- 著者
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金子 邦彦
- 出版者
- 一般社団法人日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理學會誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.50, no.4, pp.289-295, 1995-04-05
- 被引用文献数
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我々が,例えば,生物界の現象を眺めていくと,進化にしても,発生にしても,なんらかの階層性があるように感じられる.なぜだろうか?こういった階層性を作り出していくダイナミクスは何なのであろうか?それとも,われわれの脳の情報処理の特性として,階層的にとらえようとしてしまう傾向があるだけなのだろうか?1984年,ポスドクでロスアラモス研究所に行った時,なにをやりたい?って聞かれてこう答えたことがある.階層性の理由は,たとえば効率という点で考えてみると,いくつか見出される.実際,「しょっちゅう電話で仕事を邪魔される時計屋さんの時計の作り方」とか「不正確な動作をする素子で,いかに信用できる情報処理系をつくるか」などといった例で階層的構成の有利さは議論されている.前者は,モジュール構造を作った方が電話で邪魔されてもそのモジュールだけやりなおせばよいので全部最初からやりなおさずにすむ,後者は並列入れ子の素子でエラーを除去するといったものである.また,モジュール構造を含んだ進化過程は実際にも見出されているし,また最適化を行う上で有利であることがシミュレーションによっても示されている.しかし,一方で,そういう階層的な構造がどうやってできたかについては,上の議論は何も答えてくれない.「前もって,遺伝子にかきこまれているから」とかいった,ある意味で「逃げ」の解答をしたくないのであれば,たとえば,全く同一のルールで発展するような要素の集団が分化していって階層的な構造をつくりだすこと(さらにはそれがいかに動的に変化していくか)を見ていかねばならない.さて冒頭の問に戻る.4年後の88年,再び,ロスアラモスに滞在することになった時,あれはどうなった?と問われた.その段階でも,それに対する満足な答えを持っていなかったし,実際は,今も持っているかはそう確かではない.ただ,たまたま,この滞在中に解答への一つの方向を見出せた(とも考えられる)ので,その後の発展を含めて解説をしていきたい.