限られたものとなっている。本稿では,醸造分野における柿渋の利用の歴史の概要,さらに柿渋の主成分である高分子柿タンニンの分離法等,当社のこれまでの取り組みを紹介したい。