著者
北川 尚史
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類・地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.1-7, 1984-05-29

1982年7月から8月にかけて6週間、服部植物研究所の岩月善之助助博士と私はニューカレドニアとフィジーで野外調査を行った。文部省の科学研究費補助金によって服部植物研究所が計画・実施した海外学術調査である。調査隊のメンバーは私たちの二人だけで、対象をコケだけに限定した密度の高い念り多い調査であった。フィジーは次回のための予備調査で滞在期間も短かったが、ニューカレドニアでは存分に調査を行い、予想以上の成果を収めることができた。現地の研究機関(ORSTOM)と植物学者の全面的な協力のもとに、私たちが全島を駆けめぐり、キャンプを重ね、寸暇を惜しんで採集したコケの標本は4000点以上に達した。ニューカレドニアは西南太平洋の珊瑚海に浮かぶ、日本の四国とほぼ同じ面積を持つ海洋島である。脊梁には標高1000m前後の山脈が幾筋も縦走し、パニエ山(標高1628m)、フンボルト山(同1618m)など幾多の高峰が重畳として連なっている。低地は乾燥しているが、標高1000m以上の山岳地帯は比較的湿潤で、シダやコケが豊富である。古い地質時代に大陸から遠く分離し、隔離された環境下で、この島の植物はきわめて特異な分化を遂げた。植物相の特異性は特に種子植物に著しく、156科、680属、2750種の自生の種子植物のうち、属の16%、種の80%が固有である。ニューカレドニアのコケ相についても、HERZOGは「非常に美しく独自性の強いコケがこれほど集中していることはほとんど信じがたいほどであり、面積の狭さを考慮すれば、断然、地球上の多のいかなる地域をも凌駕する」と指摘している。私はニューカレドニアの苔類とツノゴケ類に関する文献を渉猟してこれまでに同島から記録されてきた種を網羅した。そして、その中から裸名を除き、異名を整理し、妥当な属への組合せを採用してチェックリストを作成した。その結果、従来ニューカレドニアから32科、94属、449種の苔類とツノゴケ類が報告されていることが判明した。そのうち、217種が固有で、種レベルの固有率は非常に高い(48.3%)が、固有の属はPerssoniella HERZ.の1属だけである。私たちのコレクションの約半分は苔類であるが、その中には若干の新種を初め、ニューカレドニアに未記録の種がかなりある。本論文ではそのうちの一つ新属新種Acroscyphus iwatsukiiを記載した。そして、この属をヤクシマゴケ科Balantiopsidaceaeに入れたが、この所属は未だ決定的ではない。この科の最も重要な特徴からは朔がらせん状にねじれた弁をもつことである-この重要な特徴を共有するという主たる理由で、GROLLEやSCHUSTERはかつてのヤクシマゴケ科Isotachidaceaeをバランティオプシス科Balantiopsidaceaeに含めた(したがって、その広い意味のBalantiopsidaceaeに対してはヤクシマゴケ科の和名が適用される)。Acroscyphus iwatsukiiの2点の標本が私たちのコレクション中に見出されたが。そのうちの1点(基準標本)には雌雄の植物体が揃っており、少数の胞子体も見出されたが、その胞子体は残念ながら若すぎるため、上記の科の特徴を確認することができない(他の1点はステリルであった)。しかし、配偶体のいくつかの重要な形質において、この新属はBalantiopsis MITT.およびNeesioscyphus GRO.に共通しているので、両属が所属する広義のヤクシマゴケ科の一員と見なした。この新属新種の産地、スルス山はニューカレドニアの西南部に位置する標高1000m余りの蛇紋岩地域の山岳で、Perssoniella vitreocincta HERZ., Acromastigum homodictyon (HERZ.) GRO., Nardia huerlimammii VANA &GRO., Haplomitrium monoicum ENGELなど、きわめて顕著な種のタイプ産地となっている-上記のうち、3番目の種は明らかにNardiaではなく、タスマニア産の単型属Brevianthus ENGEL & SCHUST.に類縁をもつと思われる新属の可能性がある(ステリルの材料に基づいて記載せれた種であり、私たちのコレクション中に雄の植物体が見つかったが、雌は見出されない)。

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