- 著者
-
今野 真二
- 出版者
- 日本語学会
- 雑誌
- 國語學 (ISSN:04913337)
- 巻号頁・発行日
- vol.51, no.2, pp.166-167, 2000-09-30
鎌倉時代の仮名表記に関しては,特に藤原定家及び定家周辺の人々を中心に据えて分析が行なわれ,その成果が蓄積されてきている。本発表では,これまで藤原定家の表記に関して指摘されてきたことがらが定家に先立つ藤末鎌初(=平安時代末期〜鎌倉時代初期)の仮名文献資料に看取されるのか否か,という観点を設定しながら,ひろく当該期の仮名文献を見渡して気づいたことがらの報告を行なった。資料としては,いずれも西行を伝承筆者とする,益田家旧蔵『一条摂政御集』,冷泉家時雨亭文庫蔵『曽丹集』,『出羽弁集』,『行尊僧正集』,『六条院宣旨集』,『中御門大納言殿集』,『近衛大納言集』,出光美術館蔵『中務集』,宮本家蔵『山家心中集』,伝西行筆『躬恒集』の一〇文献に就いた。これら総計九三三八七字の異体仮名使用についてのデータは,それ自身意義のあるものと考える。これらの仮名文字遣,かなづかい及び表記一般に関して観察をした。その結果,一つの仮名あたりの平均異体仮名使用数は,平安末では二・五程度で,鎌倉初期には一・八程度となり,次第に収斂する傾向にあることがわかった。また藤末鎌初の仮名文献には後世のような,表語ひいては音韻と結びついた機能的な仮名文字遣はいまだみられないが,「行」に関わる仮名文字遣らしきものはみえており,書記の単位としては「行」が中心であったことを窺わせる。ただし,その一方で,〈ゆへ〉〈まいる〉〈なを〉〈ゆくゑ〉など,語によっては古典かなづかいに非ざるかたちが固定化し始めており,書記の意識は「行」から「語」へと移行しつつあるとみるべきである。藤原定家との関わりで言えば,行頭に同じ仮名が並んだ場合の「変字」は,すでに当該期の資料にもみられ,時代が下がるにしたがってそれが徹底していくようにみえる。異体仮名〈地〉を音韻ヂに充てたと覚しき例が散見する。このように「定家以前」の状況が明らかになることによって,これまで定家に関して指摘されてきたことがらを史的展開の中で評価することができると考える。